「そのうち来た事もない遠い海まで来て日が暮れて、お前は心細くなり帰ろうとしたが一緒に来たイルカがいない、イルカは我らの気配を感じ逃げてしまった。」

「お前を前から見ていた。お前が食いたかった、そこでお前を襲ったのだ。」

 青龍ははっと思い出した。あの時の鬼亀か。

「そしたらお前を心配して捜しに来たお婆様がお前を見つけて邪魔をした。水雷を撃ち兄達三匹を弾きとばしてお前の手を握り逃げたのだ。」

「俺は水雷を交わし、お前らを追い婆様の足に噛みついたんだ。」

青龍は思い出した。あの時婆様は苦痛に顔を歪めながら「千代逃げろ。」と叫んでいたのを、目の前で四匹の鬼亀に婆様が食い殺されるのを。

「そうだ、全部お前のせいだ、婆様が死んだのはお前のせいだ。お前は人殺しなんだ・・・・・今も幼馴染を殺そうとしている。人殺し・・ヒヒヒヒ。」


青龍山音の声を聴き、婆様の事を思い出して当惑し混乱して相手を全くみていなかった。

鬼亀は青龍の様子を伺うと突然「小娘食らえ!!!。」鬼亀が底から飛んで青龍に向かいものすごい速さで甲羅をぶつけてきた。

青龍は「うわー。」と悲鳴を上げた。

鬼亀

2週間後、朱雀が大奥を下りた。式鬼から受けた邪淫の念が結局まだ心から抜けない、大奥の毒気を吸っていると何か間違いを犯しそうなので父と母がいる寺に帰るといった。

「寺に返って何をする」と朧が聞いた。「おくりびとの仕事に戻る。それから寺を継いでくれそうな坊主を見つけて夫婦になり子供でも作る。」

優しくかつ慈悲深い女だっただけに式鬼の事は相当堪えた様だった。「人生最悪の悪夢を見たと考えて、忘れられる様に務めるよ。」と帰ていった。事が事だったから御庭番の組織も組織の長も下りるのを許さざる得なかったのだろう。

式鬼と鬼亀の事が解決したので玄武、青龍、白虎は普通の火の番の仕事や大奥の作法を学ぶはずだったが月影は玄武と青龍に御庭番の使い走り専門の仕事につけた。普通御庭番の使い走りは奥女中の注文を受けて白粉とか菓子とかを買いに走る仕事だが、水人の御庭番の仕事は違っていた。

御台所様やお年寄り様などの偉い人が鯛の天婦羅が食べたいとか言い出した時、その日良い鯛の仕入れがないと御庭番が海に行って取ってくるのが仕事だった。言い方は悪いが水棲族は動物に近い、堅苦しい大奥の中にいるより自由に海で泳ぐ方が良かろうと鬼亀を退治した二人に対してのご褒美だった。

決まりは料理をする御仲居方に届ける時間を守る事、それ以外自由にしてよかった。

式鬼の件で大奥が救いようのない場所だと理解した二人は注文が有れば朝から海にでた。江戸湾を自由に泳ぎ、魚を取って食べ、イルカたちとお喋りをし、そして魚や貝を届けた。

玄武が操る兜割がつぎつぎに鬼亀のしゃれこうべが固まった甲羅に当たった。ゴンゴンと鈍い音が水の中に響いた。兜割は三角錐をした鉄の塊だ。

死んだ老中松平伊豆守に使えて死体を濠に捨ていた下男の口を割るのは容易いことだった。

まさか外濠の仙台濠に神田川注ぎ込む所に住処をもっていたとは。確かにこの辺の濠は深い、しかし相当泳がないと江戸城まで来れないのにと不思議に思ったが用心深っかたのだ。

大奥がこの鬼亀を養っていた、自分で女中をさらって食い、大奥で殺害され捨てられた女中の遺体も食っていたのだ。鬼亀の退治は大奥で女の殺害が簡単に行われる事を憂たものが御庭番に依頼したようだ。


鬼亀は仙台濠の深部に逃げると回転して底の泥を巻き上げた上げた。鬼亀の気配が消えた。

しかし、遠くまでは逃げられないはずだ玄武の操った兜割が右足を貫いている。血の匂いを追えば容易く見つかるはずだ。

「みな散開して探すぞ、足を怪我している簡単に見つかるはずだ。神田川の入り口で見張るものは気をいれよ。」月影が全員に念話でいった。神田川に逃げられると厄介だ。

鬼亀の住処が分かった後、神田川の河口側を固めぎ内側から昼間寝込みを襲おうと話が決まった。玄武の兜割で牽制して最後は青龍の得意技である水雷(みずいかずち)でやっつけよう

と言う話になった。水雷は槍の鉾ほどの太さの高速の水流を念により作り撃つ技で鉄板も貫く。

玄武が泳ぎながら青龍に声を掛けた。「容易そうだ、鬼亀が見つかったら直ぐに教えるから水雷でとどめを刺してくれ。」と玄武が離れた。月影の部下たちも捜索のため散開した。

玄武たちは菊姫と伊豆守が死んだ翌日狩りにでたが、青龍はまだ山音と川音の事を引きずっていた。濠に浮かんだ川音の顔を直ぐに判別できたのは二人と幼馴染だからだ。

青龍(千代)が十歳の時高熱をだし体が急激に衰弱した。どの町医者も匙をなげたが法力僧である宗朝が治療して治してくれた。それが切っ掛けで宗朝と先代の青龍は友になり青龍は良く同い年

の双子の山音と川音と遊んだ。優しくて利口な二人が大好きだった。頭の中で山音と川音の会話を思い出した。

「いーい、左目の下にほくろがあるのが川音、ほくろが無いのが山音よ。」青龍は悲しかったなんであんな良い娘が死なねばならないのか、青龍は涙を流しそうになった。

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大奥に上がって四日目にして始めた四人は床を共にすることができた。しかし、四日間に余りに多くの事が起こりなかなか寝付けなかった。

燭台の蝋燭の燃える揺らめく僅かな光の中で布団に入り四人は起きていた。

いきなり朱雀が「輪廻転生て信じる。」と言った。

「なんだ、いきなり。」白虎が答えた。

「山音や川音や伊豆守に虐殺された娘たちや、惨く惨めな死に方をした菊姫だってあの場所に生まれなかったら酷い目に合わなかったよね。」

あの決断をした夜、式鬼は菊姫と伊豆守二人だけの広間に現れたそうだ、上層部が警護の必要なしと判断したので御庭番も伊豆守の家臣さえもいなかった。菊姫の喘ぎ声と伊豆守の絶叫と号泣が

一晩中大奥に響いた。明け方になり様子を見ると美しかった菊姫の体は黒く爛れ皮膚が割れ膿血が零れ、伊豆守はどす黒い肉片と化していた。近くには天竺で破壊を司る女神の小さな石像が転

がっていたそうだ。

「生まれる物は生まれる場所を選べないよ。」再び白虎が答えた。

「惨めな人生を送っても、輪廻転生して何度か生まれ変わり楽しい人生を送れるかもしれない。・・・そお考えないとみんながうかばれないよ。」そう朱雀が言うと四人はむせび泣いた。

「みんな寝よう。」朧が布団をかぶりながら言った。


白虎は考えた、なんの反省せず伊豆守は自分の欲を満たすため二十人以上の娘を虐殺したこれは純粋な悪だ。しかし、それを滅ぼしたのは牛鬼と宗朝の底の知れぬ怨念つまり悪だ。父殿が

いわれていた絶対の善は悪を含むとはこのことなのか。しかし、あまりにも哀れだ哀れ過ぎる。


玄武は、酷い酷すぎる。自分ではどうにもならん。世間の人全てが善良に成ることは無い。どこかに邪悪な奴が必ずいる。邪悪な奴が悲しみを広げる。ただ一つの救いは伊豆守によりこれから殺される
娘がいなくなった事だ。


青龍は泣きながら考えていた。山音と川音の死はあまりに悲しい、生きていて欲しかった。婆様も生きていて欲しかった。自分があんなことをしなければ婆様も死なずに済んだ。

鬼亀の話には続きがあった。婆様は私が襲われると水雷を撃って鬼亀を弾きとばした。追いつかれ「千代、逃げろと」と叫んだ、体をかみ砕かれた。

私は必死で逃げたが捕まりそうになったそのとき、後ろでギリギリギリと凄い音がした。振り返ると鬼亀の甲羅がバラバラになっていた。討ち漏らした1匹を戦闘鯨(ムスカ)に乗った白銀の皮膚をした年の頃なら15〜6歳の水棲族の少年が「猛波よ後れを取るな!!」と叫んでシャチに乗った家来をつれて追うのを見た。

千代のところに兄亀を殺した波動の反射波が来た。それを受けてそこで気を失い、自分の長屋で目をさました。

母殿と父殿は婆様の死を悲しみ、娘の無謀を責めたが無事を本当に喜んだ。尾張水軍の行列が偶然近くを通り千代を助け、若様が家まで送り届けてくれたのだと教えられた。

青龍は睡魔に襲われた。自分を助けてくれた事と婆様が命がけで自分を救おうとしたその願いを叶えた少年にお礼がしたい。

いままでの疲れが一気に出たのだ。みんなも寝息を立てた。

「私にかまうなこいつを滅ぼせ、こいつが生きている限り娘たちが殺され食われる。」山音が叫んだ。

青龍は瞬間我に返り拳を固め念を送った、水雷を撃った。山音の左目の辺りをぶち抜き心臓を一突きにして甲羅を貫通した。雷が甲羅に当たった反動で青龍は後ろに飛ばされた。

「グウェー。」「きゃー。」鬼亀と娘達の悲鳴が響いた。青龍は思はず両耳を被い鬼亀の体が鼻先で止まった。鬼亀が死んだ。血であたりが真っ赤になった。

山音も娘たちも死んだ、二度目の死だ。一つになり開いたままになった山音の目が涙を流しているように思えた。山音の目を閉じってやった。

みんながあつまってきた。

青龍は底に沈む甲羅を見ながらいろいろな事を思い出していた。宗朝の寺で家族と一緒に食事をさせてもらったこと、いっぱい山音と川音と遊んだこと、利口で優しい山音と川音が大好きだった。

千代が5歳のとき、一目見たいと徒ををつれて江戸に来たが私と離れたくないと徒を国に返し貧乏をしながら一緒に生活して可愛がってくれた婆様のこと。

青龍が少し泳ぎ進むと濠の底から妙な声の念話が聞こえた来た。

「いやだー、殺さないで死にたくない。」「許して、許して、生きたい。」「やめて殺さないで。」娘達の声だ、声の先に進んだ。

そこにあったの鬼亀のしゃれこうべが浮き上がった甲羅だった。甲羅一面に浮き上がったしゃれこうべは泣きながら助命を乞うていた。

「殺さないで。」「いやだー、人殺しが来たー。」「誰か助けてー。」

青龍は皆を呼ぼうとしたが、その前に鬼亀の念話が響いた。

「よく見ろ、伊豆守に嬲り殺しにされた娘が助命を懇願しておるぞ。わしの甲羅には食った人間の記憶と思いが宿るのだ。わしが死ぬと娘たちも死ぬ,甲羅の真ん中あたりにお前の幼なじみがいるぞ

、千代いや青龍か、わしを倒したたくば心して掛かれ。」

甲羅の中央にはまだしゃれこうべになっていない山音の顔があった。

「千代ちゃん、助けて。伊豆守が私を殺したの痛かった、とても痛かった、悔しかった。私に最初ほかの娘達を嬲り殺しにするところを見せたの、私を怖がらすために辛かった可愛そうだった怖
 かった。

そして私の番が来た髪の毛を吊るして鞭でぶたれ。赤く熱したヤットコで乳首を焼かれた。三角木馬の上に何度も落とされて膣を裂かれた。最後に槍で串刺しにされてて殺された。死んでゆく私
の顔に彼奴は嬉しそうに射精した。」

青龍はすすり泣いた。

「婆様は残念だったな。」突然鬼亀がいった。

青龍の心が氷付いた。

「あの日お前はむくれていたんだ。引き上げる沈没船の荷から白金の髪飾りとガラスの御弾きを見つけちょろまかしたんだ。それが見つかり父殿にひどくしかられた。

 それで遊び友達のイルカたちと遠海に出て父殿を心配させてよろうとしたんだろ。われら兄弟はそれを見ていた、美味そうなお前を見ていた。」


「お前にも言い分があった。私が見つけて拾わなければ海の藻屑となるものを拾い何が悪いと思った。父は我らは給金をもらい頼まれて荷を引き上げているのだ不義を働いてはいけないとこっぴどく叱られたんだ。」

白虎は町奉行の娘であるが、”悪を見てこい”の父の言いつけを守り自分で望んで普通の火の番の仕事についた。
朝番(朝六つから昼九つ)、昼番(昼九つから夜五つ)、夜番(夜五つから朝六つ)の三つに分かれ表だけ見回る火の番(一般の女中)と、表と裏を両方を見回る火の番(くノ一と自分で望んだもの(めったにいない))。白虎は奉行の娘なので表だけで良かったが自分で望み表と裏の番についた。

一般の女中が裏を見回りたくないのは通称”穢れ部屋”と呼ばれている高級官僚が女中とふしどを共にする添い寝御用を務める部屋と折檻部屋があるからだ。穢れ部屋の中まで検める事はしないが前の廊下は見回らなければならなかった。

夜そこの廊下を通ると菊姫が上げていたような女中の声、悲鳴、泣き声。男の声、怒鳴り声、叫び声。添い寝御用を女中は命じられると拒めないのに、他人事の様に前を通るだけでも身が穢れると勝手な事を言う女中もいた。いつ自分が同じ立場になるか分からないのに。

白虎が穢れ部屋以上に行くのが辛かったのは折檻部屋だった。ここは中を検めなければならない、女中が惨い責めを受けている所を巡回する。時々高級官僚らしき武士が頭巾と覆面をして芝居見物をするように責めを見物している。

仏教の曼陀羅はこの世の人間の行いをすべて表すと言うが、伊豆守のように娘を死ぬまで責めて喜ぶ男がいる事を仏はどの様に説明するんだ。白虎は思った。