11eyes -罪と罰と贖いの少女- Lass / 2008年
 この世界は無貌の神の掌の上で波打つ水――その一滴に過ぎないのだ。


 タイトルを見た瞬間、二十三の瞳が! 二十三の瞳が! と歌い出した俺は負け組。

 初っ端の取っ付きにくさと言うか、有体に言えば下手糞な導入が致命傷ではあるのだけれど、そこさえ乗り越えれば面白い。
 こと、内容がアルビジョア十字軍をモチーフにしている辺り目の付けどころは悪くないのかもしれない。マイナーだけどな、アルビジョア十字軍。

 作画は問題なし。『3days』みたいな下手糞な絵もなかった。
 音楽も良し。主題歌は格好良いですね。Aメロのギターは死ぬほど下手だけど。
 システムも問題なし。クロスビジョンは面白かったな。今後も使って欲しいもんです。


 以下、個別とざっくり知識垂れ流しを。

・皐月駆
 名前を見た瞬間、アグネスタキオン? と思ったのは秘密。
 劫の瞳の持ち主。完全な巻き込まれ型主人公。まあ、ある種被害者っちゃ被害者。
 中二病患者だし、ヘテロクロミアだし、何この糞餓鬼? って感じでした、最初はね。
 後半は前向きに成長もするのだけれど、やっぱなんだかんだでお子様。
 ま、こういう話にはこの手の成長する主人公が不可欠なんだろうなぁ。

・水奈瀬ゆか:嫉妬
 バリバリの依存系。はっきり言って、要らない子。心底気持ち悪い。
 Lassのライターってこの手のヒロイン好きだよね。『3days』のたまきもそうだったし。
 個人的に、こういう守られるしか能のない、古典的なヒロインはどうも好きじゃない。好きじゃないというか、嫌いだ。
 やっぱり、男女同権のこの世の中、共に戦ってくれる人が良い。背中を預けられる戦友というかね。
 最終的には能力に目覚めはするものの、実際はチートだったりするあたりなんとも。

・草壁美鈴:傲慢
 えーっと、月瀬小夜音?
 作品自体のモチーフと言い、『アリスマチック』に似過ぎてると思うのだけれど。
 『3days』の草壁遼一や草壁操と同じ草壁一族出身。
 己の能力を過信してる辺りは傲慢そのもの。ま、それがツンデレに繋がるわけだけど。

・橘菊理:強欲
 強欲であってるのかな。
 結局のところ、彼女こそがキーキャラクター。他はモブと言い切っても間違いではない。

・広原雪子:憤怒
 『3days』の広原月子の従姉妹。そう言えば『Festa!!』にも広原翔がいたなぁ。彼も従兄弟。Lass作品お約束一族ですな。
 出身国は、七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家が混在する国・ドラスベニア連邦。あくまで一人の英雄によるカリスマによって統合されていた国で、東欧に置ける民族紛争地帯。
 そのまんまユーゴスラビアですな。七つの国境云々は旧ユーゴスラビア連邦と全く同じ。カリスマ性を持った英雄はティトーだろう。ヴェラート(ヴラド3世ドラクレアがモデル)からてっきりルーマニアがモデルかと思っていたのだけれど。
 重い設定だけに生かしきれなかったのが残念。

・田島賢久:暴食
 物を燃やすだけにカロリー消費量が多いってか?
 そういや一瞬だけ出て来た妹は結局どうなったんだろう。
 伏線回収漏れも良いとこだな。

・百野栞:怠惰
 エロスとロリ担当であって、それ以上の物ではない。
 つうか、いきなり出て来て私が実はキーでした! ってのもなんだかなぁ。

・リゼット:色欲
 1209年、南仏カルカソナ、ベゼルス、トロサ、アルノー・アマルリック、救慰礼(コンソラメントゥム)、完徳者(パルフェクティ)、偽神(デミウルゴス)。
 これらの単語から導き出されるものは一つ。アルビジョア十字軍だ。
 1209年は前期アルビジョア十字軍の開始年。カルカッソンヌの陥落はこの年で、それに先立って有名なベジエの虐殺も行われている。
 カルカソナはカルカッソンヌ、ベゼルスはベジエ、トロサはトゥールーズ。いずれも11世紀当時オクシタニアの中心都市だった。当然、カタリ派に“汚染”されている中心部でもある。
 アルノー・アマルリックはシモン・ド・モンフォール(イギリスでマグナカルタを成立させたシモンと同名の父)と共にアルビジョア十字軍を指導した教皇特使。
 コンソラメントゥムはカタリ派でいうところの洗礼(主に終末洗礼として用いられた)で、完徳者は所謂聖職者。デミウルゴスは世界の創造者。
 ちなみに、「すべてを殺せ。神は神の者を知りたまう」とは、アルノー・アマルリックがベジエの虐殺の際に言ったとされる言葉。
 カタリ派では世界は悪なる存在によって創造されたとされており、汚れた世界との関係を断ち切って禁欲生活を送ることで、非物質世界である天国へ行くことが出来ると信じられていた。
 なんでこんなにスラスラと書けるかと言えば、答えは簡単で僕の卒論テーマがアルビジョア十字軍だったからである。
 カタリ派の教義では、デミウルゴスが創造した世界から解放されるにはコンソラメントゥムを授けられた後の死を持ってのみのはずなのだけれど、この人は人としての業が勝ってしまったんだなぁ。
 まあ、ベジエの虐殺では1万人の市民がほぼ全員殺されたとされているし、モンセギュール陥落の際にも篭城していた信徒はほぼ全員が死んでいる。無論、生き残った者も異端審問によって多くが命を落した。
 いくら死を持って悪神の世界から解放されると言う教義であっても、世界を呪った者がいてもおかしくはない。まして、悪神の創造した世界を破壊してこそ真なる神の創造を得ることが出来ると考えるのは自然と言えば自然ではある。
 アルビジョア十字軍に限らず、ヴェンド十字軍、東方十字軍、レコンキスタ、全てに共通することではあるが、ローマ教皇庁を中心とするキリスト教の汚点がここにはある(アルビジョア十字軍は特にずば抜けていることも事実)。
 ちなみに、ベジエの虐殺で殺された市民のうち、カタリは僅か500人に過ぎなかったそうです。残りの9,500人は、“己の物を知りたもう”神の御使いによって殺された、完全なる被害者でした。宗教の狂気、ここに極れりと言ったところでしょうか。

・イラ:聖セバスティアヌス
 ディオクレティアヌス帝治世のローマで殉教したキリスト教の聖者。元々はディオクレティアヌス帝の親衛隊長だったせいか、戦士の守護聖人でもある。また同性愛者の守護聖人でもあったりする。
 矢で射られながらも恍惚とした表情を浮かべる、あの絵で有名。
 と言うか、三島由紀夫先生が彼の殉教図を見てエレクトしたことで有名。詳しくは『仮面の告白』参照のこと。あれを読んで以来、セバスティアヌス殉教図を見るたびいたたまれなくなる。

・スペルビア:草壁操
 なんでここに日本人が?

・アワリティア:聖ゲオルギウス
 セントジョージ。龍退治で有名な聖者。
 伝説では、ディオクレティアヌス帝によって殉教したことになっているのだけれど、龍を退治するほどの人間にしては脆くないかね?

・インウィディア:聖イレーネ
 聖セバスティアヌスを介抱したことで有名な聖女。
 と、言うかセバスティアヌスとセット以外では殆ど出て来ない。
 そういえば未亡人だったよな、この人。夫も殉教した聖者じゃなかったかな。

・アケディア:聖ベネディクトゥス
 ヌルシアのベネディクトゥス。ベネディクト修道会の創始者。
 妹がスコラティカというのは、聖スコラティカのことだろうなぁ、多分。伝説では双子の妹になっている聖女です。
 ベネディクト修道会と言えば、クレルヴォーのベルナール(第二回十字軍を勧請)を輩出したシトー会、教皇を輩出したクリュニー修道会が派生したことで有名。
 シトー会からはアルビジョア十字軍の教皇特使であるアルノー・アルマリックも出ている。と、言うか初期アルビジョア十字軍はシトー会に主導されたと言っても間違いではない。
 また、対立概念としてドミニコ会やフランチェスコ会も生み出してはいる。
 ドミニコ会と言えばマグヌスとトマス・アクィナスの師弟を出したことで有名な修道会であり、神学に厳格であった為異端審問官も数多く出ている。
 ちなみにマグヌスは錬金術師としても有名。これはライトノベル基礎知識なので覚えておくように。
 どうでもいいけど、他の聖者と違ってこの人は殉教してませんよね。勘違いかと思って思わず自分の卒論読んじゃったよ。

・グラ:サムソン
 メイショウサムソン

●その他、豆知識。
・ヨハンナ
 女教皇ヨハンナでしょう。
 伝説上の存在ではあるけれど、ローマ教皇として唯一女性であったとされる人物。
 言うまでもなく、実在の証拠はないのだけれど、著名人ではある。彼女もライトノベル基礎知識。

・ウルスラ
 一万と一千人の処女たる侍女を連れて欧州を巡礼して回った聖女。
 言うまでもなく、実在の可能性は限りなく低い。というか、聖女認定を外されていたような気も。
 ちなみに、一万と一千人の処女たる侍女と言うのは実は誤訳で、元々の伝承では十一人の処女たる侍女だったんだとか。はい、タイトルと繋がった。

・ツィベリアダ
 マスターは黒田隆弘。その奥さんは黒田奈々子。
 黒田孝弘は『Festa!!!』の主人公で、千神奈々子は『3days』にも出て来た『Festa!!』のメインヒロイン。
 名前の微妙な違いや年齢の不具合(孝弘と奈々子は同級生で、広原月子の一学年上)は全て並行世界で解説出来るはず。というか、このブランドはそれで全て解釈するはず。


 んじゃ、総括行きましょうか。
 私にとっては、バリバリの専門分野。キリスト教史と言うだけではなく、アルビジョア十字軍とカタリ派ってとこまで絞られるとは思わなかった。完全にピンポイントですよ。
 そう言う意味では非常に面白かった。

 が、一歩引いて見るとどうかな。
 まあ、確かに面白いのは面白い。良く話も練ってある。
 けど、竜頭蛇尾は相変わらず。ここまで話を広げといて、最後は全て奇跡で片付けちゃダメでしょう。
 あとは、並行世界に頼りすぎかなぁ。
 矛盾点を全て並行世界での出来事として処理してしまうと、最後の最後に大きな矛盾が残ってしまうのは目に見えてることだと思うのだけれど。

 結論から行けば、完全に人を選ぶ物ですな。
 なんせ一歩選択肢を間違えれば即死だもの。