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我々はどこから来て、どこに向かうのか?

 

 奇蹟の星、生命のゆりかご、我が地球。原始地球の誕生以後も、5,000回以上の隕石や彗星による天体衝突に遭遇し、全球凍結で幾度とない生命の絶滅を経験しながらも、進化を繰り返し、今日に至っている。人類でさえ進化の途上にある。
我々はいったいどこから来て、どこに向かおうとしているのか?

 先日NHKスペシャルで「目から鱗」番組を見た。宇宙暦135億年、地球暦46億年。地球上の3,000万種とも云われる生命の成り立ちの根源、たんぱく質の素成分左型アミノ酸(右型アミノ酸もあるという。紫外線に弱い。)は、この宇宙のどこにでも存在するというのだ。

今から6500万年前に絶滅したと云われる恐竜の時代。大概の生物は絶滅し、僅かに植物や海洋生物が生き残ったとされるが、更に3600万年前にも天体衝突があり、99%の生物が息絶えたと云われる。

ごく最近アメリカの地質学者が、4億年前の地層にあった岩石から、生命の源である、左型アミノ酸を抽出したという。
また高度2万メートル以上、成層圏からオールトの雲の付近で宇宙のチリ(コズミック・ダスト)を回収、分析をすると、同じく左型アミノ酸を多量に抽出したという。

 宇宙と生命。長い間、生命誕生の神秘はヴェールに包まれたままになっていたが、21世紀になってからようやく科学的にその謎が明かされようとしている。生命の源、左型アミノ酸は隕石や彗星に乗って運ばれ、宇宙のチリの中にこそ存在すると云うのだ。

 700万年の昔、人類の祖先が誕生してから環境変化の波に揉まれ、象(かたど)られた今日の人類の原型は、もしかしたら環境の違いで、全然別なものになっていたかも知れない。3000万種の生命の霊長目に位置する我々人類は、何のために生まれ、何のために進化を続け、どこから来てどこに向かうのか。この宇宙の壮大な謎に想いを馳せる刻、悠久にして深遠、自分が「宇宙の子」であることを覗(うかが)い知る。

 ちょっと前までの思考では、銀河宇宙は膨張を続け、白色彗星化して、いつしか太陽系宇宙も終りを迎え、地球の生命も50億年後には海も太陽も全てが枯渇し、火星のように生き絶え、死の惑星になるとばかり思っていたし、生命もそれまでだと思っていた。

宇宙のどこにでも存在する左型アミノ酸。この宇宙は生命で満ち満ちていると云う。

 生命はいつかは絶滅するのではなく、永遠に再生可能だとしたら「今ある生き方」も、よりポジティブになるだろうし、古来からある悲観的な哲学も大変革を余儀なくされる。そう思ったら、たった2〜3000年前の旧約聖書もホメロスもヤハウェイもキリストもすっ飛んでしまうような気がしてならない。

我々は皆んな、かけがえのない「宇宙の子」なのだ。
名もなく貧しく短くとも、今ある生命を精一杯謳歌(おうか)しようではないか。

 

【追記】宇宙誕生と生命誕生の神秘は今も諸説がある。アインシュタインの「一般相対性理論」、「量子力学」そして「超ひも理論」など物理学と数式で頭が痛くなる。未だ統一理論になっていない。でも今の宇宙が50回目の宇宙だという説には大変興味をそそられる。また生命誕生の謎が「進化論」とサムシング・グレート(創造主)による「知的デザイン」説に分かれていることにも大いに関心があるのだ。

 


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