のめりこみ症候群



「ん…」
絡み合っていた舌先が唇の端を擽り、ゆっくりと顎から首筋を辿り始める。
ミッターマイヤーは、密着したロイエンタールの肌が少しずつ熱を帯びて来ているのを感じていた。

「ミッターマイヤー、ほら、コーヒー」
「おう、すまんな…」
マグカップに満たされた熱いコーヒーを受け取ろうとして、ミッターマイヤーは読んでいた雑誌から目を離さずに手を延ばす。
「あ、こらっ!」
「うわっ、ちいっ!!」
ちょっとしたタイミングの悪さで交差した2人の指先からマグカップは行く先を失い、中身の熱い液体はミッターマイヤーの右手に降り注いだ。
「ああ、もう、なにしてる」
「なにって、ちゃんと渡してくれてもいいだろ!」
「よく見てないお前が悪い」
ロイエンタールはてきぱきと汚れた辺りを拭い、マグカップを片付ける。
「大丈夫か」
「このくらい、嘗めときゃ治る…あ…」
ミッターマイヤーは、ぞんざいに振り上げたひりつく右手を、ひやりとしたロイエンタールの両手に包まれてどきりとした。
「熱いな、火傷したか…」
「だ…大丈夫だって…」
慌てて手を引こうとして、それは果たせなかった。
「黙ってじっとしていろ…俺の手は冷たいだろう」
ロイエンタールの指先の冷たさが、熱を優しく吸い取っていく。
「まあ、応急処置だ」
間近で金銀妖瞳が微笑んで、思わずミッターマイヤーは頬に血を上らせ目を逸らす。
「ばか、放せよ…」
「いやだね、せっかく捕まえたんだし」
振り解こうとした手は、しっかり握り込まれて離れようとしない。
喉の奥で猫がごろごろするかのような笑い声が降ってきて、ミッターマイヤーは目を伏せる。
合わせられたロイエンタールの唇は仄かに冷たかった。

もはや指先だけでなく、重なり合った身体のあらゆる部分で2人の体温は混ざりあう。
混ざり合い、融け合い、一つになる。
ミッターマイヤーは、ロイエンタールの肌がぬくもりを増し、熱くなって来るのを感じるのが好きだった。
普段あまり垣間見ることのないロイエンタールの高ぶった内面が、肌を通して伝わってくるのはこの時だけだから。
ミッターマイヤーの唇が微かに刻んだ笑みを、ロイエンタールは見逃さなかった。
「何が可笑しい?」
「もう…」鴇色の唇が吐息のように呟く。
蜜色の睫毛がゆっくりと開き、濡れた薄紫の瞳が見上げる。
「冷たくない…」
ミッターマイヤーは、両腕をロイエンタールの背に回した。
それはまた、たまらなくロイエンタールの体温を押し上げる。
「おまえのせいだ」
2人はより深く、熱く、一つになっていった。

とくとくと脈打つ心臓の音を聴きながら、ミッターマイヤーはロイエンタールの上に重なったままうつらうつらと眠りと覚醒の間を漂っていた。
ロイエンタールは、汗で濡れ色を濃くした蜜色の髪を指先で弄びながら声をかける。
「ミッターマイヤー、こら、寝るな」
「ん〜…」
「良いのか?このまま寝てしまうと晩飯にありつけなくなるが」
「…おれは眠いんだが…」
「おれは構わんが、おまえは必ず夜中に腹が減ったと騒ぎ出すに決まっている。その頃になっても店は開いていないぞ」
ミッターマイヤーは忌々しそうに欠伸をひとつした。
「ああ、くそ、なんだって晩飯前にこんなこと…」
「もう少し拒んでからそんな台詞は言うものだ」
言いつつ、髪を弄ぶことをやめないロイエンタールの指先を、ミッターマイヤーは払い落とした。
「拒んだらやめるのか?」
「やめるつもりはないが?」ロイエンタールは器用に片方だけ眉を上げ、にやりと笑った。
「まったく、付き合いきれん!」
ミッターマイヤーは勢い良く起きあがった。
結局拒めないのは判っているのだ。
そんな自分にも、頭に乗るロイエンタールにも少なからず腹を立てながら、ミッターマイヤーはバスルームへ向かう。
「ミッターマイヤー」
不意に声をかけられ、ミッターマイヤーは何事かと振り返った。
「怒った卿は色っぽいって、知っているか?」
言葉の意味を解するまで数秒を要したミッターマイヤーは「ばかやろうっっ!」と一声怒鳴ると、バスルームの扉を思い切り閉めた。
ロイエンタールは心から楽しそうに笑う自分に少なからぬ驚きを禁じ得ない。
誰かと居ることが楽しいなどということは、彼のそれまでの人生にあまり多くはない事柄だったので。
笑いの発作が納まると、彼は狭い官舎のバスルームの扉が開くのをじっと待つ。
濡れた蜜色の髪を乱暴にタオルで扱きつつ、ほんのりと全身をピンク色に上気させた小柄な姿が現れるのを。

オスカー・フォン・ロイエンタール、25歳…現在、ウォルフガング・ミッターマイヤー、24歳に熱烈のめり込み中。


いろは企画 「の」 のめりこみ症候群 2003.10.1
リハビリ…なるのかこれで(笑)
獅子丸リハビリの基本コンセプトは先人を見習って(謎)「いかに短く出来るか」にしました。
長くする方が易しいと…思っちゃダメですか(^^;;;
しかし、久しく濡れ場なんて書いてなかったもんだからすご〜く恥ずかしい(T^T)
ミッターマイヤーはともかく、ロイエンタールにしゃべらせたのってすっごく久しぶり。
このまま2人に会話させておくと暴走して止まらなくなるので撤収。

06.06.12 追記
日付的にいろは企画をスタートさせて早い時期に書いたもの。
長かろうが短かろうが、書きたいことはいつもこんなん?(笑)

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