ある日、私の鼻柱に毛が生えていた。 これが上手い具合に鼻の穴の外に、2本程生えていたのだ。 最初は鼻毛かと思いはしたが、鼻腔に生えていないので鼻毛とは言えない。 毛だ。 どちらかといえば、髭に近いのかもしれない。 なので、鼻毛として脱毛するのではなく、髭として生やす方向で行く事にした。 その毛を鼻毛と認識させないためにも、私は鼻毛の手入れを怠らずにいた。 そしてそれに応えるかのように、その毛はすくすくと育っていった。 毛と心を通わせるなんて、まるで火星田ジュンになったかの様な気分だ。 私たちはいつも一緒だった。 残暑厳しい日に、鼻から汗が垂れつつも。 枯葉落つ秋の日に、夕日に横顔が照らされつつも。 凍て付く様な冬の日に、鼻息が白くなりつつも。 細君と向かい合っている時も。 父母に新年の挨拶をする時も。 仕事でクライアントと重要な会議をしている時も。 毛は、私の鼻柱の下で、そよいでいた。 そんな私たちに、別れは突然やって来た。 旧友との酒席に向かう前、洗面所で顔を洗ったその時に、 毛は私の元を去ったのだ。 何も告げることも無く。 きっと、毛は無理をしていたのだと思う。 もはや 1.5cm を超え、毛としては長く、歳を取り過ぎていた。 だがそれを私に気取られぬ様、毛は必死で鼻柱にしがみ付いていた。 だがそんな努力にも限度はある。 生あるものはいずれ死ぬ。 形あるものはいずれ壊れるのだ。 自然の摂理には、人も毛も、逆らえはしない。 ただ、毛は私を悲しませないため、ひっそりと旅立った。 私はその、毛の意を汲もう。悲しんだりしない。後ろ向きになんかならない。 ただ毛がいつでも戻ってこれるよう、毛根を開けておくよ。 |
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