![]()

Our aim is to provide unforgetable
memories, exciting journeys and relaxation
during your long stay in Hokkaido.
![]()
注;より理論を現実化するために、随時更新を重ねています。
本構想は閉塞状態から抜け出ることの出来ない北海道への
真面目なテーゼである。
北海道を国際的観光地に。 出て来い、龍馬!!
■2009年11月 【
沈まぬ太陽 】
先日、「白い巨塔」や「大地の仔」「不毛地帯」などの大作でお馴染みの、山崎豊子原作の「沈まぬ
太陽」を劇場に見に行った。日本航空の経営が揺れる最中、実にタイムリーな作品であった。
3時間22分の大作であったが、間にインターミッション(休憩)をはさんでも長い感じはしなかったが、
内容的には、テレビ向きかなと、ふと思った。登場人物が多いのと、シーンが盛り沢山で、小分けし
てジックリ描いた方が良かったのではないかとさえ感じた。
それにしても、御巣鷹山と遺体安置所のシーンは半端でなく、パキスタン、イラン、ケニアなどの海外
ロケを超えていた。
劇中、忘れてかけていた、わがサラリーマン人生を回顧していた。信念の余り、会社に盾突いて人
生を不意にした恩地元と、会社での立場を、その都度うまく利用してのし上がる行天四郎。
この二人の確執が主要なテーマだが、スケールが大きすぎて、ちょっと散漫になった気配がする。
現実の我々だと、会長室長にもなれなければ、汚職にまみれて地検の世話にもならずに、ドラマチ
ックな事など殆どなく、行ったきりの淡々とした会社人生で終わる。
「沈まぬ太陽」とは、沈んでも沈んでも再びいずる太陽か、叩かれても叩かれてもなお会社のため
に尽くそうとする使命感か。国民航空を決して潰してはならぬという大義か。観る人それぞれの受け
取り方にまかせよう。
余談。封切りのセレモニーで感極まって号泣した国際俳優・渡辺謙も、「アメリカじゃ決して受けない
内容です。」と、コメント!?
昨日函館に「北海道坂本龍馬記念館」がオープンした。北海道観光の目玉になってくれることを
期待したいが、いろいろ飽きさせない工夫と素材が欲しいね。
いつも「閉塞状態から抜け出せない北海道。出てこい!龍馬。」とカラ騒ぎしているが、北海道に渡
った龍馬の後日談「沈まぬ太陽・北海の雄世界へ」を映画化しようか!?
■2009年10月 【
地域のコラボレーション&チームワーク 】
最近の北海道は景気も悪く、いまひとつパッとしませんが、そんな中にあって、北海道日本ハム
ファイターズが見事、クライマックス・シリーズを制して日本シリーズに進出です。
初戦、9回裏3点差をはね返すスレッジの、「逆転サヨナラ満塁ホームラン」は永遠に記憶に残る
でしょう。ファースト・ステージの楽天の勢いをあそこでくい止めたのが、すべてだったように思いま
す。この勢いのまま、チームワークの良さで、日本シリーズも是非頑張って欲しいです。
景気が悪くなると、真っ先に観光客が減ってしまいます。
先日、墓参りを兼ねて洞爺湖のホテルに一泊しましたが、どこもガラガラ、温泉の通りを行き交う
人の姿もまばらで、どこかの住宅街とあまり変わらない様子でした。2008年の洞爺湖サミット効
果も忘れられてしまったのでしょうか。
それでもそちらこちらにある「道の駅」だけは繁盛していて、地域の直売新鮮野菜や物産、食事
などで賑わっていました。秋の味覚の「きのこ汁」がとっても美味しく、人気を博していました。
そういえば昨年の今頃、余市にぶどう狩りに行ったことを思い出しました。
スーパーで買うのと値段は殆ど変わらないのに、ぶどう園ではさみを持ちながら、甘い、酸っぱい
を舌で直接選り分けて、籠に入れる醍醐味は、楽しくもあり、想い出にもなります。
園の管理人や他のお客さんとの何気ない触れ合いが、癒しの効果すら与えてくれました。
これからの観光は「歓交」だと言った人もいました。歓びと交流。
如何に個性豊かで、お金をかけずに、オンリーワンのサービスを提供できるか、「地域観光マーケ
ティング」が大事な時代に入っています。旅行関係者や、地域のアイデアマンやアドバイザー、
直接サービスや商品を提供する地域の生産者との、コラボやチームワークが一層求められてい
ます。
■2009年6月 【めざせ世界の観光地!HOKKAIDO。】
先日、テレビで、道内の旅行関係者を呼んでの討論会「めざせ観光のくに」を見た。
紅一点、世界47カ国を旅したという、女優の星野知子さんも参加していた。
今や北海道観光も、年間売上1兆3千億円、農業と並んで道内の基幹産業になろうとしている。
旅行関係者の話しを聞いていて、気候風土や自然環境など「アジアの宝」と云われていながら
やっぱり北海道は官依存体質が抜け切れていないと感じた。道内に宿泊する観光客の80%は
部屋数30室以下の中小の宿泊施設に滞在するのに、道や公益の団体やエージェントが話しを
するのは、「寄らば大樹」、軒並み、一部の大規模なホテルや旅館ばかりで、実態とかけ離れて
いるというのだ。
いろいろ仕掛けを考えるのが、道庁初め、国土交通省の出先や、経済産業省の出先や、農水
省の出先だとか、北海道開発局だとか、皆縦割りで重複ばかりしていて画期的アイデアもなく
無駄な経費を使っている。「北海道観光振興機構」というのも何処かの天下り先か。
一節によると、官僚による生産性はいろいろやるが、2割〜3割程度しかないと言うのだ。
かけた投資を総て回収し、利益が出るところまで行って初めて事業として体をなすが、それも稀。
「何もやるな!」と云いたいところだが、コスト・パフォーマンスと効率性は絶対必要なものだ。
討論会の中で、「これが北海道だ。」という顕著なグラフの提示があったが、道内の一泊宿泊
料金が大規模も中小もほぼ同じ値段で、しかも低価格なゾーンに集中しているのだ。
一方、訪れたこともある九州湯布院との比較では、余り大きなホテルはないが、一泊宿泊料金
にかなりバラツキが見られる。
北海道のホテル・旅館は入館してしまうと、没交渉。個性に乏しく、サービスも一律。カニは何処
でも出るが、もてなしの心も乏しい。客が選べる選択肢が殆どなく、宿側で総て決めているという。
どこかに長〜い官僚主導の風土を感じてしまうのは筆者だけだろうか?
小規模でもホスピタリティやサービスが行き届いていて、宿泊料金がそれなりに高い施設があ
っても良い。きめ細かいシーズの発見、それぞれの個性ある付加価値創造とイノベーション。
時代は間違いなく個人客にシフトしている。要はお客さま次第か。
星野知子さんが云っていた。「旅行とは、行った先での触れ合いや、人の魅力がすべて」と。
それは宿の仲居さんとの何気ないやりとりであったり、お土産屋の主(あるじ)との会話であったり、
道を尋ねた若者であったり、道端で野良作業をしているおばあちゃんであったりする。
何よりも生まれた土地を愛し、訪れた旅人とのつかの間のコミュニケーション。
他にも、リピーターや滞在延泊の料金設定のあり方。「お客さま満足度」の前に「従業員満足度」。
地域の資源の個性化とサービスの多様化。如何に旅先の住民がフレンドリーで、旅行者に気配り
(観光知識など)をしているか。日本人も外国人も、もてなしの心はいっしょだという。
「自然一流、サービス三流」の北海道が、如何に形式的な思考や行動にあき足らず、埋もれた
ものの発掘や知的レベルの向上を目指すことによって、世界の観光地「HOKKAIDO」に豹変
出来るのか、それは貴方次第、わたし次第。
■2009年4月 【想い出の一泊旅行。】
先日、かみさんと女の子の孫といっしょに定山渓温泉に一泊した。
温泉の定番と云えば、熱いお湯に二度三度と浸かり、ヴァイキング・ディナーに舌鼓を打っ
て早めに床に着くというのが、ありていの図だが、今回だけはちょっと違った。
遊び盛りの孫といっしょにヒーヒーいいながら、でっかいゴムボートでプールを昇ったり下
ったり。3〜4時間は遊んだろうか。
温泉に浸かり、食事の後は、「となりのトトロ」や「天空の城ラピュタ」の主題歌でお馴染みの
『井上あずみファミリーコンサート』へ。小さい子供たちとのやりとりが、如何にもアットホーム
で、しばしの間、我を忘れて子供の世界に帰って行った。
宮崎駿のアニメ世界を、やわらかな歌声で世に伝えている歌手やスタッフがいるんだね。
最後は、子供たちみんなでステージに上がり、大合唱となった。終演後はサイン会となり、あ
ずみさんと孫といっしょにデジカメ記念撮影。時間の経つのも忘れるくらいだった。
翌朝、偶然にも、4日間の興行を終えて、あずみさん家族も車に乗り込むところだったが、
かみさんと孫が昨夜のお礼をしに近づいたら、微笑みで挨拶されていた。
後で身内に話しをしたら、「良かったね。」のひとことで終わったが、実に充実した一泊旅行
であったのだ。同じホテルの中で、歌い手と浴衣の子供たちが時間を忘れて、一体になれる
ってそうそう無い光景だ。
本物の旅行、エンターティンメントって、こころの交流があってこそなのかも知れない。
この出来事は、長いこと、心に残るに違いない・・・・・。
■2009年2月 【おくりびと と 旅情。】
まあ暗い話題が多い中で、やってくれました。大感激。
滝田洋二郎監督の日本映画「おくりびと」が「アカデミー賞最優秀外国語映画賞」に見事
輝きました。
長い氷河期を潜り抜けた、最近の日本映画にはエンターティンメントある作品が増えた
なあと、思った矢先の快挙でした。受賞式は毎年見ていますが、リーアム・ニーソンが
「ディパーチャーズ」と叫んだ時、嬉し涙まで流れ、いつもの何倍も感動しました。
滝田洋二郎監督・53歳も随分と下積み時代がありましたね。
昔、東京出張のあいた時間を、新宿歌舞伎町の映画館なんかで時間潰ししていましたが、
正直、「ピンク映画」も何本か見ていましたが、彼の作品もありましたね。
「映画の神様が落し物をポツンと落としてくれた。」と滝田監督は話していましたが、人間
の人生って五十男に何が待っているか、分かりませんね。
好きな仕事を一生懸命やっていると、何処かで報われるんですね〜。
風間杜夫、白川和子なんかも「日活ロマンポルノ時代」の苦労人でしたね。
北海道も「フィルム・コミッション」が盛んな時期がありましたが、最近少し落ち着きました
かね〜。観光と映画って絶対切り離せないですよね。
未だに恋焦がれています。キャサリン・ヘッブバーンの「旅情」のロケ地ベネチアに、いつか
行きたい夢を。地球温暖化の影響か、海水の上昇対策「モーゼ計画」で、この街が変わる
前に一度必ず訪れて見たい。
■2008年12月 【北海道はゆっくりと衰退に向かっている?】
つい8月まで何の経済的変調もなかったのに、9月に入ってそれまでのサブプライムや
リーマン・ショックが一気に表面化して、今は未曾有の金融危機に見舞われている。
世界一企業トヨタが、来年3月期決算で赤字に転落するという。
85,000人もの派遣切りとリストラで、住む場所さえ無い人が溢れ返って来た。
「日本はゆっくりと衰退に向かっている」。高齢者の増加とGDPの落ち込みで、従来型の
経済成長は望めない状況になって来た。
世界同時不況で、アメリカのオバマ次期政権に期待する向きもあるが、底なし不況は
長引きそうだ。不況北海道も然りだ。
そんな折、我が北海道も札幌〜長万部間の整備新幹線がどうやら決まり、安堵している
関係者もいるようだが、北海道に新幹線はほんとうに必要だろうか?
観光と食が命題の北海道に、ほんとうに足りないものは、活力と気概とアイデアだ。
北海道商工会議所連合会が主催する「北海道観光マスター」なるものが一昨年から
スタートした。北海道観光の「おもてなしの心」を主眼とした地元の検定試験で、意識高揚が
目的で受験者の9割が合格するという。
今のところ、合格証とカードが授与されるそうだが、それだけで他に何も無い。
ただの知識検定でなく、真のホスピタリティ精神を醸成する検定に切り替え、もっと権威ある
ものにしたらどうだろう。そのためにはせめて合格率5割位にして、いろいろな付加価値
(行事や交流)を設けて、「北海道観光マスター」であることに誇りとワクワク感をもたせ、
自発的に楽しく、面白く、やってもらうようにしてはどうだろうか。
■2008年10月 【観光庁は民間力で!】
国土交通省の外局に、いよいよ「観光庁」が立ち上がった。
最近は、役人たちの発想で、やることなすこと総てに懐疑的なものだから、「私の仕事館」同様
またか、という感じだが、初代長官も官僚と聞いてがっかりの感だ。せめて癒しの観光くらい
我々が知っている民間のベテランを登用すべきだ。
先日、久しぶりに国内旅行のパンフレットを見たが、一人旅で気楽に周遊できるツアーなど
相変わらず無いことに愕然とした。一人部屋は逆に値段も高く、何となく肩身も狭い。
これだけ個人旅行が蔓延して来ても、ツアーは未だに通過型のコースと内容が多い。
国内旅行は安さを売りにした2泊、3泊が殆どで、「観光庁」が目指す、ゆったり一週間程度の
滞在型や、体験型の旅行には程遠い。
海外旅行もしかり。「21世紀は観光の世紀」と言われているが、「観光庁」の発足はインバウ
ンド(外国人客)を、将来2,000万人にしたい意図もあるようだが、余程画期的な発想をしないと
目標は空論に終る。「エキゾチシズム」が原点だ。
筆者が、その昔乗った地球一周の船旅「ピースボート」も、その当時は若い旅人で溢れ返って
いたが、最近は高齢者の比率の方が多くなっており、若い人の旅行どころではない、雇用の
不安や、社会格差の進展、所得の低さがもろに影響しているという。
現に、アメリカの金融恐慌や日本への影響で、この時期の「観光庁」発足は船出に危惧を持つ。
筆者も、再度乗りたいなと想っても、なかなか経済的に難しい状況だ。
「観光庁」のHPに「観光地域プロデューサー」という旅の仕掛け人募集があるが、北海道では
まだ決まっていない。この際、このHPを見ている関係者がいれば、是非推奨していただき、
発想力を120%発揮しながら事業に貢献し、再び「ピースボート」に乗る夢を見る!?・・・・・。
■2008年8月 【眠れる巨人よ、眼を覚ませ!】
「北海道洞爺湖サミット」が終って1カ月以上が経った。G8という言葉もサミットという単語も
一陣の風のようにスーッと消えて逝った。
期待が大きかっただけに、終った跡の落胆も大きかった。はっきり言ってイベントでしかなかった。
600億円かけた大仕掛けな政治ショーを見せられただけだったのか。
2050年までに、福田首相が意図した、温室効果ガスを半減するなんていう、具体的目標には
全然ならずに「長期目標を採択することが望ましいと信じる」という訳の分からぬ文言に留まった。
大国の経済的事情と開発途上国の思惑が見事にアンマッチした政争劇を見ていただけだった。
実にハイリゲンダム・サミットからの亀の歩みに等しい。無駄な税金と過剰な警備費だけが大枚
使われただけだった。
それでも、「脱石油」、「低炭素社会」だとか「環境モデル都市」なんていう単語だけは、どうやら
居残った。何度も書いたし、日本の有識者が誰でも考えていることだが、北海道の環境は天から
の授かり物。二階俊博さんも「北海道は日本の宝」と最大のエールを送っている。
その昔、明治から大正にかけて「国家100年の体系」を実践した、岩手県出身の大物政治家・
後藤新平がいた。関東大震災後の東京新復興を手がけた夢のある人だった。今日の東京の礎
を創った。
彼の最期の言葉が印象的だ。「金を残して死ぬ者は下だ。事業を残して死ぬ者は中だ。人を残し
て死ぬ者は上だ。」と・・・・・。
世界に冠たる環境産業の育成、誘致を是非北海道からスタートさせて欲しいものだ。そのため
の人財を見つけ出せ!
環境立国、観光立国は北海道のためにある言葉だ。いろんな可能性が沈潜している。
「眠れる巨人よ、眼を覚ませ!」
■2008年6月 【TOYAKO世界環境宣言】
「北海道洞爺湖サミット」も、とうとう1カ月を切ってしまった。わが人生で経験する最初で最後のビッグ・
イベントだ。
別名「地球環境サミット」だが、夏の北海道で開催されるとは、これ以上似つかわしい場所もない。
淋しく総理の座を去った、安倍晋三氏の唯一の置き土産だ。
7月7日〜9日までのたった3日間だが、北海道がこれほど国際的に脚光を浴びることもないのではな
いか。一体どれくらいの外国人が出入りするのだろうか。23カ国もの首脳が集まるという。
毎年20〜40万人の外国人しか出入りしない北海道で、報道プレス関係、要人警護、NGO・NPOの諸
団体を含めたら、100万人は下らないかも知れないと、取らぬ狸の胸算用・・・。
なにしろ、NGO関係者など正式にホテルブッキングしないカニ族のような連中もやって来るという。
好評だった?「ガイア・ナイト」を3日間の中で、再び実施するという。何でもやったらよろしい。
国際メディアセンター(ルスツリゾート)には、エコ、省エネ、観光をテーマにした「北海道情報館」も開設す
るらしい。
先頃「福田ビジョン」が発表されたが、2050年60〜80%のCO2削減では、アピールに乏しい。
「北海道洞爺湖サミット」では「クールアース50」をもっと象徴化した先鋭的なアナウンスメントが必要だ。
「京都議定書」を上回るインパクトが必須だ。未来100年を見据えた、「TOYAKO世界環境宣言」を発信
したらどうだろう。
例えば、温暖化阻止、地球年間平均気温14゜C維持。海水温度−2゜C目標などの具体的施策だ。
ちなみに、東京は年間平均気温15゜Cで、北海道は8゜Cという。これ以上は上げない自主目標を地域別
に設定したらどうか。
アメリカのアル・ゴア元副大統領の「不都合な真実」の中にもあった、環境保護と経済成長の2立が可能
な、21世紀型の「TOYAKO世界環境宣言」を発出すべきだ。それは構想力も含めて、今後実現可能な
日本の環境技術の高さを大いにアピールすべきと考える。原油に頼らない新エネルギーの実現。非食料
型バイオ燃料の開発など、超スビードで現実化して欲しい。
また、中国、インド代表を交えて、虚心坦懐に環境保護と経済成長を語るべきだし、過剰流動性と言われ
る日本の投資ファンドマネーが先物市場に出回っているのも問題だが、石油メジャーや穀物メジャーと言
われる国々にも、積極的に参加してもらって、今一番問題になっている、原油・食料問題も徹底的に論議
すべきだ。
■2008年3月 【北海道をどげんかせんといかん。】
宮崎県の歩く広告塔、東国原知事は支持率の高さも90%を超えているが、自ら「宮崎のセールスマン」
を自認し、事あるごとにテレビに出演し、宮崎のPR怠りなく、地元への貢献度も相当なものである。
一方、大阪府の橋下知事も、財政破綻を逆手にとって、倒産会社の管財人の役割を宣言したようだ。
毎日、財政破綻の元凶、赤字箱物視察に追われている。
ところで北海道は大阪府以上の借金づけなのに、道民は寛容というか、関心もないのか、どうにかしろ
の声もない。寄らば大樹、官依存体質も相変わらずか?
元通産官僚の高橋はるみ知事も、道庁人件費の見直しで組合との攻防に苦慮し、「行財政改革」に対す
る努力は認めたいが、民間ベースより高い給料に道民意識の反応が今ひとつだ。
さて先頃、北海道に在社する本州の三井物産、日本郵船、鹿島など、14の支社長で組織される「明日
の北海道を考える会」の提言書がまとまった。
その提言の中で特徴的なものとして、「道民意識の改革」「国際化」「北海道環境ブランドの立ち上げ」「観
光の高付加価値化」「道州制特区の実現」などが列挙されていた。日頃、筆者が考えていることとほぼ同
じである。
「北海道洞爺湖サミット」を目前にして、アイデアを具現化する時期に入った。ロゴやグッズなど新しくサミ
ット向けに作ったものは数多くあるが、北海道を世界にアピールするシンボル・アポイントメントがない。
例えば、こんなアイデアはどうか。
外国から北海道にやって来て、結婚。農業(漁業、酪農)に従事し、北海道農業(漁業、酪農)の担い手として
溌剌と生きている女性と家族をドキュメントする。その女性を北海道のシンボル・フェイスにする。
環境サミット、自然と大地の恵み、日本の食糧基地をさりげなくアピールし、海外版も製作し、大使館筋を
利用して諸外国に「ヴィジット北海道」をPRする。
と、ここまでは何処の国でもやっている海外向けのグローバル戦略だが、いっそのこと究極の話し、地球
温暖化のCO2(炭酸ガス)燃料化計画基礎研究を北海道でやれないものか。
有人火星探査計画では、帰りの重たい液体燃料の代わりに、火星に充満しているCO2を使えないかと、
本気で考えている研究者もいるという。ニューメキシコ州サンディア国立研究所では太陽光利用により、C
O2を燃料に変える技術に成功しているともいう。北海道はバイオ研究でも優れたものがある。クリーンな
新エネルギーの開発で注目の世界特区になろう。
みなさん、「環境立国北海道」に関心を持ちましょうよ。「北海道をどげんかせんといかん!」
■2008年1月 【フィンランドの洞察力。】
フィンランドはよく北海道と比較される。その面積、人口、緯度などがよく似ていて、北海道の道州制
特区の引き合いに出される。その中でも、いつも話題になるのが「教育の高さ」である。
2006年、3年毎に行われるOECDの国際テストで15歳中学生の学力が香港に続いて世界2位だった。
その前は世界1位であった。
最近の日本は、国民一人あたりGDPが世界18位と、俄然、先行きを危惧する向きが多くなって来て
いるが、教育現場では、将来を担う子供たちの数学や科学の分野での学力低下を嘆く声も、際立って
来ている。
フィンランドの教育の原点は「勉強は美徳、楽しみながら学ぶ」であり、単に数学や科学の学力だけで
なく、言語、文化、芸術、社会、倫理など多岐に亘っている。
しかも、その根底にある精神は、「教育は平等、機会均等」であり、「教育現場の裁量権」を重視し、「考
える力を育てる(洞察力)」をモットーとし、単に点数主義やランキング主義を排除している。
税金も高い国だが、教育費は殆ど無料である。フィンランドの子供たちは幼い頃から本もよく読むし、
小さな街にも図書館が多い。
日本の「中央教育審議会」の教育方針も、最初はフィンランドと大差なかったのだろうが、何処で曲折
してしまったのだろうか。「ゆとり教育」も完全に見直しに入った。安倍前首相肝入りの「教育再生会議」
も、彼の失脚と共に雲散霧消してしまった。
フィンランドが持つ「皆で社会を築いていこう」とする精神がなくなって、学習塾と予備校だけの「勝ち組
志向」の未来だけが残った。
フィンランドの授業日数は年間188日であり、学習塾も予備校も皆無だという。
話しは変わるが、最近になって、国土交通省の外局に「観光庁」が新発足した。(社)北海道観光連盟
も人員を増やしたと聞く。
「北海道洞爺湖サミット」もいよいよ本番の年になったが、今のところ、新千歳空港からの100万本の花
ロードの話しだけしか具体化していない。
単に知識だけを詰め込んで、有名大学を卒業し、上級官僚になっただけの発想だけでは、アイデアも
とんと出て来ないのかも知れない。いろいろな学問と実践の有機的結合こそ大切なのだ。
フィンランドの子供たちの「皆で社会を築いていこう」とする、異なる価値観と洞察力に学ぼう。
■2007年11月 【世界の食ブランドを探せ。】
輸入ワインが安い。コンビニで買い求め、安く酔いつぶれることも出来る時代になった。
昔はジョニ黒だのナポレオンが高嶺の花だった。今はちょっと無理をすると、そこそこの値段で買えるようにもなった。
スコッチのジョニ黒、ジョニ赤に続いて、最近は環境に配慮したジョニ・グリーン(ジョニ緑)も出たんだね。
イギリス産、フランス産などブランドの持つ力は恐ろしい。ワインならボルドーやロワール、ブルゴーニュ、シャンパンならシャンパーニュ、イタリアならスパゲッティやパスタ、ピザが有名だ。
本場イタリア・ナポリで食べた名物「塩ピザ」は、そんなにイタダケなかった思い出がある。
わが郷土北海道に「世界ブランド」と云えるものが果たしてあるだろうか。
日本の中で、地域ブランドとしての「北海道ブランド」は確固たる地位を維持しているが、そこどまりの感が否めない。
例えば、北海道のそこここにあるワイナリー。日本人向けの甘口が多すぎて、外国人の好きな辛口が殆ど何処にも置いていない。
「世界の食ブランド」に躍り出る要素のあるものは何なのだろうか。
北海道にこそ在って、他の国にないもの。差別化と付加価値化。それが鮭の鮭児なのか?、美味しくなった道産米なのか?寿し王国か?酪農製品か?はたまた、スープカリーなのか?
古くは'88年に「世界・食の祭典」というイベントもあったが、借金だけ残して、何も得るものはなかった。所詮役人の発想には、責任も企画力もなかったのだ。
今は、名より実を取る時代。若い人の鮮烈なアイデアや発想が大切だ。
コセコセと地道にやるばかりでなく、ある種のダイナミズムが必要だ。食と観光を関連付けして世界に発信しようではないか。
10何年も続く地元不況の中で、「北海道現象」と云われる本州進出著しい、ニトリやツルハの戦略の中に学ぶべき何かがあるはずだ。
まずは人だ。構想力、実行力、洞察力に長けて、プラス経営手腕だ。北海道をほんとうに変えようとする人財だろう。 龍馬よ、来たれ!
■2007年9月 【地に堕ちた龍馬。】
苫小牧のミートホープ社の牛肉偽装事件に続いて、北海道を象徴する銘菓「白い恋人」の石屋製菓が、内部告発により、賞味期限の改ざん、大腸菌等の検出で、突然営業停止に追い込まれた。
文字通り、道内を代表する観光銘菓で、石水社長の落胆同様、おそらく北海道をこよなく愛する道民の一人ひとりも悲嘆に暮れたはずだ。石水社長を北海道変革の旗手、龍馬のひとりと想っていただけに、辛いねまったく・・・。
長いことかけて培ってきた、クリーンでクールな北海道のイメージ、コーポレート・アイデンティティ(会社のブランド)は一夜にして失墜してしまったのだ。
宮の沢にある同社「チョコレート・ファクトリー」の通りを頻繁に行き来するので、淋しい想いでいっぱいだ。
雪印や不二家の不祥事で充分学習する時間はあったと思うのだが・・・。誰にもある驕りと怠慢、厳しい自己規律が今更ながら必要と感じた。
でも、ミートホープの社長の自己破産と中年社員の再就職先の困難さに比べたら、石屋製菓は今のところ、路頭に迷う社員の話しが出ていないのが唯一救いだ。一日も早い再生を期待します。
食の安全・安心は、それに携わる者には、コンプライアンス(法令順守)は必須のものですが、バレなければ何をやっても良いというのは、殆ど許しがたい。
特に北海道は食と観光をメインに、バイオ農業やバイオ漁業など、集積された産業基盤を構築し、日本全体の食料自給率を上げようとしている殖産基地でもあります。深い反省を求めます。
ところで農林水産大臣の次から次への交代劇は、一体この国の治世はどうなってしまったのか、あきれ果てるしかないのか・・・。
■2007年7月 【出でよ!龍馬たち。】
ドイツ・ハイリゲンダム・サミットの最中に再放送で、身も凍るすごい番組を見てしまった。このまま地球温暖化が進むと2028年には、大気中の温度が2度上昇し、確実に海面の上昇と共に、水不足と塩害と干ばつで世界的食糧危機を迎えると云うのだ。自給率40%の国の食料基地、北海道は一体この先どうなるのだろう。
あの「万有引力」を発見したニュートンが2060年で地球の生命が絶たれると、云ったとか、云わなかったとか。
増えつづける温暖化効果ガスを削減するのには、世界中の経済活動を現在の5分の1にしなければ、2030年を迎えられないと云った話しまであるくらいだ。私達の孫世代は果たして大丈夫なのか。
多分、中国やインドの下層階級は「地球温暖化がもたらす危機」すら感じ取っていないかも知れない。その昔、世界に散ったキリスト教やイスラム教のように、21世紀は「ガイア宣教師」が必要な世紀かも知れないのだ。
車と人間で食糧を争うのではなく、人間の叡智で非食品型のバイオ燃料の開発をしたり、エコ・プロダクツとグリーン購入を積極果敢に進めるべきだ。
ホンダ自動車では次世代の燃料として野山の雑草からバイオ燃料の製造に成功したという。コストに見合う量産化が鍵になる。
2008年、「北海道洞爺湖サミット」を機に、北海道は世界に先駆けて、環境保護立国宣言を果たしてはどうか。これだけ自然の四季に恵まれた道州なら、決して不可能ではない。そのための産業基盤や知的情報産業を本気で育成するのだ。結果、その蓄積が「北海道エコツアー」にも結びつく。
スローライフ、森林伐採の禁止、動植物保護、自然主義志向の大促進、風力、太陽光などのクリーン・エネルギーの緊急利用、オゾン層の維持監視、CO2の何百倍もの温暖化効果ガスを発生させるフロンガスの絶滅と代替物の開発、エコカーの開発、世界的緑化の促進、地球規模でのゴミの大削減と分別、水や紙資源のリサイクル等々。
具体的なところでは、ISO14000以上のグリーン企業の賞賛制度、車から自転車利用へ、1,000回以上再生可能なコピー紙の開発、水を溜め込む撥水性ダンボール、玉無しホッチキス、マイはし、省エネ、包装紙の撤廃、石油プラスチック製品の土中溶解化、などなど本格的に北海道発、世界環境企業を育てるのだ。
どうか、そんな起業家の龍馬たちよ、我がホームページで触発されたし!!
■2007年5月 【世界に出て行け!北海道。】
やぁ〜3月に【勝算あり。バベルの塔】で、予告したとおりになっちゃいました。京都や横浜、岡山など主要都市を抑えて、洞爺湖周辺が見事、2008年、第34回サミット・主要国首脳会議の開催地になりました。
千載一遇のチャンスですぞ。この時をおいて、低迷北海道を世界にアピールする機会はありませんぞ。
他人のふんどし・・・というではありませんか。金などかけずにやれる方法が目の前にあるのです(チッとはかかるかも)。智恵とアイデア次第で、北海道を世界の北海道にするワンチャンスなのです。それにしても、今まで印象に残ったサミットってありましたか?
安倍晋三総理も高橋はるみ知事も「豊かな自然を生かした地球環境保護サミット」と位置づけています。
フランスの田舎料理じゃないけれど、皮付きじゃがいもや、瑞々しいグリーンアスパラ、朝もぎコーン、噴火湾産のホタテや苫小牧沖の毛がにをそのまんま食卓に並べて見ましょうか?
ディナーの超豪華フランス料理より、山海の自然の産物の方が首脳たちの心を打つはずだよ、きっと。「環境破壊はこんな海や山の幸さえ危うくするのだ。」というメッセージを込めて。
世界中から来る、3千人以上のプレス関係者の取材と宿泊。2000年に800億円もの金を注ぎ込んだという沖縄サミットの経験。
札幌オリンピック以来の国際行事に、さて、どうやって世界の人々に北海道に行ってみたいと思ってもらえるか?
フィンランドのノキアやスウェーデンのエリクソンのような、国際企業や国際的独自技術のまだない我が北海道。あるのは世界に冠たる四季の自然だけ。大仕掛けなアピールよりも小さな出来事でよい。何か心に残って、いつまでも世界の人々の記憶に留まる何か・・・。今はそれがすべてだ。それは作為では生まれないモノなのかもしれないし、偶然かも知れない。「美しい国づくり」にもある、古来から日本人の心の中にある美しいもてなしの精神なのかも知れない。
モノでなく、大いなる想い出に繋がる、そんな何かを、北海道人の一人ひとりが、来年の夏までに考えて見よう。
■2007年3月 【勝算あり。バベルの塔】
昨年縁あって洞爺湖のウインザーホテルでコーヒーブレイクした。
「バブルの塔か?」その象徴的な出来事は1,000億円もの不良債権をかかえて旧北海道拓殖銀行を破綻に追いやった。
あれから10年余り、エイペックス洞爺の後を引き継いだ「ザ・ウインザーホテル洞爺」は窪山社長の力量もあって国際型のリゾートホテルに生まれ変わった。集客マーケットはアジア、アメリカなど海外が主である。
聞くところによると、2008年夏の先進国首脳サミット(G8)を、地球環境問題討議を含めて、北海道の洞爺湖周辺が有力開催候補地らしい。
中でもセキュリティを含めて、海外に人気の「ザ・ウインザーホテル洞爺」は抜群のゴルフ&ビューポイントである。帝国ホテル並みのもてなしと料理、スパリゾートでもある。
スタッフ全員が、無理のない笑顔でお客様をもてなしている態度は、ちょっと他の国内ホテルにはない雰囲気だった。決して値段はお安くないが、自然に出る微笑みと接客マナーを入れるとお高くないかぁ〜(チョッと無理しているが)。
話しは変わるが、最近、無料送迎バス付きの格安の温泉一泊パック旅行が人気だが、朝9時45分発の帰りのバスに乗ろうと、皆さんシャカリキになって早起きし、温泉に入って、朝食バイキングをいただき、ギリギリ間に合う。
こんな余裕のない旅行が、良い訳がない。普通に起きて、ゆったりと朝風呂を浴びて、美味しい朝食を味わい、11時頃のバスに乗れないものだろうか。
そのせいかどうか、「一泊3食付き温泉パック旅行」も出て来た。翌日の昼食をいただいて午後3時頃、チェックアウトするのだ。筆者なら当然、後者を選択させてもらう。そんなホテルや旅館がドンドン現れて来て欲しい。
泊ったことはないが、「ザ・ウインザーホテル洞爺」のコンセプトもこれと同じ「お客様第一主義」を貫いているはずだ。長期滞在者もいると聞く。いずれ、北海道で世界一のリゾートホテルに成り上がれ!
巨鳥が羽ばたくように見える「バベルの塔」で、一度心ゆくまで滞在したいものだ。
■2007年2月 【自分だけの旅。ダイナミック・パッケージ】
数年前、家族で夏のアルファリゾート・トマムを訪れたことがある。バブル期の遺産、ガレリアタワーやゴルフ場がそのまま残っていた。名前はアルファリゾート(仙台)だが、一時地元の加森観光所有になり、現在は長野県の星野リゾートの経営である。
夜には体感レストラン「祭り」で、よさこいソーランなどのイベントもあったが、再生リゾート開発はこれからだと思った。ガラ〜ンとした印象、広すぎる環境を如何にコンパクトにして楽しめるものにするかが課題だった。
旅行会社が今年あたりから始めようとする「ダイナミック・パッケージ」も同じようなことが云える。
利用者がウェブ上で自由にパック旅行を組み立てられると云っているが、今のところビジネス優先で、単一の目的地、航空券とホテルの手配だけだ。ホテル数など物量にものをいわせているだけで、旅慣れた一部の経験者に都合が良いだけかも知れない。これでは個人旅行やファミリー旅行などで、おもいっきりカンドー値を上げるこまやかな感動旅行には程遠い。外資のエクスペディアが先発だが、JTBや楽天など国内の旅行会社大手も右習えでこぞって参入しようとしている。
ネット主体の旅行づくりは、ウェブの特質である双方向性を生かして、まず、お客さまの要望や趣味嗜好を100%伺い、オーダーメイドにするのか、イージーオーダーにするのか、レディメイドにするのか、出発日、日数、行き先、周遊コースなどTPOに合わせてジックリと企画を練るのである。その際、エンターティンメント満載のサンプル周遊コース・データがモノをいう。
何回かの見積り合わせもあるかも知れない。料金は低廉に、エンタメは最大に、がモットーである。旅行後のCS満足度調査も怠らないことだ。
【筆者エッセー2005年1月 「おもいっきり、感動旅行」企画専門会社 参照】
そんな旅行会社がそろそろ出て来ていい頃合いである。
■2006年12月 【旭山動物園と夕張】
北海道の景気も依然としてパッとしないが、夕張市の財政(赤字)再建団体入りで、このところのマスコミ報道は悲惨さを極めている。
13,000人弱の住民にのしかかる重圧は、この後この街は、いったいどうなってしまうのだろう?という想いさえ抱かせる。270人の市職員の85%が早期退職を希望していると云うし、この街から転出したいと思っている住民も後を絶たない。
派手な観光施設や石炭の歴史村など、往時のハコモノ発想のどこに欠陥があったのだろうかと考えさせられた。亡くなった前市長に踊らされた市民にも責任があると云われれば、にわかに拒否できないが、結局のところ知恵が足りなかったとしか云いようがない。
同じ北海道旭川市にある、旭山動物園も、経済成長著しい昭和42年にオープンしてから、苦節40年。
何度も廃止の憂き目を見ながら、この最果ての動物園が、入園者数日本一になるまでの知恵と汗の流し様は賞賛に値する。
どこの動物園にもありがちな、ただ見せるだけの「形態展示」から、動物が主役、人の目線から動物たちの目線に切り替えた「行動展示」という逆転の発想で、功を奏した。園長と職員が一丸となって努力した賜物である。
夕張と同じ産炭地で福島県いわき市にある、「旧常磐ハワイアンセンター」は、閉山後の雇用と地域経済活性化の受け皿として、昭和41年にスタートしたが、庶民の夢の体現と本物のエンターティンメントが受け、2人に1人の日本人が訪れる程の施設になり、40年後の現在も、「スパリゾート・ハワイアンズ」と名称を変え、往時の入場者数を確保している。その間、全国に雨後の竹の子のようにあった「スパランド」や「健康センター」も、栄枯盛衰の憂き目に逢っている。継続させることが一番難しい。
成功と失敗。この天と地ほど違う2つの言葉の決定的に違う点は、結局「どうにかしなきゃ発想」と「ベネフィット感性(お客さまのために)」だったのだろうね。社員の持つ意識と行動力の違いが、結局、企業の生死を分けることになる。
決してワンマン社長の意のままであってはいけないし、社員の改革意欲のない企業であってもいけない。
時代は刻一刻と移り行く。成功の美酒はいつまでも古き甘き香りをたたえてはいないのだから・・・。
この際、奈落から再生へ。徹底して高齢者が安心して住める街に豹変させるのも一案だ。
夕張市の職員、関係者の奮起に期待したい。
■2006年10月 【わが北海道に白船来航】
しばらく旅行をご無沙汰していますが、テレビでは旅行や紀行番組が華やかです。
旅には、飛行機の旅、列車の旅、バスや車の旅、バイクや自転車の旅、歩き旅など様々ですが、のんびり旅の代表格は何といっても船旅です。
アメリカあたりでは、ついこの前、世界最大16万トンクラスの豪華客船ボイジャー・オブ・ザ・シーズがカリブ海に進水したと思ったら、2009年には22万トンのジェネシスという、これまた世界最大の客船が竣工するとのことです。
筆者も数年前にピースボートで「地球一周の船旅」をしましたが、初めての経験にもかかわらず、船旅の魅力にすっかり魅せられてしまいました。船旅の良いところは、携行する荷物の移動がまったくないことです。最初に船に持ち込んでしまえば、旅行を終えて下船するまで、何処に行っても、殆ど「手ぶら旅」であるのです。おまけに入国の度に時間を取られる、税関の審査もフリーパス。ストレスを感じないのです。
そんな訳で、最近はハッピーリタイアメントした世界中の中高年の夫婦や友人同士が、ゆったり、のんびりと世界中を巡るクルージング旅の人口が増えています。欧米ではファミリーのショートクルーズも盛んです。
その影響か、わが北海道にも世界からの客船が、徐々に増えつつあります。特に、函館、小樽、釧路、室蘭などに、黒船ならぬ白い瀟洒(しょうしゃ)な外国船が停泊しています。
室蘭あたりでは外国人のクルーズ客に、地球岬や旧室蘭駅舎などの景勝地を案内し、鉄工所では日本古来の刀鍛冶の実演を催したそうです。地域の産業と観光が結びついた典型的なケースですが、地域のアイデアが生かされた好例ですね。
3カ月も船旅をした経験者として言わせてもらえば、乗客はネイティブな、地元の人たちと、あるがままの飾らないコミュニケーションを求めている。作られたイベントは決して望んでいないのです。
フィジーの原住民と交流した時だったろうか。現地語で会話もままならなかったが、木の汁を煎じた酒を、20人くらいで車座になって回し飲みした記憶を、鮮明に覚えています。普段着のもてなしでしたが、歓迎の意が態度で充分表現されていました。思い出とはそんなものです。
旅先での下船、周遊交流ツアーは、地域経済にとって、大いなる可能性をもたらします。日本ではクルーズ人口はまだまだですが、団塊世代の退職等、伸びることは間違いありません。
小さな町が持つ異文化や自然、利尻・礼文島や知床世界遺産など大いにアピールすべきではないでしょうか。
■2006年8月 【駒大苫小牧高校の伝説】
7年ぶりでしょうか今年の夏は、夏らしい陽気が続いています。
この8月、血肉踊る感動と興奮を呼んでくれたのは「夏の大会3連覇」を試みた駒大苫小牧の高校球児たちであります。連日、甲子園の試合展開に固唾を飲んで見守っていたのは、人生でそんなにあることではありません。
いつも1・2点のビハインドをもらってマウンド上に立つ田中。4試合連続で投げ切った、早実の斉藤も圧巻ではありましたが、塁上にいつもランナーを背負ってピンチを何度も切り抜ける田中の好投も光っていました。延長15回、決勝戦の斉藤との攻防は球史に残る好ゲームでありました。
個人的ではありますが、再試合は、先発田中で、斉藤との一騎打ちを密かに期待していました。
想いかなわず、再試合7回の裏、相手チームの1人目のバッター。スクイズをやりかけて辛うじて左足のかがと付近に当ったデッドボール。かのランナーが生還して1点が入ってしまった。当てに行ってデッドボールとは?。判定の綾が、どうにも悔やまれてなりません。(あれさえなければ3対3の同点!?・・・トホホッ)
さて、母校の庭には、御影石で作った過去2回の優勝記念碑が建っております。
優勝旗が、2回連続でしょっぱい河(津軽海峡)を渡ったことは、3回目が惜しまれただけに、今あらためて北海道のエポックメーキング(歴史的)なトリビュート(賛辞)にしたいものです。
そのためには、アマチュアリズムを生かした野球博物館があってもいいのかも知れない。
内容は異なりますが、ふとその昔、「幸せの黄色いハンカチ」という映画が、夕張の町おこしに随分と貢献したことを思い出しました。是非、地域の活性化や観光にレバレッジ効果(宣伝効果)を生みたいものです。
昨今、北海道は生活保護世帯やワーキングプアー(働く貧困層)の比率が全国一と囁かれています。雪国のハンディをものともせず、逆境にめげずに、脅威的な粘りで、やる気と頑張る心を与えてくれた駒大苫小牧高校の偉業を、いろいろな形で生かしながら、道民の一人ひとりが、後世まで語り伝えていこうではありませんか。
■2006年6月 【創造とは、必然の先見である】
北海道もやっと初夏らしい陽気になって来た。開放的で楽しい旅行シーズンの到来である。短い夏、道内のあちこちの野山にも一斉にきれいな花々が咲き誇り始める。先日、かみさんと恵庭にある「花の牧場」に行って来た。「銀河庭園」にも行きたかったが、時間がないので次回に回した。結構なスケールで本場イングリッシュ・ガーデンからだいぶアイデアをいただいた模様である。(イギリスに行ったことのある、かみさんの話し)
だいぶ前の話しになるが、筆者もわが北海道で、エンタティンメントを盛り込んだイングリッシュ・ガーデン・ビジネスを発想したことがあった。(短い夏、長い冬で構想は頓挫してしまったが・・・)
水辺と花々で人々が癒され、半日、時の経つのを忘れるくらいに、リラックスする空間を様々な演出で楽しんでもらう仕掛けづくりである。バックにはモーツァルトの癒しの曲が絶えず流れ、帰り際には必ず気に入った鉢花をワゴンに載せてマイカーに移し変えるのだ。
庭と花の専門誌ショップ、小粋なカフェ、キッチンガーデンで採り立ての有機野菜の料理の数々(オリジナル口コミ人気メニュの創作)、オープンガーデンハウス、バイオリンとピアノによる常設音楽館(たまには有名人も)、わが北海道の花や野菜を素材にした洗練された特産品展示、ハーブとバラの庭づくりやグラス&リーフ花植え指導教室の常時開催、春や秋野菜の販売、ガーデングッズの販売、フラワーショー・イベントの開催、国内・国外ガーデニング巡り旅の紹介事業等々。
いまや高齢化は着々と進み、65歳以上人口は全人口の20%を超えようとしている。介護や医療費で国家がつぶれる前に、病気にならない健康寿命を伸ばす政策が急務である。癒しのカーデニング・ビジネスもその顕著な一例である。
創造とは、必然の先見である。出来ない、やれない、金がない、と言わずに、視点を変えて既存にないアイデアをいろいろと出して是非実現しよう。
クォリティ・オブ・ライフ-人生の質を様々に高め、創造的遊び心を刺激し、エルゴノミクス(ゆとり人間学)を実践する時代がやって来た。
「国家の品格」ではないが、「道民の品格」が向上したら、決して出来ない話しではない。
■2006年3月 【カジノと国際観光立国】
数年前オーストラリアを訪れた時に、同国内有数のリゾート地ゴールドコーストで、生まれて初めてカジノ体験をした。さすが紳士淑女の集まる有名ホテルのエンターティンメントは、豪華さと格式もあり、どこかの国のパチンコ文化とは大分違うように感じたものだった。バカラやブラックジャックを見ているだけでも楽しい。頼まなくともサービスで飲み物がセレクトできる。ディナーと超イリュージョン・マジックも併せて体験したものだから、印象の良さは何年経っても、薄れていない。
世界では120〜130カ国でカジノが立法化されている。日本では最近、東京都知事の石原慎太郎氏のカジノ構想がトーンダウンしたかに見える。野田聖子議員もカジノ研究会までつくっていたが、自民党を除名されてからは音沙汰がない。関連法案の話しもさっぱり聞かない。どうしても日本人にはカジノは「賭博」や「悪の温床」に見えるのだろうか。大人の社交場はマナーさえ遵守すれば最高のアミューズメントになる。
アメリカのニュージャージー州アトランティックシティにあるカジノは、経済、財政、雇用、観光への貢献で人口4.5万人の街が、年間3,400万人もの観光客で賑わっている。東海岸最大のリゾートを併設し、海水浴やゴルフやショッピング、ヨットやクルージングもできる。
大衆リゾート地、ネバダ州のラスベガス。大人の社交場、モナコ。滞在型の保養地にあるドイツのバーデン・バーデン。等々も然りである。
特にヨーロッパにあるカジノは美しい町並みや歴史建造物に溶け込んでいる。日本のカジノも、世界遺産、自然公園、名所・史跡、伝統芸能、祭り、美術館・博物館、観劇、コンベンションホール、動植物園、ホテル・ショッピングゾーン、コンサートライブ会場、スポーツ施設、アウトドアレク施設、等々と有機的リンクをすれば更に発展していくだろう。
我が雪の北海道もただ似つかわしくないと云わずに、砂漠しかなかったラスベガスに臆する?ことなく、何もしない閉塞感よりは、起死回生に転じて観ようではないか。道州制特区で一歩先んじてみよう。
これからの時代、金を持っていても暇のない人よりは、多少のお金と時間持ちの人の方が尊重される時代なのだ。日本人よ、時間と多様な文化をもっと大切にして生きようよ!
■2006年1月 【2005年の締めくくり】
昨年もいろんなことがありました。2005年の締めくくりに、売れっ子みのもんた司会の政治家討論番組がありました。中身は月並みな討論番組でしたが、次期総理大臣候補に安倍晋三が圧倒的支持を得る中で、僅かに二階俊博という名前が挙がっていました。二階俊博って誰?って、ネットで調べているいるうちに、「観光とは国の光りを観ることだ。」と主張する氏の考えに思わず、このエッセイを書く気になりました。
元運輸大臣で現経済産業大臣であります。全国旅行業協会長も歴任し、「観光立国宣言」や「草の根の観光交流」などの著書もあります。その昔、保守党や新進党を渡り歩き、小沢一郎とも訣別。やがて自民党に復党し、郵政国会の功労者として第3次小泉内閣改造人事で総理から経済産業大臣に抜擢され、今日に至っています。如何にも変わり身の早い、機を見るに敏な、やり手と云うのでしょうか。現在21世紀政策グループ「新しい風」の主催者でもあります。
そんな二階氏の提言に「観光こそは21世紀の基幹産業、雇用促進の受け皿になる」「魅力ある集客観光地づくりと感動づくり」「北海道の観光を考える百人委員会の発足」「ふるさとの歴史や文化を再認識し、地域の伝統的ものづくりを奨励するためのマイスター制度の創設」「観光産業は平和産業であり、美しい町並みや自然を復活させる」「国際的観光水準拠点の整備」「祝日三連休化と長期滞在型宿泊費等の見直し」「街づくり、NPOとの連携と支援」等々、積極的発言を続けています。
2010年、ビジット・ジャパン・キャンペーン、インバウンド1,000万人目標の推進者のひとりでもあります。
それにしても、リタイア後のシニア世代にとっては、国内移動の飛行機運賃も、JR運賃も安くはないね。ちょっとした海外旅行も成田運賃で、北海道に住んでいるとこれに往復の飛行機賃が加算される。
アメリカの国内外への移動運賃は日本の3分の1〜5分の1以下と聞く。距離は半分なのに値段は倍以上。アメリカ西海岸やハワイなんかは成田よりも千歳の方が近いのだ。新千歳空港も国の管轄から早いとこ外れて、北海道独自の国際ハブ空港化で、お安くドンドン出入国出来るようにしようよ。どうにかならんもんかね、二階さん。
■2005年10月 【愛・地球博見聞録】
185日の会期中、2,200万人もの人を呑みこんで9月25日で「愛・地球博」は終った。その中のひとりに筆者もいた。
世界中の人々を集めた「夢・まぼろしの饗宴」も、今、「過去行きという名のリニモ」に乗ろうとしている。
期待と好奇心だけで、3〜4時間待ちで、あちこちのパビリオンの周りをダラダラと蛇行した想い出ともさよならだ。後には、いつまでも甘い感傷と懐かしい想い出だけが残る。
人は皆、名も無き旅人。歴史の一頁にからくも自分の存在を飾りたくて人混みの中に足を運ぶ。
今からちょうど35年前の昭和45年、ほんとうに若かりし頃、筆者は大阪万博会場にもいた。見るもの聞くものが初めてで、新鮮でスケールも大きかった。「月の石」には左程の感激はなかったが、パビリオンの多さと映像マジックには度肝を抜かれたものだった。1週間も通うスキモノに「太陽の塔」が笑って見えた。
あれから35年。再びの歴史の生き証人を気取って、「愛・地球博」会場に出没した。
呼び物はシベリアの永久凍土から運ばれたという冷凍マンモス。確かに象なんかよりは頭が大きい。
1万5千年前に絶滅したユカギル・マンモス。体毛が辛うじて付着。現代からのタイムスリップ感は120%頷ける。一番人気のトヨタ館のロボット達のショー。日本館の360度スクリーンや、ソニーのよこ50m・たて10mの巨大ハイビジョン・スクリーンもすごかったが、意外やアメリカ館の突然の雨?が意表をつかれ、印象に残った。
それにしても、人気館はゾロゾロと人が並び、暑い昼下がり、2〜3時間はザラに待たされた。隣りにいたもう10数回目という親父さんと世間話しながら入館したり、北海道に、つい最近行ったという学生と思い出話しに花を咲かせながら入館したり、案外これが時間つぶしになった。モリゾーとキッコロの人気キャラクターグッズが飛ぶように売れていた。
会場には3日間通ったが、やっぱり全体を通して感じるのは、ロボッツもいたが、相変わらず映像ショーがメインか。説教じみた環境保護やエコや省エネなどは思った程には見なかった(そこは無意識で避けたのかも知れない)。会場内の道路はアスファルトでなく、リユース可能な樫の木が全部に敷き詰められており、歩きながら、そこはかとない優しさを感じたものだった。
いつも通過するだけだった尾張名古屋も、この際じっくり観賞しようと思い、約20年ぶりに名古屋城を訪れた。シャチホコさんも元気だったぜよ。名古屋城から西にテクテク歩いて「ノリタケの森」も訪ねて見た。赤レンガの佇まいが美しい。そこでは、かみさんの好きな陶器のお土産を買った。名古屋港の「イタリア村」、ベネツィアのゴンドラがそっくり再現されていた。隣り駅のポケモンランドにも行った。何でも見てやろう精神はまだまだ健在なのだ。
今回の「酒場放浪記」は筆者にしては万博の歩き疲れもあって実に大人しいものだった。
吉田類さんのような粋人に(只の酔っ払いだと言う説もあるが)、巡り会えんかった。


それでも行く先々で、珍客万来だった。ニホン画廊の岩槻さん、名大の竹内君、NTTの福士さん、万博コンパニオンの伊藤さん、そして仙台の神野さん、大変お世話になりました。
■2005年8月 【感動ビジネス】
先日、札幌駅前通りを歩いていたら、観光ボランティアの腕章をつけた中年女性が、同じく中年の夫婦と思われる2人連れと楽しそうに談笑しながら、時計台方面へ向かって行った。旅人たちを案内しながら、観光ボランティアの活き活きとした、その後姿が印象的だった。
時代は成熟化社会。商品やサービスが行き渡り、モノが売れない時代。人々は精神的豊かさを求め、自己実現欲求を志向するようになって来た。
モノが売れない時代の次のセールス・プロモーション・キーワードは「感動ビジネス」だ。
「感動ビジネス」とは、過ってあったプロダクトアウトや、ニーズ・シーズをベースにしたマーケットインという従来型のマーケティング手法を超えて、カンドー、サプライズ、オンリーワン、オンリーユーなど、顧客を「感動」で導きながら、購買性を高めて行くビジネス・モデルである。個性的、芸術的、希少価値、手づくり、職人の技、などが見直されてくるに違いない。ある調査によると、感動した商品・サービスの購入率は80%に近いという。
しからば「感動」とは、どういった心理状態で湧き上がるのだろうか?
例えば、@期待していた以上だった。すばらしい。A予期せぬとか、ハプニングに近かった。B似た経験がある、共感できる。C自分にはできない、凄い。Dそんな経験がない、初めてだ。E理由も無く、わからない。
そんな時に人は涙を流したり、体が震えたり、鳥肌立ったり、ジーンと来たり、ワクワク、ドキドキしたりする。まさにド−パミンとアドレナリンが体中を駈け巡る。
感動は、「小説」や「映画」や「スポーツ」や「テレビ」や「家族や友人とのコミュニケーション」や「旅行」や「買い物」など、あらゆる媒体や行動に内在している。
特に10〜20代は「映画」や「音楽」や「本」、30〜40代は「家族や友人とのコミュニケーション」、50〜60代は「旅行」や「自然の景観」に感動値が高いと云う。
口コミ、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネージメント)、ワントゥワン・マーケティング、という業界用語に、これからは、カンドー値?(感動指数の高さ)を加えて見たい気がする。
小泉観光立国宣言では、2010年までに1000万人のインバウンド(外国人旅行者)を期待しているが、感動と、それを他者に伝える、共鳴(レゾナント)を促進するためには、プロデュース能力やディレクションの能力に長けた人材を養成して欲しいものだ。特にカンドー占有率が一番高い「旅行」は、それを求めてやって来る旅人たちにあらゆる場面で、最高のカンドー値を提供しなければならない。
旅人を案内するインタープリター(案内人)が、いっしょになって共鳴(レゾナント)出来なければ、旅人はちっとも感動出来ない。冒頭の中年女性の観光ボランティアの清々しい態度に、旅人はきっと居心地の良さを感じ、旅のカンドー値を間違いなく上げただろう。
さあ、あなたも感動探しの旅に出かけて見ませんか。
■2005年5月 【インタープリターと滞在型観光】
筆者は観光事業に携わったことがありません。でも世界中や国内のあちこちを旅した「旅人」としての経験があります。観光関連のベンチャーに興味があり、アイデアを出すことが好きです。
さて、北海道を訪れる旅人たちが、おもいっきり印象に残る滞在型の旅をするためにはどうすべきか、日頃想っていることの一端を述べて見たいと思います。
まず地域の魅力づくりにとって何よりも大事なのは、それを紹介してくれるインタープリター(自然ガイド・旅の案内人)の存在です。インタープリターといっても「観光カリスマ」のように誰にも認められた経験と実績を積んだプロフェッショナルな人々をいうのではなく、どこの町や村にもいる、ちょっと世話好きで、人の良い、健康なおばちゃんやおじさん、おじいさんやおばあさん、お兄さん、お姉さんなのです。
例えば、バターやチーズの作り手だったり、漬物や山菜取りのうまいおばあちゃんや、牛の世話や乗馬のうまいお兄さんだったり、魚釣りのうまいおじいさんだったり、民謡のじょうずなお姉さんだったり、地域の特産品やサービスを新鮮な感動で旅人に伝えられるガイド役であれば、誰でも登録しておけるのです。それをインターネットを使って滞在型の旅人とうまくリンケージさせるのです。
四国の田舎の何もない裏山で自生している木の葉を、地元のじいちゃん、ばあちゃんが取って来て、高級料理のいろどり豊かな「つまもの」に利用して成功した「葉っぱビジネス」の話しがあります。高齢者の生きがいと働きがいになっています。彼らはパソコンも器用に扱います。
1960年代、フランスから始まった「エコミュージアム」(地域の生活文化の紹介)。
あるがままの「街ごと博物館」とか「生活・野外展示館」とも訳しますが、そこに住んでいる人が、楽しみながら地域の名産品や様々な有形・無形のソフトを提供し、そこに来られる旅人たちに体験してもらう。しかもそこでしか体験できない、味わえないオンリーワンなもの程、貴重で人気もあり、想い出に残ります。その「エコミュージアム」にとってかかせない人財が、インタープリター(案内人)である訳です。
時代はグローバルそのもの。海外に出かけていったアウトバウンドから、世界中の人々が国境を超えて往来するインバウンドな時代に変容しつつあります。
将来、グローカルな異文化の紹介は地域在住のインタープリターが担うことになるかも知れません。北海道を訪れる旅人たちが、おもいっきり感動できる、個性あふれる滞在型の旅を体験するには、道民のおもてなし意識の高揚と共に、観光マーケティング戦略をベースにした新しい発想やベネフィット(価値)の創造が求められています。その要(かなめ)になるのが、インタープリターのデータベース人財だと思っています。
■2005年4月 【ベトナムの想い出】
「モノより想い出」。数日前ある会合で、偶然、地球一周の船旅「ピースボート」に乗船したいというボランティア・スタッフの若者と話しをしました。ビラ貼りや事務所の手伝いで、だいぶポイントも貯まったみたいです。いいねぇ、これから世界クルーズにチャレンジ出来るなんて。羨ましい。
人は誰でも「旅」という非日常に身を置きたいと願っています。
あわただしく過ぎていく日々。見慣れた通勤や通学途中の風景。そんな日常を離れて、ひとりで、友達や仲間で、あるいは家族でと、まだ見ぬ旅先での憧れの風景やふれあいに想いを馳せます。
その晩、筆者もフッ〜と、映画のワンシーンのように過去を憶い出しました。
初めてベトナムのダナン市を訪れた日のことでした。
船旅でティエンサ港に停泊し、バスで1時間近くかかるダナン市に向かった時のことでした。市場でアオザイやダナンシルクを眺めているうちに、船の仲間たち3人とはぐれてしまい、夕暮れ時「ええい、ままよ。」と、ひとりでベトナムコーヒー店に入り、赤い夕陽を眺めながらコーヒーをすすっていた時のことでした。
日本語の流暢なベトナム人に話しかけられたのです。人のよさそうな若者で1年前に日本にいたというではありませんか。
名前はミーさん。2年間貿易関係の仕事で日本に滞在していたとのことで、明るい人柄に即、魅かれました。
家族や仕事や趣味の話し、日本との生活の違いなど、話しは途切れることもありませんでした。
恐らく声をかけてくれたのは、久しぶりの日本人が懐かしかったのかも知れません。
その後、二人で近くのパブに行き、夕食を食べながら地元のビールを飲みました。たまたま、店に来ていた彼の友達2人に紹介され、午前0時近くまでみんなで騒いでいました。帰りの交通機関を盛んに気にしている私に、ミーさんは「大丈夫、私が港まで送っていくから」と暢気なものでした。
船は翌日の午後3時の出航予定だったので大丈夫でしたが、仲間たちが心配しているだろうなと思いつつ、結局、船に戻ったのは深夜3時頃でした。
舗装も切れ切れ、街灯も疎らな田舎道の暗闇を、自転車の原付のようなバイクの2人乗りで(ホンダのスーパーカブ?)、ミーさんの背にしがみつき、やっと点いているようなくたびれた一つ目のライトで、クマン蜂の羽根の如くけたたましい音を鳴らしながら、信号もなく、交通ルールもあってなきに等しい真夜中の闇の中を疾駆したのです。時折、横の暗闇から突然現れて交差する他のクマン蜂バイクと運良く衝突もせず、やっとの思いで港に辿り着きました。まるで漆黒の闇を飛んでいるような錯覚さえ覚えました。ミーさんも確かに酔っていたはずなのに、全然気にした様子もなく、運転はしっかりしたものでした。
パブをおごられ、タクシーがわりのクマン蜂バイクのお代もただ。受け取ろうとしなかったのです。たまたま会った異邦人に申し訳ないほどのもてなしをしてくれたのでした。
翌日、船の仲間たちに得意げにその日の顛末を語ったのは言うまでもありません。そんな体験をしたのは、恐らく700人の乗客の中で、筆者だけだったでしょう。
あれから4年、かの出来事を昨日のことのように鮮明に憶い出します。
■2005年3月 【ニセコの龍馬PART2】
夏休みの長期休暇を利用してオーストラリア人が真冬のニセコにやって来るようになって3年。その数は益々増え続けている。突然の訪問者に北海道も地元も正直、面食らっている。
1990年代前半にバブルがはじけ、スキー人口の漸減で見るべきもののなかった人口500人の倶知安町ひらふ地区に近年、にわかに異国人が溢れ返り始めた。ペンションやコンドミニアムが建ち、居酒屋やスナックバーが20軒以上も新規開業した。土地の値段も上がり、第2次バブルが始まらんかの勢いである。
口コミは恐ろしい。最近はそれにインターネットが火に油を注いでいる。英語版のニセコ紹介ホームページ「世界一のパウダースノー」に魅かれて年間延べ50,000人ものオーストラリア人スキー客が訪れ、新千歳〜ケアンズ直行週2便のカンタス航空も来シーズンは更に便数を増やすとのことだ。
何故こんなことになってしまったのか?正直この出来事に北海道も地元もなんら関与していない。すべてオーストラリア人がニセコの環境に惚れこんだのと、高い旅費を使ってそれまで遠い北米やヨーロッパに出かけていた反省から生まれたものだ。
人で言えば、13年前にブラ〜ッとニセコにやって来て後年ニセコ・アドベンチャー・センターを立ち上げ、夏のラフティング、冬のスキーという通年型のリゾートに目をつけた、ロス・フィンドレーが第一人者だ。
また、9年前にやって来て本国向けの旅行会社を始めたピーター・マーフィーあたりが火付け役だったろうか。
その後彼らの友達や知人の輪で、80人を越えるオーストラリア人がニセコに集まり出したのだ。
バブル時160億円もかけて開発したニセコ東部の花園スキー場を、たったの2.4億円で購入した、実業家コリン・ハックワースの「国際リゾート・タウン構想」こそ、ニセコが将来「大化け」するのか、「強者共の夢の跡」で終るのか大変興味深いところだ。台湾、中国、韓国、香港、マレーシアなどのアジア、カナダ、アメリカ、ヨーロッパの国々の観光客を視野に500億円を超える巨大プロジェクトの夢構想だ。はったりでも夢を見てみたいものだ。
長期滞在可能な質の高いサービスとイベント。楽しいスキーパーク。優れた商業地と宿泊施設。クォリティの高い各種のプログラム。一日8,000〜10,000人の宿泊客を見込む。
特に欧米人のバカンスは、どこかの国の2泊3日のパック駈け足旅行と違って、最低でも2週間以上である。
これに筆者が考えていた道内各地のイベントや生活文化を紹介する「滞在・体験型のおもいっきり感動旅行」をドッキングさせたらもっと面白いことになる。
「いいとこ取りのオーストラリア人」と批判する地元の声も、かき消さんばかりの外圧である。ひらふスキー場が勝手に「グラン・ヒラフ」と名を変えた。過去や規制にとらわれない頭の柔らかい数人のオーストリア人さえいれば北海道は変わるのだ。ただ指をくわえて彼らの行動を眺めているだけではあまりにも悲しい。
「ビジット・ジャパン・キャンペーン」の政府のかけ声だけで外国人が来るはずもない。所詮、道民にはこんな発想は出来なかったろうし、これまでの筆者の主張も犬の遠吠えのようでただ空しかった。
だが、彼らは虎視眈々と次の一手を狙っている。ペリーの黒船とホリエモン(ライブドア)がいっしょにニセコにやって来たようだ。
道内の失業率は5.4%と全国平均より1%以上も高い。道民の平均月額消費額は全国44位と低調である。平成18年度の道の歳入見込み額はマイナス1,800億円で「赤字再建団体」凋落寸前である。
国内旅行の落ち込みが顕著だが、北海道のGDPの10%は観光収入である。関連産業も地域経済復活の起爆剤に向けて、ただの傍観者でいるのでなく、オーストラリア人と業務提携するくらいの心意気が大事ではないのか。第2次バブルなど考えたくもない。3月、第1次バブルの象徴的企業、コクドの会長が逮捕された。この後北海道のリゾートやニセコ東山スキー場は果たしてどうなるのか。前に希望を見出すしかない。
まだまだ長期滞在のメニューが未整備のニセコエリアだが、オーストラリア人の好きなものは「温泉」「カラオケ」「飲み放題」だそうだ。どんどん異文化交流を進めよう。
道民も他人事のように座して待つのではなく、便乗と言われようが、これをはずみに、好きな国の語学や歴史と文化をこぞって学んで見るのも、「おもてなし意識」高揚のトリガーになるかも知れない。
■2005年1月 【「おもいっきり、感動旅行」企画専門会社】

12月に入ってから旅行をテーマにして某団体の主催する、「起業アイデア」コンテストに応募した。さて具体的な事業アイデアとなると、一人で考えるのには限界がある。誰かいっしょにアイデアを出してくれる、あるいはそこまでいかなくてもコーチングでもやってくれる仲間でも入れば、随分と違うだろうね。
ひたすら、今まで誰も手がけていない発想やオンリーワンを目指したくなるのだが、絞りだしてもなかなか思うにまかせず。ひとりブレーンスト−ミングもこの辺が限度。エジソンではないが、1%のひらめきがなかなか出てこない。まあ、ボヤキは程々にして、表題にもある通り「インターネットの双方向性を生かした「おもいっきり、感動旅行」企画専門会社」を立ち上げたい。
もっともっとブレストで練らなければ駄目だね。その際、「他人の意見を批判しない」「奇想天外なアイデア程良い」「質より量、多ければ多いほど良い」「パクリのアイデア+アルファ大歓迎」等々だ。
★アイデア・企画の狙い
「こんな旅あったらいいなぁ〜」「あんな旅行がしてみたい」「なんか、おもしろそう」遊び心いっぱいの感動旅行プランをインターネットを利用しながら自分でつくって見たいと思いませんか。地域のインタープリター(ガイド役)の「とっておき情報」で、コミュニケーションを図りながら組み立てていきます。それを旅行会社をとおして実現していく新しい体験旅行のかたちです。自分にあった、価値ある本物旅が実現できます。
★想定するターゲットやビジネススケール
ターゲットはますます増加する個人旅行、家族旅行です。
中高年のひとり旅、2〜3人の友達旅行、夫婦旅行、ファミリー旅行などです。
最初はネットのみのビジネスですが、将来は旅行会社も経営したいですね。北海道にトコトンこだわりますが、海外からのインバウンドも想定します。
★実現までのプロセス
旅行に詳しいビジネス・パートナーが欲しいですね。既存になかった新発想の「感動旅行」を演出したいですね。
企画と旅行実現のシームレスな関係が一番難しいと思います。
「バーチャルで選択して、リアルで満足する」CtoBもしくCtoCの発想でマーケティングのベネフィット(顧客の利益)の最大化を目標にします。
★新しさはどこか
インターネットによる感動旅行プランの創造。
バーチャル及びリアルでのインタープリターと旅人のコミュニケーション。CtoBもしくCtoC的発想。
魅力ある地域の旬のエンターティンメントや北海道にあるエコミュージアム(生活文化)の紹介。
独自性と究極のマーケットイン発想。新顧客主義。
★アイデア・企画に対する思い入れをアピール
個人的に国内、海外、いろいろな旅行をしましたが、いままで通過型の旅も多く、各地の観光案内所にも飛び込んだこともありましたが、感動できた旅、出来なかった旅などいろいろありました。同じお金を使うなら心に沁みる旅をしたいと思ったのがきっかけです。
「モノより想い出。」笑ったり、泣いたり、おもいっきりの感動旅行をあなたに提供したくて・・・。
★もうちょっと具体的に考えてみよう
目的など決めずにブラリ出かける旅も捨て難いが、結構、無駄も多い。興味100%のエンターティンメントがあったのに、それを知らなかったばかりに素通りして、後で後悔、なんてことがままある。
旅行のプランづくりは口コミや本やインターネットを眺めながら、行って見たい場所や周遊コースや滞在日数を組み立てるのだが、なんとなく旅行社がパックにした受身のコースづくりで納得してしまう事が多い。
通過型の旅行はそれでも良いと思うが、積極的な体験・滞在型の旅行になると、出来るだけ事前の情報が欲しい。しかも体験・滞在型になる程、自分でプランしたくなる。
地域には数知れずのイベントやアミューズがある。ネットで現地に住んでいるインタープリターが親切に紹介してくれて(時には動画で)、現地に行ったら、実際にその人のガイドでいろいろなものを体験出来るとしたら、楽しくないですか?たまには、コースにない場所や体験もあるかも知れません。感動はそんな時に生まれるんですよね。こんな旅をしたいと思いませんか?
インタープリターって、実は地元のおもてなしに長けた人たちで、過疎化の雇用対策でもある訳ですよ。
・
インターネット専門の旅行企画サービス提供会社
・
主たる事業は様々にある体験・滞在型旅行の企画と集客業務である
・
ホームページの見せ方やプルダウンメニューに新規性を打ち出す
・ 既存にないユニークな企画ほど尊重される
・ いつ、どこからでも注文できる(ケータイ、パソコン等)
・ 一定の旅行者数成立で実現することになる(最低実施人数の表示)
・
当該旅行に対する顧客のプランや要望を聞ける
・ その場で参加人数の確認ができる
・ 他の顧客の要望も詳しく聞ける
・ プランに妥協点を見つける(別途、オプションあり)
・
未実現のプランに対する十分なる顧客対応
・
現地インタープリターが地域の「とっておき情報」の提供と現地ガイドを兼ねる
・
現地インタープリターが「感動旅行」や地方文化紹介の核になる
・
インタープリター認定については独自の採用基準をつくる
・ インタープリター・スタッフ連絡会議の定期開催
・
ローカルな口コミ情報を大切にしたい、グローバルな視点もかかさない
・ 全てのプランに食と農を取り入れる
・ 全員に旅の想い出プレゼント、マイレージ(ポイント)制度を導入する
・
旅行企画専門会社と実施旅行会社の間のマージン、手数料の低廉化が図れる
・
旅行企画専門会社と実施旅行会社のパートナーシップの信頼感が大切
・ 運営面で、2社のシームレスな形が望まれる
・ ニーズと採算性
★マーケティング展開の時代的背景
・ 顧客のベネフィット(利益)などマーケティングを最重要視する会社が少ない
・
顧客満足度の最大化が事業の目的である
・ マスから個へ、旅行ニーズの多様化に合わせる
・
団塊世代の大量退職とアクティブシニア層の増大と個性化
・
事業のコンセプトは旅行でありながら「遊ぶ」「学ぶ」「創る」「交流する」である
・ エコミュージアム(生活文化)と現地インタープリターの密接な関係
・
自己実現社会、生涯学習時代など価値観の多様性にリンケージさせる
・ 付加価値比率を高くして差別化及び独自性を打ち出す
・
サービスの類似性、商品ライフサイクルの継続性に対し、オンリーワンを目指す
・
観光がもたらす地域の魅力づくりと北海道の活性化と雇用の促進
・
旅行先として、顕在、潜在需要の最も高い北海道各地のアピールが可能
・ 別途ビジネスモデル特許の出願申請予定
★具体的に例えば、旅行のメニューにはどんなものがあるの?100メニュー目標!?
・ ストレスまみれの自分から開放され、心の洗濯をする
・ 大自然との一体感、人とのふれあい
・ 囲炉裏端のある古民家に泊まる、郷土料理と地酒
・ スローフードに親しむ、お茶会、地元の名産を食す
・
地元の野菜や芋掘り、山菜摘み、田植え、田んぼの稲刈り体験
・ 牛の乳搾り、手作りチーズ・バター体験、酪農体験
・
釣り、鮭の遡上見学、定置網作業見学、ハイキング、バードウォッチング
・
星空鑑賞、磯、川遊び、ラフティング、カヌー、カヤック、バーベキュー
・ 酒蔵見学、酒房訪問、利き酒鑑賞会
・ 野外ミニコンサート、生ビールとジンギスカン
・ 秋の収穫祭、道内名所食べある記、日本一ラーメン街道の旅、蕎麦うちの旅
・
滝めぐり、森林散歩、夏山登山、山菜・きのこ狩り、キャンピング
・ おばあちゃんの味、かまどのご飯炊き、燻製づくり、炭焼き木こり体験
・ 雪のかまくら、雪合戦、スキー、スノーボード、かんじき、ワカサギ釣り
・
クロスカントリー、スノーモービル、犬ぞり、竹スキー、そり滑り
・
パークレンジャー、ウォーキング、ネイチャーウォッチング
・
野生の動植物ウォッチング&トレッキング、鯨やイルカのウォッチング
・
自宅ギャラリー案内、古典芸能観賞、陶芸体験、名画観賞・買い付け
・ 史跡ガイド、遺跡の発掘体験、歴史人物なりきりツアー
・ ユニークなメニューのある店探訪、名物居酒屋探訪
・ 熱気球、パラグライダー、パラセーリング
・ ウインドサーフィン、スキューバダイビング
・
ホーストレッキング、森のトレッキング、マウンティントレッキング
・ 朝市、市場めぐり、蚤の市探訪、世界にたったひとつの特産品探し
・
温泉めぐりコース、美術館めぐり、コンサート観賞と語る夕べ
・
健康に関する講演、趣味の達人の話し、グルメ&ワインの試飲会
・ 定年帰農の話し、田舎暮らしの話し、めずらしき田舎料理教室
・ 滞在先で、資産管理、資産活用の話し、自分史のつくり方教室
・
デコパージュ、トールペインティング、水彩画、油彩、書道体験、川柳、詩吟
・ 花と和む、ガーデニング観賞、園芸、植樹、イングリッシュガーデンに学ぶ
・ 懐かし映画観賞会と語る夕べ、音楽鑑賞会、茶道に親しむ、写真撮影
・ 北海道映画ロケーションの旅、ブラリ北海道遺産の旅
・ ローカル線・途中下車の旅、SLファンの集い
・ 居酒屋一晩だけの店主、流しの売れない歌手体験など
・ 日本の古武道体験。相撲、合気道、剣道、サムライ道場(鎧・かぶと装着)、和太鼓、
地域舞踊、地域民謡の習得など
・ チャンコ、寿し職人、蕎麦打ち、茶道、華道、書道体験等
・
北海道の田舎旅館宿泊、地物・地産食料理、料理教室など
・
ニセコのオーストラリア人の好きなもの「温泉」「カラオケ」「飲み放題」
・ 他にもまだまだ。
あなたの楽しいアイデアを募集しています!
アイデア、ご意見は kamadat@ah.wakwak.com へ、どうぞ。
■2004年11月 【ニセコの龍馬】
ロス・フィンドレー氏を見かけたのはこれで3度目だ。初めて見かけたのは某ホテルで行われた、北海道ゆかりの人による「元気出せ!北海道応援隊」。5人のパネラーの一人に外国人を添え物のようにしていた内容はあまり印象に残らなかった。
2度目は起業家養成の小会議だった。オーストラリアに縁を感じて会議終了後思わず声をかけてしまった。娘がオーストラリア人と結婚し、女の子までいることを伝えたら満面の笑顔で応えてくれた。ニセコを尋ねたい旨話したら握手までしてくれた。気さくな人柄に心打たれた。
3度目はつい先日の某金融機関主催の「北海道の活性化と観光振興」だった。「通年型北海道観光カリスマ」なんていう官職に就いて有名人になったのはいいが、ナ〜ンか本人の人柄や思いとはちょっと違う印象を持った。
もともと日本人に足りないものは「遊び心」。根が勤勉で、遊びより仕事優先体質の中では、彼の考えている「遊び心」はなかなか育ちにくい。身内にオーストラリア人がいるのでよくわかるが、暇があれば、走ったり、泳いだり、ゲームをやったり、公園でバーベキューをしたりと、とにかく彼らは遊ぶこととアウトドアが大好き。少々の雨など気にしないし、傘もささない。日本人ほど潔癖なくらいの清潔好きでもない。最近の新聞によると、外で遊ばなくなって運動能力も落ちた日本の小中学生とも、かなり違う。
ロスの話しによると、現在ニセコで滞在型のコンドミニアムを2棟建設中だが、滞在型・体験型のリゾート地に多少危惧感も持っているようだった。「リゾートというのは一週間ぐらい滞在して、仕事を忘れ、ゆっくりするところだが、ニセコ周辺は何日間もいたいという気にはナカナカならない。」と言うのだ。リゾートとしての基本的整備がまだまだ足りないし、他に楽しむべき施設も少なく、散歩の途中で、草花や動物たちに目や耳を傾けたり、時間など気にせずに森の中で森林浴をしながら、心ゆくまで読書を楽しむような国民性も持ち合わせていない。ゆとりも心の豊かさもまだまだ乏しいのだ。でも、オーストラリアより緑が濃くて、きれいな山も川も沢山あるという。もっと自然に触れるべきだ。
ニセコは、「ニセコ積丹小樽国定公園」の南西部にあり、東に羊蹄山、西から北に連なるニセコ連峰、そのすそ野に広がる豊かな丘陵地帯、そして中央部を清流全国ランキング1位の「尻別川」が流れ、変化に富んだ環境に恵まれ、四季折々の美しい自然や景観が味わえる地域である。
ロスも絶賛する日本でも屈指のパウダースノーが降り、冬のスキーリゾート地として全国から沢山のスキー客が訪れている。近年スキーを楽しむ人が減少しているが、夏場の自然の魅力と川遊びの楽しさを取り込んだラフティングやカヌーやトレッキングが盛況で春から秋まで毎年3万人弱が訪れるという。オーストラリア人も訪れるようになった。ロスの主宰するNAC(ニセコ・アドベンチャー・センター)では70〜80名の若い常勤スタッフを採用しており、地域の雇用対策にも多いに貢献しているという。
ロスが講演の最後に、強調したのは「さまざまな規制をはずし、ビジョンとコンセプトを持ってトライすれば、北海道はアジア最大のリゾートになれる余地を持っている。」という言葉だった。決して堪能ではない日本語で精一杯語りかけて来る。新しい時代の黎明を予感した龍馬のような、志の高さとチャレンジ精神に期待したい。
ニセコに住むオーストラリア人が、今、日本人にはない経験と発想で、明日の北海道のために、熱いメッセージを送ってくれている。
■2004年10月 【北海道の宿題】
2004年発行の「北海道の宿題」という本をご存知ですか。
「北海道新幹線なんていらない」、「元通産官僚で自民党寄りの知事に苦言」、「観光担当の副知事がなぜいない」等々、帯に惹かれてつい買ってしまいました。
著者は北海道観光学会会長で札幌国際大学理事長の和野内崇弘氏。70歳を超えた硬骨漢だ。
「赤毛のアン」が「赤字のアン」に成り下がり、如何に行政頼みの「沢山のリゾートたち」が失敗し、「道観連」など従来型組織の旧態依然とした存在をトツトツと批判している。今時の「日本野球連盟(NPB)」と「選手会」の紛争と同じ目線である。
本の中でちょっと印象に残った一文があった。現在、観光産業は北海道にとって毎年約2兆円の経済効果を産むとも言われているが、関連の観光審議会は、長い間殊更に観光振興策を打って来なかったというのだ。努力なしに勝ち得た北海道観光。天然の自然と食、海外旅行の代替や、知床や富良野や小樽、函館などマスコミによるアピール効果が大きいという。最近になって、道庁と北海道開発局が税金を使って似たようなPRをしているのも気になっていた。
北海道も古いお歴々だけが集まって、ユニークなアイデアも何も無い「北海道観光バージョンアップ協議会」を組織するのでなく、ライブドアや楽天もどきの、活きのよい若手の経営者や道民が集まって議論百出すべきだ。第一、庶民が意見を言おうにも何も、入会金だの会費だのと敷居が高過ぎるのだ。
戦後60年。今や全ての経済構造が疲弊している。日本はもはや外圧でしかその風土や常識を変えられないと言った人がいた。北海道も長い間、官依存の典型的土地柄であった。時代は変わった。いや変えなければ。よらば大樹、長いものに巻かれろ意識を捨て去り、全てをガラガラポンして、その上で、私利私欲を抑え、真摯な議論をし、改革案を素直に受容する心掛けが一段と大事な時代になって来た。
■2004年9月 【人間ふれあい・北陸旅行記】
旅の醍醐味とは、未知の世界へのあこがれと新鮮な感動がすばらしいと思う。
9月1日から9月10日にかけて車で、まだ一度も行ったことのなかった
金沢・能登を中心に北陸方面を周遊して来た。久しぶりの一人旅だった。秋田、新潟、富山、能登、石川、福井、京都と総行程1,700Kmの旅、よくぞ走ったものだ。少々お疲れ気味だが、まだまだやれるぞ。
あまり下調べもせずに、出来心で道路地図もなく、市販の地図だけで、案内看板頼みだったものだから、旅を終えると反省しきり。車の旅って素通りが多くて、10〜20Kmも先に行ってから引き返すことが何度かあった。そんな時は自分の不甲斐なさを呪ったものだった。
石川県根上町の「松井秀喜・野球の館」を訪ねた時もそうだった。おりしも台風18号が接近しており、寄ろうかどうか思案中の運転で、大きくインターチェンジをはずれ、田舎道に迷いこんだ。ままよ、と直進したら20Km近くもオーバー。でもコンビニの可愛い女子店員が親切に路を教えてくれたので、どうやら辿りつけた。感謝!
今回の一人旅でつくづく思ったのは、駅や観光バスの案内所に飛び込んでも、それなりの情報しか得られなかった。それならいっそ車を何処かにとめて、観光バスに乗ろうかと思ったこともあった。生きた情報というか、興味を引く情報になかなか出くわさないのだ。観光ガイド本やインターネットも、予めうっすらと眺めてはいたが、殆ど役に立たなかった。旅はやっぱり出来心でなくテーマが肝心だ。
旅ではよく「通過型」と「滞在型」が引き合いに出されるが、かなりの下調べが無い限り、車の旅は「通過型」になってしまう。でも最近の旅の魅力は何といっても「滞在型」だ。漠然としたテーマぐらい決めて、時間的余裕をたっぷり取りさえすれば、お約束の出来事の他に、時間に拘束されない楽しいハプニングに幾重にも遭遇するチャンスが待っている。そういいながら筆者の旅も、貧乏根性丸出しで何でも見てやろう精神だけで1,700Km走破をただ喜んでいるだけでは、旅の真骨頂にはまだまだだ。
貴重な体験ができる、何か面白いことに出くわす。いい思い出になりそうだ。こんな仕掛けが日本の観光にはまだまだ足りない気がする。それならいっそ、自分で痒いところに手の届くエンターティンメントな会社を創ってしまおうかと、ひたすら走りながら構想に耽った。
例えば、個性ある旅を目指すなら、歩きもいいが車はかかせない。でも旅先で乗るタクシーは高すぎる。相乗り観光タクシーをつくって格安で周遊する。テーマや目標が同じなので旅人同士のコミュニケーションが自然と図られる。9人乗りやら20人乗りのマイクロバスなら云うことはなし。とにかく廉価で小回りの効くのが一番。「タクシー用のパスポート」や女性専用の同性ドライバーがいてもいい。
次に観光のコンテンツ(中身)だが、芸術や文化、歴史建造物、文学などの徹底視察体験ツアーや、癒し、リフレッシュ、てづくり体験等、感動できるものなら何があっても良い。その中のひとつだけに特化する方法もある。新潟で坂口安吾、金沢で泉鏡花に成りきったっていい。「触れる」、「聞く」、「話す」、「コミュニケーションできる」、が観光の重要な要素である。いい旅にしたいと思ったら、旅人もまた多いに開放的になるべきだ。
そういえば、今回の北陸旅で短い間にさまざまの人と知り合えた。
往路のフェリーで知り合い、沖縄の泡盛までご馳走になった陶芸家の名倉さん。
富山で、メーリング仲間の丸岡さんにケータイに突然電話をもらい、初対面であったにもかかわらず、半日つきあっていただき、昼食までご馳走になりました。(左の写真は丸岡さんが撮った立山連峰)
金沢のユースホステルで知り合った若者渡辺君といっしょに能登・輪島までドライブしました。金沢に戻ってからのビールと焼肉が美味しかったです。
金沢城のボランティア・ガイド吉川さんに、たった一人のために、たっぷり2時間かけて城址を案内してもらい、無償の親切にただ感激。
帰りのフェリーで、久しぶりに北海道に法事で戻られる橘さんの65年の人生を肴に、一献。
他にも金沢の割烹「駒」の武田さん。ディナー・バー「Beans」の加賀さ〜ん。いい思い出、ありがとう。
皆さ〜ん、大変お世話になりました。
人生、まんざら捨てたものでなし。「旅ゆかば、人情と景勝に優るものなし。感謝!感謝!」
(富山駅前にて。丸岡さん撮影)
■2004年8月 【イギリスの庭師】
2004年。グリーン・ツーリズムとか、観光と農業の協奏とか、北海道にとって似合いの言葉が次々に生まれている。
旧知の大先輩に、80歳を目前にして農業・漁業の残渣物をリサイクルした有機バイオマスの会社を起こした人物がいる。
つい先日、これもまた小樽で有機や無農薬にこだわった小さな喫茶店を立ち上げた40代の友人がいる。久しぶりに3人でその喫茶店で遭って旧交を温めた。
筆者も当時、数億の金をかけて日本にはないイギリス風のガーデン・カフェ創業の事業構想をぶち上げたことがあった。花き販売をメインにして、「癒しとやすらぎ、スローライフ」をコンセプトにした21世紀型のユニバーサル産業を目標にしたが、先立つものもなくて、現在、構想だけに停まっている。
最近、NHKで「魅惑のイングリッシュ・ガーデン」という番組を見た。
歴史を彩る名庭園リーズ・キャッスル、12万本の薔薇で彩られた現代的なローズ・マウンテン庭園、そしてプライベートでありながらアーチで家々が連なっているエディス・テラスなど50以上もの庭園が紹介された。他にも世界遺産に指定されているキューガーデンズやウィズリーガーデン、チェルシー植物園などが有名である。国民の6割がガーデナーと言われるイギリスの奥深さ。金ではない「ほんとうの豊かさ」がここにある。
その昔、イタリア・ナポリの庭園でランチしたときに、中年の男女の歌い手とダンサー達の楽しそうな軽いショーが今でも脳裏に焼き付いている。
北海道も女性知事になってから「花大陸」キャンペーンを前面に出しているが、これからは「クオリティ・オブ・ライフ」をコアにした、過去や規制にとらわれない、もっとソフト重視のさまざまなユニークビジネスやベンチャービジネスを創造しようではないか。
2人に逢った時に感じたことだが、それぞれが人生に使命感を持っており、決して儲け主義だけではない、個人の生きがいと、顧客や社会貢献を第一に考えたビジネスに昇華していることに感動したものだ。
■2004年7月 【嫌なニュースに泣けた】
6月の末にいやなニュースが飛び込んで来た。日本を観光旅行中の台湾の女子大生が、25歳の日本の若い男に車に乗せられ、殺害されたというのだ。北海道にも沢山台湾の人が訪れている最中、とても腹立たしい気分に襲われた。
その昔、筆者の娘が、オーストラリアに留学した時のことを思い出した。当時も日本からオーストラリアに行った若い女性の殺人事件が何件もあった。
そこで娘に、安全のために、小さな携帯用のノートパソコンを持たせ、メールの交信を試みようとした。今なら世界中と何の苦もなく交信できるが、当時はまだ海外と交信することは難しく、コンピューサーブなど一部に限定されていた。
現地の滞在先から初めてメールをもらった時は、「やった!」という感慨を、今でも覚えている。
時代は21世紀。「心の世紀」と謳われ、グローバル化で世界中を人々が駈け巡る時代になり、総合産業である観光業は、サスティナブル・ツーリズム(1回のみでなく、持続可能な観光旅行)とも表現されることが多くなって来た。それは、観光客とコーディネーターと地域に住んでいる人々の結びつきをいう。
「送り狼」という言葉があるが、日本に憧れて日頃から貯金をして、大枚をはたいてやって来て、全身で日本をエンジョイしようとした矢先、こんな事件に巻き込まれるなんて、何と惨(むご)い話だろうか。
遺族が駆けつけ、日本でダビにふした時、この旅行に同行していたお兄さんの無念のひとこと。
「好きな日本で永遠の眠りについたことは、妹は喜んでいると思います・・・・・。」
「クククッ・・・・・」
■2004年6月 【月尾嘉男さんて誰?】
最近、我が信奉する大前研一氏が、トンと大人しくなったと思ったら、同級生の月尾嘉男氏が北海道のあちこちの町村の人々と直接会って、交流を深めておられる。知床半島塾、釧路湿原塾など10年以上もの付き合いになるという。
1942年生まれ。大学教授でありながら、何とも行動派。
毎年北海道で、カヌーやクロスカントリースキーなんかも楽しんでいる。カヌーは最近、南米チリ突端のホーン岬周航に成功したとのこと。
昔、週末になると四国の四万十川に出かけているという話しを聞いたことがあるが、自然と人間が好きで北海道にこんなに来ているとは知らなんだ。
「デジタル・アーカイブ」などIT関連の第一人者でもあるが、「地方から日本を変える」や、「日本百年転換戦略」などの持論が好きで、歯に衣着せぬ官僚改革論者でもある。60歳を超えて、「今が人生の華」のような生き方をされている。
大前研一氏のようなチャレンジと挫折を味わってはいないが、着実に人と人とのコミュニケーションの拡がりを大切にして、技術系文化人の切り口で、環境問題や社会問題に沢山の関心ある提案を続けている。芸術にも深い理解があり、北海道に「コンテンツ産業」や「エコ産業」といった環境共生型のビジネスを提案しているのも興味深い。
ところで、環境問題のひとつに、「景観法」というのがある。
北海道を国際化するのに是非必要な法律である。見苦しい広告物の規制や、街の景観のあり方、外国語の誘導サインの設置等々、「さりげないおもてなしの心」が大切になってくる。
月尾嘉男氏が北海道に足繁く日参するのは、道東や道北にかろうじて残っている、手つかずの自然の景観に魅せられているのかも知れない。北海道にこそ日本の未来があるのかも知れない。
■2004年5月 【田舎に泊ろう】
「田舎に泊ろう」というテレビ番組をご存知ですか?
有名無名のタレントが、願望と思いつきだけで、行ったことも見たこともない田舎に迷い込み、夕暮れ時に民家に突然訪ねて行って、アポなしで宿泊交渉する番組です。
見ていていつも感じることですが、日本の地方に今でも脈々と流れるつつましさと温かい人情にいつも小さな感動を覚えます。
1回のお泊り交渉で成立する人、夜の8時を回って、あたりがすっかり暗くなってもまだ家々を回ってお泊り交渉している人、きっかけ作りのうまい人、あまりにストレート過ぎてまとまり辛い人など、様々います。
それでも殺伐とした都会砂漠に比べたら、日本の田舎は何処へ行っても「まだまだ捨てたものでないな。」と、思うのは筆者だけでしょうか。
テレビの普及と伴に日本には田舎はなくなったと思いがちでしたが、日本人の根っこのところにある、遠慮深さと世話好きな田舎の風景は今でも健在です。
頼まれたら断りきれない人。トコトン持てなそうとする人。一宿一飯の恩義で、共に労働で汗を流す人。別れ際、嗚咽する人。いつまでも見送る家族。
最初はとっつきが悪いのですが、翌日には別れ難くなる日本人の精神構造。ほのぼのとした人間交流の充足感が、テレビを見ているだけなのにいつも感じられます。
こんな雰囲気の何分の一かでも、それぞれの地方を訪れた旅人たちが感じとれたら、旅の思い出は忘れがたいものになるだろうね。人と人との本格的ふれあい旅がこれからは大事になります。
■2004年4月 【楽しいほんもの旅】
先日久しぶりに家族で定山渓温泉に一泊した。学校が春休みであったのと、週末が重なり、殆ど満館に近い状態であった。さすが団体客は少なく、家族連れが大勢だったが、相変わらずバブル期のような大量消費のもてなしが続いていた。夕食はバイキングだったが、かみさん曰く。「何を食べたのか印象に残っていない」。前夜パンパンに客を収容し、翌朝は早くから潮が引くように客がいなくなる。もっとゆったりとした宿泊風景があっても良いように思った。この次からは絶対、連泊にしよう。
某旅行会社の企画で「春・秋のウォ−キング・ツアー」なるものがある。
3泊4日で10万円とはいい値段だが、限定10名で、インタープリター(自然ガイド)付きで、バード・ウォッチングあり、蕎麦づくりやソーセージづくりあり、握りめし昼食セットあり、地域の歴史・文化解説あり、交流あり、おもしろネタあり、酒あり、語らい満載で、道中を楽しむひざくりげスタイルなのだそうだ。スローライフでシニアや熟年夫婦が多いとのことだが、お友達になってしまうのもいいかもね。
ところで、ジュウシマツやコガラなど小鳥の体重は何グラムありますかね。そんな質問が飛び交うそうですよ。(8グラムの小鳥のぬいぐるみも用意されているそうです)
シニアの「行動力」と「知的好奇心」を満足させる企画には、他にも、陶器づくりや彫刻などの工芸体験、地ビール・料理手づくり体験、農業・漁業者の生活体験、自然体験・フートトレッキングなど様々ある。
家族向けには、「夏休み芋掘り体験」や「川遊び、虫取り、星空観賞体験」などの企画もあるそうだ。
全てホンモノで、そこにしかないものを提供し、味わってもらう。参加者一人ひとりが主役になり、実際に楽しさ、面白さ、を体験し、記憶に留める。
これからの旅行商品は地域に住んでいる人がつくる。あか抜ける必要はない、泥臭くていい。やる気と旅行する人との価値の共有さえあれば良い。
地域の素材とソフト(プログラム)がうまくマーケティング・ミックスされたときに、そこはかとない感動が生まれる。
■2004年3月 【サービス資本主義】
札幌駅前にJRタワーが出来てから1年が経った。嬉しい誤算か、初年度から黒字だそうだ。その分大通ゾーンは売上が減少し、全体のパイでは不景気を反映していまひとつ売上が下降気味だ。札幌の名所、「狸小路」も「すすきの」も打つ手なしか。
道庁の財政破綻と赤字再建団体転落は目先に迫っている。道州制のゴーサインも何処か、しけっている。
唐突ですが、「介護弁当」をご存知ですか?
高齢者のマンパワーを活用して、60代・70代の元気な人が、一人暮らしの老人や病気の高齢者のために、毎日、同年代向けの弁当を有償ボランティアで生きがいを持ってつくっている。地産地消の素材でカロリーに気を配った健康食でもある。もちろん値段も手ごろ。数人のやる気のある人が集まれば、過疎の地域も活性化する。
7年前だったろうか。初めてオーストラリアを旅行した折に、ブリスベーン空港からゴールドコーストに移動した時、右も左もわからずに重たい荷物を抱えていたが、たったひとりのために、観光バスがホテルまで横付けしてくれたのには、正直、何といいサービスだろうと思った。翌日、カウンターで日本語の出来るアシスタント・パーサーが、あちこち電話してくれて、パラマウント映画のテーマパークと、手ごろな値段のカジノとディナーショーのチケットを用立ててくれた。ワインとオージービーフ付きの、筆者にとっては豪華な「イリュージョン」ショーは今でも記憶に残っている。
小泉構造改革の一つに「住んでよし、訪れてよしの国づくり。観光立国宣言」があるが、先日そのフォーラムを見聞きしたが、最後のまとめで司会者が、突然、需要と供給の資本主義経済の話しを持ち出した。歴史は「農業資本主義」から「産業資本主義」に移行し、21世紀は「サービス資本主義」の時代に入った。と説明していたが、まったくそのとおりだと思った。
それぞれシチュエーションは違うが、「介護弁当」も「ホテル横付けの観光バス」も「アシスタント・パーサーの無料チケット手配」も、根っこにある「サービス精神」は同じものである。
不況風の吹く北海道。例えば、「狸小路」で何件かのお店で買い物した人が、手ぶらで帰れるサービスや、口コミ観光情報をそこで仕入れるサービスがあってもいいかな〜。と想える今日この頃ではありました!?
■2004年2月 【郷土への愛着と誇り】
久しぶりに講演会へ行って来た。不況と全国平均を上回る失業率に苦しむ北海道で、何とか経済を立て直そうと企画された「北海道生活産業創出シンポジウム」。
慶大の島田晴雄教授が「明るい構造改革」を、本人の人となりに重ねて力説。亀の歩みのように進まない「暗い小泉構造改革」を盛んにフォローしていた。
堅苦しい肩書きの大学教授の中では、清家篤・稲増龍夫氏などと並んで、島田氏の話しは日頃関心あるテーマが多いのだが、この日の講演はあまり新味が感じられなかった。
それよりも島田氏の後に、ガリバー旅行会社が講演した「健康保養型ロングスティ観光ツアーサービス実証実験」に関心が行った。
旅と健康。観光と保養と健康と医療をセットにして、新しい視点でロングスティに結び付けられないだろうか。団体旅行から個人旅行へのシフト化や旅行者の高齢化を睨んだ新たな試みである。温泉の湯治客などもその一つだと言えばわかりやすいだろう。
話しを聞いていて、利益を何処で取るといった、極めてビジネス・ライクな視点からのアプローチで、ウォンツ(潜在需要)よりもニーズ(顕在需要)の方を重視しているかに見えた。
スローライフや癒しなどの付加価値的効果は、本来、金にならないビジネスと思われていたが、これからは旅の目的地や設備だけでなく、様々なプロセスやプランの中にある付加価値が金になる時代になるだろう。白老でアイヌの食文化に接するなどその典型である。
マーケティング展開の話しに及び、過って大企業にあった永年勤続の夫婦旅行をターゲットとして持ち出すあたりは、思わず苦笑してしまった。今どき30年・40年の多年勤続者を賞賛して、夫婦に一時金を出す会社などあるんかいな?退職金も年金もあやういこの時代に何と世間知らずかと思ってしまった。企業も従業員にただ労働を強いるだけでなく、新しくカフェテリア・プランとか何とかを提案しているが、このところの福利厚生の切り捨ては、景気の良かった時代とは隔絶の感がある。(昔、企業ぐるみでやっていた温泉一泊旅行が懐かしいね。)
でも、これからは家族や個人旅行が活発化する中で、旅行会社と現地の様々なコーディネート組織が必要になっていくことには異論はない。そこがベンチャーになるのか、NPOになるのか、お上の指示待ちをやめ、道民の自由な、意識や新発想が北海道を変えることになる。
島田教授も「そこに住んでいる人がその土地に愛着と誇りを持って楽しく生きれば、だまっていてもよそから人が集まって来る」と言われた言葉は、筆者も何度もエッセイに書いた。
講演の帰リ道、某居酒屋で隣りに座った親父さんとうまが合ったのか、いつまでも北海道の経済論をぶったものでした。親父さん曰く、「道民にもっとパワーが欲しいね。」
2003年12月〜2003年3月分はこちらへ
【そして本題・・・】
何年か前の話しになるが、2週間の休暇でオーストラリアに行った折にシドニーから列車で2時間、グランドキャニオンのような景勝地ブルーマウンテンで、娘とふたりのんびりとベンチに座りながら、奇岩スリー・シスターズを眺めていた時のことだった。
バスツアーでやって来た日本人の観光客の団体がバスを降りるやいなやパチパチと記念写真を撮り始めたが、誰もじっくりと奇岩を感慨深げに見る人はいなかった。ツアーの行程を消化しているだけで気もそぞろ。現場証拠写真を撮ってスケジュールどおり次の観光地に向け足早に立ち去っていった。顔つき目つきすらも何か虚ろに見えた。この日本人達はほんとうに旅しているのだろうかと正直思ったものだった。
今や日本人の海外旅行も年間2,000万人時代に突入しようとしている。こんなに不景気でも海外旅行熱だけは冷めずに年々歳々伸びており、2000年実績では1,780万人が海外に旅立っている(2001年はアメリカのテロの影響で1,621万人に下がった)。300年もずっと続いていた鎖国政策の反動のせいか、もしかしたら日本人のDNAの発露がそうさせるのかも知れない。
一方海外から日本にやって来る外国人は年間470万人である。大部分はビジネス目的である。それでも少しづつではあるが伸びている。4対1の割合で海外に出かける人が圧倒的に多い。日本人はよく出かけて行くが、海外からは思ったほどには日本に訪れてはいない。
外国人が日本に来るのをためらうのは、国際的にうまいPRがされていないとか、英語で話せるガイドがいないとか、日本の歴史文化が一部地域にのみ集中していて地方都市には魅力が乏しいとか、海外にある旅行代理店は経済的に専ら日本人を海外に呼ぶためだけの構造にしかなっていないとか、様々な要素が考えられるが、とにかく海外の人を日本に招き入れてもてなすといった心構えも政策も余りないように思える。
1,780万人はアメリカ、ドイツに次ぐ世界第3位の観光大国である。470万人は世界36位の観光小国である。
世界中の人々が最もよく行く国はフランスと聞く。外国から国内へ来ることをインバウンドというが、フランスでは人口の1.5倍もの観光客が毎年訪れる。一見とっつきの悪いフランス人だが、有名ブランド品も歴史や文化もリゾートも完備しているのだろうが、観光客のもてなし方が実に巧みなのであろう。ヴェルサイユ宮殿だけで年間1000万人もの観光客が訪れるという。
日本は国際的に見て、文化的にも歴史的にも、まだまだ魅力の乏しい国なのである。物価が高い国のイメージもある。
日本人の滞在型観光は国内外含めてせいぜい3〜4泊どまりである。「そんなに休んだら会社の席がなくなっている」というのが大方の日本人の口をついて出る言葉である。欧米人が毎年2〜3週間まとめて取る家族旅行など働き中毒のこの国ではとっても考えづらい。オーストラリアで見た、せかせかと余裕のない態度もうなずける。
1,400兆円の個人資産はあっても、長期の旅行に費やす金は、先行き不透明もあって考えづらい現実がある。だから海外旅行といってもそれに往復の日程を加えた安めのハワイパック旅行やグアム、韓国、香港、タイなどの比較的近隣諸国が殆どである。
観光はその国の経済や雇用の創出に多大な影響を与えるのは周知の事実である。
特に北海道は失業率も高く、中央依存の体質が一向に抜けずに自立を阻む風土が強すぎる地域でもある。でも21世紀は間違いなくクローバル化や人間復興や自然回帰が叫ばれる時代となる。地域の自立再生に向けて様々なアイデアを提言して見よう。
ご存知小泉内閣のメールマガジンで農林水産大臣を経験した北海道出身の武部さんのコメントに「都市と農山漁村の共生・対流をめざして」というのがあった。BSE問題で本人自身の評価はちょっと下がりましたが、エッセンスは間違っていません。
私は北海道のオホーツク海に面している斜里町で生まれ育ちました。
ところで皆さん、おいしい水、きれいな空気、美しい自然のもとで、家族一緒に野菜や花を作ったり、山に登ったり、釣りをしたりしたいという願望はありませんか。
人間は自然界の一員ですから、誰にもこういう願望が潜在的にあるはずだと思います。ところが、それは都会では享受できません。地方の人達も、都会のエキサイティングな魅力にあこがれがあると思います。
だから、私は都市と農山漁村の共生・対流の時代、つまりは誰もが都市生活と農村生活を共に手にすることができる「二重生活時代」を享受できる21世紀にしたいと思っているのです。
つまり、交通インフラが整備され、加えてIT革命が進み、情報通信インフラが農山漁村にも整備されれば、いつでも、どこでも、誰でもが同じ条件下で「仕事と生活を両立させる時代」、そんなライフスタイルが可能になると私は確信します。
私の夢は「都市と農山漁村の共生・対流」であり、これは私がいつもテーマにしている「環境・健康・教育」ということにもつながりますし、別な言葉で言えば「土づくり・人づくり・国づくり」ということにもつながると思います。
さて、日本人がこよなく愛するわが北海道観光。2泊3日のカニツアーも相変わらずの人気だが、いずれ目玉のカニも枯渇が心配されるが、もっと国際的視野で多面的な長期滞在型、体験型の「観光立国に的を絞った北海道活性化構想」をアイデア展開して見よう。
毎年道内にやって来る旅行者は年間700万人以上と聞くが、道内人口の移動もその数倍もある。
平成12年の北海道への外国人観光客数は21万人であり、その内訳は台湾11万人、香港3万人、韓国2万人、アメリカ8500人、ロシア6100人。その他3.5万人であった。日本全体で470万人であるから北海道への入り数は4.4%と極めて少ない。国内における北海道人気の割には、外国人観光客は低調である。
北海道を独立した国に見立てた場合、どうやったら観光立国にできるのか本気で考えてみたい。そろそろ世界に打って出ようとする気概があってもいい頃ではないだろうか。
そこで以下に展開する観光ビジネスの拠点づくりを考察してみよう。
ちょっと古い映画の話しになるが、仕事ばかりで、気がついて見たらすっかり世間からも恋愛からも取り残されていたアメリカの中年女性の逡巡の一人旅。自分を見つめ直し取り戻すために北イタリアのヴェニスに長期滞在するが、そこで人生で最初で最後の恋に落ちる・・・・・。
キャサリン・ヘップバーン主演の名作映画「旅情」から、
世界が舞台の北海道旅行ビジネス
「北の旅情倶楽部」 と命名、すべての旅行ビジネスのコアセンターとする。
体験型、滞在型旅行のテーマである笑わせ、泣かせ、感動させる、を基本コンセプトにしてゆっくり楽しく体験して感動させ、いつまでも記憶にとどめてもらい、何度ものリピートを期待するというのがこの倶楽部の主たる目的です。
観光産業とエンターティンメントの融合と言ってもよい。でも冒頭でも述べたが、従来型のような通過型の娯楽と消費がすべてという旅では決してない。心の底からリフレッシュし、体験学習しながら自分を高めることのできる「癒しと感動の旅」と呼んでもいい。名作「旅情」のような、生涯ただ一度の恋も期待できるかも知れない。
「癒しと感動の旅」のために何をすべきか。ひとつには北海道に点在する産業や文化を体系化、ゾーン化し、それらと遊びの世界を融合させ、個性化を図ること。
遊びの世界でいうなら、カヌー、ラフティング、ホーストレッキング、キャンピング、フィッシイング、スキー、スノーボード、熱気球、パラグライダーなど一連の「アウトドア体験」や、農業や酪農と触れ合う 「グリーンツーリズム」、生き物や森の自然を大切に守りながら自然と触れ合う 「エコツーリズム」、海辺で憩う 「マリンツーリズム」などをそれぞれに体系化し、個人や家族の嗜好に合わせ組み合わせを考える。
インタープリター(ネイチャーガイド、パークレンジャー)等の地域エスコーター、レクリエーション・インストラクター、旅のコーディネーターなどのガイドの本格的養成を図る。
「森と湖の国」がフィンランドであるならば、21世紀の北海道らしいビジョンが是非とも欲しい。
大自然へ。回帰。
「RETURN TO THE NATURE 」キャンペーンの展開を図る。
ちょっと抽象的だが、「夢大陸 HOKKAIDO」 なんて言うのもいいかも知れない。
フィヨルドとサンタクロースがフィンランドの象徴ならば、面積も人口もよく似た北海道も「東洋のフィンランド」くらいにしたいものだ。
道内にある文化遺産、自然遺産を中心にした現在ある各種の生活・野外博物館エコ・ミュージアムをもっとマクロの視点で地域連携させる。北海道人にとことん足りないものは国際的視野である。
エコ・ミュージアムとは?
地域に住む人々の生活や、文化、歴史、産業の向上や自然や環境を守りながら、これら文化遺産や自然遺産を保存し、育成し、展示共有することで地域社会の発展に寄与することをいう。
ひとことで言うなら、自然や生活を含めて街ぐるみを観賞可能なミュージアムに見立ててしまうことなのである。
それぞれの街が個性化し、旅人たちとコミュニケーションと親密感をはかりながら、とことん地域に溶け込んでいただく。
そのためには道民の一人ひとりが旅人をもてなす術(すべ)を真剣に学ばなければならない。それがやがては国際化の道筋に繋がって行くことになる。北海道にだって国際的に見て歓迎すべきいいものが沢山ある。もっと自信を持とう。
最近22世紀に残す「北海道遺産」などの動きも活発化して来ている。これらを観光のためにも多いに利活用するムーブメントを起こそう。国際的に見て北海道の個性化が大事な要素である。より強い個性化がより強い国際化を促進する。
運営の概要
行政が地域に点在する形でつくったサテライト型の博物館や公園と、ライブ感あふれる地域のイベントとアウトドア体験などを組み合わせ、長期滞在を意識しながら それぞれの地域をネットワークで結び 、手つかずの自然や、住民個々が持つ文化遺産を許される範囲内でオープンにして、思いがけない各種の体験を自然な形で「懐かしい旅人」に味わってもらう。
新しくできた生活環境型の「街ぐるみ生活・野外ミュージアム」の運営は地域住民に委ねる。その運営方法は官寄りの発想よりも道民のひとり一人が長期滞在客をもてなすといった意識の変革と共に民の発想によるエンターティンメント型をベースとする。
例: 生涯学習の街づくり博物館、屋根のない生活・自然博物館、郷土の産業物産センター、野鳥や森の自然公園、個人芸術館、町並みサテライト等地域のスポットの集合体を観光拠点として生かす。
マイスター産業の育成
イタリアやドイツにあるような地域の中小の産業が世界的ブランド品を数多く輩出しており、わが北海道においても核となるようなマイスター産業の育成を図るべきです。地域にあって媚びないマイスターの個性が世界の観光客を引き寄せる要因となる。
付加価値と多様化の21世紀。グローバルとローカルを取り込んだ、いわゆる「グローカル」な、北海道にしかないオンリーワン企業を育てるべき時です。
独特の郷土愛に支えられた強い中小企業のモデルを育成する。それが観光立国の条件でもあるのです。
道内マイスター企業をITネットワークで結びつけ、「懐かしい旅人」のために横のネットワークを構成することも重要です。
結論。
道内に存在する様々な観光のためのリソース(資源)をブロック別に有機的に結合し、長期滞在・体験型観光のゾーン化を図る。何回も出てきたね。くどいね。後ほど整理します。
趣旨はご理解されましたか?この他にもいろいろなアイデアが欲しいですね。このためにはウェブ・データベースやサーバネットワークやデータマイニングなど多くのIT技術も必要でしょうね。北海道の活性化を真面目に考えている貴方のご意見を待っています。
具体的な事業の進め方
一番先にやりたいこと
事業を促進するためにプロデュースする人、ディレクションや企画開発する人、マネージメントする人、コーディネートする人、マーケティングに精通した人、発想がユニークで面白い人、コーチングのできる人、論理的思考のできる人、実行力のある人、縁の下のボブ・サップ、癒しの人、ゆきずりの人?、北海道応援団などなど全部まとめて前向きな人たちと意見百出、カニの泡?(口角泡を飛ばす)を飛ばしたい。いつの世も企画力を併せ持ったプロデューサー人材がいない。感動哲学を実践できる人が良い。くれぐれも役人だけには任せたくない。
二番目にやりたいことは
インタープリターや地域エスコーター等を束ねる旅のコーディネーターと人材養成とそのデータベース化である。地域に住んでいるいぶし銀のような中高年(リタイヤ組を含める)の活用を積極的に展開させる。新しい思考とアイデアにより、新しい産業を興し、雇用促進の受け皿づくりをする。
三番目にやりたいことは
インターネットに広東語や北京語、韓国語、英語などのバイリンガル・ホームページを立ち上げたい。個人や家族がネット上で体験・滞在型旅行の行程を組めるシステム化を図りたい。
四番目にやりたいことは
長期滞在、体験型の旅行を促進させるために目的別・ブロック別に自然体験(エコツアー)、エコ・ミュージアム、地域イベント、マイスター産業等の有機的結合を企画、計画、実践化させる。
五番目にやりたいことは
将来、世のため、北海道のための社会ベンチャー、NPO法人をつくりたい。
日本人はまだまだ遊びが少ないとか、国民のライフスタイルを転換しなければこんな構想の実現は不可能であるとか、経済不況でそれどころではないとか、課題も多いが、誰かが声高に宣言しなければ何も変わらない。
「日本が栄えても、日本人は幸せになれない」という著作があったが、今ならさしずめ「日本が劣化して、日本人は個々人の幸せについて考え始めた」だろう。一人ひとりの生き方が問われる時代になった。
国民のライフスタイルは、ものにあふれた時代から、より精神性の高いものに変わろうとしている。「時間という価値」が結局、限り有る人生にとって一番大事なものなんだ、と気づき始めている。
人生の意義は「金」や「出世」だけではない。「如何に充実した人生時間の使い方」をするのかがテーマだ。
国民意識はまだまだそこまで踏み込めない層との二極化が進んでいるが、仕事をリタイアした60代や70代の旅行や保養の中心層ばかりでなく、若者たちは個人旅行で自己実現を図ろうとか、常に誰に言われるともなく未体験への挑戦を心がけている。
歴史をひも解くと、江戸時代後期には人々は金はないが、自然と文化に包まれた豊かな時間の生活を営んでいたとある。それが昭和の終戦を期として戦後の復興に全てを費やし、時代はセブン・イレブン型の人間ばかりを要求して来た。(朝7時に家を出て、夜の11時に家に帰る会社人間)
「人は働くために生きるのではなく、生きるために働くのだ」ということを忘れている日本人が多い。今や完全にその反省の上に立って、ライフスタイルの転換をはかろうと、もがいているようにも見える。
20世紀が産業の隆盛と殺戮の世紀だとすれば、21世紀こそは癒しと人間復興の世紀だと思う。もしかしたら今世紀、日本人は縄文人を目指すのかも知れない。
ライフスタイルを転換させようとする世界的なうねりも見え始めて来た。
もっとゆったり人生を生きようとするスローライフの思考が現実化して来た。スローライフの先には、もっとゆっくり滞在型の観光をしようとするスローツーリズムの意識も充分考えられる。
北海道が観光により、国際的に認知され、「日本の中の異風土」として自立できれば幸いと感じている。
このところの北海道の不況は骨身にしみる。それに気づいていないのか、死んだふりをしているだけなのか、新しいビジョンや構想力が見えてこない。建設労働者を農業従事者に転換しようというだけでは必然性に乏しい。
平成の竜馬だった浜田輝夫さんの憤死で生気を失ったエァ・ドウ。カンタス・オーストラリアやオランダ航空の運休など見せかけの需要予測と期待だけでは、開店時だけの賑わいで終わっていく。もっと先を見据え、いまある資源の活用とアイデアを中心とした箱物(ハード)じゃない、ソフト・マーケティングが大事であることを知るべきである。
長い間技術にだけ頼った国策がまかり通ったが、これからは「うん、なるほど!」と言わせる需要を創り出すソフト・マーケティングの時代だ。
また、北海道は観光に影響を与える道路や新幹線など基幹のインフラが他府県より劣っているが、他府県のレベルに引き上げることに努力するのではなく、一段高い視点で、従来型の発想を超えた新しい知恵で国際化を図るべきだ。昔学んだ、朝鮮半島経由の文化伝承は既に終わっているのだ。北海道から世界へ向けて文化発信すべきだ。
そのために今こそ発想のダイナミズムが必要な時ではないだろうか。世界市民レベルで物事を考える時代に至った。
例えば、大胆な発想ではあるが、国際化を促進するひとつの方策として、数ある都道府県の中で、道民の一人ひとりをTOEIC500点レベルまで引き上げる日本一の英語県(圏)にしてしまう。日本人と中国人や韓国人がコミュニケートする共通語はやっぱり英語。この運動の盛り上がりと努力が一気に国際化をもたらすことに繋がる。
あるいは日本の中で一番様々な国の留学生を受け入れている都道府県が北海道とかのレッテルを貼らせてしまうことによって、中国や台湾から人がやって来る。彼らの能力をうまく利用させてもらえば、一層国際化に拍車をかけられる。
構想のきっかけを与えてくれたのは、何年か前に読ませていただいた、JR東日本の松田会長のコラムによるところが大きい。観光と農業、漁業、林業が飯の種、しかもこれらを融合させたアグリ・ツーリズムが最も大事だ。
どうだ!今考えるべきエッセンスはみんな入っているように思える。読者諸氏に斬新な意見はないのか。
この不況者めが!!(爆)
(ここまで読んでくれたあなたに、甚だ失礼ではあります m(_
_)m ご意見ください。)
日本の中で文化や歴史や伝統の浅い北海道がそれを逆手にとって意識を変え、一人ひとりが北海道で生きていることに誇りと自信をもって、しがらみを超えた発想をもてば一気に国際化が可能だ。
以上、構想としてはまだまだ練り足りないものであるが、少しづつ深めて行きたいと思っています。北海道人の自立精神とイノベーションに期待したい。ごちゃごちゃと書きましたが、案外キーワードは「マイスター産業」と「スローライフ」と「日本一の英語県」かも知れないよ。