・・・ 日 輪 ・・・
「……浄…悟浄………」
遠く、近く、誰かが呼んだ。
―――……ぁ…?………な…に……
ゆらゆらと揺れる眠りの淵で悟浄は思う。
だがそれもつかの間のこと。
フッと浮かんだ意識が、睡魔に負けて、無意識の内に布団を手繰り寄せていく。
「…て下さい…起きて……悟浄…」
眠くて、堪らなく眠くて、このままトロトロと蕩けてしまいたいのに、声の主は尚も言う。
―――……や、だ…眠…い……
ゆさゆさと肩を揺さぶられて、そして――。
「…浄っ!悟浄っ!!」
「………ひゃっ…!…」
素っ頓狂な声を上げて、だが、その瞬間、一体、何が起ったのか、悟浄には分からなかった。
茫然自失――とはこのことを言うのだろう。
引き剥がされた布団。
容赦ない冷気が悟浄を撫でて、裸の胸に鳥肌が立つ。
―――さっ、寒っ!………
咄嗟に自分で自分を抱き締めて、睡魔など一気に覚めた。
ブルブルと震えながら窓の外を一瞥して、ついぞ溜息が零れ落ちる。
―――……何なのよ…まだ、日も昇ってねぇじゃん……
思った途端、余計に寒さが身に染みて、なのに暖を取ろうにも手元に布団はない。
そんな悟浄に事の元凶、八戒は、心底ホッとしたように言った。
「ああ、やっと起きてくれた……」
自分で叩き起こしておいて、この言い草はない。
ついついムカっ腹立てて、悟浄が怒鳴ろうとした文句は、情けないかな、吹き出したくしゃみに潰
えてしまった。
「へっくしゅんっ!……う〜〜〜」
低く唸って、八戒を見れば何やら袋から取り出しているところで、悟浄に言葉はない。
「はい。これ着て下さい」
やんわりと笑んで、八戒は言った。
突然、降って沸いたかのような衣類の数々。
それが悟浄の膝の上に山となって現れ、真紅の目が戸惑いに揺れる。
―――…えっとぉ…これって…??…
マジマジと見やって、吐息が零れた。
濃紺のタートルネックのセータに、ダーク・ブラウンのレザーパンツ。
焦げ茶色したフサフサの毛皮の帽子に、これまた同色の皮ミトンは内部にボアまで付いていて、ト
ドメはシルバーグレーのダウン・コート、それもロングで――だ。
どう見ても新品のそれらはご丁寧なことに上から下まで一式揃っていて、ここまでくれば、おそら
く、否、きっとマフラーやブーツの類まで用意しているのではなかろうか。
―――…何かあったっけ…??……
ついぞ、思ってしまい、真紅の目が瞬く。
服と目の前の男とを交互に見やって、ぼんやりしてしまい、それがいけなかったのか。
八戒の眦が、ふと上がった。
「おや?約束したでしょう…」
言いながら腕組みして詰め寄る。
瞬間、悟浄の脳裏を疑問符が舞った。
―――…約束?……??………分からん……
元々、低血圧の気味の悟浄だ。
寝起きのせいか、それとも単に記憶にないのか、一応考えてはみたが続く八戒の声にいっそ見事な
程無駄な努力になってしまった。
「さぁ、早くしないと間に合わなくなりますよ」
にこにこと何が嬉しいのか、八戒が微笑む。
―――だぁかぁらぁ、分からないんだってば……
思ったところで声に出せる筈もない。
「う〜〜〜、眠いんだけど…」
「悟浄!」
眉を寄せ、未練がましく言った途端、思いっ切り叱責されて、肩が竦む。
「わっ、分かったってば……てっ!…」
渡された肌着に慌てて、袖を通して真紅の髪が引き攣った。
視界の端、衣類の山に少し涙目になった悟浄は、深い深い溜息を一つ吐いた。
◇◇◇◇
"サクッ…ザクッ…サクッ……"
雪を踏みしめる。
"サクッ…ザクッ…サクッ……"
吐く息が白くけぶって、木々の向こう、今だ星の瞬く空に揺らいでは消え、また揺らぐ。
あの後、有無を言わさず、ある意味厳重な防寒を強いられた悟浄は、家を出た途端、突き刺すよう
な外気に心底Uターンしようかと思った。
視界に広がる白い白い雪の連なり。
寒い。
はっきり言って、もの凄く寒かった。
体感ではなく、視覚が寒くて、堪らない。
そう、例えどれ程着込んでいようとも――だ。
だが、ミトン毎、取られた手は八戒のそれに繋がれ、引き摺られてはどうしようもない。
何より『約束』――と言われてしまえば思い出せない分、悟浄にとっては分が悪過ぎた。
夜目の利く八戒に連れられ、歩くこと小1時間ばかりが経って尚も歩みは止まらない。
"サクッ…ザクッ…サクッ……"
「なぁ、なぁ?どこ、行くんだよ??」
ついつい聞いて、吐息に冷気が混じる。
"サクッ…ザクッ…サクッ……"
元々、山の中腹辺りに悟浄の家はあった。
しかし、八戒の向う先、そこから上に人家など無論なく、あるとすればやけに見晴らしの良い崖位
で、だから悟浄は聞いた。
焦げ茶色したコートの背に問い掛けて、けれど応えはない。
"サクッ…ザクッ…サクッ……"
毛皮の帽子、悟浄の背に尻尾が揺れる。
「なぁってっ!…八戒っ!!」
幾度となく問い掛けて、応えがないのに焦れた悟浄は、取られた手を逆に引っ張って叫んだ。
"…ザクッ"
瞬間、初めて八戒の足が止まった。
そして、振り向き様、
「……約束、しましたでしょう……。悟浄……」
酷く、酷く切な気な翠の目が悟浄を魅縛する。
ヒクンと知らず喉を鳴らして、悟浄は息を呑んだ。
―――う〜〜〜、だからぁ……んな、顔すんなって………。ああ、もうっ!……
眉を寄せ、口元を覆う、これまたフワフワの毛皮のマフラーに二の句が消えた。
クイッともう一度、手を引っ張られて、こうなると諦めるしかないのか。
不承不承、後に続いて、ブーツの底、雪が軋んだ。
"サクッ…ザクッ…サクッ……"
暫しの間、沈黙が降り積もる。
やがて、木々の合間にゆるゆると空が白み始めた頃――。
"…サクッ…ザクッ"
ピタリと止まった足。
「ああ、間に合いましたね……」
「…??…」
吐息混じりにそう言って、八戒は笑んだ。
背を押され、前へと押し出されて、それでも悟浄には訳が分からない。
首だけを廻して、目で問うて、
「前を…。前を見ていて下さい」
やんわりと微笑まれた。
―――あのぅ、何にもないんだけど…
目前に道はない。
断崖絶壁のそこに遥か遠く山々の、そして、雲の連なりが見えるだけで、だから悟浄は途方に暮れ
るしかなかった。
真紅の目が戸惑いに揺れて、その時だった。
「っ!……」
雲に、山肌に、藍が滲んだ。
続くのは東雲か、それとも鴇色の煌きか。
じわりじわりと色が滲んで徐々に、だが確実に移り変わる光の乱舞。
日輪の輝きが真紅の目を射貫き、悟浄は声もない。
「綺麗でしょう………」
ふと感嘆の吐息が耳朶を擽った。
背後から抱き込まれて、夢現のまま聞いて、悟浄はこそりともしない。
目が、真紅の目が瞬くことも忘れて、凝視する。
そんな悟浄に尚も、八戒は呟いた。
「…新しい年の…初めての日の出………。明けましておめでとう、悟浄…」
うっとりと謳うような声音。
その時になって、初めて、悟浄の目が動いた。
「…ぁ……」
二度、三度と瞬いて、ついで、思い出した。
山肌を琥珀色したベールが覆っていく。
昨夜、否、正確には2週間程前のことだ。
『初日の出を見に行きませんか?』
『あぁ?………このクソ寒いのにか?』
冗談じゃねぇ――疾うに雪の降り積もった外を指差し、そう後を続けた悟浄に、
『暖かい格好をして行けば大丈夫ですよ。用意しますから』
だから行きましょう――と八戒が笑った。
それに不承不承、肯いて、確か昨夜も、酒盛りしている最中に困ったような顔で確認された気がす
る。
―――……思いっ切り…忘れてた……
つらつらと思い出して、ようやっとあの切な気な眼差しの意味に気付いて、
「これを…ね。貴方と見たかったんです…」
囁きに胸が、喉が詰まった。
刹那、真紅の目が何かに霞んで、視界が歪む。
「…ぁ…あ、れ?……なん、で…??……」
ミトンの先で目許の探り、ついで、悟浄は愕然とした。
頬を伝う熱い熱い涙の滴。
「悟浄?」
拭っても拭ってもパタパタと滴り落ちて、止まらなくて、覗き込んでくる翠の目と合った途端、ま
た一つ新たな涙が零れ落ちた。
「…っ…わっ、分かんねぇ……」
羞恥と混乱が悟浄を苛み、何とか止めようとゴシゴシ、擦る手が八戒のそれに攫われ、次の瞬間、
軽い目眩にも似た感覚が悟浄を襲った。
「…っ!…」
ふうわりと背を抱く腕。
滲む眼差しに、翠の目が笑んでいて、それがふっと通り過ぎたかと思うと、次にはもうコートの肩
先が頬に触れていた。
「……ぅ………」
抱き締められた腕の中、軽く背を叩かれて、堪え切れずに鳴咽が漏れる。
止まることを知らない涙が焦げ茶色したコートを濡らし、後はない。
そんな悟浄に、八戒はただただ同じ仕草を繰り返した。
何も聞かず、軽やかな動きで繰り返して、翠の目が金色に揺れる空を見詰めていた。
◇◇◇◇
湯気がけぶる。
然程広くもない浴室に湯気がけぶって、真紅の目が揺らいだ。
あの後、どれだけの時間、縋りついていたのか、悟浄には分からなかった。
ただ涙が止まった途端、強烈な羞恥と凍えそうな寒さが身に染みて、今度は悟浄が八戒の手を取っ
て歩き出していた。
家へ――と。
有無を言わさず家へと急いで、帰り着いたその足で浴室へと向った。
そう、八戒の手を掴んだままで――だ。
だからこれは悟浄が誘ったことになるのだろう。
熱い霧にも似たシャワーを浴びて、触れ合った肌と肌、貪り合う唇と唇に火が灯る。
「…っ…んんっ…っぁ……」
ふと放たれた唇。
後を追う舌先に硬い歯の感触が当たって、知らず悟浄の膝が砕けた。
「……っか、いっ……」
縋る手が、八戒の腕に爪を立て、頬に当たる肩先に吐息が零れた。
濡れる。
湯に、否、欲に濡れて、重なり合った下肢、2匹の蛇が鎌首を擡げた。
「悟浄……」
浴室の壁に凭れたまま、もう立ってもいられないだろう悟浄の腰を抱いて、八戒は囁いた。
瞬間、滴るのは嬌声。
真紅の髪が間近で揺れて、翠の目に愉悦を生む。
「ふふふ……そんなに快い??」
言いながら膝を使って、下肢を割り開き、ついで、両の手でそれぞれの双丘の丸味を揉みしだいた。
突然、濃厚さを増した愛撫の手に悟浄の背が泡立つ。
慌てて逃れようとして、だが、悟浄にはできなかった。
「…っ!…やめっ…あぁっ!…」
抗議の声が、途中、艶やかな喘ぎに霧散した。
身を捩ったと同時に胸の突起が、張り詰め掛けた雄が、八戒のそれと擦れ合って、情欲が逆巻く。
じわじわと躯中を侵してゆく悦楽の兆し。
震えの走る背をシャワーの湯が撫でてゆき、それにすら感じてしまい、逃げ場はない。
だのに、そんな悟浄に、八戒の手は尚も先へ進んでいく。
「嘘は…いけませんねぇ…。ほら、ここはとても正直だ……」
やわやわと揉み撫でていた手の内、一方が双丘の狭間、秘処をなぞり、そして――。
「ひぃ、ぁっ!!」
グチュリと厭らしい音が悟浄の耳を打った。
湯に濡れただけの指が、何の躊躇もなく秘処を穿ち、息吐く間もなく最も弱い個所を突ついていく。
「やっ、やだっ…八、かっ…あぁん……」
声が、吐息が濡れた。
たった1本の指に、悦楽を揺り起こされ、目が眩む。
ジタバタと足掻こうにも前に逃げれば股間の雄が、退こうとすれば秘処を穿つ指が、より深く体内で
蠢いてしまい、成す術はない。
縋り付いた相手に助けを求め、真紅の目が揺れて、八戒の欲が脈打つ。
翠の目に情欲の滴り。
「濡れてますよ、ここ……」
耳朶に囁きが落ちた。
ヒクンと喉が戦慄き、
「ちっ、違っ…シャ、ワ…っの………」
否定した途端、翠の目が悟浄の視界の外でスゥッと細くなった。
やがて、たった一言。
「……嘘吐き…」
「…ぁ…あぁぁっ!!」
瞬間、白い閃光が悟浄を襲った。
双丘をわし掴んだまま複数の指が、それも両サイドから一気に秘処を貫き、下肢に湯よりも熱い飛沫
が散る。
伝い落ちる残滓に、だが悟浄は、達した後の余韻すら感じることはできなかった。
ゆるゆると複数の指で秘処を嬲られ、萎えたばかりの雄が瞬く間に漲り、涙する。
ここまで来れば後はもう、八戒の成すがままだ。
「ぁあっ…ぁ……ひぃぃん……」
クチュクチュと厭らしい音が下肢から響き、体内を穿つ指にあやされて、知らぬ間に腰が揺れた。
熱い。
下肢が、秘処が、堪らなく熱くて、だのに後一歩というところで感じ易いポイントを外され、逆巻く
欲が悟浄を苛む。
「あっ、ぁっ…もっ…っか、いぃぃ……」
もはや限界なのだろう。
縋り付く腕に力が篭り、フルフルと振り立てる真紅の軌跡が八戒の頬を掠めた。
だのに――だ。
だのに、八戒は尚も悟浄を追い詰めていく。
ピタリと止まった指の動き。
締め付ける内壁に、笑みさえ浮かべて、八戒は言った。
「…こんなに欲しがって…」
厭らしいですよ――こそりと耳元で囁いて、ついで、穿った指、全てを引き抜いた。
「…っ!…やだぁあぁぁぁ」
刹那、迸った悲鳴、否、明らかな嬌声が辺りに木霊する。
フラリと倒れ掛けた悟浄を八戒の腕が攫い、抱きすくめて、真紅の目が揺らいだ。
けぶる湯気に、何時の間にやら湯の雨はない。
「…ぁ…?…」
背に壁が当たり、蕩けた頭で反転させられたと知ったのは、ほんの一瞬のこと。
左腕で脇を、右腕で悟浄の片足を掬い、八戒がほくそえむ。
「ふふふ。綺麗ですよ、悟浄…」
ヒクンと喉が鳴った。
大きく開かれた下肢。
浩々と朝日の舞い散る中、上向きヒクヒクと慄く秘処すら暴かれて、翠の視線が絡み付く。
「やっ、やだっ!八、戒っ…ぁひぃぃいぃぃ」
我に返った途端、蕩けた秘処を八戒の熱が擦っていき、一瞬にして、意識が飛んだ。
二度、三度と突つくだけで、あっさりと退いていくのに、堪らない疼きが悟浄を襲う。
「…はっ…かっ…んんっ…っか、いぃぃ……」
魘されたように名を呼んで、縋り付いた肩に歯を立てて、まるで、そのお返しとばかりに、耳朶を噛
まれた。
「欲しい…のでしょう?……」
言いながら今の今まで触れずにいた胸の突起を舌で舐め、軽く甘噛みしてやる。
腕の中、震えの走る躯を抱いて、翠の目が燃えた。
「言って…貴方の口で…」
ゾロリと頬の古傷を舐められ、背が波打つ。
「あっ、あっ……やぁ…んんっ」
「さぁ…悟浄…」
脳髄を侵す囁き。
「…しっ…ぁぁんっ…欲しっ…っ!…ひっぃぃぁぁぁあ」
瞬間、真紅の眦に涙が散った。
立ったまま常とは違う角度で貫かれ、腰の奥、別個の生き物が脈動する。
揺さぶられ、混沌とした意識に情欲が渦巻き、秘処が頬張った雄を締め上げた。
「…くっ…」
八戒の息が濡れる。
貪り、貪られて、舌と舌、吐息すら奪い合う。
突き上げ、突き上げられて、仰け反った拍子に喉元を軽く噛まれて、悟浄が啼いた。
やがて――。
「……悟、浄っ!」
「…っ!!」
最奥に熱い飛沫が散り、堰切った欲が悟浄の意識を今度こそ連れ去っていった。
◇◇◇◇
"ギシッ"
スプリングが軋んだ。
今だ昼になるか、ならないかの時刻だ。
燦燦と輝く日の光が、閉めたカーテンの隙間から零れ、知らず八戒は微笑んでいた。
腕の中、クタリと力ない躯をベッドへと横たえ、自分もまた、その脇に身を沈めて、ふと笑みが苦い
ものへと変った。
浮かぶのは自嘲の笑み。
「…ったく、僕もまだまだって、ことですか…」
ポツリと独りごちて、溜息が零れ落ちる。
抱き寄せて、今だ失神したままの悟浄を見詰めて、胸が痛んだ。
あんな風に追い詰めるような抱き方をするつもりはなかった。
だが、手を引かれ、誘われるようにして、抱き合って、それだけで理性など簡単に吹き飛んでしまっ
た。
―――…本当…余裕なさ過ぎですよねぇ…
目を細め、見やった先、真紅の髪が散らばり、その一房をソッと手に取る。
欲しくて、堪らなく欲しくて、手に入った途端、今度は失うことに怯えてしまうとは、何とも情けな
い話だ。
つらつらとそんなことを考えている内に、身じろぐ感触がして、ドキリとする。
「……っ、ん…」
小さな本当に小さな声がして、やがて、真紅の目がゆうるりと瞬いた。
「ああ、気付きましたか?」
やんわりと笑んで覗き込むと、どこか惚けた眼差しに出会い、次の瞬間、八戒は息を呑んだ。
視線の先、花綻ぶような笑みが八戒を魅縛する。
そして――。
「……おめ…でと…っかい………」
耳に届く、聞こえるか、聞こえないかの微かな囁き。
それが、【新年の挨拶】だと、八戒が気付くまでには、情けないかな、かなりの間が必要だった。
だからだろう。
ハッとした時には遅く、真紅の輝きはもう瞼の裏に隠されてしまって、後はない。
「…悟、浄…?…」
恐る恐る問い掛けて、だが、返ってくる応えは、安らかな寝息のみ。
緊張していたのだろうか。
知らず息を吐いて、ついで、八戒は微笑んだ。
柔らかな至福の笑みが無意識の内に浮かんで、今は眠る愛しい人に囁く。
「おめでとうございます……悟浄…」
胸の内、触れ合った温もりとは別の何かが、何かが、じんわりと広がっていく。
嬉しい、愉しい、暖かい、そのどれもであって、尚、愛しいと――。
間近に無防備な寝顔。
触れ合った肌に互いの鼓動。
抱き締めて、抱き締められて、何時しか、2つの寝息が重なっていく。
窓の外、降り積もった雪が、また一つ木々の狭間に滑り落ちた。