about : 強さと弱さ

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愛知で、竹やり強盗が現れたらしい。
どうやら犯人は、竹ざおにナイフをくくりつけた手製の竹やりで
コンビに強盗をはたらこうとしたらしいのだ。

タクシー強盗でいきなり相手を傷つける等、犯罪者が凶悪な凶器を
使用する傾向が一層強まっている。

だがこれは、そういった強い力を借りなければ犯罪すら犯せないという
ある種の弱さを露呈する事でもある。つまり、犯罪者自身の弱体化が
凶悪な凶器の使用へと繋がっているのだ。

となればだ、竹やりで強盗を働こうという犯罪者は、ある意味において
強いのかも知れない、そう思った。


ならば、犯罪を犯すにしても、最小限の武器で犯罪に望むべきではないか。
自分がもし被害者になるとしたら、犯人にはそういう気概を求めたい。


ナイフや拳銃など以ての外だ。第一持つ事自体が犯罪だ。
竹やりは響きこそいいが、凶器である事に変わりはない。これも許容できない。

私ならば…そうだな、体だ。
体を凶器にされたなら、仕方ないという気になるかも知れない。
例えば油を塗りたくった濃く褐色のボディを壮年期の山脈の如く鍛え上げ、
満面の笑みで金を所望されたなら、それはもう払うしかない、そんな気がする。
その後尻に何をされるかを想像したら、それはもう恐ろしい凶器だ。
(一部の人には狂喜かも知れない)


いや、そんなものはまだ甘い。
そうだ、例えば温水洋一氏の様な、俗世の悲しみを全て背負った様な、
存在自体が凶器な御仁から金を無心されたなら、どうぞ金なら幾らでも
持って行って下さいという事になるだろう。

犯罪に凶器を用いるなんてもう古い。
存在自体が相手に有無を言わせない、そんな人間凶器こそが最強なんだ。

刃物を振り回したり荒くれたりしている奴等は、弱い奴なんだ。
鼻で笑ってやればいい。
−以上−

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