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Our aim is to provide unforgetable
memories, exciting journeys and relaxation
during your long stay in Hokkaido.
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注;より理論を現実化するために、随時更新を重ねています。
「赤字再建団体」「道州制」。不況に喘ぐ我が郷土を救え!
北海道を国際的観光地に。 出て来い、ビル・ゲイツ!!
■2003年12月 【モモの時間旅行】
今年も月めくりのカレンダーが1枚になってしまいました。「モモの時間旅行」にもありますが、人生で一番大事なものは金でもモノでもなく、時間そのものなんですね。生まれてから22,000日にもなろうとしています。若い頃は余り考えませんでしたが、最近になって日々惰性に流されず、毎日を大切に生きたいと思っていますが、「月日はただ百代の過客」にしかなっておりません。(反省!)
BS放送で「スペイン世界遺産の旅」を特集しておりました。国内に世界最多の38もの世界遺産があります。二千年の悠久の時間の流れの中で、人間の叡智は様々な歴史文化遺産を築き上げて来たのですね。
筆者がスぺイン第2の都市バルセロナを訪ねたのは3年前。その時はサグラダ・ファミリア聖教会やグエル邸、グエル公園、カサミラの高級アパートなどアントニオ・ガウディ作の世界遺産を目いっぱい見学しましたが、でも、それはスペインにある世界遺産のほんの一部だったんですね。
トレド、アランフェス、セゴビア、アビラ、レオン、セビリア、グラナダ(アルハンブラ)、サンティアゴ・デ・コンポステラと何処を切り取っても、圧倒的で著名な歴史建造物と、語り尽くせぬ位の数多くの歴史や伝説がありました。中でもロドリゴの「アランフェス協奏曲」で有名なアランフェス宮殿や、グラナダのアルハンブラ宮殿、セゴビアのローマ水道橋、アビラの城砦都市、世界三大聖堂の一つセビリアのカテドラルなどが圧巻でした。それぞれ皆、羨ましい思いで見ていました。名作映画「エルシド」も思い出しました。
ところで、たかだか200年の歴史しかないレコンキスタのメッカ(回復の地)、我が北海道。スペインに比べるまでもないですが、ここにしかない個性を尊び、ここでしか味わうことのできない体験や自然を大切にして行きたいものです。
余談ですが、あれから3年、スペインで何かお土産を買おうと思って、集団から脱線し、あちこち観て廻ったのですが、世界遺産をバックに撮った観光写真以外に、今手許に思い出の品がないのに改めて気づきました。「名物にうまいものなし、名所にいい土産なし」。
私のスペイン。「時よとまれ、君は美しいまま・・・・。」
■2003年11月 【砂に埋めた恋】
家の周りが白くなって来ました。凍てつく長〜い冬がもうそこまで来ています。こんな時は恥ずかしながら昔の恋を?思いだします。何十年経っても窓の外の冬景色を見ていると、知らずしらずに若かりし頃の想い出が甦ります。どういうわけか冬に恋をすることが多かった。
片山恭一・著作の「世界の中心で、愛をさけぶ」という本が、一書店の女子店員のオリジナルなポップによる宣伝効果でジワジワと売上を伸ばし、250万部のベストセラーになったとのことですが、筆者も愚作「砂に埋めた恋」でノンフィクション仕立てで勝負してみようか。なに!?やめた方がいい!(ゴモッとも)
さて、今回は芸術文化の話。後述にもあるが「モナリザの微笑み」で有名なフランスのルーブル美術館は、年間1,000万人以上の観光客が訪れる世界でも有数の観光名所である。フランス文化省は芸術文化に毎年破格の予算を割いており、若き芸術家の卵たちをパリに集めて、公営アパートに住まわせ、手厚くフォローしながら未来の芸術家を育てている。
日本にも「文化庁」はあるが、いつまで経っても「文化省」にはならない。
今時だと北朝鮮問題もあって「防衛省」の格上げの話しくらいしか出てこないだろう。従って、予算も限られ、芸術文化の向上がトンと計られない。
芸術や文化はその地域にあって特に大事な地域資源であり観光資源である。如何に自然や名所や製品があっても、地域に根ざした芸術や文化がなければ、観光立国として成り立たない。外国人を日本に招き入れるインバウンドを倍にするという数値目標だけでなく、芸術文化の振興にもっと力を入れるべきである。
日本で唯一絶対のテーマパークである「東京ディズニーリゾート」も、実はアメリカの世界戦略防衛構想に次ぐ、「アメリカ人を理解する」とした文化的世界戦略の一つであったのかも知れない。
その意味でいつも思うのだが、日本は戦後の経済優先思想が芸術教育や文化支援の発展を阻み、只々「モノづくり大国」に執着しすぎて来なかったか。最近になってやっとアニメやゲームに血道を上げてはいるが、これすらも外貨獲得にのみ狂奔しており、世界に向けて日本の純粋な芸術文化への理解をしてもらうという視点ではない。
拙書「砂に埋めた恋」を心待ちにしてくれる奇特な輩はいないだろうね・・・・・。
■2003年10月 【シーニック・バイウェイ】
某団体の研修で道北を旅して来ました。訪れたのは稚内の水産会社と下川町のエミュー生産業者と興部町の酪農家でした。3泊4日の行程でしたが、貴重な体験をさせてもらいました。
皆さん、地方都市で目いっぱい頑張っておられて、自身の生きがい探しが地方の活性化にもなっています。
特に下川町で頑張る南邦彦君は若さいっぱいでファーマーズ・カフェの経営と日本では珍しいダチョウの一種のエミューの飼育をしており、食肉生産化に奔走しています。いいですね。若者が夢をもって地域で精一杯頑張っている姿。
そんなネットワークの一つひとつが観光北海道エコミュージアム(生活文化の公開)の具体化に繋がっていくのですね。小さな町が輝けば大きなうねりも見えて来ます。そこに棲む住民を巻き込むことが肝要です。
興部から枝幸、浜頓別、猿払、稚内までのシーニック・バイウェイ(映画のような海岸線)もよかったね。
車窓から眺めながら、これからはコンテンツ(質)にこだわった街づくりが大事だと思った。上士幌町の旧線路を歩くツアーはまるで「スタンド・バイ・ミー」の世界。遠軽町の一面のコスモス畑は「ひまわり」のイメージ。ニセコ町のじゃがいも料理は「バベットの晩餐会」のグルメワールドなど等。
4日間の道北旅行を含めて、6週間に亘る研修でしたが、全体では「食と農に関するベンチャービジネスの研修」ということで、様々な人と情報に接しました。特に北海道は一次産業を核とした21世紀型の新しい産業モデルや付加価値ビジネスモデルが嘱望されています。それが2兆円産業と言われる観光産業に直結します。スローフードからスローライフへ。新しいシニア市場の創造へ。「癒し」、「健康」、「小さな感動」に「知的好奇心」や「アート」を加えた、決してハコものでない新しい観光資源の魅力づくりがキーワードです。
街制作室鰍フ国分さん、NPOねおすの高木さん、ニセコ運輸の古谷さん、食産協の大島さん、田中さん、岡田さん、研修生諸君、随分とお世話になりました。
稚内で旅行の最後の夜に呑んだ国稀の美酒の美味しかったこと。誰かが言っておりました。
「人間は、想ったとおりの人間になる。ビジネスとは、失敗してもあきらめないこと、成功してもあきないこと。」と。
■2003年9月 【ペルーと湯布院】
BS放送で南米ペルーの特集をやっていました。インカ帝国の遺跡マチュピチュを訪れてからもう2年になるんだね。脱兎の如く山道を駆け降り、バスの横に現れては、日本語で「サヨナ〜ラ」を繰り返していたグッバイ坊や達。海抜3,400mの一夜の宿クスコに向かうバスの窓から眺めた手に取れそうな満天の星屑が今も脳裏を離れません。ペルー音楽に欠かせないサンポーニャやケーナの音に魅せられ、露店でそれを値切りながら買い求めましたね。簡単には買いませんでした。売り手と買い手の駆け引きが異郷の地でいつまでも続いていましたよ。
「ナスカの地上絵」も見たかったですね。空に向かって何であんなものがあるのか、ずっと不思議でしたが、番組を見ていてやっとわかりました。「雨乞い」だったんですね。天空の天の川にいろんな動物の姿・形が現れた年には間違いなく雨をもたらし、作物の収穫もあるが、天の川が見えない年には雨も降らず、収穫の恵みもない。そこで沢山の雨を期待するあまり、地上にハチドリやコンドルの絵を描いたんだそうです。2千年も前に書かれた地上絵だが、ナスカは風も少ないものだから黒い石と白い砂が混ざり合わずに残っていたんですね。描き方も最初に3mくらいの絵を描いておいてから、寸法を測りながら、それを長い縄で相似形にしたのだそうです。一筆書きが多いのは、描いた後に一列に並んで皆で白い砂を踏み固めたためとのことでした。な〜るほどね。
さて、日本のお話しです。人口1万人足らずの街なのに年間400万人近くの観光客が訪れるという九州大分の観光地、湯布院町。10年前に訪ねたことがあるのですが、その時は金鱗湖と高原美術館の観賞くらいで、特に際立った印象は持ちませんでしたが、バブルにも踊らずに着実なまちづくりが功を奏して「住んでいる人が楽しい街」に全国の人が引寄せられています。男中心のすぐ隣りの有名な歓楽街・別府温泉が伸び悩みを見せているにもかかわらず、観光客の7割が女性客という湯布院は、量より質、街じゅうの人の温もりとおもてなしの精神が、オンリーワンを生んでいます。
ドイツのバーデンバイラーにヒントを得て30年かけたというその街づくりの手法は、モノづくりより人づくり、観光より地域づくり、経済よりもそこに住む人の充実感と環境優先、外部からの人の積極的活用、後継者の育成、常に情報公開するなどして、全国でも数少ない地域コミュニティ型の「住みたい」「行ってみたい」街になりました。ホールなどのハコものも未だにありませんが、由布院映画祭、由布院音楽祭・星空のコンサート、牛喰い絶叫大会、シャガール美術館など街全体がひとつのイベント会場になります。湯布院のような街づくりが北海道のあちこちに展開されれば、北海道のエコミュージアム構想も決して夢ではないのです。
ペルーと湯布院。世界遺産の街と人間遺産の街。敢えて共通点を探そうとすると、何処にもない個性と、街全体でお客様をもてなそうとする、その心意気でしょうか。
■2003年8月 【観光立国の話し】
「創造的破壊」という経済学者シュンペーターの言葉が好きです。
新世紀に入って何か新しい未来志向が見えたでしょうか。相変わらず20世紀の延長線上での戦争による殺戮があり、飢えがあり、不況だけが目立ち続けています。
「第2の戦後」と言われる今の日本。何もかも一度リセットし直さなければならない今、私たちは昨日のままでいることすらできません。時代は確実に変化し続けています。しかもそのスピードも年々早くなっています。(スローでいこうよ)
「観光後進国・日本」。最近様々な文献を読んでいると、この言葉が印象的でした。GDPが500兆円を超え、世界のGDPの16%近くを生産していても、こと国際観光収支になると海外流失しまくっている。
近年、世界的に成長している観光産業は、2010年にはおそらく、世界のGDPの13%(多分、日本のGDP位)に達し「21世紀最大の産業」となると予測されている。しかし日本の場合は後述のとおり、インバウンド(入国者)がアウトバウンド(出国者)の4分の1である。最近の中国はすごいね。「世界の工場」になったと思ったら、いち早く世界で6番目の観光大国にもなっちまった。さすが商人。(日本人は職人)
「モノづくり大国」の集団主義的TQCやホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)意識から、「観光大国」の国民個々人の自立した「おもてなし意識」へ、どう「創造的破壊」を使ってハンドルを切り替えるかが試される。でも筆者のホームページで訴えたって、果たしてどれ程の人が理解してくれることだろう。
特に北海道は「自然一流」、「料理二流」、「サービス三流」といつも言われる土地柄であった。団体客から個人客へ年々シフトしつつあるが、このあたりで「個客サービス」の原点に立ち帰ろう。そのためには何よりも前に、一人ひとりの従業員を大切にしよう。そしてわかりやすい経営目標を実践することだと思うのです。
東京ディズニーランド・元総合プロデューサーの堀貞一郎さんもいみじくも言っている。
「メイド・イン・ジャパンからウェルカム・トゥ・ジャパンへ、観光立国が日本を救う。構造改革は観光立国から!」と。
戦後、国家のシステムも私達の生きて来た環境すべてが「資源のない国」というだけでキャッチアップ型の生産・消費の「モノづくり」で占められて来なかったろうか。「第2の戦後」。もう一度、モノの価値や人生観を見直すべき時に至っていないだろうか?
■2003年7月 【モノよりこころ】
6月の初旬は天気も良くて、さて今年の夏は久しぶりに30度を超えて夏らしい夏になるかなと思ったら、7月のこの涼しさはなんだろう。まるで北海道の不景気そのもの。テロやら、戦争やら、SARS騒ぎで、北海道旅行に期待がかかったが、観光客が入り込んでいる話題もあまり聞かない。
さて、個人的な話しだが、我が家の周辺で道路工事だけが威勢が良い。JRをまたぐ高架化があちこちでやられている。付近住民への説明会も回覧板を見過ごしたらあとがない。十何年も前に決まった既定の方針どおりに着々と用地買収を行い、公共工事が粛々と進められている。住民に口をはさむ余地など殆どない。終の棲家と思って住んでいる人々が、ある日突然立ち退きを宣告される。悲喜交々。周辺マップを見たが、そこここで道路の拡幅や新道建設が行われている。これが札幌や北海道全体となるとどれだけの工事が行われているのやら。土建国家健在なりと思っちまう。
時代は21世紀。衰退日本の象徴たる従来型公共事業や不況業種の見直し、新産業への転換も、既得権益のある限り、遅々として進まない。キーワードは「もの」から「こころのサービス」へ。「量」から「質」へ。そして「多様化」へ移り行く。
北海道経済産業局も「観光ベンチャー創出による北海道経済の活性化を目指して」を謳い上げているが、経済の触媒機能が官僚主導になってばかりいてはお話しにならない。道民ももっと意見や質問を具体的にぶつけよう。
まだまだ個人のアイデアの範ちゅうだが、インターネットでビジネス化する付加価値人財支援システム「まかせて.Net」を考案中です。後述にもあるが、体験型・滞在型道内観光に属する類いの「人財データベース」を構築して国際観光客とマッチングさせるサービスである。詳細は別途ホームページで披露します。関連アイデアが欲しい〜。
■2003年6月 【カラハリのアマガエル】
札幌市長の再選挙が行われましたね。「YOSAKOIソーラン祭り」は好天にも恵まれ盛り上がったけど、YOSAKOIの真っ最中に行われた市長選は、予想通り最低の投票率で全然盛り上がりませんでしたね。
新市長に当選した上田文雄さんのことを殆ど知りませんでしたが、いろいろ調べて見ると「市民自治」を盛んに訴え、NPOやサマータイム制や環境問題や北海道観光のことを真面目に取り上げている人なんだなあと、感心しました。
札幌市民も決して「衆愚」ではなかったのです。
当選した翌日、某テレビ局で自己紹介した折に、自分のことを笑いながら、テレながら、「いい奴ですよ。」と言いました。いまどきそう言える人にめったにお目にかかりませんから、逆に信用したくなりましたね。上田さんには是非、「地方行政の赤ひげ」になって欲しい。何処にでも出かけて行って辻説法やお茶懇のできる、真に庶民の生活の傷みのわかる市長になって欲しい。
個人的な話しですが、以前に某市役所に勤めながらゴミ問題、原発問題、環境問題等に積極的に取り組んで、その後市役所をやめられ、リサイクル関連のNPO法人を立ち上げられた知人がいたものですから、上田さんももしかしたら同類の人かも知れません。ガッツ一筋の中年親父でした。
「環境問題」、特に「地球環境」の話しになりますが、先日テレビで見たネイチャーものが妙に印象に残っています。
アフリカのカラハリ砂漠で健気に生きるアマガエルの生態の話です。見た人もいるかも知れません。
非力なアマガエルが自分のおたまじゃくしのために枯れようとする水たまりに道をつけて一所懸命働いて、大きな水たまりに誘導するんですね。3カ月後、みごとにかえった子アマガエルが生きるために他の種のおたまじゃくしをみんなでムシャムシャ食べていました。(この大いなる自然の営み!)
また、シマウマの群れが水辺のそばの草を食べ尽くして、ジワジワと30Km先の草を食み、日暮れまでにまた水辺に戻ってくる。毎日それを繰り返す。途中に登れない崖もあれば、危険がいっぱい。でも毎日それを繰り返す。
カラハリの年間降雨量は50mm程度(日本は2,000mmを超える)。それでも彼らは種の保存のために毎日、生存ぎりぎりのところで生きている。こんな微妙なバランスがいつかは失われて行くんだろうね。
世界はますます温暖化、砂漠化に向かっている。このままそっと生態系を維持して欲しいと切なく感じたものでした。
中国人やインド人に車を持つな、と言っても無理な話し。「ものづくり大国」という一枚看板を一度はずしてみるのもいいかもね。経済至上主義だけがすべてでないはず。GDPのつけが地球を汚してる。
半年以上もカラハリの土の中で次の雨を待って、惰眠に饗するアマガエルのほうが、人生がシンプルで癒されているような気がする。
上田さんの政策の中にある「地域に合った体験型・交流型・長期滞在型を生かした、外国人にも受ける、新しい魅力ある北海道観光づくり」は、もしかしたら、カラハリのアマガエルの教訓かも知れない。(爆)
■2003年5月 【エア・ミックス】
今年に入って小泉総理が「観光立国懇談会」を発足しましたね。産業立国と観光立国を国の二大柱に据えるつもりで、2010年までにインバウンド(海外から日本に来る観光客)の数を1000万人にする計画ですが、おえらいさんや官僚連中に声をかけただけでそんな期待通りに行くのでしょうか。その前に国民の生活や意識を「ゆとりベース」に持って行かない事には話しになりませんぞ。
概ね筆者が「北の旅情倶楽部」で切々と訴えていたことに類型化されるが、「メイド・イン・ジャパンからウェルカム・トゥ・ジャパンへ」の著者で、元東京ディズニーランド・プロデューサーだった堀貞一郎氏の発想の中にある「工業社会からコミュニケーション社会へ」「顧客満足から顧客感動へ」と、筆者の後述にもある「意識の国際化」「癒しと人間回帰」のジョイントがなければ、またまた懇談会の答申だけで終っちまいそうだ。一人ひとりの国民が変革の意識を持たなければ前へ進まない。そのためのイメージづくりが大切だ。
儲け主義と観光のための施設や環境づくりだけでは従来と何も変わらない。これからは「心」という視点で、異文化体験や長期滞在による地域の生活文化(エコ・ミュージアム)との交歓をメインに、ソフトを主体とした「グローバル観光戦略」をもっともっとシステマティックにとらえる必要がある。勿論マーケティング・ミックスも重要である。
日本の四季や花鳥風月、歴史や美術や伝統芸能、祭りやイベント、日本食と温泉等々のコンテンツは国際的な魅力づくりに欠かせないものである。異文化アイデンティティを明確に打ち出すことで、「訪れたい」「体験したい」「学びたい」「住んでみたい」への連鎖に繋がり、そこに住んでいる人々の充実感が遠来の客を呼ぶ。
総合産業である観光に付帯するインキュベーション新規ビジネスをやりたい。個人的な話しですが、ベンチャー志向の筆者は最近あることに気づいた。人生を通して自分のほんとうにやりたいことは、エンターティンメントとアミューズメントをいっしょにした「エア・ミックス」なんだと。日本旅行鰍ノも中年女性にバカ受けで、旅先で女装までしてしまうカリスマ添乗員がいるそうだ。そこまでは行かないが、音楽や美術などの芸術の境地に近いのかも知れない。規模の大小はともかく、自分の達成感で人々が喜ぶ。これ以上のビジネスはない。
■2003年4月 【衆愚なまつりごと】
2003年、北海道知事選挙が終りましたね。意中の人は当選できませんでした。今回も無党派層の票が集まりませんでしたね。道民は変革することに躊躇を示しました。長野県や東京都のように県政を変えたいと思っても、保守基盤の強い北海道は容易には革新に委ねようとはしませんね。「よらば大樹」は当分変化なしです。
元通産官僚の知事に決まりましたが、僅かに期待できるのは初の女性知事ということくらいでしょうか。政党の支持や後ろ楯のある人に余り多くは期待できないでしょう。「衆愚」とは思いたくないのですが、龍馬は幕末維新にしか存在しえないのでしょうか。
先日久しぶりで連合町内会の会合に参加して来ました。8年前に町内会の役員をしていましたが、当時と何一つ変わる事のないセレモニーのような集会で、凛とした意見もありませんでした。縦割り行政の下請け意識は何ひとつ変わっていないのです。
もしかしたら北海道の人は諦めの境地にいるのかも知れません。失業率が突然、8.1%になりましたね。ちょっと前まで全国平均並の5.4%だったのに、やにわに上がっても誰もおかしいとも感じないようです。
現代人は何事にも寛容というか不感症になってしまって、いちいち物事の真理を訴求しなくなりましたね。拉致問題も9.11もイラク戦争も結末がトンと見えません。何故でしょうか。それとは反対に堪え性がなくなったことも事実です。特に日本には、昔から信念や哲学は自分の中にあって本音を表現することを嫌う精神世界がありました。ウヤムヤに強い?のです。
今年も公共事業という撒き餌で青息吐息するのでしょうが、既に10%プラス3%の削減が決まっています。中央からの撒き餌から脱却し、自主自律で地方経済が飛翔できるのはいつの日になるのでしょうか。
■2003年3月 【虹と雪のバラード】
テレビで偶然、「虹と雪のバラード」が流れていた頃の「札幌特集」を感慨深く見ました。1972年。昭和47年2月。笠谷、金野、青地の「日の丸飛行隊」が記念すべき金、銀、銅のメダルを独占した「札幌冬季オリンピック」。あの時、新婚だった私は妻と二人、宮の森シャンツェのジャンプコースで歴史的瞬間を目の前で目撃していました。
あれから30年、深刻な不況は、手稲ハイランドロープウェイ廃業や、円山市場の業者撤退に翳を落とし、今更ながら時代の変遷は、華やかな地下鉄や地下街の開業などで賑わっていた往時と隔世の感があることに気づかされました。
あの時、銀メダルに輝いた金野昭次さん(58歳)は、その後拓銀に勤務しましたが、6年前に拓銀が潰れ、現在はビル管理の仕事をしているそうですが、2年後には定年。そこから先の進路はまだ決めていないとのことです。
札幌の冬季五輪のテーマソングでもあった、トワ・エ・モアの透きとおる歌声「虹と雪のバラード」が街角のスピーカーから寒空へ向かって流れていたあの頃、だれも今の札幌や北海道の不況を想像した人はいなかったでしょう。
そんな不況の最中、現北海道知事の堀達也氏もとうとうやめられるのですね。人柄のせいか、パフォーマンスの目立つ人ではなかったけれど、8年間北海道のためによく尽力してくれました。個人的には好きな人でした。次はいったいどんな人が知事になるのでしょうね・・・・・。
しがらみにとらわれない、国際的感覚をもった、私利私欲のない、まるで龍馬のような、北海道を根本から変える革新的な人にお願いしたいですね。
以下の長〜い文章は、21世紀の視座から、観光とライフスタイルを通して北海道の活性化について書かれたものです。