石綿の健康への影響
石綿はそのままの状態、または製品に固定された状態で手で触れたりしても、健康に対する影響はまったくありません。しかし、石綿が細かい繊維状となって空気中を浮遊する状態になり、肺の中に吸い込まれ、ある程度の量が蓄積してくると、体に対し悪影響を及ぼす可能性があります。
石綿が肺の中に吸い込まれうる石綿繊維の大きさは、空気力学的に直径3μm(
0.003 mm)、長さが200μm(0.2 mm)程度以下の場合です。この吸い込まれうる繊維の内、特に"発がん性に関係してくる大きさ"は、直径が1μm以下で、長さが8μm以上の繊維と世界的にいわれています。現在、石綿による"がん"発生のメカニズムはわかっていませんが、"発がん性に関係してくる繊維の大きさ"の範囲に入っていても、肺の中でのその繊維の表面活性の程度や耐久性の程度により、発がん性の強さは異なってくると世界的に考えられています。特にクリソタイル石綿については、他の角閃石系の石綿に比べて、肺の中での耐久性がかなり低いという報告があります。
石綿を取扱う職場における健康影響としては、石綿肺(じん肺の一種)、石綿肺がん、悪性中皮腫などがありますが、これらの健康影響の起こる可能性の程度は、肺の中に取り込まれる繊維の種類と量により異なってきます。WHO(世界保健機関)は、石綿繊維の種類と量に関する今までの知見をまとめ、石綿を取扱う職場での石綿ばく露限界値を、次のように勧告しています。
「クリソタイル :1f/cm3
アモサイト、クロシドライト:使用禁止。ただし、やむを得ず使用する場合はクリソタイルの基準より厳しくすること。」
一般環境中の石綿による健康への影響は、直積的に証明された例はないので、石綿を取り扱う職場での健康への影響に関する知見から推測されています。WHO(国際保健機関)は、石綿を取扱う職場の健康影響の知見に基づき、ヘルスクライテリア53「石綿と他の天然鉱物繊維」の中で、「現在の一般環境において石綿繊維を吸い込む程度の濃度レベルでは、石綿によるリスクはおそらく検出できない程小さい」と結論しています。
慶應義塾大学 医学部教授 桜井 治彦