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「軽症統合失調症」

1.「軽症統合失調症」とは?

「統合失調症」とは英語名schizophreniaの和名です。英語の「schizo」は「分裂」を意味し、「phren」は「心」を意味しますから、この英語を正確に日本語訳すると、古い病名である「精神分裂症(病)」の方がより正しいことになるでしょう。ただ、この「分裂」の意味が一般には非常にわかりにくいため、また長い年月の間にすっかり偏見と差別に満ちら病名になってしまったため、日本精神神経学会が主導して和名を「統合失調症」にしたのです。
 ただ、意味するところはほとんど同じです。古い病名に使われている「分裂」とは、思考や感情など心のプロセスが分裂しがちになる、別の言い方をすると統合が悪くなる、という意味です。つまり、「統合失調症」は思考や感情の統合が悪くまとまりが悪くなっていることが本質であり、それによるいくつもの症状の中に、思考のまとまりの悪さ、集中力の困難さ、感情のまとまりの悪さ、情緒不安定、興奮、論理的な思考の乱れ、妄想、幻覚、などが生じてくると考えられているのです。ですから、「統合失調症」というと、一般には幻覚や妄想など、いわゆる「精神病症状psychotic symptoms」が有名ですが、幻覚や妄想は統合失調症の診断に必要でもなければ十分でもないのが本当のところです。むしろ、実際の診断面接では患者さんの思考や感情の統合の悪さがあるかどうかをみて診断していくことになります。

 統合失調症も中等度以上の症状がある場合、たいてい素人目から見ても明らかな幻覚や妄想、思考の異常さを伴います。しかし、ごく軽症なものでは、非常に軽微な思考の乱れ(「相手が自分のことを悪く思っているのではないだろうか?」「自分は不快がられている、嫌われているのではないだろうか?」などのやや被害妄想的な対人不安が伴われることが多いようです)と感情の統合の悪さの表れである情緒不安定、落ち込みやすさ、不安になりやすさ、対人関係の困難さ、過敏性、などの特異性に欠ける症状のみを示すことがあります。こうした症状しか示さない場合、幻覚や妄想などはっきりした症状がないため、診断基準状はフォーマルな「統合失調症」の基準を満たしません。しかし病気の理解としては、軽症ではあるけれども統合失調症の亜系であると考えた方が良く、治療計画も立てやすくなります。そこで、こうした問題を「軽症統合失調症」とここでは呼んでみます。

 (医師によっては、こうした症状群を示す患者を情緒不安定性パーソナリティ障害などの「パーソナリティ障害」に分類することもあるでしょう。診断基準上、それは間違いではないと思います。ただ、ここで軽症統合失調症と呼ぶ患者群は、典型的な「情緒不安定性パーソナリティ障害(=境界性パーソナリティ障害)」とは精神療法や薬物療法など治療に対する反応も、予後も大きく違うところもあり、やはり別物と考えた方が良い気がしています。)

 軽症統合失調症は、単純に統合失調症の初期で症状が軽い時期のもの、ということではないようです。確かに、軽症統合失調症の患者の中には、その後大きく症状が進行・悪化し、明らかな思考の崩れや幻覚や妄想を慢性的に伴う一般的な統合失調症に移行するものがあります。しかし、多くのケースが軽症なまま慢性持続的に経過する印象があります。

 軽症統合失調症は、思考や感情の統合機能の悪さ、思考や感情の軽微なまとまりの悪さ、という症状を示すわけですが、それは具体的には以下のような形で現れることが多いです。

●被害妄想とまではいかなくても、微妙に被害妄想的な対人不安・対人緊張があり、「周囲の人たちから悪く思われているのではないか?」、「自分の容姿や表情や言動が不快がられているのではないか?」、「嫌われているのではないか?」「見られているのではないか?」などの不安がある。

●物音への過敏性や、その他の神経過敏なところがある。

●情緒不安定。特に対人関係においてうまくいかなさを感じることが多く、それを背景に気分が落ち込んだり、イライラしやすかったり、不安定になる。

●自傷行為や他人に対する暴言・暴力などの衝動的な行動が時々起こる。

●慢性的な不安、抑うつ感がある。特に「漠然とした不安」が多い。

●対人関係の不安定さ、苦手感が強い。

●集中力の低下、意欲の持続できなさ、疲れやすさ、などがある。

●過去の嫌な体験やその他のイメージが勝手に頭に浮かんできてしまい、うまくコントロールできない。

●漠然とした周囲との違和感、劣等感、自己嫌悪感がある。

 どれも特異性に乏しい、いわゆる神経症やパーソナリティ障害などでよく見られる症状です。このため、非常にしばしば、普通の「うつ病」や「神経症」として治療されていることがあります。確かに、多くの患者さんの主たる問題は「抑うつ感」です。しかし、この「抑うつ感」は対人関係のうまくいかなさや、あれこれ過敏に考えすぎてしまうからくる消耗のために生じているものであり、この点で普通の抗不安薬や抗うつ薬よりも、少量の抗精神病薬への反応が比較的良いものです。

 いわゆる統合失調症一般が体質的なベースのある慢性疾患であるのと同様に、この「軽症統合失調症」も基本的に体質的なベースのある慢性疾患であるととらえるべきです。しかし、症状は患者さん本人がおかれている環境のストレスの強弱によって大きく左右されます。そして、私たち人間にとってストレスのほとんどは対人関係であるため、対人関係の善し悪しによって症状のでかたは大きな影響を受ける傾向があります。


2.軽症統合失調症の治療:薬物療法と心理社会的治療

 軽症統合失調症に見られる不安や抑うつ感、情緒不安定などは、かなりの部分、本人の過敏性や「考えすぎ」によって生じているものです。このため、過敏性や「考えすぎ」を軽減する薬剤である、抗精神病薬antipsychotics が少なくともある程度以上の効果を発揮します。古典的な(第1世代の)抗精神病薬はだるさや思考の鈍りを起こすなどの副作用が比較的多いため、通常はスルピリド(ドグマチール)やより新しい第2世代抗精神病薬を少量だけ使用することになるでしょう。

 少なからぬケースで、少量の抗精神病薬だけで比較的十分な効果を得られます。しかし、抑うつ感や気分の波があまりに強い場合は、抗うつ薬や気分調整薬などを併用することもあります。

 また非常にしばしば過敏性の症状の現れとして不眠(特に入眠困難)が伴われているため、睡眠導入剤が併用されることも多いでしょう。

 統合失調症は基本的に体質的要因が強く関与している慢性疾患ですので、古典的なうつ病の治療のように一定期間で治療を終えることができる見通しがたてられるものではありません。ただ、すでにお話したように、症状のでかたは対人関係などのストレスの影響を受けているため、環境を調整しストレスが軽減できてくれば、次第に薬物療法の必要性が低くなってくることはあり得ます。

 ストレスを低減することを目的に、対人関係での粗大なまずさがベースにある場合には、コミュニケーション・スキル訓練や自己主張訓練など行動療法的なやり方で対人関係のより良い持ち方を系統的に練習することが効果的な可能性はあります。