ありをり詐欺師いまそこに

「もしもし、オレだけど」
「どちら様ですか?」
「おばあちゃん、オレだよオレ」
「ああ、タケシかい? 珍しいねえ」
「そうそう、タケシだよ。実は交通事故起こしちゃってさ、相手の人に弁償金を払わなくちゃいけないんだ。それでさ」
「まあ何てこと。それ以上は言わなくてもわかってる。おばあちゃんが何とかしてあげよう」
「ありがとうおばあちゃん。じゃあ口座なんだけど」
「まずはね、部屋に観葉植物を置きなさい」
「はい?」
「鏡はね、玄関から見えるところに置いてはダメ。それから今年は常に赤いものを身に付けるの」
「いや、その」
「あとはおばあちゃんが持ってる『幸福の石』を送ってあげるから、毎晩それを握って祈りなさい。祈り方はね、片足を上げてこう言うの。『もにゅもにゅネブラスカ』」
「いやそういうんじゃなくて」
「念のために『幸福を呼ぶ黄色い財布』と『中国の万能厄除けツボ』も頼んどいてあげるから」
「いやだから」
「それからインドの霊験あらたかな神、タカハーシ様へのお布施も効果あるからね。死ぬまで生きられる、とかありがたいことを担当の高橋さんがおっしゃってたわ。お布施の振込先も伝えておくわね」
「…あんた俺の前にすでに騙されすぎだぞ」

「もしもし、オレだよオレ」
「ああ、タケシか? どうした突然」
「実はさおじいちゃん、交通事故起こしちゃったんだ。それで弁償金が必要で」
「なんと。おまえは大丈夫なのか」
「うん、オレは大丈夫なんだけど相手の人の車が壊れちゃって。それでちょっとでも振り込んでもらえないかなって」
「よし、おじいちゃんに任せておきなさい。ところでおまえ、えーと、誰だっけ」
「タケシだよ」
「ああそうそうタケシ。タケシ、えー、どうした突然」
「だから交通事故起こして」
「えーっ。おまえは大丈夫なのか」
「大丈夫だけど相手の車が壊れた」
「なんと。それでおまえは大丈夫なのか」
「大丈夫だから金を振り込んでほしい」
「そうかそうか。ところでゲンゾウ」
「タケシだ」
「ああタケシか。どうした突然」
「だーかーらー、事故やった」
「事故だと。おまえは大丈夫なのか」
「大丈夫だけど相手死んだ」
「なんと。タケシが死んだのか」
「タケシはオレだーっ」
「なに、おまえはタケシか。どうした突然」
「ギーッ。だから事故ーっ。じー、こーっ」
「事故だと。おまえは大丈夫なのか」
「ンガーッ。オレは大丈夫で相手死んでだから金を振り込めーっ」
「そうか金を振り込むんだな。ところでクミコ」
「ターケーシーッ」
「ああタケシ、どうした突然」
「あーっ。あーっ。チーキショーッ」

「もしもし、オレだよオレ」
「あ、タケシかい。どうしたんだい」
「母さん、実は事故起こしちゃってさ、相手に払う金が必要なんだ」
「まあ何てこと」
「それでちょっと都合してもらえないかと思って」
「困ったねえ」
「いや全額とは言わないからさ、困ってるんだちょっとだけでも」
「お父さんは不倫相手に金をつぎこんでいるし」
「あ、え、そうだっけ」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんでホストにはまった挙げ句に捨てられて一文無し」
「ああ、そ、そんなこともあったよね」
「お兄ちゃんは口論からサックリ他人様を刺してしまったから当分出てこられず賠償金治療費は全て家族持ち」
「え、あ、悪い奴だね」
「そこに来て今度はおまえが事故を起こしたのかい」
「あ、うん。まあ」
「せめて弟がねえ」
「あそうそう、弟はどうした」
「おまえが階段から突き落として意識不明じゃないか」
「あのさ、ちょっとだけどオレお宅に金振り込むから口座教えてくれ」

「もしもし、オレだよオレ」
「タケシかい? どうしたの一体」
「母さん、実は事故起こしちゃってさ、相手の車を壊しちゃったんだ」
「まあ。それでおまえは大丈夫なのかい」
「うん、オレは大丈夫なんだけど」
「事故なのにどうして大丈夫だったの?」
「それは、うん、幸運だったから」
「そう。どうしてぶつかったの?」
「それは、たぶんボーッとしていたからだと思うんだ」
「どうしてボーッとしていたの?」
「それは、ええと、ちょっと寝不足だったからかな」
「どうして寝不足だったの?」
「それは、ちょっと最近忙しくて」
「どうしてしどろもどろなの?」
「それは、あの、慌てているからかな」
「どうしてあなたの口はそんなに大きいの?」
「それは、おまえを食べちゃうためだよー。ってやかましいわボケッ」

「もしもし、オレだよオレ」
「なんだ、タケシか?」
「そうだよ父さん。実はさ、事故起こして相手の車を壊しちゃったんだ」
「とうとうやったか! よーし、母さん赤飯を炊きなさい」
「…うそーん」
「これでお前もやっと一人前だな。ビッ(親指)」
「…どこの部族の話だよそれ」

「もしもし、警察のものですが」
「え、はい」
「えー実はお宅の息子さんが交通事故を起こされましてね、相手の方がケガをされたということで」
「本当ですか」
「ええ、それでこのままだと、ぎょうみゅ、ごほん、ぎょうみょ、ごほん、業務上カチチチ、ごほん、業務上カチチチョー、えーとね」
「業務上過失傷害?」
「あーそうね。それになってまあチョウヤク五年ってところですか」
「何が五年と?」
「チョウヤク」
「懲役?」
「あーそうね。チョウエキ」
「それは困りますな。どうにかならないんでしょうか」
「そうですね、どうしてもと言うのなら、相手にあの、えーと、ほれ、警察には言わないであげるね、ってやつ。ええとね、ベッカム?」
「示談?」
「あーそうね。ジダン」
「警察の方ですよね」
「ええそうですが」
「交通事故の示談って、警察の方が取り持つものですか?」
「あー、まあね、あのほれ、クモン書偽造とかされると困るんでね、万が一のために警察が介入しとかないとね」
「何を偽造と?」
「クモン書」
「…公文書偽造?」
「あーそうね。コウブンショ」
「疑って申し訳ないんですが、警察の方なんですよね」
「えーもちろん。本官は名古屋県警です」
「ダウト」

「もしもし、オレだよオレ」
「おお、おまえか。どうしたんだ一体」
「ちょっと困ったことになって、助けてほしいんだ」
「金か?」
「いや金はいらない。振り込まなくていい。警察とかもこの際関係ない」
「じゃあどうしたんだ。できることなら何でもするぞ」
「実はね」
「うん」
「オチが思い付かないんだ」
「知らん」

20050214