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ワークショップC
2004年11月20日(土)
09:30 - 11:00, 第2会議室
ワークショップC
労働組合のイニシアティブ
座長:山口茂記、宮本一

労働組合の社会的責任が問われたアスベスト問題
水口欣也
全日本造船機械労働組合[日本]


 1982年5月8日、読売新聞は「5年で39人死んでいた」との見出しで、横須賀に所在する米海軍基地や民間造船所で働いていた労働者が、アスベストによる肺ガンで次つぎと亡くなっていることを報じた。私たちは現地に、住友重機械で働く造船労働者組織=追浜浦賀分会(以下、浦賀分会)を擁し、多くの退職者を「浦賀退職者の会」として組織化していた。しかしその報道で事実が明らかにされるまで、私たちはアスベストの恐怖や、その物質が多くの仲間を死に追いやっている現実を知ることはなかった。
 記事は、私たち全造船機械の安全衛生闘争に大きな反省を迫るものであった。「安全衛生は企業の責任」とばかりに、十分な取り組みを行わずに来たのではないか、そのことが多くの被災者を発生させたのではないか、との反省は、全造船機械中央本部と、浦賀分会を突き動かさずにはおかなかった。浦賀分会はただちに「対策委員会」を設置し、関係団体と連携して集団検診や被災者の組織化に着手した。また、企業に対して「アスベストの使用禁止」を要求。さらに、被災者の「損害賠償請求訴訟」に積極的に関与し、労使交渉を重視する中で、判決を待たずに解決を果たす原動力としての機能を担った。
 全造船機械中央本部も、政策要求の中で「アスベスト全面使用禁止」を掲げ、労働省(当時)や運輸省(同)、造船事業者団体へ働きかけを強めるとともに、全国の分会に「アスベストを職場から排除」するよう『指示』を発し続けてきた。その結果、現時点の調査では、傘下全造船所でアスベストは使用されていない。
 ここ数年、いくつかの傘下分会で、退職後であってもアスベストによる疾病やじん肺に罹患した場合の「補償制度」を実現させてきた。制度の実現は、被災者の救済に向け大きな意義を持つものである。そして、企業責任の明確化をはかるものでもある。
 今、「造船労働者のアスベスト被害を許して来たのは誰か」と問われれば、私たちは「全造船機械でもある」と答えずにはいられない。もちろん、指揮・命令権の元で作業に従事させてきた企業や、安全性の確認すらせず、長期にわたってアスベストの使用を認めてきた国の責任が最も重いのは当然である。しかし私たちは、この想いを継続させなければ、組合員と、組合員であった人々への、労働組合としての責任が全うできないと考えている。