宇宙を守れ

 オーラと呼ばれるものがある。スターのオーラ、オーラを感じる、などとよく使われるものだ。もともとは「微風」といった意味の言葉だが、日本語の中で使われる際には何かこう、つかみどころのない言葉になる。風だけにね。もう一回ぐらい言っておくか。風、だけにね。
 実際に身体に感じられるものではなく、認識として一番近いのは気体だろうとは思うもののしかしそれは化学式で表せるものでもない。子供に「オーラってなあに」と訊かれた時に「なんかモワーッて。も、モワーッて」と傍から見て惨めな親になれる可能性を、この言葉は秘めている。
 見ることも触れることもできず、つまり「雰囲気」のことかと言われてもそれもちょっとだけ違うような気がする不思議なもの。恐らくは一般人の枠を突き抜けた人間だけに与えられる、これも曖昧な言い方だが、「何かちょっと違う感じ」というのがオーラの説明になるのではないか。ちなみに私ぐらいのレベルになるとこのオーラ、自由に着脱すらできるようになる。世間の人も早くこのレベルに到達できるよう一心に願うばかりである。え、ああ、今日は暖かかったのでたまたま脱いできただけだ。

 さてそんなオーラなのだが、それは決して有名人ばかりに与えられるものではない。常にこちらの感覚を研ぎすませてさえいれば自ずと、そう例えばとある店の駐車場なんかでも、ある種のオーラをまとった人間に遭遇することができるのである。駐車場でウロウロしているので最初こそ車上荒らしの類かとも思ったが違う、明らかにその人は他人とは比べることもできない、精神的に超越した場所にいるのだった。
 時として天を仰ぎ、また時として咆哮とも独白ともとれる曖昧な声を虚空に散らしている。手には紙束だろうか、やけに重そうな塊を持ち、くたびれたバッグを肩にかけ、薄汚れたズボン、そして一番大事なことだが、左右の靴それぞれにおけるデザインが合っていない。簡単に言うと、右がスニーカーで左がサンダル。
 こういった人は季節としてあと三ヶ月ばかり先になるとワラワラと出現するものだが、雪も舞おうかという今この時期に見られるとなると貴重である。「早生(わせ)」というのかあるいは「走り物」というのか、それは新米や新ソバのそれに似た一つのときめきを内包して我々のところへやってくる。何にせよ彼のようなのを世間はパイオニアと称し賛辞を呈するのだろう。感動、期待、そして少しの動揺。そんなものを総括した結果としてとりあえず「わお」と声には出さず呟いておく。

 と、いきなり近付いてきたその男は手にしていた紙の一枚をこちらへと差し出した。わお。手渡す時に何か言葉を発したような気はするが、いかんせんこちらは精神的に身構えている。幼い頃に初めて野犬と相対した時のような、観念上のフル防御。言葉を理解している余裕はない。
 結局そのまま何となく受け取ってしまい今や私の手にある一枚を確認し、彼は、気のせいではあるかもしれないがどこか満足げに、離れていく。どうやら次の標的を探しているようだ。
 駐車場のライトを頼りに目を落とす。どうせ手書きで意味不明なことが書かれているのだろうと思いきや、意外にも勘亭流のフォントでそこそこ小綺麗に打たれている。ただ、Wordの簡単な装飾的機能をともかく使ってみましたのよさアッチョンブリケ、といった体裁で、世辞にも読みやすいとは言いがたい。へいビル、君の作ったオフィススイートはここまで堕ちたぜ。

 いやしかしここで大事なのは中身である。彼は我々に何を訴えたいのか。いかにして愚民である私の蒙を啓きたいのか。この寒い中、身一つで己が主張を配り続ける真意とは何なのか。

「私たちの住むかけがえのない地球」
 またえらいスケールの書き出しだ。「今年の抱負は?」→「大統領にチョップ」ぐらいなにか突発的で恣意的な匂いがする。とはいえ、かけがえのないものであることには異論はない。例えば「えー、君ね、いきなりなんだけど、あのー、アレだ必要ないので、そのー、出ていってくれるかな。地球から」とか言われたところで今のところ生身で住める星はなく、ただ途方に暮れるしかない。そう考えると確かに地球はなくてはならないだろう。
 その地球が、先が細々と長いので勝手に要約するが、どんどん乱れていて将来には大変なことになるのだそうだ。ここまでを読む限りでは、ああ自然保護を掲げて活動している人なのだねと納得もいくだろう。しかしそれは、次の行のことさら強調したフォントに目を通す直前までの話だ。

「このままでは宇宙もだめになります」
 言い切った。世論がある程度力を持ったゆえに、迂闊に言いたいことも言えないこんな世の中にそこまで言い切ったポイズン。もしかするとこの人は、外見からは決してわからない大人物なのかもしれない。地球のみならず宇宙にまで思いを馳せ、危機に気付きながらもしかし具体案を持たないままである我々烏合の衆を尻目に今率先して行動を起こす男。先生、そう呼ばせていただいてもよろしいか。

「ひいては銀河系もだめになります」
 と思った次の瞬間がっかりだよ順番おかしいよスケール小さくなってるよ宇宙と銀河系どっちが大きいと思ってるんだよやっぱりそういう人だよチェーッ。

「私たちにできることが今なんでしょうか」
 文章はわからないが言わんとすることはわかる。直前で銀河系のくだりさえなければ、先生わかるっすわかってるっすとばかり滂沱と頬を濡らすところなのだが、今や出るのはせいぜい溜め息のみ。大層な問題提起をしたまでは良かったが、宇宙から見れば芥にも劣るような我々人間ごとき、それのために一体何ができるというのか。
 …しかし、その答えすら言い切ってしまうのが先生のすごいところだ。情緒ある勘亭流の文字を携えて、文章は「それにはまず」と続く。さすがは先生。問題提起をし危機感だけを煽っておきながら結論を出さないまま半端にちゃらーんと終わる、NHKの「クローズアップ現代」とはその辺が違う。なにしろ彼は、見えないながらも強烈なオーラをこちらへと訴えかける特殊な人なのだ。さあ先生、どんな結論を出してくれましょう。

「それにはまず、資源の無駄遣いをやめることです」
 なるほど、一気に宇宙には繋がらないにせよ、まずは身の回りのことからコツコツと努力することが大切だと言うのだろう。うむ、正論である。私は大いに感服した。素晴らしい結論を読ませていただいたお礼と言ってはなんだが、ここでひとつ返歌とも呼ぶべき一言をあなたに捧げたい。

 私は読み終えた薄い紙を見つめ、それを片手でそっと握り潰して呟くのだった。
「資源を無駄遣いしてるのは、あんただろ」


20050124