ファインディング・メモ

 どうもこのところ、物忘れが激しくなったような気がする。
 我ながらまだそんな歳ではないと思ってはいるが、事実として思い出せないことが多くなったのだからいかんともしがたい。相対性理論もほとんど忘れてしまったし、さる大女優との恋物語も今や記憶に薄く、中でもまったくもってひどいのはせっかく掘り当てた原油の掘削場所を忘れてしまったことだ。私にとっては所詮はした金にしかならないとはいえ、いや惜しいことをした。
 ただし私とて、ああ物忘れが激しいなあと諦めつつ手をこまぬいていたわけではない。自分の頭が頼りないのならば、他に頼るものを見つければいい。その答えの一つがメモというやつだ。

 一口にメモと言っても今や様々な形態がある。古来通り綴りになった紙面に書き込んでもいいし、紙面の類がなければ手に書いてもいい。経験上、一番便利だったのは「テストの時、前に座った人の椅子(背もたれの裏)にこれでもかとばかり数式や年号を書き込んでおく」というもので、これは大変便利なメモであり、私が進級・卒業できたのはあの椅子メモのおかげではあろうと言っても過言ではない。が、後で聞くところこれはカンニングとかいう甘美な行為らしいので、自分で責任の取れない人間は真似しない方が賢明だろう。そうかあれはカンニングになるのか。ちっとも気付かなんだ。
 さてそんなメモの中でも、最近重宝しているのが携帯電話のメモだ。何か忘れそうな事柄があった時にスッと取り出しパッとメモをとる。自分の頭と違い、一晩寝ても(=電源を切っても)しっかり覚えていてくれるデジタル機器だ。しかもどうしても急いでいる時には音声メモなんていう芸当までできる。なに、たとえ物忘れが激しくなろうと、これがあれば心配することは何もない。ありがとう、ありがとう携帯電話。

 という具合で全て解決するぐらいなら、私の人生もうちょっとうまく流れているのである。自ら期待を裏切らないと言おうか、やっぱりそこには困ったちゃんが出現するのだった。
「あのピーガタガタろっしょ、ふぁんぱにーな」
 わかってたまるか。この雑音だらけで何だかくぐもった声の音声メモを解析できる人がいるならば、私は四〇円さしあげたい。急いでいたらしいとはいえ、これではメモの役割を果たさない。二、三回再生を繰り返して努力したのち、私は音声メモと共に何か自分の大事なものを削除することになる。

 しかし困るのは音声メモについてだけではなかった。携帯電話のボタンを駆使して文章として残すメモ、そこにまでまさか落とし穴があろうとは。
「傘は長く 電飾 すてん」
 わかってたまるか。いったい誰の詩だ。何県のスローガンだ。おそらくは単語だけをメモしておいて、後で見た時に自ずと思い出し上手く繋げられるはずだったのだろう。が、甘い。こいつは私と何年付き合っているつもりか、いいかげん未来の自分に期待するのはやめた方がいい。

 こういったことになるのも、きっと私が携帯電話で文字を打つのにある種の面倒を感じているからだろう。こうしてキーボードを使って打つのに比べ、携帯電話のボタンを使って同じ文章を打つとなると、大げさではなく二〇倍ぐらいの時間がかかる。できるだけ打つ文字を少なくして手間を省きたい、そうどこかで思ってしまった結果なのだろうと思う。
 ならばせめて、矢印を使い単語と単語を繋げたりすることでわかりやすくしてみてはどうかと考えたこともある。例えば社会の先生なんかは矢印が大好きだ。関連する事物を矢印で繋げることで、視覚的にわかりやすくする手法である。
「半分←右側←→靴の裏だ」
 やめた。そういえばあの社会の先生も矢印の使いすぎでどうやら混乱して、「織田信長」から伸びた矢印が「暗殺」という言葉を乗せて「徳川家康」に繋がっていたような気がする。たかが石川先生の分際で、歴史を勝手に変えてはいかんのではないかと思うんだ。

 また困ったことに私には、眠りに入る直前に何かを思い付くといった何だかおかしな癖がある。ああ、何か画期的なことを思い付いてしまった、おそらく翌朝には忘れてしまっているだろう、ああメモを、メモを、せめてメモをむしろメモを。そういった具合で現実へと舞い戻り、よく開かない目でメモをとる時がある。が、所詮は寝ぼけ半分で記したメモ、それでもまるで役に立たないメモだったというだけならまだ良かった。
「猫は犬じゃないです」
 そのまま死ねば良かったのにと翌朝に打ち震えるに至ってはどうも、脱力した分ただ損をしたとしか思えない。

 基本的に、あくまで基本的には、メモは大変便利なものであるはずなのだ。しかし何事においてもそうであるように、使う側の態度あるいは能力などといったものに左右され時にはこうして困ったことにもなり得てしまう。そう、その時の自分はそんな自戒の意味をも込めて、これをメモとして書き残したのかもしれない。少なくとも当時は間違いなく自責の念すらあったのかもしれない。…だが、そのメモの内容も今となっては。
「バカとハサミは胃潰瘍」
 ごめんさっぱりわからない。


20040119