about : 廃屋

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私は、不動産屋に連れられて新しい部屋を見に来たところ。
今住んでいる部屋が少々手狭になったため、引越しを検討しているのだ。

不動産屋の男は黒縁のメガネを掛けた 30台後半の男で、
見た目から真面目そうだが、堅苦しくならないよう笑顔を張り付かせている。

業者
先ほどは取り乱してしまって申し訳ありませんでした。
そのお詫びと言っては何ですが、次に紹介するのは超格安物件ですよ。
そういって、不動産屋は愛想笑いを浮かべる。
せっかく謝っているのに気を悪くさせてはいけない、
そう思い、私も愛想笑いを返す。

そうこうして歩いている内に私達は街外れに出た。
段々と街並みが寂れてきて、中には廃屋も混じっている。
そして、とある廃屋の様な建物の前で、不動産屋は立ち止まった。

おい、まさかここじゃないだろうな、と思っている私に、
不動産屋は笑顔で打ちのめす事を言った。

業者
ここです。
さあ、行きましょう。
そういって不動産屋は階段を小走りに上がってゆく。
置いていかれまいと、私も付いてゆく。

業者
ここは1LDKで、床面積は 20畳。
駅からは少々離れていますが、バスもあります。
これでお家賃は月 5万、これはお得ですよ。
広樹
壁紙とかは貼ってないんですね。
業者
ええ、いわゆるフローリングというヤツですね。
ま、中にはコンクリート打ちっぱなしなんて言う人もいますけど。
いや、本当に打ちっぱなしだ。
それどころか、壁には大きな穴が空き、内と外の境界なんて無いに等しい。

広樹
あの穴は何ですか?
業者
良いところにお気づきになりましたね。
ここはデザイナーズマンションでして、有名デザイナーが設計したんですよ。
あれは穴ではなくて、採光のためのスポットなんですよ。
部屋は明るいし、眺めも良いでしょう?。
そして同時に、オープンな感覚を出すのにも成功しています。
あ、お客さんはオープンカフェとかお嫌いですか?
広樹
いや、オープンはできてもクローズはできそうにないですよね?
業者
そうなんですよ、このデザイナーは自然との一体感を重要視している方で、
ここのテーマもやっぱりそれなんですよ。
なかなか素敵なコンセプトですよね。
コンクリート打ちっぱなしで自然がどうこういうのも変なのだが。

広樹
何だか部屋中にコンクリートの破片みたいなのが飛び散ってますね。
業者
そう、これがこだわりのワイルド感です。
かっこいいですよね。
不動産屋はなかなか屈しない。
どうやら是が非でも、私をこの廃屋に住まわせようという気らしい。

広樹
水周りはどうなんです?
業者
それならこの蛇口をご覧下さい。
これ、数十万はするオブジェなんですよ。
見ると、
曲がりくねった水道管にくっついた、
すすまみれの蛇口が一つあるのみ。
蛇口はきちっと閉まらず、水が漏れている。

突っ込みどころは満載なのだが、特に目を引くものがあったので
それについて触れてみる事にした。

広樹
何かくしゃくしゃになったエロ本が落ちてるんですけど。
しかもその横っちょに使用済みコンドームもあるし。
業者
あ、それはセットになっているんですよ。
家具付き住宅とか、最近多いですよね。


…ヤボな事は申しませんが、
準備オッケーってやつですよ。
サービスです、サービス。
不動産屋は、いやらしい笑いを浮かべている。

どうやら是が非でも、私をこの廃屋に住まわせようという気らしい。
そこで最後の質問を、不動産屋にぶつけてみた。

広樹
前に住んでいた人はどんな人だったんですかね?
業者
いやー、ここ 20年ほど人が住んでいた形跡は無いんですよ。
なので当方ではちょっと分りかねるんですが…
ちょっと待て、形跡って何だ、形跡って。
まさか適当な廃屋を勝手に売っちまおうって魂胆なのか?

等と思っていると、不動産屋がおずおずと口を開いた。

業者
もしよろしければですね、今の内にお家賃の 4ヶ月分の手付けを
頂きたいんですよ。なにしろ人気の格安物件ですから、
今決めておかないと…
どうやら是が非でも、私をこの廃屋に住まわせようという気らしい。

果たして私は、この窮地をどうやって逃げ出せば良いのだろうか。
−以上−

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