

どうなる21世紀のくらし
記念すべき21世紀のフタが開いて3年経った。パンドラの箱は天国になるのか、地獄になるのか。
平均余命から行ってあと20〜25年で一代記を終える身ともなれば、国家百年の大系を論じるまではいかないが、10年一昔、ドッグ・イヤーも20年経ったら相当世の中も変わっているだろう。
その頃には異星人と思われていた今の10代、20代の若者たちが、30代、40代の中堅世代になっている。
表層世代あるいは消費世代の申し子たちが、モノからココロ、バーチャルな価値観の大変革を世にもたらしめ、本音と建前の違和感を矮小化した時に、戦後55年の経済成長社会とは異質な自己実現型成熟社会に変わって行き、新しい価値観の芽生えが社会を横溢しているかも知れない。
マクロ経済学者のレスター・サローは、共産主義の崩壊と情報化社会の到来を予見したが、世界的少子・高齢化は、開発途上国にあっての経済成長と先進国の現状維持型の資源循環社会に2極化して行くのではないだろうか。市場経済化した時に大量の失業者を伴うが、IT化には容易に順応できない「断絶の時代」が続く。
国内経済で言えば、少子・高齢化はGDPの減少をもたらし、低成長のまま推移するが、無尽蔵な国債の発行も公共投資から福祉重点投資に切り替わることで、小さな政府の実現に寄与し、ゆるやかに改善されていく。
年金問題も若い世代に負担をかけない中で徐々に自己完結型に移行していく。シニアの持つ有価資産の金利も若干上がり、住宅ローン等の利子金利は低いままだ。そのための抜本的政策が布かれるだろう。
大店舗立地法により、環境に配慮したニュー商店街が出現する。購買層はもはや若者市場から、シニア世代層に移っている。コンビニは今後10年は隆盛が続くが、徐々にインターネットによる取引窓口にとって変わられ、やがて整理期に入るだろう。電子レンジで弁当チーンとATMやら各種のネットワーク端末が共存していくためのハイブリッド化が鍵になるだろう。
ネット取引による金融・流通分野のIT革命は急先鋒にいて、劇的コスト削減を達成する。デジタル家電とパソコンはこの10年くらいは共存でいくが、OS
(基本ソフト)が更に進化し、個々のアプリケーションに境界がなくなった時、本格的融合化が始まるだろう。 核家族の有り様や価値観も大きく変質し、心の豊かさや癒しに代表されるコミュニティ・アライアンスが主流の考え方に行き着くだろう。教育も有名大学志向から将来何を職業選択するかによって専門型教育にシフトしていく。従来の大学教育そのものが余り意味を持たなくなる。
個人個人の持つ資質が見直され、一人ひとりの文化的価値がより尊重され始める。20世紀の終末に呈した精神的混乱の時代から、ゆらぎとヘテロ(異質さ)を軸に徐々にではあるが、心理的、経済的安全や安定を求める時代に変貌して行くだろう。だが、まだまだ来るべき理想社会への黎明期は続く。
だが決して人類は稚拙ではない。新しい世代が20〜30年後には、今よりは精神的に充たされた時代を創造するだろうし、一部の軋轢はあっても、やがて新しい価値観の胎動が旧時代と峻別した時に、社会的コンセンサスを経ながら、20〜30年後には金だけではない心理的富裕層や自然回帰派が間違いなく増えるだろう。
さて、俺らの現実の生活はどうなる。サラリーマン退職後の人生は決してバラ色ではない。むしろ現役時代に比べたら苦しくなる。年金生活者はそこそこの生活を維持しているかといったら、経済状態は益々個人差が出来てくる。月々10万円代でやっと生活する人、夫婦2人で40万円代の生活をする人。この差は現役時代に蓄えた資産や預貯金の多寡による。はっきりいって心理的富裕層も増えるが、貧富の格差も拡がる。
2025年、4人に1人は65歳以上と言われるシニア世代のセグメント化は一層顕著になり、差別化が一層進み、それぞれの価値観に合わせた個性的な老後が増えていくだろう。だが、その波に乗り切れない層が出るのも必至である。パソコンの普及率は高・中所得者に多い。経済的ギャップは一人ひとりのシニア世代の生き方にもいろいろな影響を与える。ディジタル・ディバイド(情報格差)が益々、現役世代の所得に差を生む時代にもなって来る。
心の豊かさで言えば、都市型のシニアは、100歳近くまで元気に生きる農村型のシニアに比べ、自然や住環境等さまざまな問題点をかかえている。そのためにも仕事・家庭・趣味・地域社会活動それぞれが、密接に関連した4立の時代を念頭に置き、現役世代であってもネイティブな生きがいづくりや健康づくりを求めた時に、その背景にあるものは「自己実現」であり「脱会社人間」という意識の顕在化と変貌である。
最近盛んに団塊の世代を中心とした、「ニューシニア世代」という言葉をよく耳にするが、50歳〜59歳をシニア前期、60歳〜69歳をシニア中期、70歳以降をシニア後期として、人生80年時代の高齢者マーケットは、質的にも量的にもますます注目を浴びて来る。
特にパソコンを仕事やライフ・スタイルの一部に組み込んだ50歳〜59歳のシニア前期世代「ニューシニア世代」こそいずれ定年後の地域ネットワークづくりの中枢世代になる。パソコンを使い始めたシニアは異口同音に「もっと早くからパソコンに取り組んで入ればよかった。」と述懐している。シニア世代を巻き込んで、人口の半数近くがインターネットを日常的に使い始めたら、日本の構造改革は否応無く進み、社会のあらゆるシステムは変わっていくだろう。
これからの10年〜20年が果たして暮らし良い時代になるのか、赤字国債の償却と年金減額で暮らしにくい時代になるのか、すべては国の政策と民衆の知恵に負うことになる。
それにしても、人生後半生は余り無理をせず好きなことをして、肩肘張らずに自然に生きて、「はい、お先に」と言ってお隠れになるのが、世の習いである。
「ライフ・イズ・ビューティフル・シニア・ネットワーク構想」(略してエルビス)は幻想か?

筆者の前エッセイ「どうなる21世紀のくらし」であらかた触れたのだが、つたない企画力と構想力で心に温めていた「ライフ・イズ・ビューティフル・シニア・ネットワーク構想」(略してエルビス)を披瀝してみよう。
懐かしき往年のポップス歌手エルビス・プレスリー(1936〜1978)。彼の全盛期は日本が高度経済成長に軸足を移しかけていた頃であった。カーだのクーラーだの、ちょうどアメリカの物質文化に憧れ始めていた頃だった。「ブルーハワイ」、「ラブミーテンダー」、「GIブルース」、「エルビス・オン・ステージ」等で一世を風靡したが、未だに往年のファンが懐かしんでいる。
その世代以降を対象にした新規ビジネスが「エルビス」である。副題に「インターネットの活用による中高年の生きがいづくり」と命名した。これ以上ないくらいに分かりやすいフレーズだが、現実にはインターネットが自分たちの生活にどれほど便利なものか、知らないシニアが圧倒的に多い。
インターネットやiモードは単に若者だけの利器ではない。手先を使ってボケ防止に役立てようという試みはシニアのためのツールと言っても決して過言でない。その上地域の新しいつきあいが生まれたらいいことづくめだ。
「どうなる21世紀のくらし」で、パソコンを使い始めてから、異口同音に「もっと早くからパソコンに取り組んで入ればよかった。」と述懐したのは、実は昭和一ケタ生まれの世代である。「シニア後期(70歳以上)」に属する人々だ。パソコンの価格が高いとか、使いづらいとか、必要性を感じないとか、接続料金や電話料金も高いとか、ネガティブ発想からは様々な発言が聞こえたが、99年のアンケート調査では、将来インターネットを使いたいシニアが半数を超えている。やがて空気の如く普及し出すと、そんな声も聞こえなくなり、もっと中立的な商品比較情報が必要だとか、もっと地域づきあいのできるメーリング・リストが欲しいとか、より良い検索の仕方等を求める声が一層湧き上がるだろう。
パソコンも10万円程度で十分だと思うし、定額制の電話料金も現実化して来た。今のところ、理解するチャンスに恵まれないシニア世代の食わず嫌いが余りにも多過ぎるのだ。
ここに、情報通信基幹産業のN社退職者「シニア中期(60歳〜69歳)」350人に聞いたアンケート調査結果がある(1999.11調査)。パソコン保有者25%、今後とも買う計画なし57%、インターネットを使ったことがない79% 情報通信基幹産業のパイオニアN社にして、この数字である。
インターネット利用人口が2,500万人(毎月百万単位で数が上がる)を超えたと云われる今日、一般世間のシニアの意識は推して知るべしである。そんなところに果たしてマーケットがあるのだろうか?
靴のセールスマン2人がアフリカに行って、「誰も履いていない」と言って失望に暮れた1人と、「誰も履いてないのでこれは巨大なマーケットになる」と言ったもう1人の話しによく似ている。
ビジネスを考えるなら当然、後者を考えたい。このモチベーションというか、動機付けのところが一番難しいが、しかしやり甲斐のあるところである。案外シニアは簡単に入力できる情報家電ではなく、若い人と同じ難易度のパソコンを望んでいるのかも知れない。むしろその機会を与えられたいと願っているのかも知れないのだ。
世に大手メーカーが実施するパソコン教室やマスコミ関係が実施している文化教室が数多い。NTTその他の業界がパソコンの設置やインターネットの設定までして使える環境を提供しているが、問題はそこから先だろう。シニアは自分のパソコンで熟達したいと思っている。そういう意味では、家庭教師が一番だが、概ねメーカー系は、取り付けた後簡単な説明をして帰ってしまう。
後に取り残されたシニアはトラブルの連続に悩まされることになる。オフィシャルな説明書でない、よくあるトラブル指南書も最近は出始めた。55歳から始めるパソコン講座マニュアルもある。でもそれでも問題はまだ片付かない。パソコンに熟達したエキスパート・シニア(同年代シニア)が、この世の中の少数派でありながら、何事にも積極的に好奇心を持つアクティブ・シニアに懇切丁寧にアドバイスする。教える、習うというのでなくいっしょに悩むのだ。
エキスパート・シニアは同年代というのが、実はミソである。料金も納得のいく価格構成にしよう。リピートオーダーを旨とするので極力単価は低廉を良しとする。ついでに友達になっちまおう。いずれ熟練したアクティブ・シニアは同じようにエキスパート・シニアに昇格する。
実はそこから先の第2ステージにエルビスの真骨頂がある。電子メールもできるようになった。インターネットの大海原にも驚嘆し始めた頃、ネットでシニアのつきあいが始まる。そこに「エルビス」スタッフの全人格、全知力を傾注したい。「インターネットの活用による中高年の生きがいづくり」が始まるのだ。
「未来の衝撃」「第3の波」の著書で有名なアルビン・トフラーは約20年前に、21世紀は共同社会が一層進化するだろうと予見した。高齢化と共同社会はより生きがいや自己実現を求める時代になる。
現代は人と人のコミュニケーションが希薄な時代と云われるが、情報社会が進化する程、人間は人との付合いを求めて行くものだ。昔の大家族主義が冷ややかで行き詰まりを見せ始めた核家族に変わって再び復活する気運が起き始める。それを予兆するように「エルビス」は地域社会と人間賛歌をコンセプトにして、バーチャル世紀のリアルな付合いを広げようとするゆるやかな組織を意図している。
「どうなる21世紀のくらし」でシニアはセグメント化され、差別化、経済的な差も一層顕著になると言ったが、そんな混沌とした中でシニア向けのビジネス・モデルを考えるのは果たして幻想で終わるのか?
平成15年、不況は一向に改善の気配すら感じられないが、果たして衆議院の解散劇はあるのだろうか。
小泉政権への期待度もここに来て低落を見せている。日本人の思考は一本筋の通った言行一致を求めており、その意味では現実論であり、決して抽象論や理想論を求めていないことがわかる。従って「エルビス」も現実化できる起業理念と事業計画でなければ移ろいやすいシニアのハートをつかむことは出来ない。絶えず仮説と検証が必要である。真にシニアにとってのベネフィットが充たされなければ事業として成り立たない。シニア世代の前期、中期、後期によってもマーケティング戦略は、微妙にずれて行く。
今一番期待される90%の健康なシニア人口のためのビジネスとは、癌や心臓病や脳卒中等、生活習慣病を防ぐための「食と運動と癒し(文化)」をミックスした生活型のレジャー産業と、先行きの経済的不安感に対し安心して任せられる個人資産信託会社ではなかろうか。そこにコミュニケーションとインターネットを持って来る。
小さく産んで大きく育てるのがビジネスの極意だ。シニアの精神的機微を大事にする。何よりもサポートが大切である。決して剥き出しのITが先にあってはならない。
シニアが一番関心を持っているのは、今もこれからも「健康」であり、「コミュニケーションとレジャー」であり、それを繋ぐための「お金」ということになるだろうか。
チャップリンは人生に必要なものは、「愛」と「勇気」と「少々のお金」と言ったが、「エルビス」に求められるものは、「愛(人類愛)」と「やる気」と「知恵」だろう。
同調いただける諸氏と事業化の具体案を様々に練り込んで行きたいと思っている。
日々の生活の中で、地域の人から沢山のメーリング・リストをいただく。パソコン操作にこまっている話しや、家庭の話題、子供やお年寄りの病気の処置の問い合わせ、地域のイベントや出来事、口コミショップのうわさ話し、飲み会の募集や、法律相談、等々様々なメールがネットを飛び交う。
バーチャルなつきあいは決していい加減な付き合いでなく、真面目なやりとりが多い。リアル・コミュニケーションはそれを上回る。
地域社会にこだわるエルビス⇒「ライフ・イズ・ビューティフル・シニア・ネットワーク」が1日でも長く、明るく元気で楽しい人生のよすがを願って今起業しようとしている。

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