ウォルフガング・ミッターマイヤーは、士官学校を立派な成績で卒業して、銀河帝国軍の士官になった。
真新しい軍服を着た童顔の上官に最初は戸惑った古強者の前線兵士達も、彼が天性の戦上手だということを直ぐに見抜いた。机上の論理とシミュレーションだけでは戦場で生き残ることは出来ない。
こうして若きミッターマイヤーは、立派な軍人になるためのファーストステップを踏み出したのだった。
「とまあ、俺達が大佐殿をお育てしたようなもんだな…」
「偉くはなったが、おっきくはならなかったなぁ」
「まだまだ偉くなるさ」
あれよというまに大佐にまで昇進したミッターマイヤーの、新たに編成された部隊の歓迎会の夜。
ミッターマイヤーの初々しくてぱりぱりの軍服姿が忘れられないおやじ達は、勲章やら階級章やらでいっぱいになった軍服がすっかり板に付いた己らの上官をうっとりと眺めている。
部隊編成に多少の自由裁量を持つことが出来るようになったミッターマイヤーと、彼の部隊と多くの行動を共にするようになり親友と呼ばれるようになったオスカー・フォン・ロイエンタールは、自分たちの部隊に以前戦場を共にした部下達を次々と登用していった。
貴族達は階級の低い兵士達の異動など要求されても惜しがることはなく、殆ど問題は起こらない。
戦のいの時も知らないバカ貴族の下にいたのではいつまでもうだつが上がらず、ましてやろくな作戦もなしに命の危険を晒すのに辟易していた彼等は、喜んでミッターマイヤー達の部下となり、たちまち士気も上がっていった。
後の帝国の双璧は、こうして手持ちの部隊の精鋭化に余念がなかった。
(ちなみに彼等はロイエンタールのことを「親友」などと考えてはいない。可愛いミッターマイヤーに付いた「虫」くらいにしか思っていなかった)
さて、宴もたけなわ。
小柄なクセして驚くべき酒豪ぶりを発揮するミッターマイヤーの身上は楽しく酔うことだったが、大勢でわいわい飲んでいる時はある程度の所まで行くと堰が切れるようになっている。
合図はひとつ。
やおら靴を脱ぎ、椅子の上に立ち上がって軍服の上着を脱ぎ捨てる。
「行くぞ!!野郎ども、拍手だっ!」
「待ってました!!」
酒場中に響き渡る大喝采の中、酒瓶とジョッキの林立するテーブルに飛び上がり、シラフじゃワルツのステップすら怪しいミッターマイヤーが、手拍子のリズムに乗ってこの時ばかりは見事な踊りを披露する。
それも、一枚一枚自ら服を脱いで行きながら。
「ウォルフ!ウォルフ!」
「おおっ、やっぱりまだやってたか。またあれが見られるなんて嬉しいぜっ。大佐殿っ!!」
「カッセルの前線基地以来だなぁ。何年ぶりだろ」
もはやテーブルの上はお立ち台状態の乱痴気騒ぎ。
最後には待ち受ける屈強な男達の中にミッターマイヤーが生まれたままの姿でダイブして終了も以前のまま。
「いよっ、クラウス!またよろしく頼むなっ、愛してる」
自分を受け止めた屈強な男にオクターブ上がった声で語りかけるミッターマイヤーのろれつは全く回っていない。
「どこまでも付いていきますぜ」
小柄な全身を桃色に染め、濃く色を変え潤んだ瞳で見上げられてクラウスはにやりと笑う。
やがてくすくすと笑いながら小さな顔が近付いてきて、男は勝手知ったるかつての上官の酒癖と唇を思い切り堪能する。
そのまま気持ちよさそうに寝息を立てるのも以前のままだった。
「本日の宴会はこれまで!!」
かき集められた服にくるまれてミッターマイヤーが退場するところでお開きになるこの宴が、何時までも続けばよいと願う部下達なのだった。
「ミッターマイヤー〜〜。夕べの歓迎会を何故教えなかった?」
「うーーーー、なんだよ、ロイエンタール。頭痛いんだから傍で怒鳴るなよ」
頭の中がぐわんぐわんしているミッターマイヤーは、まだ夕べの酒精を身体の中で持て余し気味だった。
「卿は大佐にもなってまだあんな派手な宴会をしているのか」
「ああ、うるさい。酒飲む時くらい派手だろうがなんだろうが構わないだろ!…ああ、気持ちわる〜」
ロイエンタールは、切れた後は記憶の全くない都合の良いミッターマイヤーの酒癖をよく知っている。
自分が一緒の時はさっさと回収してしまうのだが、そうでない時はどうなるかもよく知っている。
こればかりはミッターマイヤー本人より頭の痛い問題だった。
さて、このミッターマイヤーが元帥閣下になった時、まだこの賑やかな宴が続くかどうかは誰も知らない。
後にロイエンタールがハイネセン総督になって赴任する時に一番の心配事がこれだったということも…誰も知らない。