| ※ サイバー・ブルー | |
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作画・原哲夫/原作・二人(名前しらん) 北斗の拳の次にジャンプに連載された漫画。 北斗の拳の次だけに期待が高まったが、俺らをずっこかせるには充分な作品だった。 話しの筋は近未来の設定で、確か死にかけの少年がサイボーグとして蘇えって強くなる話。 で、死にかける前の少年はあどけなさを残していたのだが、サイボーグになったとたん、ケンシロウになった。 その後の話の筋、終わり方は今となっては記憶にない。 原作者が二人いて、各週交互に書いていたらしい。 そのためか話が行き当たりばったり。 また、ジャンプの最後の作者の一言のコーナーで、「変なところで原作をバトンタッチされても困る」みたいな泣き言を書いていた事も印象深い。 | |
| ※ 三国志(さんごくし) | ||
| 「三国志」と言う名の示すとおり、中国が三つの国に分かれて争っていた時代(西暦二二一〜二六五年)の事を書いた小説。 『三国志』とは実は正史(国家事業として編修した歴史書。また、最も正統と認められた歴史書)の名であり、晋(三国を統一した国)の陳寿の編集にかかり、小説とは別の書物。 小説のほうは、正史を平易な言葉にかきかえたと言う意味で『三国志平話』とか、『三国志通俗演義』、『三国志演義』などと呼ばれた。 小説の作られた確かな年代はわからないが、長い年月を何人もの作者の経て完成されて行った。 その中でもっとも重要な作者は羅漢仲と言われている。 ここで取り上げる「三国志」は小説のほうであるが、日本で「三国志」と言うと、吉川英治のものがもっとも有名であり、『三国志を読んだ』と言っている人はたいていこちらを指している。 こちらの三国志は、吉川英治が日本の道徳的に受け入れられない部分を削ったり、創作を加えたりしたもので、日本風に噛み砕かれており、非常に読みやすい。 ただし、諸葛亮が没するまでしかかかれていない。 日本における「三国志」と言うと、もう一つゲームの光栄の三国志が挙げられる。 どちらかというと、三国志の世界へはこのゲームから入る人が多く思える。 あと、このゲームをやるためにパソコンを買う人も続出。 その後、ファミコンでも発売され、その人気を不動のものとした。 俺様もかなりファミコン版をやり込んだ。 ある日、このゲームを始めようとしたところ、我が母親が通りかかってTVに映ったタイトル画面 ![]() を見て、 「『吉幾三(よしいくぞう)』って。 あんたなんてゲームしてんの?」 と言われてしまった事が印象深い。 文字が右から書かれている上に、"国"が、古い"國"と書かれているので、ぱっと見確かにそう見えるな。 複数人で対戦プレーも出来るのだが、一人がコンピュータと戦争などを始めてしまうと、他の人はやる事が無く待ちきれないため、大抵最後までやってられない。 最初の三国志ゲームだけあり、登場人物のデータが???ってやつもいたが、非常に楽しめた。
人材捜索したところ、在野に魯粛を発見。 そこで、『君主自ら出向く』で登用に向かったところ、孫策が魯粛に斬られた。 孫家と魯粛は相性が良いはずだし、他国の配下ならともかく、在野武将が登用に来た君主を殺すのも考えられない、小覇王と呼ばれた剛の者である孫策を、戦闘力の乏しい魯粛が殺すのも凄い、とつっこみどころ満載であった。 よほど魯粛の虫の居所がわるかったのだろう。 当然兄は怒り狂っていたが、非常に笑わせていただいた。 |
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| ※ スキャナー | |
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どうしても場所をとるため上に色々物を載せてしまい、使いたい時上に物が載っているのをどけるのがおっくうで結局使わない物。 | |
| ※ スター・プラチナ | |
| 『ジョジョの奇妙な冒険』と言う漫画に出てくる、スタンドの一つで、『金城武』に似ている。 と言っても、この漫画を読んでないと、スタンドが何やら分からないと思うが、文章で説明するのは難しい。 |
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| ※ スター・ルビー | |
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ルビーの中でも、特に光の反射で表面に星形に光が浮かび上がるルビーを言い、値段も普通のルビーより高価。 インドのどこかでしか採れないと聞いたが、インド人の言うことだから本当かどうか謎。 俺様はインド旅行時にTと一緒に一つずつ購入。 しかし、後に確認したら傷物をつかまされていてムカツク。 まあ、ヘリの方なので目立たぬが。 Tのを確認すると、これもまた傷物であった。 しかも、宝石のど真ん中であり、星形に光が浮かび上がるのを邪魔している。 我らは、インド政府公認の宝石店で購入し、証明書までついていたのだがこのありさま。 インドで買い物する時は、包装されていてもその場で開けて中を確認することをお勧めする。 | |
| ※ 三段跳び(さんだんとび) | |
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一般人にはホップとステップは連続して同じ足で跳ばないといけない事はあまり知られていない。 ていうか市の大会ぐらいだと選手のくせに知らない奴もいて、交互に飛んで審判にファールを宣言されても、自分で何がいけないのか分からず首を傾げていたりする。 高校生ぐらいだと走り幅跳びは、短距離が早い奴等はエントリーしてきたりして結構選手層が厚いが、三段跳びになると少し敷居が高く感じるのか、格段に選手層が薄くなるので狙い目。 ちょっとしたコツをつかめばステップが伸びるので結構飛べる様になる。 また、県によってレベルがかなり異なる。 俺様が高校生の当時、神奈川県は結構レベルが高くて関東大会に出るのは難しく、俺様は1cmの差で関東大会に出られなかった。 無念じゃ。 で、関東大会を見学に行き山梨県の選手の記録を見たら、神奈川では予選落ち程度の記録だったりしてムカツいた。 | |
| ※ 清水義範(しみずよしのり) | |
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パスティーシュ小説と名付けられているようだが、パスティーシュって何だったか忘れた。 まともな小説と言うよりは、冗談や皮肉を込めた文章を書く人。 話の内容や方向性はが俺様の発想に似た臭いを感じ、恐らく俺様が小説家に成っていたら、この人のような話を書いていると思う。 面白いが、やはりこういった癖のある物の常として外れの作品もあるが、はまるととても面白い。 外れと言うより、自分には合わないと言った方がいいかもしれない。 俺様の中の代表作は、『蕎麦ときしめん』、『国語入試問題必勝法』。 | |
| ※ スペランカー | |||
何故かカセットに発光ダイオードがついている。 しかもそれがこのゲームの売りの一つ。 主人公は虚弱体質で下り坂でジャンプすると自分のジャンプ力により死亡する。 膝の高さ落ちると死亡する。 コウモリの糞に当たると死亡する。 でもゲームとしては、かなりおもしろく、やり込んでいた人は多い。 spelunkerとは、趣味でやる冒険家と言う意味だが、趣味でやるにしてももう少し身体を鍛えてからにして欲しい。 しかし、この主人公の弱さがこのゲームが有名になった要素の一つである。 アイレムの公式ページでも、この弱さをネタに『スペランカー先生』と言う4コマ漫画が今でも連載中である。 なお有名な裏技として、
どちらにしろ、空中を歩き回れたところで、この主人公は煙やコウモリの糞にあたって死ぬと思うので、無敵とはいえまい。 | |||
| ※ ゼビウス | ||
| ナムコのシューティングゲームの名作。 シャリシャリ音がたまらない。 自機のスピードがすこぶる遅く、あまりにもどかしくて移動したい方向に手を動かしたり、体を傾けたりしてプレイしている人が多く、見ていると面白い。 このゲームをやると玉よけが上手くなると思う。 アーケードゲームでは縦長だが、ファミコン版では上下のサイズが狭いので、上からブラグザカートという、爆発して大量の玉を円状に放出する奴に出くわすと、俺様は大抵よけられない。 特に中心の4つの誘導弾がミソ。 また、ソルという地上のある地点を打つと現れる建物(高得点)や、スペシャルフラグと言うものが有る場所(X軸は不定)を打つと現れる1UP等、体が覚えている。 バキュラという鉄板がクルクル回る障害物が256発打つと壊れるらしいのだが、壊している奴は見たこと無い。 つうか、これは単なるデマという話だ。 このゲームのボス的存在に、アンドア・ジェネシスと言う巨大要塞がある。 これはいきなり中心を打って破壊するより、周りの4つを壊してからの方が点が稼げるので、色気出して周りから壊そうとして、自分が先に死ぬ奴がいっぱいいる。 ファミコン版ではカセットを斜めとか、中途半端に差し込むと画面が乱れるため、本来隠れているソルや、スペシャルフラグが見えるという裏技がある。 あと、
あの8桁の数字は、アーケード版のディップスイッチに対応しているらしく、他の数字にもそれぞれ意味があるので、いろいろ試して遊べる。 | ||
| ※ 世界三大がっかり | |||||||
| ブリュッセルの「小便小僧」、コペンハーゲンの「人魚姫」、シンガポールの「マーライオン」の3つは、有名なわりに見るとがっかりするため、世界三大がっかりと呼ばれている。 しかしこれも諸説あり、ローマの「真実の口」を入れる人もいる。オーストラリアの、「オペラハウス」も有力候補である。 これが世界共通なのか、日本だけで呼んでいるのかは謎。
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| ※ 世界三大下ネタ地名 | |||||||||||||||||||||
| バヌアツのエロマンガ島、インドネシア バリ島のキンタマーニ山、オランダのスケベニンゲンの3つは、日本語で下ネタが含まれる地名な為、世界三大下ネタ地名と呼ばれている。 当然、日本国内限定の呼び名である。 また、これも諸説有り、
他にも気付いた下ネタ地名が有れば、是非教えていただきたい。 |
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| ※ 孫権(そんけん) | ||
192年19歳で孫氏の統領となり、父兄の事業を受け継いだ。曹操や劉備と対立、同盟を繰り返しつつ、揚子江中・下流域を基盤に呉国を建てた。 碧眼・紫髯であったと言われている。 父親が「孫堅」で、「そんけん」と読みがいっしょで紛らわしいので、人と話をする時は孫権は『むすこそんけん』、孫堅は『おやじそんけん』と呼ぶと通じやすい。 光栄の三国志のゲームでは、右の様な様相で描かれる。 このゲームをやり込んだ人は多いので、イギリスとか、早稲田とかの卒業式でかぶったり、宙に投げるあの帽子名称がわからない時に、 「孫権がかぶっているような帽子」 と呼ぶと結構みんなわかってくれる。 逆にあの帽子の正式名称は誰も知らない。 | ||