家庭内暴力の日

 てっきり二〇〇四年で終わると思っていた韓国のあれこれは結局いまだに根強いらしく、ビデオ店においても最初こそ小さい棚に並べられていた映画・ドラマの類は今や、縦七段の棚を丸ごと一つ分占領するようになった。いちめんのかんこく。何の意味もないけどカクテキやらキムチやらを置いておいたら勢いで売れるのではと思えてくる。「チャンジャが、好きだからー」というポスターでもあればおそらく一撃だろう。なぜかノムヒョン大統領が混じっててね。ノムヒョンだけ目に画鋲刺されてるんだよね。知らないけど。
 いやそんなことはどうでもいいとしてだ、たぶんそういう世論を鑑みた努力の甲斐があったのだろう、さすがに韓国コーナーだけとはいえ、店内で中年女性をよく見かけるようになった。それ自体はいい。たまに最終話の内容を大声でしゃべっている二人組がいたりして、おまえら洋画でしかもサスペンスのコーナーだったら刺されてるぞと心配にもなるのだが、まあそれもいいだろう。問題は、アレだ。

「ねえ、これって薄いのしかないの?」
「はい?」

 薄いのって何だ。そう、問題はDVDである。訊かれた店員さんも面食らったところを見ると、それは店員であった経験の中でも初めての響きだったのだろう。VHSとDVDをその機構・形態にはよらず「厚み」で区別する、それがオバチャニズムだ。

「これ。薄いのしかないわけ?」
「あ、えー…そうみたいですね。現在のところDVDだけしか」
「そのディーブイデーじゃないやつはいつ入るの?」

 なんで最初の「ディー」は言えるのに最後は「デー」になってしまうのだ。教習所で苦手なS字やクランクを何とか無事に切り抜けたと思ったら、最後の最後で赤信号を思いっきり無視するタイプだろ。あと一息がんばってみようよ。ぼくずっと応援してる。いや嘘。

「いやー、今のところはDVDだけの予定となってまして」
「はあー。ディーブイデーって好きじゃないのよねー」
「ああ…そうなんですか」

 おお、いいことを言った。そこだけは同意できる。なんとなれば私もDVDはあまり好きじゃないからだ。レンタルの場合、DVDとVHS両方があったら間違いなくVHSを借りていく。懐古趣味だと言われればそれまでだが、とはいえVHSが現在全ての面においてDVDの後塵を拝しているというわけでもない。そもそも、こと「趣味」という観点からすれば、必ずしもそこに利便性のみを求めるものではないのだ。
 技術の進歩はすばらしく、迎え入れるべきもの。しかしそれはそれとして、気分的にはこっちがいいなあということだ。世間が怖くて今までなかなか言い出せなかったが、同じような人がいるとわかったからには私も勇気をもって…

「そうなのよ。あれって、途中で止めたらまた最初からでしょう?」

 ってコノヤロウ、そう来るか。一瞬でも同意して損した。

「え、いえいえ、メモリ機能がありますから、ちゃんと続きから再生できます」
「そうなの?」
「それにたとえ長い間、一時停止の状態にしておいても大丈夫ですし」
「あそう。ふーん」
「DVDはビデオと違ってテープが劣化したりもしませんから、ずっときれいなんです」
「ふーん」
「しかもDVDだと特典映像が入っているものもありますし」

 店員さんもかわいそうに必死だ。いつの間にか通販番組と同じ口調になっている。「でもお値段が…」などとつい横から口を出してみたくなるが、今行くと殴られそうなのでやめておく。

「うーん。でもこれ、あれかしら。あの、吹き替えスーパー?」

 どんなスーパーだそれは。店員がターミネーターの声で野菜売るか。小松菜安いぞサラ・コナー。明日葉デシタ、ベイビー。

「あ、いやDVDなら字幕スーパーでも吹き替えでも両方…」
「それでこれは吹き替えなの?」
「ですから、あの、字幕もできますし、ええと」
「じゃあ普通は吹き替えなのね?」
「普通、というか、えー、プレーヤーのですね」
「吹き替えじゃないとダメなのよねー」
「はい、それはですから、プレーヤー側で、えー、設定が」
「基本は吹き替えなんでしょ?」
「…はい!」

 あれ、諦めた。わりと積極的な勢いで諦めた。疲弊の中にもそこには何か、ある種の吹っ切れたすがすがしさすら見える。
 なるほどそこから先はプレーヤーの守備範囲、また観る側の操作による問題であり、加えて間違いなく吹き替えにはできるのだから、店員さんに落ち度はないのだろう。なれば、こういった事態の責任をもし負うとすれば一体誰か。

 思うのだがこのメディア、実は結構説明不足なのではないか。ある日「CDサイズに映画が一本」という広告を目にし、ははあこれが噂のDVDかと思った矢先に店では「薄いの」が日々その数を増していく。どう見てもCDなのにCDドライブではいかんともしがたく、ビデオデッキではますますどうにもならず、フリスビーにしてはあまり飛ばず、5.1チャンネルとは言われるがテレビにそんな中途半端な局はなく、「リージョンフリーのプレーヤーが欲しい」と言えば店員に「はぇ?」と何語なんだかわかんない返事で切り捨てられ、味噌と少しの野菜を食べ、誉められもせず、苦にもされず、そういうものになったのは説明不足によるものだと言わざるを得ない。
 いやそれでも若い世代はいい。それらに接する機会も多く、たとえそれほど興味がないとしても自然と軽い情報は入ってくる。加えてインターネットも活用でき、わからないのなら調べればすぐに済むことだ。が、それが韓国見たさに今初めてこの新しめのメディアに触れようとしている世代となると、困惑することが多いのではないかと思う。いきなり「チャプター」と言われたところで、これまた韓国のスープだとしか思えないだろう。試しに「チャプタ、皿デ出セヨー」と一本調子で言ってみるとなんとびっくりいかにも韓国語に聞こえてしまうではないか。別にわざわざ試す必要もなかったが。

 確かに一口に説明と言っても実際、難しいとは思う。どこから、そしてどの情報媒体を介して説明すべきなのか。そもそも飽くまで規格が統一されているだけで、メニューなどの部分は個々において異なるものなのに一体どれを例に挙げて説明すればいいのか。厄介な問題ではあるだろう。しかしこの懸案は現行のDVDにのみ課せられるものではない。現在早くも次世代メディアと言われるBDとHD DVDが標準規格を巡って争っているところだ。何も明日からすぐに移行というわけではないが、この現状のままでまた新しいメディアだけが増えそれがビデオ店に並んだ時、より困ったことになるのは想像に難くない。
 必ずしも能動的に情報を得るとは限らない年代をこれからも客層として固定するつもりなら、つまりこれからも韓国関連であれこれしていくつもりなら、そこにはまず、その優れた性能をできるだけ広く確実に伝えていくという準備が必要とされるのだと思う。BDとHD DVDのどちらがこれから主導権を握っていくのかはわからない。第三勢力が現れないとも限らない。しかしどれが主流になるにせよ、最低限ビデオ店の店員を困らせることのない程度に説明をしておくのも、また作る側の義務なのではないか。
 問答を終えてやっと納得し、疲れた店員さんを尻目にケースからDVDを取り出した中年女性を見ながら、私はそんなことを考えるのだった。

「それで、これ、返す時は巻き戻すの?」

 ほら見ろ。

20051101