さて,いくら便利になったと言っても5時間程度を座席で費やすのはかなり退屈である.そんなこんなで,京都までは読書に耽っていた我が一家も,さすがに飽きてきた.ここまでで心ときめいたことと言えば,見事な富士山と,米原付近の一面の雪景色くらいであった.もっとも,「米原って群馬県?」と,聞いてきたかみさんの言葉の方がよっぽどときめき度が大きかったが.
ということで,怒濤のUNO大会が始まった.息子を交えて3人で10回勝負の点数を累計し,点数が少ない方が勝ちというルールだ.息子は8歳だが,ほとんど大人と同等にできるので,こちらも真剣である.ただし,ワイルドドローフォーやスキップなど点数の大きいカードを出せないまま終わったときは,ゲームの途中で悔し涙を出すあたりは,まだまだ甘っちょろいガキんちょである.
そうこうして何番か勝負をした後,岡山あたりでアイスクリーム休憩をとることになった.その時点で,一人勝ちをしていた私が買わされる羽目になった.「190円のお釣りでございます.アイスクリームは,冷凍されてかなり堅くなっておりますので,お気をつけください.」冬と言うこともあって,夏ほどには売れないのであろう.確かに,蓋を取ったアイスはコチコチだった.しかし,アイスにお気をつけくださいとは,どういう意味であろう?
そう言うわけで,アイスを陽の当たる窓際に置き,さらにUNOを続けた.そろそろ,溶けてよい食べ頃具合になったであろうと思い,3人でアイスを食べ始めた.ところが,表面付近にかろうじてスプーンが刺さる程度で,アイスはまだまだ堅かった.しかし,これから九州に上陸しようとする我が一家としては,これくらいのことで怯むわけにいかないのだ.がむしゃらに食べ始めた.まず,そそうをしでかしたのは,窓際に座っていた息子である.スプーンを思いっきり突き刺した反動で,アイスを前方に突き飛ばしてしまった.無惨な固まりが床に落ちている.笑いながらも「スプーンは手前に向かってゆっくりねじりながら刺すんだよ.」と諭しつつ,床に落ちたアイスを拭き取った.
そうこうして格闘しているうちに,アイスも次第に柔らかくなり,ずいぶんと食べやすくなってきた.たいていの場合,落とし穴へは,このように油断したときに落っこちるものである.食べやすい周りから攻めていくと,最終的に中心の堅い部分が残ってしまう.通路側に座るかみさんが,先ほどから必死にこの中心部分を割ろうとしている.とっくに食べ終わった私は,必至に格闘を続ける「米原事件」もどこ吹く風のかみさんの顔を眺めていた.と,その時であった.勢い余って手前にスプーンを滑らした瞬間,「ピュッ」とアイスの破片が右斜め後方へ飛び散ったのだ.張本人は,手を滑らしたことがおかしかったらしく愉快に笑っているが,まさかアイスが飛んでいったとは気づいていないようである.
私は,恐る恐る通路後方をのぞき込んだ.すると,かみさんの斜め後ろの通路に,飛び散ったアイスが小さな輪を作って落ちている.さらにウガンダ,まさかと思いつつ,かみさんと床に落ちたアイスの延長線上に視線を移すと、ヌワンコ・カヌ,通路反対側の右斜め後方に座っている女性の左靴の上に,ひときわ大きなアイスの花が咲いているではないか!幸い女性は,寝ているようだ.しかし,黒を基調としたスーツに黒の革靴なので,目立ってしょうがない.しかもその靴はかなり高そうである.クールなファッションに,一輪のアイス.見事なまでの間抜けさ加減であった.
それとなくそぉっと視線を戻すと,ようやく起こってしまった事態を察したらしく,かみさんがこちらに目をやった.こういう場合,最もまずいのは,大きな声を出すことなのだが,得てして事態は最悪の方へと進むものである.堪えきれず,二人とも吹き出してしまった.さらに悪いことに,息子が大きな声で「どうしたの?」と聞いてくる有り様である.しかし,もうじき九州上陸なのだ.今こそ勇ましさを発揮する時なのだ!鬼の形相で二人を睨みつけ,なんとか我が家は沈黙を維持した(知らぬふりをしたとも言う).
小倉で降りるとき,一家揃って斜め前方のドアから降りたことは言うまでもない.果たして,彼女はまだ寝ていたのか?なんとなく,起きようにも起きることができなかったのかもしれない.降り際に,女性添乗員が「ご利用ありがとうございました」と声をかけてくれた.アイスクリームを売っていたあの娘である.「アイスにお気をつけ下さい」かあ.私は,歴史的なワールドカップイヤーの最後を過ごすべく,木枯らしの吹く小倉へと降り立った.
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