第11章 パーソナリティ障害
(特にB群について)

【プロローグ
(ここでのケースはフィクションです)

 Jさんは現在27歳。この「病気」とつきあいだしてから、というよりも 「病気」と呼ばれるようになってから、もう10年くらいになっていました。最初は自分も周囲も「病気」だとは思っていませんでした。いつからこの「病気」があるのか、Jさんに も正確には分かりません。振り返ると、物心のついた頃から「生きにくい」、「死にたい」と思う事があったようにも思います。

 Jさんの父親は一流大学を出て、大手企業に就職したエリートでした。当 時としてはめずらしく女性総合職兼重役秘書をしていた母親とは上司の勧めによる見合い結婚だったようでした。しかし、Jさんが知っている父親と母親は、あまり幸福な夫婦ではありませんでした。父親は毎晩のように酒に酔って家の中で暴力的になっていました。母親はただ逃げ回り、時々父親の悪口をJさんに聞かせるだけで何もできなませんでした。Jさんは母親を可愛そうにも思いましたし、小学校の頃からは離婚をすれば良いのに、と思ったりもしました。しかし、母親はJさんがいるから離婚もできないのだ、と愚痴をこぼして聞かせてくるのでした。Jさんは、ただ何もできずに、何の役にも立たずにそこにいるだけでした。自分は邪魔な存在でしかないのだと感じていました。重苦しく、全く無力な子ども時代でした。その頃から、お風呂の中などで一人になると「死にたい」と思っていたことを思い出します。

 小学校、中学校の頃まではJさんは成績も良く、優等生で通っていました。この 点だけでは、母親もJさんのことを認めてくれ、誇らしくしてくれるのでした。しかし、高校生の時に、ちょっとしたこと、友人関係での本当にちょっとした何でもないようなことのために、Jさんは友人みんなに裏切られ、孤立してしまう出来事がありました。どうにもならない孤立でした。学校が居辛くてしかたなく、今の時代のように「不登校」というのが当たり前にできていたら、きっと不登校になっていたと思います。誰かがヒソヒソ話していると、きっと自分の陰口をいっているのだろうと不安になりましたし、夜も眠れなくなってしまいました。集中力もなくなって、勉強もできなくなりました。意味もなくイライラして、母親に当たったりもしました。そのうち、パニック発作を起こすようにもなりました。それでも必死で学校には通い続けました。Jさんがカッターなどで腕を切りつけ、血を流すことを安定剤がわりにし始めたのは、その頃からでした。

 しばらくたって、Jさんがリストカットをしていることを知ると両親はすごく動揺しました。そしてJさんをひどく非難し責め立てたのです。少なくともJさんにはそうとしか感じられませんでした。ますます孤独を感じました。リストカットは増えるばかりでした。

 親に勧められて、というより半ば無理やり、17歳の時にはじめて精神科に行きました。問診表を書かされ、数分間だけ話して「うつ」だと言われて、安定剤のようなものを出されただけでした。こんなものだろうと思いました。まもなく、Jさんは処方された薬を大量服薬しました。本気で「死にたい」と思ったかどうか分かりません。ただ、死んでしまっても良いかな、とは思っていました。でも、助かりました。救急病院に運ばれて2日間だけ入院しました。そして、いつものように両親に責め立てられたのでした。生きていてもしょうがないし、誰もJさんが生きている事を喜んではくれないのに、死のうとすると責め立てられる・・・、Jさんは絶望していました。

 そんな状態でも大学には入れました。大学生になった頃から、ますます対人関係が苦手になりました。もう誰にも心を開いている気がしませんでした。いつも、演じているような自分がいるだけでした。その頃から、Jさんはものが食べられなくなりました。両親からは「痩せたいからダイエットをしているのだろう」、「拒食症になってしまった」と非難されました。なぜ食べられなくなったのは、Jさんにも本当のところはよく分かりませんでした。確かに痩せたい気持ちもあったかもしれない。でも、それだけでもない気がする。きっと、自分のような存在していてもしょうがない存在は、できるだけ存在を小さくした方が良いからかもしれない。そうぼんやり思っていました。拒食症のような状態は、良くなったり悪くなったりしながら5年くらいは続きました。その間も、Jさんはずっと虚しい気持ちでいましたし、自分が何のために生きているのか分かりませんでした。こんな状態で存在し続けているのが苦痛でしかありませんでした。

 これまで5,6回医者をかえました。正直なところ、良くなっているとは思えませんでした。しかし、薬がないと落ち着けないし、眠れないのは事実でした。いろいろなところで、いろいろな「病名」を告げられていました。「うつ病」、「抑うつ神経症」、「人格障害」、「境界例」、「AC」、「ボーダーライン」、あれこれ。

 今度の主治医は何というだろうか? 診察が始まると、精神科医は「どんないきさつで来られたのでしょうか? つまり、いつ頃からどんな背景の中で、どんな問題あるいは症状があって、今はどんなことに一番困っておられて、どんな治療を求めてこられたのでしょうか?」というとしばらく黙り込んでしまいました。Jさんはざっとこれまでのいきさつや症状の経緯を説明しました。無口な医者で、あまり何を話すべきかも言わないので、Jさんはすごくやりにくく感じました。こんなことを言うべきかどうか分かりませんでしたが、両親との葛藤、これまでの対人関係の問題のこと、これまでの主治医とのうまくいかなさの問題なども話してみました。精神科医は、まずJさんの「病気」は、いわゆる「境界性パーソナリティ障害」あるいは「情緒不安定性パーソナリティ障害」と呼ばれるものと考えてみることができることを話しました。知っている病名でした。精神科医は続けて、この問題に対しては心理療法が勧められる事、これは定期的に、週1回50分の面接を数年間かけて行っていくものであり、正直なところかなり大変な治療ではあるけれども、今現在は治療のための枠が空いている事もあり、患者が その大変さをおしてでもこの問題を改善したいと思うのであれば、その方法を提供できるだろう、ということを話してきました。

 いわゆる「カウンセリング」のこと? そんなもので自分のこの長年の苦しみが治るとは思えない気がしました。それに、この精神科医は本当に信用できるのか? しかし、このままでは、このままだ・・・、Jさんはずいぶん迷った後で、週1回50分間を予約制で行う心理療法を始める事に合意しました。

 しかし、治療が始まるとすぐにJさんは後悔しました。もっと正確に言うと、治療が始まる前から後悔しました。最初の予約面接の前の夜は漠然とした不安のために眠れなかったほどでした。よっぽどキャンセルしてしまおうかとも思いましたが、何とか自分をとどめて予約時間に行く事はできました。治療面接が始まると、初診の時から無口だったこの精神科医は、なおさら無口になっていました。一体この医者は何を考えているのか? 私のことをどう見ているのか? どう思っているのだろうか? 私ばかり喋って、相手は何も話してくれないし答えてもくれない。こんなのは普通の人間関係じゃない。そもそもこの医者は私のことを人間扱いしていないんじゃないか? 不安・緊張感や不快感ばかり高まり、すごくやりにくい面接でした。こんな治療で本当に良くなるのか? Jさんは毎回不信感や不安でいっぱいになりながら、面接に来るようになったのでした。

【パーソナリティ障害の分類】

 「パーソナリティ障害」は広義の「神経症」に入ります。古い病名である「神経症」は、現在ではその辛さや症状の中心的な問題に「障害」をつけて「○○障害」という呼び名をつけることが通常です。例えば、パニック発作やそれに関連した不安が辛さや症状の中心となっている神経症は「パニック障害」と呼ばれますし、強迫観念や強迫行為が辛さの中心にあるものは「強迫性障害」と呼ばれるわけです。しかし、このように辛さや不安やその他の症状が中心的な1つ2つの症状に限局できない、より広範な辛さを慢性的に持っている人たちがいます。たいてい、対人関係に何らかの不安や困難さがあり、慢性的な不安や抑うつ感(孤独感や空虚感を含む)や情緒不安定があり、慢性的な「生きづらさ」を感じています。このような場合、1つ2つの中心的な「症状」が辛いのだと言うことができず、むしろ、「その人がその人であることそのもの」、「生き方そのもの」、つまりその人の「パーソナリティ」が辛いのだとしか表現できなくなってくるのです。これを「パーソナリティ障害」と呼ぶわけです。

 「パーソナリティ障害」とは、つまりは「性格」とか「その人の生き方」の辛さの問題と言えますから、十人十色、100人いれば100通りの問題があると言えます。しかし、それでは議論ができないので、一応幾つかの典型的な「パーソナリティ」の辛さの問題に分類するようになっています。米国精神医学会の分類では、「A群」、「B群」、「C群」に大まかにわけています。

 「A群パーソナリティ障害」は、統合失調症の遺伝的・体質的脆弱性や病前性格に関連していると考えられるものです。ここには「分裂質schizoidパーソナリティ」、「分裂型schizotypalパーソナリティ」、そして「妄想性paranoidパーソナリティ」が入ってきます。A群パーソナリティ障害は、一般にあまり心理療法の適応にはならないと考えられていることが多いことと、患者さん自身もそのパーソナリティ障害の問題そのものを治したいとして治療を求めてくることもほとんどないことから、あまり心理療法についての研究が進んでいません。ただ、一部の研究結果や統合失調症に対する早期発見・早期介入研究の結果から類推すると、認知行動療法が幾分かの効果をあげる可能性はあるでしょう。

 「B群パーソナリティ障害」は、一般に情緒が不安定であり、激しい行動化を伴いがちであり、本人も苦しむと同時に関わっている周囲の人たちも苦しんでいることが多いという点で共通しています。「反社会性パーソナリティ」、「境界性パーソナリティ」、「自己愛性パーソナリティ」、そして「演技性パーソナリティ」が含まれてきます。

 このうち「反社会性パーソナリティ障害」は他人に対する「思いやり」や「共感性」に乏しく、基本的に本当の意味での「罪悪感」や「後悔」を生ず、このため他人を苦しめ搾取するような対人関係を繰り返してしまうことで特徴づけられるものです。反社会性パーソナリティ障害は非常に難治であることが分かっており、また患者本人が本当の意味でパーソナリティの治療を求めてくることもほどんと全くないため、現在までのところいわゆる普通の心理療法の適応とは考えられていません。(反社会性パーソナリティ障害は犯罪行為、反社会的行動と非常に関わるところがあります。その場合、純粋に「処罰」として刑務所などでの矯正訓練を受けることになるのですが、こうした処遇は幾分か効果があるかもしれないと見られています。しかし、これは本当の意味で反社会性パーソナリティを治しているのか、あるいは単純に犯罪行為への抑止力として働いているだけなのかは疑問ではあります。いずれにしろ、反社会性パーソナリティは他のB群パーソナリティ障害とは少し違うカテゴリーに分類されるべき問題かもしれないと考えられてもいます。)

 「境界性パーソナリティ障害」と「自己愛性パーソナリティ障害」、そして「演技性パーソナリティ障害」はいずれも古い精神分析・精神力動的精神医学の概念の中で「境界性パーソナリティ構造」と呼ばれる、自我機能が不安定な人たちという点で共通しています。「自分」という感覚、つまり自分が何者であり、何を感じており、何を欲しており、どんな気持ちを持っているのか、という感覚が希薄なところがあります。このため、慢性的に空虚感や孤独感があり、対人関係も不安定になりがちであり、それに関連して情緒も不安定になりがちです。ただ、対人関係のどのようなことで最も傷つきやすいのか、その傷つきやすさに対してどのように対処(心を防衛)しているのか、という点で若干の違いがあります。

 「境界性パーソナリティ」では、重要な他者からの見捨てられ不安に対して、自分を、そして相手を攻撃し破壊するという仕方で対処しようとします。このため自傷行為やその他の自己破壊的な行動を執拗に繰り返します。患者さんの多くはリストカットや大量服薬を繰り返していますし、明らかに自己破壊的な意味合いを持っている不特定多数との性行為や、アルコール依存、薬物依存などの病的嗜癖に走る人もいます。このようにして自分の心を攻撃し破壊しておくことで、不安や心の痛みを回避しようとしているのだろうと見られています。

 「自己愛性パーソナリティ」では、自分の存在価値を軽視されたり無意味化されたりする脅威に対して、その相手を軽蔑したりこきおろしたり無意味な存在であるとして自分から切り離したりすることで自分を守ろうとします。自己愛性パーソナリティ障害でも「顕在型」といわれる人たちは、このやり方に完全に成功しています。つまり、「顕在型自己愛パーソナリティ」の人は、誰に対しても自分が一番偉く優れた存在として振るまい、他者は自分のおまけでしかないように扱います。つまり「俺様」なのです。しかし、こうして「俺様」として周囲のみんなの尊敬や賞賛をいつも集めていないと存在できない自信の無さを根底には抱えています。米国精神医学会のパーソナリティ障害の分類で描写されている「自己愛性パーソナリティ障害」は、この顕在型の人たちのことです。これに対して「潜在型」あるいは「過敏型」、「小部屋型」と呼ばれる人たちは、上記の防衛が部分的にしか成功しません。潜在型の人たちは、自分が当然そうであろうと期待したほどには、相手が自分のことをしっかりと理解してくれない、認めてくれない、受け入れてくれない、と感じた時にひどく傷つき、自分の存在意義がわからなくなってしまいがちです。実は、「潜在型自己愛」の人と、「顕在型自己愛」の人は相補的に引き合うところがあり、しばしば親密な主従関係にあったり恋愛関係にあったりします。どちらも「特別な人」であることによって安心感を得ようとするのですが、「顕在型」の人は「俺様」としてみんなの上に君臨しみんなからの尊敬と賞賛を受けることを求めます。対して「潜在型」の人は、そんな特別な存在である「顕在型」の人にとっての特別な人になることで安心を得ようとするところがあります。「潜在型」の人は、このため特定の他者からの特別な関心を得られているかどうかで情緒不安定になることがあり、症状的には一見すると、いわゆる「境界性パーソナリティ障害」の人と見分けがつかないことがあります。

 「演技性パーソナリティ」は、昔の言葉で言うところの「境界水準のヒステリー性格」あるいは「口愛期ヒステリー性格」です。自分の劣等感を埋め合わせるために他者からの注目や賞賛が必要だという点では自己愛性パーソナリティ障害に似ているのですが、自己愛性パーソナリティ障害では「自分が自分であることそのもの価値」に劣等感があるのに対し、演技性パーソナリティ障害ではその性的な側面(男性性、女性性)に劣等感がありがちです。このため、自己愛性パーソナリティ障害の人は周囲のみんなから尊敬や注目を集めようと必死になるのですが、演技性パーソナリティ障害の人は周囲にいる異性からの注目や性的関心を集めようと必死になるところがあります。このため同性からは、しばしば嫉妬や羨望を受けることになりがちです。演技性パーソナリティ障害が「演技性」と呼ばれるのは、非常にしばしば、この人たちの人生は(特に男女関係が)ドラマチックに展開するからです。逆にいうと、無意識的ではあるのですが、こうして自分の周囲がつねにドラマチックに動いており、自分がその主役(ここでの「主役」は、素敵で華々しい主役というだけでなく、時には悲劇の主役となることもあります)として君臨していないと維持できないような、強烈な自己否定感が根底にはあるのです。

 「C群パーソナリティ」は、いわゆる「神経症的な性格」のことです。ここには対人関係での傷つきをおそれて回避しがちになる「回避性パーソナリティ」、ほとんどすべての意志決定を相手に依存してしまう「依存性パーソナリティ」、きまじめで融通がきかず物事や対人関係で強迫的に振る舞ってしまう「強迫性パーソナリティ」が含まれます。「C群パーソナリティ障害」は、通常パーソナリティ障害そのものが治療を始める動機になることはなく、むしろ「適応障害」や「うつ病」あるいは「抑うつ神経症」、「全般性不安障害」などの病名の背景に根本的な問題としてあることがあります。

  こうしてみると、なぜことさらにB群パーソナリティ障害が精神科医療の中で注目されているかがお分かりかと思います。パーソナリティ障害そのものが治療の対象になるのはB群が中心になるからです。

 B群パーソナリティ障害もC群パーソナリティ障害も、うつ病や社交不安障害、パニック障害、強迫性障害、ヒステリー(転換・解離症状)、摂食障害などいろいろな精神疾患を合併しがちなことが知られています。さらに家族、会社や学校、友人関係、恋愛関係など様々な対人関係場面でいろいろな葛藤や不安定さ、やっていきにくさを感じていることが多いです。不登校や職場不適応を起していることも珍しくありません。

 B群パーソナリティ障害も、C群パーソナリティ障害も、古くから長期的(数年単位)に行われる精神分析的精神療法(精神力動的精神療法)が行われ一定の改善を示すことを示唆されていました。さらに、最近では(パーソナリティ障害の治療向けに若干の治療技法上の修正を行った)認知行動療法もある程度の効果をあげることも示唆されています。

【B群パーソナリティ障害に対する心理療法】

 B群パーソナリティ障害の中でも、特に心理療法の有効性についての研究が進んでいるのは境界性パーソナリティ障害(情緒不安定性パーソナリティ障害)です。これまでの研究では、精神分析的精神療法(精神力動的精神療法)と特殊化された認知行動療法(弁証法的行動療法)について、それ以外の普通の治療と比較して有意に効果が高いことが実証されています。(一般的カウンセリングや心理教育などだけではあまり効果が高くないことが示されています。)いずれにしろ、治療は少なくとも毎週定期的に面接治療を行い、しかもそれを数年単位という長期間をかけて行うものです。その人の根本的な「パーソナリティ」を修正していくわけですから、それだけ長期間かけて徹底的にやっていかないと難しいのでしょう。

 精神分析的精神療法(精神力動的精神療法)は通常定期的に週1回から2回、1回あたり50分の時間をかけて毎週毎週行います。こうした濃厚な治療関係の中で、患者さんがもともと持っている対人関係のやりにくさ、不安定さの問題は治療者との間にも確実に起ってきます。精神分析的精神療法(精神力動的精神療法)では「転移を扱う」という表現をしますが、こうして患者と治療者という2人の間に生じてくる気持ちの葛藤(不安や怒り、その他のいろいろな感情反応)にしっかり向き合い、理解し、適応的に解決していく、という作業を繰り返していくことになります。この意味で治療作業は患者さんにとって(治療者にとっても?)非常に大変なものになるのです。多くの患者さんが治療を続けていくことを辛いと感じるようになりますし、実際多くの統計では治療を始めた人のうち約3割は途中で脱落していく傾向があることが分かっています。それでも、治療を続けていくことができた人は、多くの場合、約1年程度で症状が目立って軽減していきますし、数年間で症状はほぼ治癒に近い形になっていくことが示唆されています。さらに治療効果にはかなりの永続性があり、治療を終えた後でも引き続き生活の質が改善しつづけていく傾向があることが示唆されています。実証的研究によってしっかりとしたエビデンスを提出しているものにはフォナギーらの提唱する「メンタライゼーションに基礎を置く精神療法」と、カーンバーグらが提唱する「転移に焦点づけられた精神療法」が有名ですが、それ以外の(例えば自己心理学的アプローチの精神力動的精神療法であっても)普通の精神力動的精神療法が有効そうであることも示唆されています。

 特殊化された認知行動療法である弁証法的行動療法は認知行動療法の理論背景を持っていますが、境界性パーソナリティ障害に特化して週1回50分の定期的な個人面接とスキル・トレーニングと呼ばれる集団療法を組み合わせたかなり濃厚な治療パッケージのことです。この治療においても、患者さんと治療者との間に「治療阻害行動」と呼ぶいろいろな葛藤や問題が起ることを想定し、それにしっかりと向き合い解決していくことを重視しています。さらに「マインドフルネス」と呼ばれる、自分の気持ちにしっかり気づく能力を向上させることにかなりの重点をおいています。弁証法的行動療法は、自傷行為などの衝動行為を低減することを重視していることもあり、こうした問題行動の早期の低減については、一般に、精神分析的精神療法(精神力動的精神療法)よりも優れていることが示唆されています。しかし長期的に見ると、少なくとも症状レベルでの改善についてみると、両者の差はほとんどないであろうと現在までのところは見られています。

 いずれにしろ、境界性パーソナリティ障害に対しては、薬物療法がほとんど役に立たないという問題もあり、心理療法が果たす役割は非常に大きいと考えるべきです。

 なお、一般的カウンセリング(ロジャース派来談者中心療法)、催眠療法、家族療法、心理教育、一般的な社交スキル訓練(SST)、短期療法などは効果が不明あるいはほぼ効果ないと見られており、一般的に勧められるものではありません。

【エピローグ】

 Jさんはこの日やっと、4年以上にもおよぶ治療を終えました。大変な治療でした。振り返ると最初の1,2年は主治医と対立ばかりでした。主治医の分かってくれなさがJさんをひどく傷つけましたし、彼の言動の1つ1つが気に障っていた時期もありました。そういう出来事の1つ1つを、2人で見つめていったのです。時にはJさんの側の気にしすぎでしたし、時には主治医が間違いに気づき認めてくれたこともありました。彼もがんばってくれましたが、Jさんも相当がんばったと思います。そういう1つ1つの積み重ねで信頼関係が出来ていったのです。その他の方法では、ここまでの深い信頼関係をつくる事は無理だっただろうとJさんは思います。次第にJさんの心は重くなってきました。これまでは軽くて無意味だった命にも重さが実感されるようになりました。辛さや苦しみが消えたのではありません。ただ、それが良い意味で重い、形のあるものとして実感されるようになったのです。もう漠然とした、わけの分からない空虚感に責めさいなまれることはなくなりました。治療開始から3年目になると、もう症状と呼べるほどのものはほとんどなくなり、抑うつ気分も、情緒不安定もすごく問題となるものではなくなっていました。あれほど多かった安定剤などの薬も全く飲まなくて良くなっていました。これを「治った」 と呼ぶべきかどうかは分かりませんでしたが、少なくとも治療を必要とするものではなくなってきたのです。そうなると、治療を必要としていなくなっているにもかかわらず、治療を続けている事が問題となってきました。その頃には既に、Jさんにとってこの治療はなくてはならないものになっていたので、治療を終える事は大変な苦し みを伴う作業になりました。ですから、Jさんが治療の終結を考えはじめているということを問題にしだしてから今日までの半年もの間、今日という日が来る事が治療上必要だし、そうしなくてはいけないと分かっていつつ、不安な気持ちがずっとありました。それでも、最終的にはJさんも主治医もこの問題を避けてしまう事なく、しっかりと向き合って理解していく事ができたのでした。その上で、治療を終えたのでした。