
グッドウィル・グループ(株)会長 折口雅博
先日縁あって、今をときめく介護のCF「ハロー・コムスン」でお馴染みのグッドウィル・グループ会長の若きベンチャーの旗手・折口雅博氏の講演を聞く機会に恵まれた。
86−5630(ハロー・コムスン)も4月1日の介護保険スタートに合わせ、全国800拠点、20万人のケア・マネージャーやケア・スタッフ(ヘルパー2・3級)の会員登録を目標にスタートする。
厚生省試算で4.3兆円と言われる市場だが、非介護分野も巻き込むと100兆円を超えるだろうといわれる成長分野である。
グッドウィル・グループは在宅介護サービスの「コムスン」、訪問歯科診療の「デンタル・コムスン」、高齢者専用旅行サービスの「コムスン・トラベル」、美容・テラピーの「クリーク」から成るヘルスケア・インダストリーであり、それぞれに専門的な経営スタッフを配した、コーポレート・ガバナンス型の総合人材派遣・サービス産業である。
この時期、実に時宜を得た事業であり、計画的というよりはズバリ戦略を感じる。5年前なら民間企業が始める「24時間巡回在宅介護サービス」など、誰も想像もしなかったろう。
人材派遣の規制緩和と高齢化社会がもたらした、高い理想に基づくベンチャー・ビジネスである。
彼ほどの生い立ちと異質の経歴の持ち主は、そうザラにはいないだろう。
防衛大学を出て、総合商社に勤め、30歳であの有名なディスコのジュリアナ東京を立ち上げ、更に同じディスコ系列のベルファーレの総帥にもなった。
グッドウィルは99年、開業5年で280億円の売り上げ・19億円の経常利益を上げたが、新興企業としては、破格の速さである。
売り上げ4億円のコムスンをM&Aしてから順調に業績を伸ばしている。彼の経営哲学とベンチャー・スビリッツとは如何なるものなのか?
氏のポリシーの一つに、物事には必ず原因があって結果に結びつくという。得てして急成長した会社は管理が行き届かず、本業がおろそかになりがちであるが、いつも原点に立ち返ってブラッシュ・アップをかけるという。そのために社員の一人ひとりに、彼の成功パターンに基づくDNA(遺伝子)をいつも注入してモチベーションを高めているという。決して強権ではない「人が生きる経営」をいつも心がけているという。
DNA(遺伝子)とは、一つはたゆまぬベンチャー・精神であり、一つはハングリー精神による拡大・発展であり、一つは社会貢献・自己実現である。これらを社是として毎日確認しているとのことだ。
また権限の委譲とグループ内の独立経営を旨としてストック・オプションを採用している。会社の利害と個人の頑張りが一致するのがストック・オプション制度だが、ただそれだけではないだろう。カリスマ的オーラも必要なんだろうと思う。
社員向けのストック・オプションは勿論のこと、報酬制度、適正な能力評価も大事である。
心でつながり、利害関係でつながる、柔らかくて自由な企業文化や風土も必要である。
折口氏自身は、いつもでかいことをしたい、世の中のインフレーションを握りたいと考えて事業に望んでいる。「夢と志し」をいつも心に描き、それの実現に向かって達成したい思いをより強くポテンシャル・アップさせて、プロ経営者に徹して行きたいと熱っぽく語った。
プロ経営者とは、会社の価値を最大化できる人、株式時価総額を最大化できる人と定義している。彼の思想は何処か会社を創業し、大きくなったら興味を失って手放すアメリカ型の経営者に似ている。
家族にも友人にも反対されながら成功を収めたディスコから、介護サービスへの360度の転進は一見何の因果関係もないように見受けられるが、折口氏に言わせると、介護こそ「人生最大のエンターテインメントだ!」と言ってはばからない。
「例えて言うなら、レストランなら味の良さ、飛行機は安全性、ホテルは清潔感、が究極の目標だろう。ならば介護サービスは訪問介護にしても、入浴サービスにしても居心地の良さが決め手になる。その面では雰囲気と開放感を売るディスコのエンターテインメントと本質的に変わらない」と言う。
頭の硬い御仁には、不謹慎としか写らないかも知れない。24時間巡回在宅介護サービスは、「高齢者の尊厳と自立」をテーマにクォリティの高いサービスを心がける。
「家族は愛を、介護はプロを」のキャンペーンによりCS(顧客満足度)を最大化すべく、インフラ産業を目指している。
2000年度の売上げ目標は一気に700億円を予定しているという。彼自身は決して大風呂敷を敷いているとは思わないとのことだ。
思い描き、強く念じ、行動に移す。この気概が、ピラミッドにも、万里の長城にも、エンパイヤー・ステート・ビルにもなった。
エンパイヤ・ステート・ビルに関して言えば、製作者は、まだ左程の技術のない時代に、最初から100階を超えるビルを建てようとする高邁なる「ビジョンとミッション」を持っていたと言う。一階づつ足し前していったら、偶然130階立てのビルになった訳ではない。具体的に目標を持ち、構想を描き、戦略を立て、戦術に落とし込む。技術は大事だが、「ビジョンとミッション」はそれ以上に大事だ。技術にあぐらをかいてはいけない、絶えずリファインして行くことも大事である。
それが結果的に、20世紀初頭最大のビルになった。
折口氏のパワーは一体どこから生まれて来るのだろうか?
氏の判断力の早さは定評がある。自ら宣言して自分を窮地に落とし込み、知恵と情熱で邁進するのは、マーフィの法則やランチェスター、ナポレオン・ヒルならぬ、いつも成功パターンを自分の頭の中に組み立てる意識が人一倍強いはずだ。特にナポレオン・ヒルの「成功哲学」は、彼の事業の根幹をなすものと聞いている。
若干39歳、それよりも何よりも、その生い立ちと育って来た環境に負う部分が多い。氏自身、過去に筆舌に尽くし難い苦難と貧しさを経験して来たが、それを隠そうとしない。一般的に成功した経営者は自分の辛い過去を余り表現したがらないが、折口氏は全てにオープンである。
父の影響で幼ない頃から経営者のDNAも体内に流れていたと言う。父の会社の倒産、両親の離婚で語り尽くせぬ辛酸を舐めもした。そのことが返って何事も前向きに考える今日の折口雅博という人物を創った。実はそのあたりが一番人間的関心を抱かせる部分でもある。
最近読んだ折口氏が書いた「起業の条件」や、講談社文庫「会社を辞めて成功した男たち」に、氏自身の生い立ちが詳しく載っている。
戦後まもなく父が始めた人工甘味料サッカリン・ズルチンの会社は順調に業績を伸ばしていた。一時は200坪の豪邸を構え、お手伝いを雇い、ピアノを習い、外出には高級外車を使っていた。ところが3年後、アメリカの研究機関がサッカリン・ズルチンに発癌性の疑いがあるという発表をしてから、日本の厚生省もにわかに使用禁止の決定をしてしまったのだ。会社はあっという間に倒産。一転、一家は借金に追われ、借家住まいを余儀なくされた。その後一家は喫茶店を経営したが、生活は困窮、それが原因で両親の喧嘩も絶え間なくなり、父の暴力に絶え切れなくなった母は、2人の子をおいて家を出ていった。その後父は心臓発作という病に倒れ、働けなくなり、妹との3人の生活はジリジリと追いつめられ、生活保護を受けるまでになった。
以来、65歳を超えた病弱の父と2人の子供はひっそりと身を寄せ合うように生きて来た。その後、母の記憶は彼の中から徐々に消えていったと言う。
小学生4年生の時に両親の離婚で、生き別れ、消息がつかめないままになっていた母と、1996年、実に25年ぶりに再会を果たしたと言う。正直その文章のくだりを読んだ時には思わず目頭が熱くなった。
惨めな少年時代には、人並に高校に行くこともで出来ず、給料のもらえる陸上自衛隊少年工科学校に入学、家族に仕送りを欠かさず難関の防衛大学にも合格、歩腹前進と7年間の寄宿舎生活で、「今に見返してやる」という根性と「絶対に成功してやる」精神を培って来た。まだ発展途上人である彼の人生の目標は「大金持ちになって、死ぬまでにそれを全部つぎ込んで究極の社会福祉をしたい」ことだそうだ。
「24時間在宅介護サービス」も多分、3カ月間父の看病をしながら自然に彼の中に染み込んだ事業化の構想の具現化だったのかも知れない。
こんなに理解しやすい人物像と事業のコンセプト・デザインは他にそんなにはない。今もっとも関心をもっている人物であり、己のベンチャー志向に照らしても範とすべき人物像である。
ベンチャー成功の鍵は、一つはMIND(ヤル気)、大胆な決断と行動であり、一つは構想と戦略であり、一つはMANPOWER(人材)であり、創業者を支えるスタッフがいるが、苦労と努力の中から人間をたたえる術を学んだ本人のカリスマ的魅力も大きいのではないか。
折口氏の話しを聞いていると、確実にそれが理解できる。