ウォルフガング・ミッターマイヤーは、ようやく通信画面の向こうに現れた『敵将』オスカー・フォン・ロイエンタールと話をすることが出来た。
「忙しいところをすまん」
いまここで、金銀妖瞳の親友の翻意を勝ち得なければ総てを失う、その為の必死の説得だった。
「…おれは卿と戦いたくない。まだ間に合うと思うのだが」
「そうだな……考え直しても良い」
息の詰まるようなしばらくの沈黙の後、返ってきたロイエンタールの答えにミッターマイヤーは目を見張った。
「本当か!ロイエンタール」
「ああ。ただし、条件がある」
ミッターマイヤーは、通信の前に聞いたビューローの助言を思い出していた。『よろしいですか。この際戦禍を避けるのが目的なのですから、多少の条件でも呑むことです。そんなもの、後でどうにでもなりますからね』
「どんな条件でも聞いてやるぞ、言ってみろ」
「おれと結婚してくれるか、ミッターマイヤー」
「……こういう状況下で言う冗談か?ロイエンタール」
ミッターマイヤーはこめかみの血管がぴくぴくするのを感じる。
「おれは冗談など言わん。どんな条件でも聞くと言ったのは卿だ。それがダメなら通信はここまでだ」
「まてまてまてまてまてっ!(ここはひとつ、こうしておくしかなかろうな…あとでなんとかなる…はず)」
長い沈黙の後、ミッターマイヤーはごくりと唾を飲み込んだ。
「判った。結婚でもなんでもしてやるから、帰ってこい。ロイエンタール」
「では、離婚届と婚姻届を出してくれ」
「おいっ」
「じゃなきゃ、このまま反逆だ」
こんなことが嘘や冗談に聞こえないのは、画面の向こうの美丈夫がこの上もなく真面目な顔をしているからだ。
その真面目な顔が切り替わって、離婚届の書式が現れた。画面の隅っこのロイエンタールがサインを促す。
「エヴァになんて言えばいいんだ…」
「どんな離婚条件にも従うぞ。安心しろ、金なら腐るほどある」
「ロイエンタール…」
「それに…」
ミッターマイヤーはサインをしながら話を促す。
「結婚相手たる卿に反逆者の夫は持たせられないからな」
「ぶ」
ミッターマイヤーが絶句している間に、フェザーンのエヴァンゼリンからのサインが届く。
こうして離婚届は受理され、新たに婚姻届が提出された。
2人がサインした書類は、ロイエンタールの全面降伏・反逆取りやめの報とともに皇帝ラインハルトの元に届けられた。
「帝国の平和のためには、これが最上の策ではないか」
報告を受けた義眼の帝国元帥オーベルシュタインが、そう呟いて微笑んだそうな。
「ビューローの嘘つきっっ!後はどうにでもなるって言ったじゃないか!」
「そんなこと言いましたか?」
「言った!」なおも諦め悪く暴れるミッターマイヤーに向かって、ビューローはにっこり微笑んだ。
「だったら閣下はロイエンタール元帥と国を二分して戦った方が良かったとおっしゃるのですか?」
そう言われてしまえば黙るしかないミッターマイヤーだったりする。
さて、元ミッターマイヤー夫人エヴァンゼリンは、天文学的な額の慰謝料を受け取って帝都フェザーンで豪奢なセレブ生活を送ることになり大満足だった。
もともと結婚生活の半分以上留守だった軍人の夫については「これからも良いお友達よ。お二人の家を覗きに行けるのはとっても楽しみ」と思っている。
そして、ある日の朝。御前会議に遅刻の双璧。
「また双璧は遅刻なのか!いったい何をやっているんだ!」
よりにもよって、御前会議の日に…と、会議の面々はため息を付く。
そりゃあ、ベッドから出たくないのに決まっています、とは誰も皇帝に教えられない。こうして双璧は夫夫-ふうふ-になり、平和な帝国に反逆は起こらないのであった。
ちなみに、忘れ形見になりそうだったフェリックスは、当然ロイエンタールとミッターマイヤーの元ですくすくと育っている。
めでたしめでたし。
「ちっともめでたくなんかあるもんかっ」
諦め悪いぞ、ミッターマイヤー。
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