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「うつ病」およびその他の抑うつ状態

1.「うつ」とは?

  一般的に「うつ」と呼ばれているものには、古典的な意味での「うつ病」に加えて、抑うつ症状を主な症状とする幾つかの精神科疾患が入ってきます。

 古典的な「うつ病」などの主な症状である、「抑うつ症状」には、以下のようなものがあります。

●抑うつ(憂うつ)気分:気分が滅入る、落ち込む、ふさぎ込んでしまう、など。

●意欲・活動性の低下:何もやる気がしない、これまで楽しめていたものに興味が持てない、笑えなくなった、など。

●頭の回転、認知能力の低下:頭の回転が鈍ってきた気がする、集中力に欠ける、思考のスタミナがない、仕事の能率が下がった、など。

●不安・焦燥感・イライラ

●物事に対するネガティブな考えかた、悲観的なとらえ方:自分に対して(「自分はダメな人間だ」、「何をやってもうまくいかない」等)、将来に対して(「これからも良いことはない」、「この病気は治らない」、「どんどんダメになってくだろう」等)、他者に対して)「誰も自分のことを大切に思ってくれてはいない」、「迷惑がられているだろう」、「つまらないと思われているだろう」等)、ネガティブで悲観的な物の見方をしてしまう傾向。

●不眠:寝つきにくい、眠りが浅い、朝早く嫌な気分で目覚めてしまう、など。

●過眠、疲れやすさ

●いろいろな欲求(食欲、性欲、など)の低下

●身体症状(頭痛、腰痛、腹部症状、など)へのとらわれ

●死にたい、消えてしまいたい、などの思いへのとらわれ


  古典的な「うつ病」では、これらの症状が「病気」の一定期間(だいたい数ヶ月から半年、1年程度)起こります。つまり、「病気」には比較的明確な「始まり」と「終わり」があり、「エピソード性」があるのです。

  古典的なうつ病には、ある程度体質的・遺伝的要因がからんでいると見られていますが、たいていは何らかの生活上のストレスがかかったときに引き起こされます。いちがいには言えませんが、引き金となるストレスは男性では「仕事の失敗」や「達成したものの喪失」などが多く、女性では対人関係での喪失や離別がその他のストレスが多いと言われています。

  多くの人は、何らかのストレスがかかると、「ストレスなんかに負けない」と頑張ることになります。しかし、いくら頑張ってもどうにもならない状況が長く続くことになると、「心のブレーカー」が落ちることになるのです。簡単に言うと、これが「うつ病」の状態と考えて良いでしょう。(ですから、ある一定期間休息をとり、「ブレーカー」が落ちることになった原因・無理を見つけて修正していくことが治療上とても大切になります。そして、家庭で電気のブレーカーが落ちてしまった時に、無駄な電気の使いすぎの問題を解消し、ブレーカーをもう一度立ち上げればほぼ問題なく「直る」ように、こうした古典的なうつ病は、一定の治療期間でほぼ跡形もなく「治る」ことが期待できます。)

  こういうタイプの古典的なうつ病は、実は非常にありふれた疾患であることが分かっており、生涯有病率(人が一生のうちにかかる可能性)はだいたい男性では5〜10%程度、女性では20%程度と見られています。


  これが「古典的なうつ病」です。しかし、抑うつ症状が主な問題ではあっても、上記のような特徴的なパターンを持たない人たちもいます。例えば、「病気」に明らかな「始まり」と「終わり」がなく、いつごろから「病気」が始まったか分からないくらい慢性的で持続的に気分が沈みがちな状態が続いていることもあるでしょう。あるいは、気分が沈む「病気」の時期が一定期間続くというよりは、対人関係などで嫌なことがあると一過性(半日から数日間)どうしようもなく気分が滅入ってしまうというような、「抑うつ気分」というよりもむしろ「情緒不安定」と表現した方が良いような場合もあるでしょう。あるいは、一旦は治ったように見えても、何度も何度も「うつ」の状態に繰り返し入ってしまう人もいるでしょう。いちがいにはいえませんが、こうした「典型的ではない」症状のパターンを持っている場合、いわゆる「古典的なうつ病」ではない可能性もあり(別にご説明する「いわゆる神経症」や「パーソナリティ障害」、「軽症統合失調症」あるいは「軽症躁うつ病」などである可能性もあり)、しっかりとした病状評価と治療計画が必要でしょう。

古典的な「うつ病」には、比較的明確な「始まり」と「終わり」があります。患者さん自身も「いつくらいから・・・」ということが言えることが多いです
いわゆる「神経症」や「気分変調症」など慢性持続的な問題では、「うつ」の深さはそれほど深くなくても、経過が長く、「始まり」がはっきりしないことが多いです。

2.「うつ」の原因:「心」の側面と「脳」の側面

  最近は製薬会社などの熱心な啓発活動のおかげ(?)で、「うつ病」とは脳内の物質のバランスがおかしくなった状態だとやや単純化した理解をしている人が多くなりました。間違ってはいないのですが、そこまで単純化して良い話でもないでしょう。

  すでにお話ししたように、「うつ」には「心のブレーカー」的な働きがあると考えられています。つまり、生き物は、私たち人間を含めて、何かストレスが与えられると、まずは「頑張って」それを解決しようと一所懸命になります。しかし、頑張っても頑張ってもどうにもならない状況というのはあります。そのような状況で頑張りつづけることは、生き物の長い進化の過程の中で、あまり生存競争上好ましいことではなかったのでしょう。ある一定のところで頑張りをやめるように、ある種の強制終了がかかるように、「ブレーカー」が落ちるように、心にはプログラムがあるようなのです。

  この時、脳内では、いわゆる「モノアミン枯渇」状態になっていると考えられています。脳の中には無数の神経細胞があり、その神経細胞同士は「シナプス」と呼ばれるつながりをつくっています。神経細胞はシナプスを介して情報の伝達をグルタミン酸などの簡単な「伝達物質」を使って行います。そうした伝達のしやすさを調整する役割の物質があり、それを「モジュレーター」と呼んでいます。「モノアミン」は、そうした「モジュレーター」の一種です。「うつ病」と呼ばれる状態は、脳内ではセロトニンやノルエピネフリンといった「モノアミン」がシナプス間に欠乏している状態を反映しているのだろうと見られています。

  シナプス間のセロトニンやノルエピネフリンといった「モノアミン」系が枯渇した状態が「うつ状態」と考えられています。

  基本的には、「モノアミンが枯渇するからうつ病になる」でもなく、「うつ病になるからモノアミンが枯渇する」でもなく、「うつ病と呼ばれる心の状態(ブレーカーが落ちた状態)」=「モノアミンが枯渇している脳の状態」と考えた方が良いでしょう。

  この時、心は「抑うつ状態」と呼ばれる独特の状態に入っています。もともとは、無理な頑張りを強制終了的に止めさせるための適応的な機能であったはずの「うつ状態」も、行き過ぎると本人にとって「病気」と呼ぶしかないほど辛い状態になります。

  (ちょうど、もともとは生体防御反応である「炎症」が行き過ぎると、発熱や痛みなどで本人にとって動けないほどの「病気」になってしまうのと似ています。)


  しかも、うつ病には「うつ病の悪循環」と呼べる独特の問題を伴っており、うつ病がさらにうつ病を悪化させる傾向があるのです。

  つまり、こういうことです。うつ病になると、いろいろな機能が停止したり、機能低下を起します。いろいろな欲求もやる気も低下し、仕事をばりばりこなすスタミナもなくなり、能率が低下します。身体のいろいろな機能も低下します。さらに、物事をネガティブにとらえてしまう傾向が出てきます。これらすべてが、さらに気分を落ち込ませ、さらに抑うつ症状を強め、維持していくことになるのです。

  典型的な「うつ病の悪循環」の図。


  治療的には、この悪循環のどこかを断ちきるようにしていくことが必要になるでしょう。一般的に行われる抗うつ薬を使った治療は、「抑うつ気分」と「身体機能・仕事能力の低下」といった症上面で改善を促し、悪循環を断っていくものです。

  ですから、一旦「うつ」になってしまったら仕方ないことですので、「落ちてしまった心のブレーカー」を戻すために、まず一旦は休息をとり過度な負荷を取り去ることが必要です。さらに、「うつ病の悪循環」を断つために非常に効果が高いと分かっている抗うつ薬を中心とした薬物療法を一定期間行うことや、認知行動療法的に「悪循環」に陥らないようにしていくことは有効でしょう。そして、なにより「心のブレーカー」が落ちる要因になったどんなことがあったのか、どこにどんな無理があったのか、などを振り返り、より無理のない新しいやり方を身に付けていくことが必要になってくるでしょう。


3.うつ病の治療:薬物療法

  繰り返しになって若干しつこいですが、うつ病に対する抗うつ薬を中心とした薬物療法は、抑うつ症状を軽減し、「うつ病の悪循環」を断つことでうつ病症状から抜け出しやすくするためのものです。決して、薬の力だけで治るものでもありません。そうではあっても、抗うつ薬を使用することで「うつ病」の状態から抜け出しやすくなることは事実ですし、これまでの多くの大規模研究で明らかな有効性があることも示されています。

  抗うつ薬には幾つかの種類があります。古くから使われている「三環系抗うつ薬」や「四環系抗うつ薬」は、眠気やだるさ、口が渇く、便秘になりやすい、などの副作用が比較的強くでやすいため、現在では副作用が少なく安全性が高い「選択的セロトニン再取り込み阻害薬SSRI」が好んで使用されます。選択的セロトニン再取り込み阻害薬には、パロキセチン(パキシル)、フルボキサミン(ルボックス)、サートラリン(Jゾロフト)、エスシタロプラム(レクサプロ)などがあります。類似した薬剤にセロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害薬SNRIであるミルナシプラン(トレドミン)、デュロキセチン(サインバルタ)もあります。いずれも、眠気やだるさなどの副作用が出にくい利点があります。しばしば起りうる副作用としては、服用を始めた最初の数日〜1週間程度に吐き気や胃のムカツキ感、生あくびなどがでることがあるかもしれません。

  また、うつ病には多かれ少なかれ「考えすぎ」の症状が伴われていることが少なくありません。「ああじゃなか、こうじゃないか」「あれはまずかったのではないか」「周囲の人たちはどう思っているだろう」などなどです。こうした、妄想とまではいかなくても、「考えすぎ」の症状は精神を消耗させ、抑うつ症状をさらに悪化させてしまうものでもあるため、これがあまりに目立つ場合には少量の抗精神病薬を併用することがあります。一般的には、鎮静作用が少なく眠気やだるさの起こりにくいスルピリド(ドグマチール)や第2世代抗精神病薬を使用することが多いでしょう。

  さらに、うつ病には非常にしばしば不安や不眠を伴っていることがあるため、抗不安薬や睡眠導入剤を一時的に併用することもあります。

 いずれにしろ、薬物療法の効果はすぐにでるものではありません。治療を開始して、その薬剤がその人に合っているものだとしても、効果が出はじめるのに2週間程度はかかりますし、十分な効果を実感できるようになるには1〜2ヶ月はかかります。その間は、基本的にゆっくり療養することが一番です。

  また症状がほぼ完全に消えた後も、原則的にはその後「地がため」のため数ヶ月〜半年間は同じ抗うつ薬を中心とした薬物療法を継続することになります。その間に、うつ病の背景にあった無理を修正していくわけです。

4.うつ病の治療:本人や家族がとりくむこと

  患者さん本人が最初にとりくむべき課題は、しっかり休むことです。そもそも「うつ病」になってしまう背景には大きなストレスがあったでしょうし、うつ病になる直前までは必死に頑張ってきたでしょうから、頑張ることを放棄してしっかり休むなどということは人によっては大変困難に感じる事があります。そうではあっても、これはほぼ必須の課題です。一旦は戦うことをやめ、頑張ることを放棄してみないと、見えてこないものがあるからでしょう。

  この時期に、患者さんの周囲にいる人たち、家族のすべきことは、よく言われていることですが、本人にこれ以上頑張らせるような要求をしないことです。周囲の人たちは、しばしば悪意なく、むしろよかれと思って、「頑張って」、「早く良くなって」、「いつまでもくよくよしないで」などと励まします。しかし、患者さんの多くは、これらを過大な要求と感じてしまい、そうできていない自分を責めることになるのです。家族や周囲の人は、むしろ、コミュニケーションにおいて完全な「聞き手」にまわった方が良いことが多いでしょう。具体的には、コミュニケーションの中でできるだけ「質問」、「意見」、「指示」などといった、能動的なコミュニケーションを少なくし、患者さんの目からはどう見えているか、どんな気持ちでいるのかを、ただただ共感してみるというだけのスタンスの方が良いようです。

  海外での研究では、認知行動療法や対人関係精神療法といった毎週1回、1セッション50分ほどかける本格的な精神療法(心理療法)が効果的であることが示されています。しかし、それにかかる費用や時間の問題から、背景に大きな性格的な問題がない比較的単純なうつ病の場合には、日本の通常の保険診療では実施されないことが多いです。しかし、本格的な認知行動療法とまではいかなくても、認知行動療法的な発想で自分自身の気持ちや行動を振り返り修正をしてみることは、抑うつ症状が患者さんの気持ちや行動のパターンに影響を強く与えている間は、役立つ可能性があります。すでにお話しした「うつ病の悪循環」のうち、「抑うつ気分」→「ネガティブな思考様式」→「ネガティブで消極的な行動パターン」の悪循環の回路を断つためです。例えば、抑うつ的な気分に支配されていると、人はえてして対人関係において「こんなダメでつまらない自分は嫌われているだろう」「迷惑がられているだろう」「こんな自分が話しかけてもつまらないと思われるだろう」などのネガティブな思考に偏りがちです。そうした、いわばちょっと妄想的な偏った思考を背景に、対人関係を避けたり、言うべきことを言えなくなってしまったり、対人関係をどこかよそよそしくしてしまうことがおこりがちです。しかし、そうすることで、かえって現実の対人関係がぎくしゃくしてしまい、ますます苦手感を強めることにもなりえます。つまり、悪循環です。そこで、このようなネガティブな思考に支配されてしまわないように、自分自身でいちいちチェックを入れ、より適切な考え方に修正し、行動もより適切なものに修正していくことで、「うつ病の悪循環」の作用を最小限にする努力は役立つかもしれません。

  さて、薬物療法が始まり1ヶ月もしてくると症状的にはずいぶん改善してくると思います。しかし、症状はほぼ完全に「治った」状態になっても、その後数ヶ月〜半年間は薬物療法を継続することになるのが普通です。この間に、患者さん本人は今回「心のブレーカー」が落ちることになってしまった原因に対処できるようにしていくことが課題になるでしょう。今回「うつ病」になってしまったということは、どこかに無理があったのです。それをしっかり見つめ、無理をなくしていくことが必要です。少なからぬ患者さんには自己主張の問題があることがあります。相手に対して「No」と言えないために、仕事を過度に抱え込んでしまう結果になるのです。多くの場合、こうした「No」と言えない気持ちの背景には、相手から嫌われる不安や、必要とされなくなってしまう不安があることがあります。逆に言うと、相手から必要とされていると実感することで自分の存在価値を確認し、自尊心を維持している問題が隠れていることがあります。こうした自分自身のあり方の問題を、数ヶ月から半年をかけて、ゆっくり着実に変えていくことが必要になるかもしれません。「うつ病」は大変辛い病気ではあるのですが、自分自身の生き方に無理があることに気づき、それを修正する良い機会にもなりうるのです。

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