反乱軍の鎮圧。
聞こえは良いが、地下鉱山の囚人捕虜収容施設で暴動が起き、その鎮圧に帝国軍から一個中隊が狩り出された。
犯罪者や反乱軍捕虜が強制労働をさせられている古い鉱山施設は、ここ半年の間に何度か大きな落盤事故などが起きて、労働者にかなりの死傷者が出ている。
施設と待遇の改善などを要求した労働者…主に反乱軍捕虜…がついに決起して暴動を起こした。
ロイエンタールとミッターマイヤーは、各々少数の手勢を引き連れて、迷路のような鉱山の中から人質にされていた帝国の鉱山技師や収容施設の役人などの救出に当たっていた。
「こちらミッターマイヤー、東側第2階層ゲートにいる。人質は全員無事救出だ。迎えを頼む」
ミッターマイヤーは薄暗い坑道の遙か前方にぼんやりと見えてきた、赤錆びた扉を確認しながら通信を入れる。
「ミッターマイヤー!そこは危険だから…く外…ガガ」
だが、イヤフォンにノイズが混じったと思う間もなく、いきなり頭上の岩盤が崩れ始めた。
「うわ」
雨のように岩が降り、もうもうとした土煙の立ちこめる中、外からゲートの扉が開かれるまでかなりの時間がかかった。
幸い大きな崩落ではなかったので死者は出なかったが、ミッターマイヤーも崩れてきた岩の下から掘り出されていた。
「大丈夫か?ウォルフ」
「ああ…装甲服のおかげで助かった…かも」
「ノーヘルは危険だったな」
ミッターマイヤーを助け出した兵士が、蜂蜜色の髪に積もった土砂を払い、額や頬についた傷を見る。
「気にするな、他の連中は無事か?早く出ようぜ」
ミッターマイヤー達が前線基地になっている収容施設監視所に戻ると、ロイエンタール隊と連絡が取れないと騒ぎになっていた。
「どういうことだ」
手当をしようとした軍医を振り払い、ミッターマイヤーはオペレーションルームに駆け込んだ。
通信機からは雑音しか聞こえてこない。
「ロイエンタール、ロイエンタール応答しろ!」
振り返り、オペレーターに位置の確認をする。
「ロイエンタール達は何処にいるんだ」
「北側第5階層付近までは確認できました。ゲートまでは百メートルほどでしたが…」
ミッターマイヤーは、マップと最後に確認されたロイエンタールの位置を見つめる。
実は北側のゲートはこの前線基地に一番近い。
彼はロイエンタールが先に戻っているとばかり思っていた。
「ちくしょう、なにやってるんだ!ロイエンタール、応答しやがれっ」
「…ガ…こちら…イ……タール…ガガ…」
雑音の中に人の声らしきものが聞こえてくるのをミッターマイヤーは聞き逃さなかった。
「ロイエンタールッ、ロイエンタールか!」
「こちらロイエンタール…なんだ、うるさいと思ったらミッターマイヤーか」
かなりの雑音が混じってはいたが、確かにロイエンタールの声が聞こえてくる。
「なんだじゃない!無事なのか?」
「ああ、前方で大規模な落盤。数名は絶望だ」
オペレータールームは一瞬沈黙した。
「現在脱出ルートを探しているが…ガ…ガガ…」
「ロイエンタールッ」
ミッターマイヤーは、必死に耳を澄ませるがしばらくは雑音のみが虚しく聞こえてくる。
「おい、まだ位置の確認が出来ないのか。救助隊はどうした」
「救助隊は、もう向かってます。多分位置はゲートのすぐ側かと…」
何時崩れ落ちるかも知れない危険な坑道にはうかつに人を入れることは出来ないのが分かっているので、救助隊といってもゲート付近の安全を確保するしかできないだろう。
ミッターマイヤーは未だ装甲服をつけたままの拳を握りしめる。
「…ガ…現在危険地帯を迂回して地上に…ってる…」
「ロイエンタールッ、早く戻ってこい、そんなとこで死んだら許さないぞ!」
「無事に戻ったらご褒美をくれるか?ミッターマイヤー」
雑音の向こうに遠く近く聞こえるロイエンタールの声。
「なに呑気なこと言ってるんだ」
「こんな危険な場所を突破しろというんだ、ご褒美くらいくれ」
ミッターマイヤーは目の中に落ちてくる汗と血をぐい、と拭った。
「ご褒美でもなんでもやる、やるから!」
「また落盤が……ガ…ガガ…」
しばらくの雑音。
オペレーションルームは静寂に支配されている。
「…ガガ…ご褒美にキスをくれるか?」
そしてまたもや雑音の向こうの呑気な返事にミッターマイヤーは拳をコンソールに叩き付け声を張り上げていた。
「キスでも何でもくれてやるからさっさと還ってこーーい!」
「ただいま」
「え?」
ミッターマイヤーは、背後から聞こえる声に思わず振り向く。
土埃だらけの装甲服姿ではあったが、涼しげな顔をして佇むロイエンタールがそこにいた。
「送信時には雑音が入るのだがそっちの声は良く聞こえるんだ、うるさくてかなわん」
ロイエンタールは、手にしていた通信機を放り投げた。
そして、何事もなかったかのように軽やかな足取りでつかつかと歩み寄り、「ではご褒美、いただきます」と宣言すると、金魚のようにぱくぱくと口を開けていたミッターマイヤーの唇を奪う。
「おや?」
暫くすると、ミッターマイヤーはロイエンタールの腕の中で失神していた。
「おーい、軍医、酸素もってこい」
「オスカー…ウォルフは落盤の下敷きになってへろへろだったんだぞ」
事の成り行きを見守っていた仲間の兵士達は、やれやれと溜息を付きつつ、失神したミッターマイヤーを運び出す。
「こっちだってもう少しで死ぬとこだ」
ロイエンタールはミッターマイヤーのぬくもりの残る唇に指先をあてにんまりと微笑んだ。
目を開くと白い病室だった。
「気が付いたか?」
すぐ近くで金銀妖瞳が覗き込んだので、ミッターマイヤーは暫く惚けたように魅入っていた。
「右腕の複雑骨折、頭部3針、打ち身、打撲、擦過傷多数、現在体温39度…あ、酸素チューブを外すなよ」
「…無事だったんだな、ロイエンタール」
「いつの話をしている」
ロイエンタールは、乱れた蜂蜜色の髪を撫でた。
「なんか…おまえが落盤に巻き込まれて連絡が取れないところまでしか覚えていないんだ」
「落盤で真上に青空がのぞいてな…脱出するのは簡単だった。前方の数名が圧死したが…」
「そうか…」
「で」
ロイエンタールは、機嫌が良い。
「お前は俺に、無事に帰ってきたらキスのご褒美をくれると約束したんだが」
「そ、そんな約束した覚えはないぞ」
「お前は覚えていなくても、オペレーションルームにいた全員が聞いている」
「!!」
ミッターマイヤーは頬杖を付きながら微笑むロイエンタールの目の前で真っ赤になった。
返事を促すかのように、器用に片方だけロイエンタールの眉が上がる。
「ウォルフガング・ミッターマイヤーに二言は無いぞ」
「だったらもう黙れよ、ウォルフ」
近付いてきた綺麗な宝石に鼓動を早めながら、ミッターマイヤーは蜜色の睫毛を閉じた。
まんまと2度目のキスを奪ったロイエンタールは、帰還の間中ご機嫌だった。
オスカー・フォン・ロイエンタール、ろくな男じゃありません。