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ここがヘンだよ!日本人

 最近テレビで「ここがヘンだよ!日本人」をよく見る。
日本に住んでいる外国人100人出演の日本語による討論番組であるが、汚いヤジと低俗な日本語の使い回しで、決して面白い番組とは言えないが、ゴチャゴチャし過ぎた中に、今の日本が遭遇している国際化や外国人の受入労働問題や、露骨に日本人が外国人差別をしている実態などが浮き彫りになって興味深い。

 テリー伊藤の考え方にも相当矛盾があるし、たけしの存在感も全くわからないくらいに外国人の圧倒される集団パワーで押しまくられるが、混沌としたトーク・バトルの中にふと、日本が国際社会の中でおかれている孤立感や混迷ぶりが次々と明らかになる。
まあ、日本だけじゃないんだね。世界のあちこちの国が21世紀を目の前にして
価値観の変化の渦に疲弊しつつあるんだね。お国柄や考えは違ってもグローバル化とボーダレスの波はとめようがない。一連托生だ。

 さて、番組を見ていて気づいたことだが、彼らと彼女らの日本語は、一部の外国人を除けば、住んでいる地域の方言をうまく取り込んで実に堪能であることだ。
来日前に日本語を勉強して日本へビジネスでやって来たり、留学生でやって来たりと様々な理由はあるにしても、皆それなりに貧しく、ハングリー精神が、難しいと言われる日本語を語彙やジョークまで含めてガッチリと習得するあたり頭が下がる思いがする。
それにしても中学から大学まで10年近く英語を勉強してこの語学力は何なんだ?
アジアの国々の中でも日本人の語学力は21カ国中18位で、インドや中国、韓国よりもお粗末ときた。

 話しを元に戻して。今まで様々なテーマで論戦が繰り返された。その多くは社会問題であり、「いじめ」や「リストラ・外国人労働者」「日本の教育問題」など、歯に衣どころか、油を流し込んだようにしゃべるわしゃべるわっ。ゾマホンのくそ真面目もいいね。
毎回見終わってみると、疲労感がドッと出て来る。言いたいことを聞くのも疲れるね。やっぱり俺も日本人なんなんだ。

 さて、外国人になったつもりで、日本人の批判。

 最近の新潟県警や農水省の役人達の不祥事を鑑みるに、相も変わらぬこの国の懲りない面々に敢えて痛烈なひとこと。
明治・大正の約60年、昭和の御世も64年、平成も12年、足して130有余年。
21世紀を目前にして、確かにチョンマゲをばっさり切って、文明開化よろしく、西欧の仲間入りを果たしたまでは良かったけれど、
何と人心は江戸時代にそのまま置き忘れて来ていた。
 儒教思想と西欧化の相克による本音と建て前を微妙に使い分ける国民性や、
恥の文化と村社会意識が今だに人種差別を続け、時代はすっかり変わっても我が子だけは、有名大学や大企業に入れようとする親心。
無責任な政治屋たちは、リストラや失業が増えたって根本的解決には至らず、赤字財政も目一杯先送りしている。
官僚たちの不祥事は、陰に回ってやりたい放題だ。
フリーターとケータイにご執心の若者は、政治などに一切関心を示さず、
消費文化だけに自分の居場所を求めている。異常犯罪が多発しても、何かいっとき話題に上って、麻痺し、次の話題にさっさと移って考えることすらやめて、表層部分だけなぞっている世の中のあらかたが、浅学菲才なんてぇのは、全然いただけない。
だから9年2カ月も監禁されていた少女がいても、
雪見酒とマージャンにうつつを抜かし、世間から遊離したほんの一握りのキャリア達が、自分より上のおエライさんにだけゴマをする、とんでもねえ、世の中になっちまってるのに、あの日以来、フワッと噂話みたいに諦めちゃった国民感情に恫喝!。

 一番気に入らないのは、
功なり名をとげたお目付け役の公安委員会の連中が、高給をはむ、ただの有名無実の老人クラブの寄り合いだと知った時には、建て前社会の縮図が依然としてこの国のバックボーンであることをおもいっきり知らされた。

 昔、人間も猿から進化した折に、尻にシッポの痕跡器官があったというが、「良きに計らえ」と言った新潟県警本部長の頭の上にちょこんと乗った今は亡きチョンマゲが、ごくごく最近になって、頭頂部でうずいているのかも知れない。
おエライ官僚には、「お代官さま・・」と言って、地ベタに顔をこすりつけて本人の顔さえ仰ぎ見ることさえなかった
痕跡意識が、チョンマゲを切り落として130年経った今日でも、現代人の精神構造の大部分を占めているのは、否定しようもない事実だろう。
「水戸黄門」と「大相撲」ばかりみていりゃいい時代でもなくなった。

 特殊法人への絶えることなき天下り、談合体質、政・財・官の癒着、予算消化型の公共事業に群がり、そして果てしなく続く収賄と贈賄劇。驕りと怠慢は決してこの国からはなくならない失望感に敢えて反抗の意を込めて言いたい。

「政」が「官」をコントロールする仕組みの構築。「官」から「民」への転換、行政に頼り切っていた様々な規制からの解放と自立。
今や誰かが声を大にして言わなければならない。こんなお手盛りの
土建国家と訣別して国民の一人ひとりが、もっと賢明にならなければこの国の未来はない。

 9年2カ月後に少女が発見された2000年1月28日を「日本国構造改革記念日」にして、諸悪の根元たる官僚社会を打破しよう。フランス革命記念日やロシア革命記念日と同じ重みがこの日にあると思うのは、ひとえに俺だけだろうか?

 


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