2005.10.2「聖体の年」にあたってのミサ・鈴木真神父説教
「ミサ」は、わたしたちのとって特別な“食事”であると言えます。「食べる」という行為は日常的な所作であると同時に、なくてはならない、生きていくことの基本でもあるでしょう。特に「食事を共にする」ことは、人間関係を深めるという要素も持ち合わせています。わたしたちは人生における大切な時、例えば結婚にしても葬儀にしても、食事を共にしますし、家族が共に食事をするのも大切な時間です。言わば、それは《人が共に、支え合いながら生きている》事のシンボルであるとも言えるでしょう。
ユダヤ教では、「食事」は宗教的な行事でもありました。一日の時間を聖なる時と俗なる時に分け、食事は「聖なる」時に位置付けられ、単に「食べる」時間ではなく、過去における神の救いの恵みを思い起こし感謝を捧げる時間だったのです。イエスが弟子たちと共にされた『最後の晩餐』は、「過越の食事」でした。出エジプトという、神の大き過ぎる愛を一年に一度思い起こす食事です。その食事において、イエスは不思議な記念を残されました。
今日の朗読箇所にルカとコリントを選んだのは、イエスの言葉がより古い伝承の形を留めているもの、と言われるからです。「これはわたしの体である」と訳された言葉は、“これはわたし(自身)だ”というニュアンスの強いものだそうです。イエスはわたしたちの救いのために、御自分のすべてを、まるごと差し出された…そんな要素が伝わってくる言葉です。パンが体なのでぶどう酒が血…と後に対応されて、「御体と御血」と言っていますが、今日の箇所にあるように「血による契約」が元の言葉だそうです。言わば“命がけの救いの約束”…この言葉に触れるたびに、わたしは勝手に「“固めの杯”だ!」と思っています。パンを裂き、杯を飲むたびに、そのことを思い起こせ、と。これが日本だったら、ご飯と味噌汁、いやいや冷酒というところでしょうか…。
今日「ミサ」と呼ばれる、当時は“主の晩餐”“パンを裂く式”“エウカリスチア(感謝)”などと呼ばれていた特別な食事は、初代教会のかなり早い時期に定着したと言われています。弟子たちはキリストが復活された週の初めの日、つまり日曜日を「主の日=(主日)」と呼んで、これを行っていました。パウロの手紙にも出てきますし、新約聖書が編集された時期にはそれがすっかり定着していたことがその記事から伺えます。主日においてキリストの食卓でパンを、分かち合う時、わたしたちは神の救いのわざとキリストの出来事を思い起こすと同時に、2000年の間それを繰り返してきたすべての人々とも結ばれるのです。「記念」と訳された言葉は単に繰り返すことではなく、イエスと弟子たちが食卓を共にした晩餐の“追体験”、つまり弟子たちと同じ、《時》を共有することを意味するのだそうです。今日は改めて、わたしたちに与えられたその「記念」を感謝したいと思います。
御聖体はキリストの体であると同時に「パン」、つまり食べ物です。今日は婦人会の方々に種無しパンを焼いていただきました。しっかり噛んで味わって下さい。また、普段のミサの時のパンも食べ物です。しっかり噛んで構いません。最近は味を優先していろいろなホスチアを試しています。御聖体が「おいしい」だなんで罰当たりな…と思われるかも知れませんが、「食べ物」である以上、おいしく食べるのがその食べ物に対する礼儀だとわたしは思っています。食べ物はみんな「いのち」です。わたしたち人間は他の「いのち」を食べなくては一日も生きてはゆけない…ならば、「おいしく」食べるのはその「いのち」を尊重する礼儀だと思うのです。
神がわたしたちに新たな「いのち」を与えて下さった、そのしるしでもあるキリストのからだとしてのパンを、今日は改めて意識し、皆さんと分かち合いたいと思います。
ルカによる福音22:14〜20
主の晩餐
14時刻になったので、イエスは食事の席に着かれたが、使徒たちも一緒だった。15イエスは言われた。「苦しみを受ける前に、あなたがたと共にこの過越の食事をしたいと、わたしは切に願っていた。16言っておくが、神の国で過越が成し遂げられるまで、わたしは決してこの過越の食事をとることはない。」17そして、イエスは杯を取り上げ、感謝の祈りを唱えてから言われた。「これを取り、互いに回して飲みなさい、18言っておくが、神の国が来るまで、わたしは今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい。」19それから、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。」20食事を終えてから、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。」