XXX by DEDI



山荘に着いたとき、辺りは既に暗くエントランスの両脇の篝火が新雪に赤い影を落としていた。タイヤが雪を咬む音が遠ざかってゆくと、とたんに静寂が忍び寄る。ここまでふたりを送り届けた車を見送って、ロイエンタールは重厚な扉の鍵を取り出した。ミッターマイヤーは背後で、きゅっ、きゅっ、と、音を立てながら新雪を踏んでいる。それはなぜかとても楽しげに、彼の耳に響いた。
半ば強引にもちかけた、小旅行。暫く地上で雪と戯れることなどなかったふたりだったので、天気図の雪の記号を見た時、とっさに自分のものとミッターマイヤーの勤務予定をロイエンタールは調べていた。だが、まさか、親友が大切な家族をおいて自分との休暇を選ぶとは…。諾という返事を聞いた時の記憶が甦り、ロイエンタールの口元を仄かな微笑が彩った。
カチリと微かな金属音がして、扉が開く。
「ミッターマイヤー…」
振り返れば、庭の先で雪まみれになっている親友がいる。
「…卿はまるで子犬のようだな」思わず呟きが漏れる。
白い息を吐きながらミッターマイヤーが駆けてくる。
「何か言っただろ?」扉のところで立ち止まると疑わしげに彼を見た。
「いや」
嘯く彼に、ミッターマイヤーは不満げに鼻を鳴らす。じっと、視線を逸らさない。色々な光の欠片を混ぜ込んだような灰色の硝子の瞳が、彼の心をのぞき込む。ひやりとする、それでいて、痺れるような瞬間。一種の後ろめたささえ感じてしまう。
「早く中に入れ、風邪をひくぞ」さりげなく視線を外しながら、ロイエンタールは親友を室内へと招き入れた。

山荘の内部は、あらかじめ手配しておいた為に管理人によって程良く暖められていた。
居間のワインクーラーには注文してあったゼクトが冷えていたし、台所の冷蔵室には酒のつまみと暖めるだけの夜食が用意してあった。
ふたりで、漆塗りのキャビネットからグラスを取り出し、食料を並べる。
ミッターマイヤーはロイエンタールを手伝いながらも、まるで子供のような好奇心で室内を物色する。背丈ほどもある古い大きな置き時計の文字盤の細工に、ミッターマイヤーはため息を漏らした。
「凄いな、これ」
針が時を刻む規則正しい音に耳を傾け、ミッターマイヤーは顔を輝かせる。彼は古い機械が好きなのだ。
開けたゼクトの瓶を片手に、もう片方の手にグラスをもってロイエンタールはミッターマイヤーの傍らに立った。グラスを差し出し、ゼクトを注ぐ。
「乾杯」
チンとグラスをならして、ロイエンタールは置き時計の硝子面を指先ではじいた。
「面白いか?」
「ああ、精巧に出来ている。分解して中が見てみたい」カットされた硝子面にミッターマイヤーの笑顔が写る。
「俺は、卿をそうしてみたいがな…」
「…?」
ぱっと振り仰いだ瞳を覗き込むようにして、ロイエンタールはグラスを持つ手の甲で、ミッターマイヤーの頬に触れた。
額に触れて、「ここで、おまえは何を考えているのか…」
胸に触れて、「何を秘めているのか…」
唇に触れて、「どんな嘘をつくのか…」
身じろぎ一つ、瞬きひとつしない灰色の瞳を遮るようにロイエンタールは、手を伸ばす。
そっと閉じることを余儀なくされた瞼に触れて、ロイエンタールは問いかける。
「何を見てきたのか…」
象眼模様も美しい、金属の振り子が静かにふたりの間の静寂を行き来する。
「時々、ふとそう思う。ばらばらにして、何が卿に隠されているのか知りたい…と」
「…ロイエンタール」
「教えてくれないか、ミッターマイヤー。俺にだけ」
身を屈めるようにして、耳元で囁く。その柔らかな耳朶がみるみるうちに薔薇色に染まる。
「何を馬鹿なこと…」突然我に返ったようにミッターマイヤーが言う。
「俺を女性を口説く時の実験台にしないでくれ」
ミッターマイヤーは、困惑を悪ふざけで誤魔化そうとしている。
そう、いつもならば、それ以上彼を追いつめるような事はしなかった。互いに、互いの距離感はつかんでいる筈だった。核心に触れなければ、火傷することもない。だが、火傷することもなければ、その中にある玉を手中にすることもまた永遠にないのだ。
「女を口説いたりはしない」
グレイの瞳が大きくなる。
「明日は朝から滑るから、もう寝る」ミッターマイヤーが逃げる。
そうはさせじと、ロイエンタールは腕で進路を遮った。
「なぜ、ここに来た?ミッターマイヤー」
「スキーに誘ったのは、卿だろう」少し怒ったような、そのくせ彼のほうを見ようともせずに、ミッターマイヤーが答える。
耳朶の薔薇色が、ミッターマイヤーの真実を少しだけのぞかせている。
「家族よりも、俺を選んだのだと…」肩を引き寄せ、真実に口づける。
「自惚れても良いか?」
「俺は…」
「言うな。今だけだ、今だけ…俺にくれ」
沈黙をもって、返事はなされた。

口元にグラスを運んでやると、意外にも嫌がりもせずに、ミッターマイヤーはそれに口を付けた。自然に伏せられるミッターマイヤーの睫毛。無数に灯された蝋燭の炎の揺らめきの中、発泡酒の飛沫が金色の睫毛の先で踊っている。あてがったグラスの中身は、桜色の口唇を少しだけ濡らし、香りを移しただけで役目を終えた。ロイエンタールが代わったからだ。ミッターマイヤーの吐息とゼクトの香りが混じり合う。舌先に甘いキス。それだけで、全身が熱くなるような。触れ合うだけのキスが、やがて深く熱を帯びてくる。戯れに逃げるミッターマイヤーの舌を追い、絡め取り導き出す。
睫毛に半ば隠された桜鼠色の瞳は、彼だけを映す。彼の為だけに存在する。
目元から頬にかけて薔薇色を散らすミッターマイヤーが、彼を見て微笑む。
柔らかに乱れる濃い金色の頭髪の中に指を滑り込ませ、形良い小さな頭を引き寄せ耳朶に唇をつける。
「ここで良いか?」問いかけながら、耳朶を舐め、そのままシャツのボタンを外し首筋へと唇をおろして行く。
ミッターマイヤーは擽ったそうに小さく声を上げた。
「おまえの、好きなように…」
ロイエンタールの長い指がシャツの中に忍び込み、ミッターマイヤーの言葉を掠れさせる。
女とは違った張りのある艶やかな肌、すらりとのびた首筋に、彼は今宵ひとつめの刻印を刻む。銀嶺が払暁に照り映えるように、ミッターマイヤーの肌が薄紅に染まる。ソファの背に蟠る衣類に包まれた躯を引き起こし、抱きしめ、毛足の長い敷物の重なる床へと誘う。横たわるミッターマイヤーに視線を、次に手を滑らせて、躯を重ねる。
こうして手に入れてしまうと意外なほど柔軟で繊細な躯をゆっくりと堪能しながら、愛撫の手を下へと移動させて行く。
白い肌に浮かぶふたつの彩りを舌で舐め上げると、彼の腕の中で、鴇色の唇が耐えられない吐息を漏らした。更に指と舌で丹念に愛撫を施すと、ミッターマイヤーは目を潤ませ息を飲む。腹に触れる熱い塊が、彼の感じているものを教えてくれた。
その反応に、自然口元がほころぶ。
「キスしてくれよ、ロイエンタール…」
微笑の意味を察したミッターマイヤーが、ねだる。それは、内面の羞恥心と不安の裏返し。
そんな心を知りながら、気づかぬ振でキスを贈る。息も詰まるような激しいキスに、ミッターマイヤーが音を上げるまで許さない。その間も、悪戯な指先はしなやかな躯の線を辿り欲望の象徴に戯れる。
「…!!」
声にならないミッターマイヤーの叫びを飲み込み、追いつめる。
一瞬、躯を強張らせて、ミッターマイヤーが彼の躯を押しのけようとする。
その行為が、ロイエンタールに火をつけた。一変して乱暴に、ミッターマイヤーの動きを抑制する。
与えられる快感に素直に応じる躯は、はち切れんばかりに張りつめ濡れている。
「ロイエンタール」
ミッターマイヤーは、溺れる人のごとく彼の名を呼んだ。
「ロイエンタール…」
喘ぎながら何度も。
「嫌…か?」
汗に濡れて色濃くした蜜色の髪が振られる。
「ちがう、…そうじゃない」
「では、かまわないだろう?」
意地悪く言い放ち、ミッターマイヤーを追い上げる。
「ああっ」
肩口に縋る彼の髪を掴んで引き剥がし、断片的に嬌声を上げる口にキスする。
「おまえのすべてが見たい」
青紫に煙る瞳が、彼を認める。そして、自ら躯を開く。
「ウォルフガング」
「早く、来てくれ…」
漸くそれだけ言うと、硝子の瞳は伏せられてしまう。
そうして、彼の望みは叶えられた。

続かず。


あまりの砂漠に、作者、挫折。中途半端ですみません。
これに対する怒りはどうぞ掲示板・お手紙で存分に…。
機会があったら、またどこかでおあいしましせふーー。アデュウー!!
↑原文

2005年、これ以上の懺悔はないだろうと思われる(というか、何度も懺悔は願い下げ)大失敗。
2年も準備してきたDヴァージョンに、この物語を掲載するのをすっかりど忘れしてしまいました…。
はー、もう、ため息しかでません。ごめんよ、D(爆)

という訳で。これは、「サクリファイス」という西方浄土最後のアンソロジー本に掲載されたモノで、バレンタイン用に作られた唯一の作品でした。
まあ、こういう甘いお話は滅多になかったので、堪能して砂吐いて下さい。
古い機械類が好きなウチのミッターマイヤーです。ミッターマイヤーの瞳が輝く様を見たいが為に、ロイエンタールは健気にも一生懸命だったりしますが、報われることは少なかったかも(笑)

BACK Novel TOP