タンメン教師

 国民食という言葉がある。カレーやラーメンは今や国民食、などといったくだりにてよく見かける言葉ではあるものの、困ったことに「では国民食とは何か」と詰問されるとこれがよくわからない。広義的な解釈としてはおそらく、珍味や嗜好品寄りの類ではなくまた無駄に高価でもないところの一般に広く普及した食事(食べ物)ということなのだろう。
 必死に文献をあたってみても的確な定義が見つからないのだから、もう勝手にこれと想像するしかない。なにしろ唯一見つけた国民食の定義はこれだ。
「国民の食物」
 気をつけた方がいい。我々は軽く馬鹿にされている。

 さてそんな国民食の中でも前述のカレーやラーメンに至っては、なんと嫌いな人がいないと言われるほどの普及率を誇っている。となると最近カレーが嫌いになってしまった私はどうしたものかやっぱり国民未満かとあらためて落ち込んでくるのではあるけれども、まあカレーの事はいい。ここで問題にしたいのはラーメンである。
 よくよく考えるとラーメンというのは一種異様な食べ物であると言わざるを得ない。正確に言うと、ラーメンを取り巻く環境というのがもはや尋常ではない。ラーメンだけを特集した雑誌が発行され、あるいはラーメンだけを取り上げたテレビ番組が放送されて、翌日にはなんだかもうクラス全員で宿題忘れたのかと思うほどにズラッと立たされた集団を見ることができる。言うまでもなくそれはラーメン屋の前だ。果たして他の麺類において同様の現象が見られるだろうか。
「週刊立ち食いソバ」
「うどん--その栄光と未来」
「父さん元気だスパゲッチ」
 ない。断じてない。さすがのデアゴスティーニでもテレビ東京でもやらないだろう。

 しかもラーメンというのは、異常なまでにそれに惑溺する人間を作り出すらしい。
 今まで私が会った中では「三食全部ラーメンで一週間」というラーメン町の町長さんみたいな人もいたし、また「ダシがなっちゃいねえ」「麺がなっちゃいねえ」と行く先々で文句を垂れながらも気が付けば何かとラーメンをすすっているというわけのわからない人もいた。
 とはいえ、ラーメンに惑溺するのは何も客の側に限ったことではない。いやむしろラーメン界隈における熱狂度たるやそもそも店側から世間に伝播したのではないかと思われるほど、ラーメン店(おもに店主)のこだわりというのはものすごい。言葉悪くもあえて言わせてもらうとすれば、やりたい放題である。
「限定二〇食」
 これはまだわからなくもない。出し惜しみしているわけではなく稀少価値に対する欲求を煽っているわけでもなく、ただ材料を考えた場合そこが限界なのだろう。「禁煙」という貼り紙もわかる。そもそも飯は飯、酒は酒、タバコはタバコとそれぞれ独立させて楽しむべきだ。これしきのこと、ラーメン屋の本当のこだわりにはほど遠いのだった。

「ケータイ禁止」
 ケータイ禁止、という表記だともしかして何を持ち込んでもいかんのかと思わず財布を忘れたくなるが、まあ一般的に考えて携帯電話での通話を禁ずるということだろう。なるほど人の集まるところではそれがマナーというものだ。そう、次の注意書きが目に入らなければの話だ。
「※メールも」
 さあそろそろ来たぞと一抹の不安を覚える。確かにボタンを押す時のあのピッピコピッピコという電子音は長く聞いていると不愉快にはなる。が、それならば音だけを禁止すれば済む話だ。何らかのこだわりがあるのはわかるものの、それが何のためのこだわりなのかがよくわからない。ひょっとするとメールの交換相手「かなちゃん十八歳」が実は自分の妻五十二歳だったというようなトラウマでもあるのだろうか。だとすれば不憫な話だ。

 しかしこだわりのある店というのはなるほど、ラーメンの味にもそれだけの裏付けがある。大変美味しいラーメンだ。伝えずにはいられない、僕のこの感動を。店長さん、これ、美味しいね。
「黙って食え」
 これぞA級のこだわりである。旨いのは俺が一番良く知ってる、無駄なことを言う暇があるならその分食うことに集中しろと言うのだ。しかも店主は唖然とする客に向かいさらに続ける。
「麺が伸びる」
 少々の反撥を感じようとも、間違っても「伸びたら増えてお得じゃーん」とか口に出してはいけない。ダシにされる恐れがある。

 そしてこういうこだわりの人はそこで止まらないのが通例である。「黙って食えって言ってんだろ馬鹿野郎」「いいから黙れよ」「代金はいらねえからけえってくれ」といった調子にグレードアップしていく。古今東西、客に命令しつつも成り立っている商売などラーメン屋か高利貸しかといった具合であって、例えば同じようなことを他の店でやったら一体どうなるだろうか。
「コーヒーに砂糖なんか入れるんじゃねえ(喫茶店)」
「何回試着したってお前に似合う服なんかあるけえ。とっととけえりやがれ(服飾店)」
「馬鹿野郎、お前がこのストーブのボタンを押すなんざ十年はええ(家電用品店)」
 成り立つわけがない。私はここに、ラーメン店の善し悪し含めた異常さを感じる。そうだ。こうして突き詰めて考えてみるだに、ラーメンというのは異常なのだとやはりあたらめて認識せざるを得ない。となれば、だ。

 わざわざ国道を十五キロ近くも飛ばしてこの店に来てみたのではあったが、そう考えるといざ入るのにもためらいがある。たった今、道すがら「ラーメンは異常だ」という結論に達したのではなかったか。そうだ、ラーメンなんて。所詮ラーメンなんて。思い出してみてはどうだ、私はもともとラーメンなんて食べたくなかったのではないか。何と責められようとも今言おう。ラーメンなんて、食べる価値はない。
 入り口でそう考え直した私はついと踵を返し、たった今入ろうとしたラーメン店を後にするのだった。「定休日」というこだわりの札に、いささか目を潤ませながら。


20031211