話題転じて,ヤードバーズ出身の3大ギタリスト.まずは,エリック・クラプトン.彼はもうなんのこっちゃというくらい旨渋(うましぶ)であり,決して出しゃばりすぎない.その点が,今でも万人に好かれる理由であろう.アルバムの統一感において,「461 Ocean Boulevard」が,私にとっての愛聴盤.次いで,ジェフ・ベック.こいつはまたニヒルな男で,エキセントリックなフレーズがすばらしい.これまた愛聴盤は"Led Boots"と"Come Dancin'"が聞ける「Wired」.ナラダ・マイケル・ヴォルデンのドラミングと,ヤン・ハマーのキーボードもすばらしい.最後に,ジミー・ペイジ.彼は,基本的にコンポーザーで,てろてろと時に訳のわからんソロを弾くものの,音のダイナミズムを具現化することにかけては,天性の才能があるため,よし!愛聴盤は...うーん,やっぱゼップは全部よいのだ.
さて,ようやく本題.私が敬愛するリード・ギタリストというのは,彼ら3大ギタリストではなく,なんつってもアイリッシュ・ロリーである!会ったこともないが,絶対いい男に間違いない.歌声とギターフレーズだけで,そう確信できる.愛しの突貫小僧である.彼について書かれた書物も多いが,私は絶対にトリオ時代,つまりキーボードが入っていない時代の方が好きである.ということで,イチ押しのアルバムとなると,1972年の「Live in Europe」である.Tasteを解散して,ソロになって間もない頃の音源で,1曲目の"Messin' with The Kid"から,もう男らしいフレーズのオンパレード(死語か?)である.ただし,近年,アナログ盤時代の曲に,ボーナストラックを追加したCDが出ているが,こいつはひどい!絶対,買わない方がよい.ボーナストラックの曲は,おそらく違うライブ音源であろう.音質も,客の乗りも違いすぎるのだ.そもそもボーナストラックというのは,レコード会社が自社の営利目的のみで(リスナーに媚びって),ミュージシャンの意向を全く無視した商魂魂の代物である.まったくもってよけいなお世話であり,自ら楽器をやる立場としては,断固許せない.ミュージシャンが,アルバムに込めた統一性をぶち壊すだけである.最近紙ジャケットで再発された村八分の京大西部講堂での「Live」も然りである.なんじゃ,あのボーナストラックは!
話が逸れた.愛しのロリーである.彼同様,人生前向きに行かなくてはならない.ロリーの突貫ぶりは,痛快そのもので,手癖任せにミスピッキングも気にせず,弾き倒す姿勢は,ロックそのものである.ポール・ウェラーや大江慎也が,どうしようもなく激しいカッティングで弦を切りまくる姿と同質である.またまた話が逸れるが,私は20年ほど前から「ロック」という言葉が嫌いになった.あまりにロックという言葉が,本質的には解釈が違っていると感じざるを得ないまま,市民権を得すぎて,手に負えなくなったからである.「ロックじゃなきゃなんでもよい」と産声を上げたパンクスに遅れること20年.悲しいことに,同じ気持ちである.ただ,ここであえてロックという言葉を使うのは,それ以外によい共通語がないということと,もう一つは,まだ少なからず個人的にロックという言葉を信じている部分があるからである.なんか理屈っぽくて,よくない展開だなあ.
で,ロリー・ギャラガーの.いったいどこがよいのかというと,その潔さである.俺は,こう腹を決めた!という姿勢が音に現れている.今となっては,天国のロニーに確かめようもないが,君はそう言う人間だろ?彼のアルバムでは,メンバーたちの意向を無視して,勝手にリリースされたという話だが,Taste時代の「Live Taste」もすばらしい.無駄なアレンジをそぎ落としたトリオは,やっぱかっこよい.
最後に,挙げたらきりがないのだが,ロバート・ジョンソン,サン・ハウス,ロバート・ナイトホーク,Tボーン・ウォーカー,ジョン・リー・フッカー,マジック・サム,ボ・ディドリィ,ウィルコ・ジョンソンなんかも飛びっ切りカックイイギタリストである.で,ジミ・ヘンドリクスはというと,こいつはもう化け物である.ロックそのものであり,ギタリストといった枠にはめるのは無理かつ意味がない.ジム・モリスン同様,それはもう別格なのだ.
Go To Favourites