三年クッキング

 こんにちは。料理研究家の食中独美です。寒くなってきましたがいかがお過ごしでしょうか。今日から始まりましたこの番組では、素敵な料理で旦那も満足、そんなあの子を狙い撃ちなレシピをご紹介いたします。
 それでは早速テキストの三ページを開いてください。はい、まずはこの「アジの南蛮漬け」からいきましょう。材料は何でも構いませんが、この料理で一つだけ決して忘れてはならないのが、誰もが知っている「基本のあいうえお」を使うということです。
 では…え。あ説明するんですか。ふうー。とうとうそんな時代になりましたか。料理の基本も知らないような若い衆がこの番組を見るような時代に。はいはいわかりました。ではその基本からご説明差し上げましょう。

 えー、皆さん料理の「さしすせそ」というものぐらいは聞いたことがあると思います。書くんですか。ふうー。
さ…砂糖
し…塩
す…酢
せ…せうゆ(醤油)
そ…そばつゆ
 はいこれでいいですね。もちろんこれは味付けの基本、それもその順番を表したものです。この順番だと一番効率的にしかも上手に味を付けられるというわけです。砂糖をぶち込み塩少々、酢で満たした挙げ句に醤油で色を付けて最後にためらわずそばつゆで煮込むということです。
 しかし、ちょっと考えてみてください。程度の差こそあれ、これでは何を作っても似かよった味になってしまうのです。私見としては最後のそばつゆのせいではないかという気がするんですが、ともかくおそらくはこの和風に合った「さしすせそ」だけが取り沙汰され、他の基本が駆逐されていったのでしょう。ここまで申し上げればわかっていただけるでしょうか。そう、料理の基本は「さしすせそ」だけではなかったのです。それでは実際に他の基本を使いながら説明していきましょう。

 はい戻りました。「アジの南蛮漬け」です。先ほど申し上げたように、これには「あいうえお」を使います。メモのご用意をどうぞ。
あ…アジの開きを
い…勢いよく
う…上に放り投げ
え…えっ、もうこんな時間?
お…お義母さん、あとはよろしく
 はい、と。なんとまあ、これで終了です。簡単ですね。あなたが家に戻られる頃には立派な南蛮漬けができているはずです。いやまあもしあなたに運がなかったのならば、ありとあらゆる罵声の類がアジの開きを頭に乗せたお姑さんの口から飛び出すかもしれませんけども、そんなことまでは私の知ったこっちゃございませんのであしからず。

 はいそれではまだ時間がありますのでどんどんいきましょう。次は「合い挽き肉のカルパッチョ」です。これまた材料は何でも構いませんが、必ず「かきくけこ」を使ってください。メモのご用意をどうぞ。
か…彼は何もわかってくれないの
き…きっとあたしの気持ちにも気付いてない
く…苦しい。ねえあなた、あたしを助けて
け…煙のように消えそうなこの心をつかまえて
こ…この野郎聞いてんのかもう我慢できねえ
 はい、と。ブチッと我を忘れたあなたはいつの間にやら立派なカルパッチョを作り上げているはずです。惜しむらくはそれを食べてくれるはずの人が今、息もせず床に転がっていることでしょうか。ああそれと注意ですが、その肉塊を料理に使うのはやめてください。それは材料じゃない。くけけ。

 はいそれでは何だか時間がまだまだありますので進んでしまいましょう。テキスト六ページ、次は「ルカ風イタリアンポトフ」です。寒い夜にはポトフ、いいですね。これには「たちつてと」を使うのを忘れないでください。ではメモのご用意をどうぞ。
た…倒れる者よ今、カオスの復讐を聞け
ち…血を流せ、我らの怒りをその血で贖え
つ…爪をはがし、脳を吸い、首を狩れ
て…手に栄光を、我らに復讐の火を、神々に栄光を
と…永遠(とわ)を生きる光の戦士、ガイアとウラヌスのもとにあれ
 はい、と。ひとつ大事なのは、この場合にはこれらの基本を口に出しつつ料理に励むということです。そうです、見かねた家族が代わりに作ってくれるまで、です。あなたはといえば病院のベッドで休んでいるだけでポトフができあがるのですから、一番簡単な料理だとも言えるでしょう。ただ自分の意志では退院が難しいかもしれません。そのへん覚悟の上でどうぞ。

 それではこのへんで、少し手の込んだものを作ってみましょうか。テキストの八ページ、そうです、カレーです。その名も「本格インドカレー」です。これには「なにぬねの」を使いますが、他のものと比べて多少複雑ですのでご注意ください。ではメモのご用意をどうぞ。
な…ナンを焼いて平らにつぶし、ギイをたっぷりかける
に…ニンニクのみじん切りを炒めて油に香りを付け、各根菜類によく火を通す
ぬ…ぬるま湯で戻した冬茹、あるいは生シイタケをガーリックバターで焼く
ね…ネギ類を臭み取りのためサッと炒め、同じ寸胴で全ての材料をトロリとなるまで煮込んだら仕上げに赤ワインを一本入れる
の…のんびりとレトルトカレーを買いに行く
 はい、と。いやいや抗議の電話とかはやめてください落ち着いて聞いてください。いいですか、確かに私もこの文献にあたった時、変だとは思いました。どこかおかしい、騙されている。確かに最初は内心そうだと思い込んでいたんですが、よく考えてみてください。料理は結果ではありません。「ご馳走」とはそもそも料理を美味しく食べてもらおうと苦労して走り回るという意味です。大切なのはその心なのです。もっと言いましょうか。下手な素人がいろいろ入れてグズグズに煮込んじゃったカレーなんかより大会社の大量生産カレーの方がよっぽど美味しかったりするんですよ。安くて旨いのは庶民の味方ですよ。なにさ。ぷん。

 ごほん失礼しました。はいまだまだ時間はあります。この勢いのままどんどんやってしまいましょう。次は「フレッシュサラダ牧場の香り」です。今日は何だかたくさん作っているのでお疲れかもしれませんが、これはもうすこぶる簡単なのでご安心ください。「はひふへほ」を使いますが、メモのご用意すら必要ないかもしれません。
は…葉っぱを
ひ…拾って
ふ…踏みつけ
へ…ぺったんこになったやつを
ほ…ほそぼそと盛りつける
 はい、と。なんと簡単な一品でありましょうか。葉っぱは何でも構いません。運がよければノビルとかヨモギなどがサラダに入ることでしょう。運が悪ければチョウセンアサガオが混入するかもしれませんがそこはそれ、人生何事もチョウセンです。ぷ。うぷ。

 さてそれにしてもこれだけ作っているのにまだまだ時間がありますね。もう行けるところまで行ってしまいましょう。テキスト十二ページです。あ、っと。これはちょっと時間がかかりそうですね。その名も「逡巡ふろふき大根」です。何と基本が五つだけでは足りないという大作でして、これは是非お姑さんなどと一緒に作ることをお勧めします。普段口うるさいお姑さんとの関係も、この料理一つで解決してしまうでしょう。素晴らしい料理です。「まみむめも+やゆよ」ということになりますが、多少複雑ですのでよろしければビデオ録画のご用意をどうぞ。
ま…真ん中から大根を切り分けている間に
み…ミルクパンで多めの油を熱し
む…無垢な笑顔で姑と世間話をしながら
め…メラメラと強火を鍋に回り込ませる
も…もうそろそろ頃合いかなと思ったら
や…やおら立ち上がり姑を呼んで
ゆ…ゆっくりと気付かれないように鍋を運び
よ…容赦なく高温の油を浴びせる
 はい、と。もちろんこれは古い文献から引いた「基本」ですので私に責任は取れませんけども、まあこの料理でお姑さんとの冷戦関係が落着するのですから、…え。ふろふき大根ですか。そんなもの、後でゆっくり一人で作ればよろしいではありませんか。一人でゆっくりとね。くけけ。

 さて、お時間もだいぶよろしくなってまいりましたので、次が今日最後の料理ということになりましょう。テキスト十五ページ。偶然にも今日最後にふさわしく、これはデザート扱いになります。「激烈フレッシュカクテル」です。「らりるれろ」ということで、ではメモのご用意をどうぞ。
ら…ライチを三つほど、大きめのビニール袋に入れ
り…リンゴをそのまま同様に入れ
る…ルビーレッド、もしくは普通のグレープフルーツを入れて
れ…レモンスライスとヨーグルトも入れたら袋の口をしばって床に置き
ろ…ローキックを叩き込む叩き込む叩き込む叩き込む
 はい、と。あなたがふと一息ついたところでそれはそれは見事なフルーツカクテルができあがっているはずです。あなたの足首スナップを効かせた鋭いローキックにきっと彼もメロメロ。もしかすると感極まって靴もはかずに玄関から出ていってしまうかもしれません。まったくこの幸せ者。

 さあこれで、今日一回目にして図らずも基本を全部やってしまったことになります。古来引き継がれし料理の基本、これらを自分のものにしてしまえばあとはただの応用、どんな料理とて恐るるに足りません。
 ところで、「なんだ、ワ行の基本はないのか」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。はっきり申し上げましょう。ありません。が、どうか誤解しないでください。最後の基本というのは「作る側の」基本ではなく、そのできあがった料理を目の前にした「食べる側の」基本であるのです。そう、あなたの心をこめた料理を前に、あなたの愛しい人は感謝の意を表しつつこう感嘆を漏らすわけです。

「わを(お)」

 それでは、第一回目の放送はこれで終了です。ごちそうさまでした。この料理で幸せになるであろうあなた方にも、ごちそうさ…え。何ですか。はあ。えっ、第一回で打ち切り決定?
 …ん?


第六回雑文祭公式ページ

20031115