野口建築事務所
Noguchi Architect & Associates



アレックス・カー 『美しき日本の残像』より 
出版 新潮社

 「日本の一番美しい山の祖谷、伝統芸能二百年の天才玉三郎…僕は幸せだったと思います。美しい日本の最後の光を見ることができました」
 アレックス・カーさんは、東祖谷の築三百年の茅葺きの民家をセカンドハウスにした、徳島にもなじみの深いアメリカ人の東洋文化研究家だ。
 新潮学芸賞を受賞した『美しき日本の残像』の中で、日本建築や歌舞伎、山水画、書などの日本の伝統文化の素晴らしさをたたえている。そしてその本の最後に、彼は先ほどの言葉をつづった。
 失われていく日本の美しさ。その黄昏の時に身を置くことの喜びと、そして深い悲しみが伝わってくる。
 一九九三年にこの本を出してからほぼ十年後に、アレックスさんは『犬と鬼―知られざる日本の肖像』を書く。
 前著がやわらかな日本語でつづられたのに対し、この本は外国向けに英語で出版されたのを日本語に訳したものだ。
 本の題名は、アレックスさんが白洲正子さんの家で見た書「犬馬難、鬼魅易」からきている。空想の鬼を描くのはやさしいが、そこら辺にいる犬や馬を描くのは難しい、という意味だ。日本人は、目の前にある日本の本当の姿が見えていない、ということのようだ。
 『犬と鬼』は、美しい日本の最後を見届けたアレックスさんが、なぜそうなったのかを、目の前の犬を必死に見つめて書いた日本論だ。
 土建国家、官僚制、バブル、吉野川可動堰…前著とは異なる厳しい言葉、激しい怒り。彼は日本が嫌いになってしまったのだろうか。
 本の最後は、次の言葉で終わっている。
 「日本は日本でなくなった。家路を探し求める―これが今世紀の課題だ」
 アレックスさんが買い求めた祖谷の民家は「ちいおり」と名付けられ、この春、二回目の茅葺き屋根のふき替えをする。世界各国から若者たちが集まり、材料のススキ刈りをしているそうだ。
 共同所有者の写真家、メイソン・フローレンスさんは、汗をぬぐいながら、こう話している。
 「ここは日本の原風景。私たちの手で守っていきたい」。 


 建築家 野口政司
 2007年3月17日(土曜日) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
美しき日本の残像