錯視ドライバー

 普段何気なく送る日常生活というのは、よく考えると残念ながら決して楽しいことばかりが集まっているのではなく、そこにはどうしても嫌なことが頻繁に顔を出す。
 中でも特筆すべきは「説明しにくいが何となく嫌だ」という感情だ。これはあからさまに嫌な事物とは少し違う。満員電車で隣の人に足を踏まれた、これはもうあからさまに嫌なことだ。が、例えばこれが「斜向かいにいる見知らぬ人とさっきから何だかよく目が合うんですけど」となるとどうか。
 目は開いている限り何かしらは見えるものであって、意識的にその人をとらえたわけではない。相手もきっと同じで、偶然泳がせた目がこちらをとらえてしまった瞬間なのだろう。わかっている、お互いにもそれはわかっているはずだ。しかし何であろうこのちょっと嫌な感じは。何が嫌かと詰問されようが適切に答えることはできない。でも間違いなく何だかちょっと嫌、言ってみれば非常に気まずい瞬間なのだった。

 この気まずいと思う瞬間は、満員電車だけでなくあらゆるところで現れる。医学的に言うと脳内物質キマズインががっこんがっこん分泌されるのである。この厄介なキマズインが分泌されたが最後、我々にそれを止める術はない。心拍数は上がり、冷汗すら出てどうにも落ち着かなくなる。ちなみにキマズインの半分はやるせなさでできています。

 さて私事になるが、先日やむを得ない事情により、本当に久しぶりにタクシーに乗った。意図的に避けていたわけでもないがとにかく、他人の車に乗せてもらうことこそあれ、タクシーに乗る機会はなかなかなかった。曖昧な記憶ではあるかもしれないが、思い出すに中学生以来の経験ではないかと思う。
 であるから、はっきり言ってその時の自分はちょっと浮かれていた。久しぶりに乗るタクシーには何が待ち受けているだろうか。おしぼりとかジュースとかピザとかサービスで出てきたらどうしてくれよう。陽気なイントロが流れ、さあここぞというところに運転手がいきなり唄い出したら。「おおおオマエが唄うんかい」と上手くツッコめるだろうか。その場合真後ろからいくのも失礼だからして、ここはやはり対角線上に座った方がいいのだろうか。ああ、ああ。

 そんな堂々巡りを演じながら魅惑のタクシーに乗り込む深夜ではあった。あったのだが。
「〜までお願いします」
「…ふぁ」
 ぴちゃ。確かにそんな音を立てて、一滴のキマズインがこぼれたような感覚を覚えた。いやいや。いやいや。何を思っちゃってるんだいロバート(自分)。これは久しぶりに乗る魅惑のタクシーだぜロビンスン(自分)。キマズインなんか出る余地はまったくないよ安心しろよフランチェスカ(自分)。
 自らを落ち着かせてはみたものの、しかしいざ揺られてみるだにやっぱり何かおかしい。今やフランチェスカとなりナヨッとなった私の脳からキマズインがどぼどぼと溢れ落ちる。何となればさっきからこの狭い車内は無言の無音なのだ。せめてラジオでもつけておいたらどうなんだ。
 気まずい。例に挙げた満員電車の比ではない。密閉された空間で、手も届くような距離にいながらにして目も合わせることなくひたすら無言である。私に殊更な拷問は必要ない、ただこの状況を何とかしてくれるのであれば何でも白状しよう。自販機のボタンを固定して金を入れた瞬間コーンスープが出るようにしたの僕です。

 しかしこれは何とかならないものだろうか。運転手としてはどう感じているのだろう。慣れているといえばそれまでかもしれないが、だからと言って快適な空間でもなかろう。もしかすると客の動向に合わせているのだろうか。こちらの投げかけた一言で運転手の堰は切れ、そこに楽しい空間が生まれるのかもしれない。…とはいえ、だ。
「運転手さんもね、大変っすよね」
「ええ」
「こう、ね、いろいろ」
「ええ」
「大変だ」
「……」
 もしこんなお馬鹿ちゃんな会話で終わったとしたらどうする。キマズインも耳から飛び出る勢い、いきなり窓を開けて「ごるばちょふ」と叫ぼうがまだ足りないほどの自暴自棄さ加減に悩まされることになろう。余計な賭けには出ない方がいい、幸いと言おうか、あと十分もかからず目的地に着くはずだ。私はキマズインがこぼれないように息を止めにかかった。

 と、その時だ。
「松井もねえ」
 な、なんだと?
 こちらの気配を察したのかあるいは単に思い付いただけなのか、いきなり運転手が口を開いた。今の今までじっと無言だった男がいきなり発したのは「松井もねえ」という前置きない言葉。心底びっくりしたはずみで思わずメーターを止めてしまおうかと思った。
「松井もねえ、頑張ってますねえ」
「は。え、にょ、そうだすなえ」
「今年はホームランもさらに多いようで」
「ああ、うぴ、ははあ」
 面食らいながらも分析すると、どうもこの人は野球の話をしたいらしい。これで気まずい空間は流れ去り、ひとすじの陽光は射したか。いや残念ながらそんなことはなかった。もしこれが「船木誠勝の上腕三頭筋もねえ」と投げかけてくれたのならば、私はとても有意義な時間を過ごせただろう。しかし相手は野球である。さっぱりわからないことに対しての話を振られたところで募るのは、また少し違った気まずさだった。

「そういえばほら、サッカーも」
「え、ああ、はは」
 こちらの野球への反応を薄いと見たか、今度は矛先をサッカーに向ける運転手。ただしその矛はあまり使い勝手が良くないようだ。なぜならこちとら野球よりサッカーの方がよりわからない。あのまま互いに黙っていたのと、噛みあわない空転会話を続けるのと、さてどちらがキマズインの分泌を抑えられたか。こうなってはもう判然としない。そんなことよりも、今はただ、ただ。
「ちょっとケガも多いみたいですけどねえ」
「はあ、あっ。あれれ」
「オリンピックもあることだし」
「へえ、あの、えーとね」
「しかしまあオリンピックもこっちじゃ夜中ですからねえ」
「はあ、まあそれはそうなんですけど」
「運転しながら見るわけにもいかないし、はっはっは」
「ふへえ。えーっと、さ」
「はっは。あ、どこ行くんでしたっけ」
「…鮮やかに通り過ぎました」
 ただ、どちらにせよもうタクシーに乗るのはやめようと、ひたすらにそれだけを思うのだった。


20040614