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「軽症双極性障害(軽症躁うつ病)」

1.「軽症躁うつ病」とは?

 躁うつ病(=双極性障害)は、古くから「躁」と呼ばれる気分が高揚しがちな時期と、「うつ」と呼ばれる気分が落ち込みがちの時期を周期的(それぞれの病相が数週間くらい)に繰り返す慢性的な精神疾患として知られていました。しかし、実際には気分の状態が「躁」や「うつ」になることが問題なのではなく、むしろ気分の状態を一定に保っておくことができず、周期的で不安定な波があることが問題であると考えた方が正しいでしょう。(ですから、すごく以前には「躁うつ病」の治療は、「躁病」になったら高揚している気分を抑える、「うつ病」になったら落ち込んだ気分を持ち上げる、という発想でなされていたのですが、現在ではむしろ気分の波を安定化させていくことを主眼にしているのです。)

 躁うつ病の中でも、中等度以上の躁うつ病の場合は、「躁病」と呼ばれるテンションがハイな時期と、「うつ病」と呼ばれる落ち込みがちな時期が素人目から見てもわかるくらいにはっきりとあります。しかし、「躁病」の時期の病像があまりはっきりしないタイプのものや、全体に症状が軽症のものは、一見すると慢性化した「うつ病」に見えたり、一旦治ったように見えて何度も繰り返し再発する「反復性のうつ病」に見えたりします。

 もともと、一般的な「躁うつ病」においても、「躁病」の時期よりも「うつ病」の時期の方が圧倒的に長く、患者の生活の質を低下させる主な要因になっています。「躁病」の方が症状的に目立ち、周囲の人たちの注意をひくため、また少なからず社会的に不適切な言動を伴うこともあり「迷惑行為」として見なされることもあるため、周囲の人たちは、医療従事者を含めて、「躁病相」の方に注意が向き、その症状を何とかコントロールしようとするのです。しかし、患者にとってより重大な問題は、むしろ「うつ病相」にあることの方が多いのです。

 「軽症躁うつ病」においても同様です。軽症躁うつ病では、「躁病相」はほとんど目立ちません。むしろ、「若干具合が良い時期(落ち込み感が少ない時期)」として体験されていることの方がほとんどです。さらに、「躁病相」の時期に、気分の高揚や愉快さというポジティブな感情よりも、むしろイライラ感や焦燥感、不安感などのネガティブな感情の上がり方をする人の場合では、なおさら「躁病相」があると言われても全然ぴんとこないでしょう。

 ですから、「躁うつ病」は「躁」と「うつ」を行き来する病気として考えるのではなく、むしろ気分を一定の状態に保っておくことが困難であり、気分の波がある状態として考えた方が正しいと言えるのです。

 症状の特徴としては以下のようなものがあります。

(1)だいたい数週間から数ヶ月の周期の気分の波がある。気分が落ちたり上がってきたりすることには、さしたる理由や背景が見当たらないことが多いです。一般的に神経症やパーソナリティ障害でも気分の波のようなものがあるのですが、その場合は何らかの(主には対人関係の葛藤など)理由や背景があり、気分が落ち込んだりするのです。典型的な「軽症躁うつ病」では、そうした背景もないのに、なぜだか気分が滅入りがちな時期が来たり、何かが解決したからとか何か良いことがあったからというわけでもないのに気分が持ち直してきたりします。また、一般的に、神経症やパーソナリティ障害における気分の変動は、何らかのストレスに関連し、数時間から数日間の持続で変化することが多い点でも違いがあります。(つまり、神経症やパーソナリティ障害における気分の不安定さは、周期的な波ではなく、むしろ情緒が不安定である、という表現をした方がぴったりきます。)

(2)うつ病相の症状は普通のうつ病とあまり変わらない。うつ病の時期の症状は、普通のうつ病と何ら変わりません。やはり気分が落ち込み、意欲がなくなり、何をするにもおっくうになり、疲れやすく、いろいろなことをネガティブに考えがちになり、対人関係も嫌になります。不眠を伴うこともありますが、一日中疲れて寝ていたくなる過眠になる人もいます。

(3)躁病相ははっきりしない。いつもの落ち込んだ気分が少し楽になっている時期として、あるいは不思議と意欲が改善している時期として、自覚される程度であることがほとんどです。場合によっては、イライラや焦燥感が強くなる時期として自覚されることもあります。

 一般に、「躁うつ病」には比較的強い遺伝性・体質性があり、血縁者の中にも似たような気分の波がある人がいることが少なからずあります。  一般的な「躁うつ病」では、素人目にも明らかな「ハイ」な時期と「ロー」な時期があります。
  「軽症躁うつ病」では、「躁病相」がはっきりしません。このため、一見すると慢性持続的なうつ病に見えたり、反復性のうつ病に見えたり、「抑うつ神経症(気分変調症)」に見えたりします。

一般的な「躁うつ病」では、素人目にも明らかな「ハイ」な時期と「ロー」な時期があります。
 「軽症躁うつ病」では、「躁病相」がはっきりしません。このため、一見すると慢性持続的なうつ病に見えたり、反復性のうつ病に見えたり、「抑うつ神経症(気分変調症)」に見えたりします。

2.軽症躁うつ病の治療

  「軽症躁うつ病」は、軽症でも躁うつ病の一種であり、要するに気分に周期的な不安定性があることが問題であると考えるべきです。体質的な要因が相当に強い慢性疾患であるとの理解も重要です。

 治療の基本は気分調整薬を中心とする薬物療法になります。それだけでは、どうしても気分症状のコントロールが不良の時には、抗うつ薬を併用したり、少量の第2世代抗精神病薬を併用することもあります。心理社会的介入については、ストレスを軽減するための幾つかの方策は役に立つ可能性があるものの、いわゆるフォーマルな精神療法・心理療法をお勧めできる科学的根拠は乏しいです。

 気分調整薬として現在日本で使えるものには、炭酸リチウム(リーマス)と、抗てんかん薬(けいれんの薬)でもあるバルプロ酸(デパケン、バレリン)、カルバマゼピン(テグレトール、レキシン)、ラモトリギン(ラミクタール)があります。いずれも、気分の波を抑えることによって、躁病相もうつ病相も治療・予防できることが期待できます。過去には躁病やうつ病などの症状が強い時期にだけ気分調整薬を使い、症状が軽減したら切ってしまうということが普通になされていたこともありますが、現在は予防的な意味もあってずっとそのままの量で使用を続ける事がスタンダードです。

 気分調整薬だけで効果が不十分の場合、クエチアピンやアリピプラゾール、オランザピンなどの第2世代抗精神病薬を併用することもあります。少量の抗精神病薬を使用することで、「考えすぎ」やそれに伴うストレス感が軽減できることも期待できます。

 また気分調整薬だけでは、強いうつ病症状に対して十分な効果を期待することが困難であるとの研究結果もあり、場合によっては選択的セロトニン再取り込み阻害薬SSRIなどの抗うつ薬を併用することもあるでしょう。

 いずれにしろ、薬物療法は基本的に気分の波を最小限に抑えていくことであり、それを完全に消し去ることはできないこともあります。現実的な目標は、気分の波がそれほど社会生活に悪影響を与えない程度になること、とすべきでしょう。