about : 慣性の法則


  1. 慣性の法則の定義

    外力が働かなければ、全ての物体は静止し続ける (または、その運動を続ける)。
    もう少し噛み砕くと、何もしなければその物体は今と同じ運動を継続し、その運動を変化させるには外力が必要である、という事だ。
    その物体の質量を m とし、外力を F、この外力による加速度を a とすると、この系は次の式で表される。
    F = m*a

    この式を噛み砕くと、質量 m の物体の運動を a だけ変化させるのに必要な力は F である、という事になる。この捕らえ方から解かるように、その物体の質量が大きければその運動を変化させるには大きい力が必要だし、物体の運動を大きく変化させるには大きな力が必要となる。

    そして、運動を変化させるために外力を掛けると、その外力による加速により、慣性力が感じられる。
    ちなみに私たちが一般的に慣性の法則と呼ぶのはこの慣性力の方の様だ。

  2. とある煙突

    私がこの街に住み始めた当時は、この辺りは住宅街で高い建物などなく、この煙突が最も背の高い構造物だった。
    そしてその当時から、煙突はずっとここで煙を吐き続けてきた。
    昼夜を問わず煙を吐き、硫黄の匂いを撒き散らし、時に異常排気していた。
    これはきっと違法操業に違いない、と思わせるほどに。

    正直言って、私はこの煙突が嫌いだった。


    2003年 6月、この煙突は煙を吐くことを止めた。
    理由は推し量るまでもないし、ここに記すまでもないだろう。

  3. 慣性の法則の適用

    この煙突が煙を吐き始めるためには、大きな外力が働いたに違いない。
    そしてこの煙突が煙を吐き続けてきたのは、まさしく慣性運動である。
    そしてこの煙突が煙を吐くのを止めるにも、大きな外力が必要だったに違いない。

    また、そこに働いていた人たちの心中にも同様に、慣性力が働いたに違いない。
    そこに生活があり、そこに人生があり、そこに思い出があり、
    この煙突を中心に、その人たちは生きていた。

    それらの基盤は、破壊されてしまった。
    今これを書いている間も、破壊の音と揺れが私の元に伝わってきている。
    時の流れとは、残酷なものである。


    そして私の心中にも、慣性力は働いていた。
    嫌いなものであっても、今までそこにあったものが無くなるという事は、大なり小なり寂しさを感じさせるのだろうか。
    それとも、私が刻んできた時間の中に、無意識に入り込んできていたのだろうか。

    私は、この煙突の姿を写真に収めておく事にした。
    煙突

  4. 慣性力と変化

    慣性力は、その物体の運動が変化する時に感じる力である。
    それは即ち、今までの運動 (状態) の終焉と、これからの新しい運動 (状態) の始まりを意味する。
    この煙突が建つ時にも、きっと同様の慣性力が働いたのだろう。

    今までここに刻まれた時間と思いの上に、
    新しい時間と思いが上書きで刻まれる。
    ただそれだけの事だ。
    そうして私たちは、歴史を築いてきた。

    当たり前の事なのだ。
    でも何故か、心苦しさを覚える。


    ときに、私たちは今の状態を変えるのに躊躇する事がある。
    でもそれは、状態変化に伴う慣性力だと言える。
    だから、その躊躇は物理的に正しいのだろうと、私は思う。

    しかし躊躇してしまっては決して状態は変わらないし、
    勇気を出して力を発揮しない限り状態は変化しないし、
    変えることはできない。
    この事も、物理的に正しい。

    今までここに居た人の気持ちを踏み躙ってまで、
    これを正しいと言う権利は私にはない。
    しかし、"国破れて山河あり" という詩同様、
    ここには、ここに生きた人々の生き様があった。
    そして同様に、これから、別の人々が、ここに新たな生き様を刻んでいく。
    それらは常に上書きされていくものなのだ。
    それらは歴史が証明しているし、
    そしてそれらを、"残酷にではあるが"、物理学は肯定する。

    私はこれらの事を、人心における慣性の法則と呼ぶ事にしようと思う。
    そしてこの言葉の薄っぺらさを補うために、私は、今日のこの気持ちを、忘れずにいたいと思う。

    ここにはたくさんの人たちが居て、さまざまの思いを、刻んでいたのだ。

特集に戻る
homeに戻る