一本立のメディア

 ふと気付けばこの頃、電柱で遊ぶ子供を見かけなくなったような気がする。電柱、道路の片隅で頼もしくも電線を支えるあの電柱だ。単車で喧嘩を売りに行くと高い確率で負けるだろうあの硬い電柱だ。薄っぺらいガードレールでさえあの痛さ、ならば石の塊である電柱であった場合一体どうなるのか、考えるだけで身震いがする。

 そんな電柱だが、昔はもっと遊びに利用されていたように思う。時には「だるまさんが転んだ」の本部となり、また時には二塁ベースとなり、一時的に身を隠せる避難所の役割すら果たし、長縄跳びの一端を担ったかと思えば背負い投げの練習相手にすらなった。なにせ決して動くことのない太い支柱、アイデア次第でその活用法に限りはない。
 確かに、上ろうとして近所のおばちゃんに叱られたり、ジャンケンで負けたクラスメートを縛りつけた挙げ句にみんなで靴を投げたりして後日担任にコヅきまわされたり、といった少々暗い部分をも誘発する石柱ではあれそこはそれ、視点を変えれば遊びの中に社会勉強があったとも言えるだろう。

 なぜこんな楽しい電柱が今、遊びに使われなくなりつつあるのか。私はそれがちょっと悲しい。いや正確に言おう。遊びに使われなくなったことももちろんだが、最近の電柱を取り巻く事情を見るにつけ、とても悲しくなるのだ。一体今の電柱はどうだ。電柱さ加減はどうなんだ。
「即金5万まで 090-xxxx〜」
 なんだこの夢のない貼り紙は。世に言う090金融、つまりヤミ金の貼り紙が今や津々浦々に無味乾燥にて跳梁跋扈、その軽佻浮薄に悲憤慷慨だと、眉目秀麗な私は思う。ついでに清廉潔白で碩学大儒である私も思う。さらに精励恪勤の私もいるが、まあよかろう。照れちゃうよ。

 さよう今の電柱というのはなんと、ただの掲示板、あるいは伝言板に成り下がった。どこの町のどんな電柱を見ようと、まず目立つのは金貸しの宣伝あるいは大人向けのビラである。なるほど外で遊ぼうとする子供にとっては良くない環境ではあり、電柱離れが進むのも無理からぬところだろう。つまらない世の中になった。「うちのタマしりませんか?」とかいうほのぼの貼り紙はどこへ行った。「子犬さし上げます」とかいうほんわかお知らせはどこへ消えた。「はせべ君LAVE--Bayカスミ」とかいう足りない女児カスミちゃんはどこへ行きどんな姿勢で今何を思う。

 しかしそんな低俗な貼り紙だけならまだいい、末法思想とでも片付ければ済む話だが、こうして意識しつつひとつひとつ電柱を探っていくと、時折としてとんでもないものに出くわすことがあるから困ったものだ。

「〜若干名募集」
 ともういきなりしっかり掲示板として使われてる状態もどうなんだと思うが、それはそれとして内容だ。若干名(じゃっかんめい)、場合によるだろうが一般的には数名程度の募集であるのだろう。そこはごく普通だ。そう、そこでやめておけば良かったんだ。
「※若干名といっても『若いの千名』じゃないよー(ププ)」
 うぐぐぐ。この、こーのやろー。こーの、やろー。まさにそう叫ぶに値する貼り紙である。
 確かにその昔、漫才として
「いやあー、ごっつい求人広告があってねえ」
「ほうほう」
「若者を千人も募集しとるんですわ」
「千人もかいな」
「そやねん。『若いの千名』いうてな」
「そりゃ『若干名』やっ」
「景気ええなあ、思てね」
…といったものはあった。だからといってそれを言っておけばウケると思っているなら大間違い、二番煎じは苦い味しか残さない。しかも言うに事欠いて最後の「(ププ)」とは何事だああ何事だ。こんなところに募集されて訪れてみたまえ、社長か人事か内情は知らないが、必ずこれを書いた人がいるということだ。周囲の愛想笑い、乾いた義理の笑い声に気付かず、自分は面白いと思い込んでいる横ワケに決まっているのだ。何かをどうにか間違えて「ホームページ立ち上げたから」とかアドレス入りの名刺を渡されたりするのだ。トイレで会えば「昨日の更新どうだった?」などと電話線の存在を超越した話を強要されたりもするのだ。なんてことだ誰かそろそろ蹴っとばせ。

 さて、それにしてもだ。一応実態を確かめるため十キロほどをてくてく歩いて各電柱に目を光らせてきたのではあったが(暇なのか)、驚くなかれその半分以上のものが何かしらの情報を発信している。もちろん「〜丁目」や「貼り紙禁止」などといった公的なものを除いたうえでの話だ。
 喫茶店が自店の駐車場を記したのだろう貼り紙もあれば、許可の関係がどうなっているのか定かではないどこぞの立て看板もある。と思うと「男・カワサキ直官・命」と銀のペイントで殴り書きをされており、もしかして「直管」のことを言いたかったのではないかなと少々不安になったところに今度はいきなり「神にめざめよ!」とかいうプレートが目に飛び込んできたりしてもう、ある種の倒錯のうちに何がなんだかわからなくなってくる。
 これはすでに新しい情報媒体と言ってもいいのではないか。常に最新の情報を発信し続ける電柱。そのうちオークション主催の場となる電柱。電柱詐欺。スパム電柱。電柱日記。はてな電柱。滋賀県Aの27と福岡県Dの43で更新です。

 となれば、情報媒体としての可能性がこれからあるとすれば、ますます不適切なものは今のうちに排除しておく必要がある。なにしろどの年代の誰もが閲覧する可能性のあるものだ。そこには中途半端な他の媒体よりもよほど厳しい規制を敷くべきではあるだろう。ということで、だ。
「英会語スークル」
 誰かこの人にまず日本語を教えてやってくれ。


20040315