中島飛行機三鷹研究所について
 

さてもう一つ思い浮かんだ場所の「中島飛行機の三鷹研究所」だが、
「何のことやら?」という方のために、ちょっと説明。

「男の子」ならご存知の方は多いかもしれないが、
「中島飛行機」とは、大正時代から第二次大戦が終わるまで
日本の航空界の中核を担った航空機メーカーのことである。

陸軍の一式戦「隼」や四式戦「疾風」を開発したり、
海軍の「零戦」の栄エンジンの開発や、
エンジンだけでなく零戦そのものの大部分は、
この中島飛行機によって製造されたらしい。

終戦により解体された「中島飛行機」の一部が、
今の「富士重工業」となっている。

余談だが、ウチのオヤジはずーっとスバルの車に乗っていた。
今でこそレガシィとかインプレッサとか良いイメージがあったりするが、
クルマ(オレのことだ)が免許を取った当時は、
かなりイケてなかった。

それに不満を持っていたクルマがオヤジに、
「 何故スバルなのか?」
と聞いたら
「スバルは昔、戦闘機のエンジンを作っていた。
だからエンジンが良い!」

と答えた。

確かにエンジンは壊れなかったけど、
その他の部分はけっこうダメだったな。
今はそんなとこ無いんだろうけど。

その中島飛行機の「三鷹研究所」が、
吉祥寺の隣の三鷹にあったという。

ゲームでは第二次大戦中の秘密兵器開発の話とか出てくるので
このことを思い出したのだ。
「飛行機の研究所」って、秘密兵器っぽいから。
当時は地下室とかもあっただろうし。

その「中島飛行機の三鷹研究所」は既に無いのだけれど、
その跡地は残っているというので、ちょっと探索。

三鷹にある「国際基督教大学」(通称ICU)だ。

と思って撮影に行こうとしたら
「雪」降っていて(3/31)、探索延期

後日、とりあえず天気が良かったので行ってきた。