第5章 神経症1:恐怖症とストレス関連障害

【プロローグ
(ここでのケースはフィクションです)

 Dさんは20代前半の独身の女性です。ある日の夜、会社から自宅への帰り道で、いつものように公園を横切って歩いていたところ、見知らぬ男性が突然Dさんの前にあらわれ、何か訳の分からないことを叫びながらつかみかかってきました。Dさんは訳の分からない恐怖に足がすくんでしまいましたが、つかみかかってきた手を振り払って逃げようとしました。しかし相手の男性は、今度はいきなり彼女の顔を殴りつけ、倒れた彼女の上に馬乗りになってきました。Dさんは、殺される!と恐怖を感じ全くうごけなくなってしまいました。そこから先はあまりはっきりとは憶えていませんが、誰かがやってくる声がしたせいか、その見知らぬ男性は急に彼女から離れてどこかに行ってしまいました。

 Dさんは、大変に怖い思いはしましたが、結局は何事もなくすみましたし、自分はこの程度の出来事でショックを受けるような弱い人間ではないと思うようにしました。いずれにしろ、両親に話すと、また過度に心配されてしまうので、話さないことにしました。

 しかし、その日以来、Dさんは夜道を歩くことがひどく怖くなりました。夜道を歩いていると、暗がりからまた突然誰かが襲ってくるのではないか?と考えて不安になりました。背後から誰かの足音が聞こえたり、男性と思われる人影が近づいてくると、怖くなって逃げ出してしまうのでした。あの出来事があった公園はもう通ることができなくなっていましたし、公園の近くに行くことさえ怖くて避けるようになっていました。暗闇が怖く、不安な経験を思い起こさせるため、夜も寝つきが悪くなりました。このような恐怖を感じ続けるようではたまらないと思いました。こんな不安に気持ちが消耗してしまうせいか、次第に気分が落ち込み、イライラしたり情緒不安定になっている自分に気づきました。何となく不安になってしまうために、男性と2人でいることも避けるようになっていました

【恐怖症とはどんな疾患か?】

 恐怖症(phobia, simple phobia)とは、何か特定なものに対する病的な恐怖があるという症状です。例えば、高い場所を病的に怖がること、とがったものを病的に怖がること、血を見ることを気を失ってしまうほど怖がること、蜘蛛などの昆虫や動物を病的に怖がること、などがあります。(いわゆる「恐怖症」に含められるのは、恐怖される対象がこのように単純で特定のものや状況だけというものに限られます。強迫性障害にしばしば伴われる汚染されることや不潔になることを恐れる不潔恐怖や、パニック障害にしばしば伴われる閉所恐怖・広場恐怖はまた別の分類で扱っていくことになります。)これらに共通しているのは、もともと人間は生得的・本能的にある特定のものや状況を恐怖するようにつくられれているもの、それが若干病的に強まって出てきている、ということです。つまり、人間は進化の過程の中で、もともと高い場所を怖がるように生まれついているのですし、蜘蛛などの危険性のある昆虫を怖がるようにできているのですし、血を見るのを嫌がるようにできているのです。ただ、何らかの理由で(この「何らかの理由」というのは不明なことが多いです)、こうした恐怖が一般の人よりも異常に強いことがあるのです。そしてそれが一般社会での生活に支障がでてしまうほどひどい時には「恐怖症」という病名がつくことになります。

 ただ、実際にはこうした恐怖症(単純恐怖症)の患者さんがわざわざ精神科・心療内科に受診に来ることはほとんどありません。その理由の1つは、おそらく大多数の人が自分で自分なりに「暴露療法(後述します)」を試み、それなりに成果をあげて克服してしまうことが多いからだろうと思います。もう1つの理由は、それらの症状がもしあるにしても、それほど実生活上の支障にはならないからでしょう。例えば、蜘蛛を怖がる人は結構います。しかし、普通に都会で生活している分には、ほとんど蜘蛛と出会うこともないでしょうし、もし小さな蜘蛛を見かけることはあっても、生活や安眠に支障がでるほどの恐怖を与えるような大きな蜘蛛と出会うことはほぼ全くないでしょう。高所恐怖があっても、土木工事の仕事をしているなど特別な事情がなければ怖くて仕事ができないほどに怖い状況下で仕事や生活をすることに悩まされることもないでしょう。血を見ると卒倒しそうなくらいに怖くても、医者や看護師などの職業でないかぎり、それですごく困ってしまうことはないでしょう。つまり、普通の恐怖症(単純恐怖症)で実際に長期間にわたって困っており精神科・心療内科を受診しなくてはならないような状況に陥っているひとはほとんどいないのです。もしいたとしても、後述するような行動療法的なやり方によって比較的簡単に、短期間で、治ってしまうことも分かっています。このため、普通の恐怖症(単純恐怖症)が精神科・心療内科において臨床上重要な問題となることはほとんどないのです。

無意識の恐怖
ヘビや蜘蛛などを恐怖する単純恐怖症は非常に多いものです。なぜヘビや蜘蛛なのか? 昔は、ヘビは男性器の象徴であり、だから・・・というフロイト的な屁理屈もあったのですが、実際には人間が進化の過程でヘビを危険だと感じ、怖がり、避けるように遺伝子レベルでプログラムされてきたのだ、というのが本当のところのようです。恐怖反応は扁桃核と呼ばれる脳の古い部分が反応することによって生じているのですが、面白いことに、本人が「恐怖」を自覚しなくても、場合によってはその対象を意識的に見ることができなくても、扁桃核の恐怖反応は生じることがあることが分かっています。例えば、蜘蛛の写真やヘビの写真を意識的にはとらえることができないくらい短時間見せられた場合(サブリミナル刺激と呼ばれますが)、意識的には「見た」と感じることはないのですが、それでも扁桃核は活動を高め、不安反応を起していることが脳機能画像研究などによって証明されているのです。

【急性ストレス障害と心的外傷後ストレス障害とはどんな疾患か?】

 ストレスといってもたくさんあります。会社や家庭での対人関係など日常的で長期間にわたるものから、文字通り死ぬほどのストレスを経験することまで含まれてきます。このうち、文字通り死ぬほどの恐怖を体験したことが主なストレス要因となり、その後持続的に不安症状を生じてしまう問題を、その急性期には「急性ストレス障害」と呼び、慢性期に移行してしまったものを「心的外傷後ストレス障害」と呼びます。ここで注意が必要なのは、基本的にここでいう「外傷的ストレス」とは、繰り返しになりますが、文字通りの意味で死ぬほどの恐怖ということになっています。具体的には戦争などで戦闘行為に参加し文字通り死ぬほどの恐怖に遭ってしまったこと、強姦・強盗など暴力的犯罪で文字通り生命的・身体的危機の恐怖に遭ってしまったこと、自然災害や交通事故などで死にかけてしまったこと、などです。これに対して、職場での上司によるパワハラ、家庭内での慢性的な葛藤や暴力(警察の介入を招くほど、死ぬほどではない)、近所づきあいや学校などでのイジメ(警察の介入を招くほど、死ぬほどではない)などによる「ストレス」は、ここで定義されている「外傷的ストレス」には含まれません。これらのより軽くはあってもより慢性的なストレスが主な要因で起こってくる精神の問題は「適応障害」という病名に含まれてきます。

 文字通り死ぬほどの恐怖を体験することによる「外傷的ストレス」を主な要因として生じてくる不安症状は、ある意味では動物などにも見られる「恐怖条件付け」の結果として見ることができます。死や重大な身体的損傷を恐れてしまうほどの、文字通りに死ぬほどの恐怖を、自己の意志でコントロールできない状況下で体験することによって、人間も動物も、「恐怖」を脳が(特に扁桃核などを中心とした辺縁系と呼ばれる古い部分が)憶えてしまうのです。これは一種の「条件付け」ですので、その恐怖を体験したものと似たような状況や対象があると、すぐに反射的に恐怖反応が起こってしまいます。例えば、夜道で見知らぬ男性に襲われ死ぬほどの恐怖を体験してしまった人は、少なくともしばらく夜道や暗がりが刺激になり恐怖反応を起こしてしまうでしょうし、「男性」を見るだけで恐怖反応を起こしてしまうかもしれません。これは一種の無意識的な条件反応的なものなので、意志の力でどうにかできるものではありません。不安発作や「ドキドキ」、過呼吸、などといったわかりやすい不安症状に加えて、ストレス体験後にはきわめて頻繁に抑うつ症状、意慾の低下、逆にイライラや攻撃性・衝動性の増加、感覚の麻痺、逆に感覚過敏などの症状を伴うことになります。極めて特徴的な症状として、恐怖体験の再体験が繰り返しなされることがあり、よく「フラッシュバック」と呼びますが、恐怖体験やそれに関連した体験(想像したイメージも含む)を、あたかも現在それを再び体験しているかのように体験し、恐怖反応を起こしてしまうことがあります。

 外傷的ストレスを体験しても、実は過半数の人が急性ストレス障害や心的外傷後ストレス障害を起こすわけではないことが分かっています。こうした症状の発症には、極めて強い体質的・遺伝的要因がからんでいることが最近の研究で分かってきました。さらに一般的に言って、男性よりも女性の方がなりやすく、知能が高い人よりも低い人がなりやすく、もともと神経症的な性格を持っている人の方がなりやすく、前頭前野機能が低い人の方がなりやすい、という傾向があるようです。(もっとも「男性よりも女性の方がなりやすい」というのは、単純に女性の方が抑うつ症状や不安症状など医療を受診する行動に移しやすい症状に出る傾向があり、男性の場合は暴力性や衝動性の増加など医療の受診につながりにくい症状にでる傾向があるからかもしれない、という議論はあります。)

 急性ストレス障害にしても、その慢性化した形である心的外傷後ストレス障害にしても、基本的に動物でも見られる「恐怖条件付け」の結果とほぼ同じであると見なすことができます。このため、治療においては、単純恐怖症の治療と同様に、行動療法的な「暴露療法」によって、治療の中で計画的に慎重に不安の対象に向き合っていき、不安反応の「消去」をはかることが最も効果的に作用することが分かっており、逆にそれ以外の方法の有効性・有用性は若干疑わしいところがあるくらいです。

「フラッシュバック」で再体験するのは現実にあった出来事とは限らない

 戦争やその他の人為的な暴力被害に遭った被害者が、その後ずっとPTSD症状として「フラッシュバック」に悩まされることはよく知られています。本当は思い出したくもないのに、勝手に嫌な体験のイメージが網膜に戻ってきてしまうかのように思い出されてしまうものです。一般の人には、こうした「フラッシュバック」は、まさに網膜に焼き付いた記憶のように現実にあった出来事の再現だと考えている人が多いのですが、実は「フラッシュバック」には現実にあった出来事も、被害者の人が想像したことも、まぜこぜになっていることがほとんどであることも分かっています。人の記憶というのは非常に脆弱であり、容易に歪曲されてしまうものであることがロフタスらの研究によって実証されているのですが、これは「フラッシュバック」においても同様なのです

【恐怖症に対する行動療法:暴露療法による不安反応の消去】

 いわゆる恐怖症(単純恐怖症)において、なぜ患者が特定のものを病的に過度に恐怖してしまうのかはわかりません。ただ、その治療法・克服方法としては、行動・学習理論における不安反応の消去extinctionを誘導するための「暴露療法exposure and response prevention」が唯一確実に効果を上げられることが分かっています。(歴史的には精神分析のフロイトが動物に対する恐怖症の理解として精神分析理論を使ったことが知られていますが、実際には、いわゆる単純恐怖症に対して精神分析、一般的カウンセリング、行動療法を伴わない認知療法、その他の心理療法はほとんど一切役に立たないものであることが示唆されています。)

 学習理論における「不安の消去」とは、動物実験でも使われるような実に単純な方法です。つまり、人間でも動物でも何らかの学習により、本来はそれほど不安にならなくて良いものに対して不安反応を関連づけてしまうことがあります。これに対して、不安を引き起こすような「本来はそれほど不安にならなくて良いようなもの」に繰り返し触れさせ、確かに不安にはなるけれどもそれ以上の危険や問題があるわけではないこと、さらに待っていれば不安は次第になれて軽くなっていくものであることを体験すること、そうした「暴露」体験を繰り返し体験していくことによって不安反応は徐々に小さくなっていく傾向があることがわかっています。これを「消去」とよぶわけです。繰り返しの反復訓練によって、脳に不安反応を起こさなくてよいものであることを教え込んでいくという方法です。このとき、(1)少し努力をすれば超えられそうな現実的な目標を段階的に設定していくことと、(2)不安から目をそらしたり逃げようとしてしまうのではなく、克服しようという意識を持ち、積極的に不安を引き起こす対象に向き合っていくこと、の2つが特に重要です。

 こうした「暴露療法」(=系統的脱感作療法)は、ほとんどすべての単純恐怖症に対して、極めて短期間に極めて高い確率で効果を発揮できるものであることが実証的研究によって証明されています。

 例えば、高所恐怖症の場合、実際に不安を引き起こす高いところに段階的に上っていき、不安はあるけれども放っておくと軽減していく(慣れていく)ものであることを十分に体験し、少しずつ不安レベルの高いものにステップアップしていく、というやり方によってほとんどの場合(8割程度)高所恐怖という問題は克服できます。動物に対する恐怖も、血液を見ることに対する恐怖も、ほとんど同じやり方で克服できます。この際に、これまで病的に恐怖してきたものは、実際にはあまり害のない、恐れる必要のないものであることを頭で理解しておくこと(認知の仕方を修正していくこと)は、不安に暴露されている間に逃げたくなってしまう気持ちを引き留める意味で有効です。しかし、こうした認知の修正だけで不安状況への暴露を伴っていないと、治療としてはほとんど無意味です。不安に「慣れ」がくるくらいに十分に長く不安にさらされていることも重要であり、あまり早く切り上げてしまうと治療効果が得られないことも示唆されています。

 単純恐怖症に対して、薬物療法の出番はほとんどありません。

【急性ストレス障害、心的外傷後ストレス障害に対する心理療法

 急性ストレス障害や心的外傷後ストレス障害に対しても、単純恐怖症と同様に、その不安反応を解除していく方法としては、「暴露療法」の考え方が基本になります。つまり、不安を引き起こす状況にあえて積極的に身を置き、その中で不安が高まり、しかし次第に「慣れ」が生じておさまっていくものであること、不安ではあっても危険なものではないことを繰り返し体験し、反復練習を通じて不安の消去を図るものです。認知行動療法にしろ、眼球運動脱感作療法EMDRという方法にしろ、心的外傷後ストレス障害に対して有効性を示されている心理療法はこの点で共通しています。それ以外の方法で、これまでのところ、しっかりと有効性・有用性を確認できた心理療法はほとんどありません。

 急性ストレス障害、つまり外傷的ストレスを経験した直後から数週間(通常は数日間)持続する、不安反応を中心とした症状への対処法・治療法は、当然ながら軍隊において以前から研究されてきていました。その結果、不安反応を起こした患者を安全な地域に引き揚げさせ不安を少なくして治療をすると治療成績が極端に悪くなることが示されていたのです。対して、患者を戦場にとどめおき、不安な体験を思い出さざるを得ない状況においておき、なるべく早く不安な体験を語らせる課題を与えておく方が圧倒的に治療成績が良くなるのです。不安な患者にあえて不安を与えるという一見するとパラドキシカルなやり方が良いというのは直感的には信じにくいことかもしれませんが、この結果はいくつもの研究で繰り返し実証されていることなのです。戦争に関連した急性ストレス障害(戦争神経症、戦闘ストレス反応、砲弾ショック、などいくつもの呼び方があります)には、こうして、「近接・迅速・期待」の3原則(戦場に近接して、迅速に、症状がなくなったらすぐに元の部隊に復帰することを期待して、という原則)が重要であることが確認され、現在ほとんどの国の軍隊で採用されている治療方針となっています。こうした治療により、戦闘という極めて苛烈なストレスを受け文字通り死ぬほどの恐怖を体験してしまった場合であっても、7~8割が3日以内に治療を終え原隊復帰できることが分かっています。

 軍隊だけでなく、一般市民生活の中で頻繁にテロなどの外傷的ストレスが起こっているイスラエルでは、同様の治療方針(「近接・迅速・期待」の3原則)によって子どもを含めて一般市民の心理的ケアを行っているようです。

 さらに、交通事故などの外傷的ストレスを体験した直後から暴露療法を中心とした治療を行うことによって急性ストレス障害が慢性的な心的外傷後ストレス障害に移行しにくくなうことも実証されています。同様に、レイプ被害にあった女性患者を対象に、暴露療法を中心とした急性期治療を行わなかった患者群の70%が後にPTSDに移行してしまったのに対して、しっかりと急性期治療を行った患者群では10%しかPTSDに移行しなかったという研究結果まであります。

 日本など外傷的ストレスに対処することの経験がほとんどない国では、一般に「外傷的ストレスを経験して不安になっている患者に、さらに不安を与えるようなことは避けた方が良い」という考え方が一般に見られます。しかし、これまでの研究の結果から示唆されていることは、急性期のうちにしっかり不安に向き合い克服すること(こうしてより慢性的な問題である心的外傷後ストレス障害に移行させないようにしていくこと)の方がより大切であろうということです。実際、外傷的ストレスを体験した直後の急性期にしっかり暴露療法を行った場合に比較して、暴露療法をしなかった場合の方が、治療脱落率が高く治療効果も悪いことが示されてもいます。さらに、急性ストレス障害の治療として通常行われる認知行動療法には暴露療法を中心とした行動療法的な側面と、認知再構成法を中心とした認知療法的な側面があるのですが、これまでの研究では、やはり暴露療法的な側面の方がより治療として重要であり、認知療法的な側面は付加的な役割しかないであろうことも示唆されています。


 暴露療法的な側面を持たない、一般的カウンセリング、力動的精神療法、支持的精神療法、などの有効性・有用性を示唆する研究はなく、それらの治療を勧めるべき根拠はほとんどありません。

 急性ストレス障害は定義的に外傷的ストレスを経験してから1ヶ月以内におさまる反応のことを言います。これに対して不安反応を中心とした症状が1ヶ月後も持続してしまう慢性化した問題を心的外傷後ストレス障害と呼ぶわけですが、この場合も勧められるべき治療は暴露療法的な考え方が中心となる点では急性ストレス障害を大きく変わりません。これまでの研究で心的外傷後ストレス障害PTSDに対して明らかな有効性を実証している心理療法は暴露療法の考え方を中心とした認知行動療法と眼球運動脱感作療法EMDRです。急性ストレス障害に比較して心的外傷後ストレス障害では、症状の要因となった外傷的ストレスの経験がずいぶん過去の話になっているため、治療においてはその記憶を回避せずに思い出すこと、思い出しながらそれに関連する不安やその他の感情にしっかり触れていくこと、という意味での暴露を繰り返すことになります。当然、患者は治療の中で不安を引き起こされ、ある意味では具合が悪くなるのですが、いわゆる「消去」のメカニズムにより、引き起こされる不安は回数を重ねるごとに次第に低くなっていくわけです。

 眼球運動脱感作療法も、外傷的ストレスの記憶を思い出し、向き合っていくという作業をする点では同じです。ただ、この治療においては、外傷的記憶の想起作業をしている時に、なぜだか理由は分からないのですが、眼球を左右に素早く動かすことで不安の消去がスムースにいきやすいのではないか、という点に注目し、その技法を取り入れている点で通常の暴露療法と違います。眼球を素早く運動させることが、どうして治療効果につながるのかは全く不明であり、EMDRを考案した治療者も、それをただ偶然発見し、うまく行ったから取り入れているだけのようです。しかし、理由はともかく、眼球運動を取り入れた方が不安の消去作業には好都合のようであり、固定した1点を見つめるようにして外傷的記憶の想起作業をした場合に比べてコンピューターで制御してある左右に素早くふれる1点を見つめるようにして(こうして眼球運動を起こさせるようにして)外傷的記憶の想起作業を行い不安の消去を行った方が、確かに治療成績が良くなることを示唆する研究結果も出ているのです。

 それ以外の心理療法の有効性・有用性はあまりしっかり実証されていません。少なくとも暴露療法的な側面を持たない一般的なカウンセリング、支持的精神療法はほとんど役に立たないと考えて良いでしょう。不安を引き起こすものに対してあえて向き合う姿勢を重視する傾向のある力動的精神療法、短期力動的精神療法は、不安を引き起こしている外傷的記憶に患者をしっかり向き合わせることができていれば、有効に作用する可能性は高いとも考えられ、実際に短期力動的精神療法の有効性が示唆されている実証的研究も出ています。認知療法でも、認知再構成法の成分だけを行い、暴露療法の成分を行わない場合は、ほとんど治療効果を期待できないでしょう。

 まとめると、単純恐怖症と同様に、急性ストレス障害においても心的外傷後ストレス障害においても、有効な心理療法というのは外傷的ストレスをしっかり想起し、体験し、不安になりながらも克服していくという、基本的に暴露療法的な発想がないとうまくいかないと考えて良いでしょう。不安を引き起こすものに対して積極的に向き合っていくという、一種の辛い作業なしには、本当の意味で克服し治療していくことはできないようなのです。

【エピローグ】

 Dさんはあの出来事から3ヶ月くらいしてから精神科を受診しました。医師は選択的セロトニン再取り込み阻害薬SSRIに分類されるタイプの抗うつ薬を処方しました。(この場合、抗うつ薬は抑うつ症状の改善だけでなく外傷後ストレス障害症状の緩和にも有効な可能性があるとのことでした。)そして、もしDさんが希望するのであれば臨床心理士による心理療法を行うことを勧めてきました。Dさんはカウンセリングでどういうことをするのか?と医師に聞きました。医師は外傷的な体験をしっかり思いだし、Dさんが心の中で避けていることとしっかり向き合い、あの出来事以来Dさんが日常生活の中で避けていることを避けないようにしていく練習をするのだ、と言いました。Dさんは、そんなことできるのだろうか?かえって具合が悪くなってしまうのではないか?と不安になりましたし、その疑問も医師に聞いてみました。医師は、確かに不安なこと、嫌なことではあるだろうが、しっかり向き合い克服する努力をしていかないことには、Dさんの症状はなかなか改善できないだろうこと、Dさんがあまりに不安に圧倒されてかえって具合が悪くなってしまわないように心理士もDさんの不安への耐性や進捗状況を見ながら段階的に進めてくれるであろうこと、不安になったらそのこともしっかり心理士に伝えれば良いであろうこと、などを話してくれました。Dさんは、不安ながらも週1回50分の心理療法を始めることに同意しました。

 心理療法の中では、Dさんがどんな体験をしたのか、そのときどんなことを考え、どんな気持ちになっていたのかを、心理士は聞いていきました。Dさんは、詳細を思い出すこともそれを話すことも怖くて避けている自分がいることに気づきました。心理士は優しく、しかししっかりとした態度でDさんが避けてしまっている内容にDさんが触れていくように促していきました。何回かの面接治療を繰り返す中で、Dさんは次第にあの事件の時に自分がどんな体験をしたのか、そのときにどんな気持ちを持ったのかをしっかりと、その場にいるかのようにありありと感じるようになりました。Dさんは、その見知らぬ男性に殴り倒され馬乗りになられたときには、本当に殺されると感じましたし、レイプされることも想像していました。こうしたことをありありと思い出しながら話していると、本当に恐怖でどうにかなりそうでしたが、心理士が一緒にじっと話を聞いてくれている中で、何とか不安に圧倒されずにいることができました。不安な体験を何回か話しているうちに、次第に思い出して話しても不安反応は少なくなってきました。また心理士に促されて、これまでは避けていたその公園にも、最初は昼間のうちに、最終的には夜にも、行くことができるようになりました。男性と2人で会うことも、怖くなくなりました。あの夜の出来事は確かにDさんにとって怖くて不快なものではあったけれども、Dさんは決して完全に無力だったのではなく、自分でできる限りの最善の戦いはできたのであり、結果として自分を守ることはできていたのだ、と思えるようになったのでした。





参考書(専門家向け)

1.Milgram NA (Ed) “Stress and Coping in Time of War” Brunner/Mazel Publications, 1986

2.Barlow DH (Ed) “Clinical Handbook of Psychological Disorders” Guilford Press, 1993

3.Foa EB, et al. “Prolonged Exposure Therapy for PTSD” Oxford University Press, 2007