先日来、ホームページ掲載の写真への同意書を依頼しているが、本校Webのメインページの「ボランティア活動のページ」に掲載する写真には大変心を配っている。というのも、生徒たちがボランティア活動を行ってきた所には、社会福祉施設もあるからである。先日は、老人ホーム「長浜荘」へ出かけ、写真に写っている方から同意を得ることができた。職員の方も大変好意的であった。
また、今日は、草津の老人社会福祉施設「やわらぎ苑」まで出向き、お願いをしてきた。みなさん、子どもたちの素晴らしい活動の紹介ということで、快く承諾してくださった。ありがたいことである。
たまたま、苑を経営しておられる理事長さんにもお会いでき、親しく社会問題や教育問題についてお話を伺うことができ、望外の機を得られた。また、苑の担当職員の方ともインターネットのお話をすることができ、ハンディキャップを持った方の利用について意見を交換することもできた。今回の取り組みを通して、インターネットの中だけでなく、私自身の世界が大きく広がりつつある。まさに、インターネットとは、PCという機械を通しての人と人との結びつき、人間同士のネットワークの構築であることを痛感する。
先週の職員会議で、ホームペ−ジの分担をお願いするはずであったが、学校を休んでしまったため提案できず、ちょっと一休みの形になってしまった。 また、写真掲載を依頼した生徒のうち、3名から承諾が得られなかった。このため、新たに写真の差し替えが必要となった。こうしたことから、ホームページの公開が遅れることとなった。
しかし、先般、保護者宛に配布した文書に、1学期末の保護者会で紹介すると記載したため、その準備を進めなければならない。
3年生は、4日間にわたる3者懇談会のため、控え室に印刷したものを掲示することにし、1・2年生は、学年全体会の後、学級懇談会に入るところで、校内放送でVTRを放映することにした。このための機材であるテレビコンバーターは、先般購入したばかりである。ただ、解像度が 800×600dpi なのが残念である。
土曜日の午後を使って、マルチメディア研究委員会のメンバー3名で、コンピューター室の改造を行った。今まで、教師用のPCの画面は、生徒用のPCに直接映せた。しかし、それだと生徒の活動を中断させることになった。今回、テレビコンバーターを使って、教師用PCの画面をテレビに映せるようにした。これだと、生徒は、テレビのデモンストレーションを見ながら、自身の使っているPCの操作ができる。
設置当時この設備を導入するのに100万円近くかかるということで、当時の担当職員が諦めたという経緯がある。今回、画像が多少見にくいものの、5万円以下でこのシステムを導入できた。まだ、多少の投資は必要だが、とりあえずの形は整えることができた。
しかし、3人寄れば、常に口から出るのは、「予算があれば……」である。アメリカは、21世紀に向けて国家予算を組み、学校現場のコンピューターとりわけインターネットを活用した教育を進めている。ところが、日本は、政府の方針はあっても、財源が地方交付税で、各自治体任せになっている。このため、「隣の町の学校では……なのに、うちは……」といったことが起こっている。
21世紀の国際社会は、どうなっていくのか。先般、英語科のM先生と話をしていたら、昨今、話す力よりも読み書きする力が重要視されだしたという。それは、相手と直接会って話をする機会よりも、インターネットを使って海外とのメールの交換をする必要性が高まると予想されるからだという。なるほどと得心した次第である。
日曜日にもかかわらず、今日は、コンピューター室からインターネットができるように、PCを設置した。先般、電話線だけは引いていただいたのだが、肝心のPCが1台ソフトのトラブルのため不調で、この仕事が遅れていた。昨夜、何とか修理ができ、ようやく今日の日になった。
これで、後少しの機材さえあれば、インターネットの画面を子どもたちの手ものとテレビに映すことができる所まで来た。
本日、ようやく(?)、教頭先生からありがたい言葉をかけていただいた。「廣部先生、今日、インターネット、申し込むから。」と、お伺いすると、教頭先生が今日まで躊躇されていた原因は、電話料金のことであったようである。昨年度も、本校の電話の予算が赤字だったと、市教委から苦言があったようで、このため、先生は、インターネットでこの赤字が本年度も続くことを懸念されていたようである。またもや、お金である。NTTが、24時間テレホーダイをしてくれないものかとつくづく思う。日本の将来にとって、このことが大きなブレーキにならないことを祈るのみである。
それにしても、これでようやく、今までお世話になってきた方々に、本校の取り組みを見ていただけ、また、助言をいただけると思うと、大変ありがたい。2学期から、子どもたちに少しでもこれらの成果を返して行けたらと思う。
この夏休みの校内研究も楽しみになってきた。
先週だったか、教頭先生から、「長浜市小・中学校教育研究発表大会」で、本校のマルチメディア研究委員会の取り組みを発表できないか、とのお話があった。私は、市内のみなさんの参考にしていただけ、お役に立つならと二つ返事でお受けすることにした。
「はじめの一歩 マルチメディア教育利用」というのがテーマであるが、この半年余りのことをお話しすればよいのではないかと考えている。とりわけ、校内規約作成が、インターネット活用の事例そのものであったことをお話しすれば、その有用性を理解していただけるものと思う。
しかし、その発表時間がわずか20分という。数百時間かけてやって来たことを20分でまとめることの困難性も感じる。また、資料は、B4用紙1〜2枚程度という。「私のこのWebページをご覧ください。」で終わりかな、とも思う。時間はたっぷりあるので、ゆっくり考えたい。
幸いなことに、いつもお世話になっている三重大学教育学部附属中学校の長谷川先生のレポートが、「NEW 教育とコンピューター 1997年8月号」に載っている。またもやであるが、参考にさせていただこう。
北中美術館の作品を本校のホームページで紹介する企画を立てていたが、その写真をどうするのか、美術科のO先生と二人で悩んでいた。そこへ、先週、たまたま卒業アルバム写真の撮影に本校を訪れていた長浜スタジオのカメラマン 桜井廣治さんに、相談を持ちかけたところ、気軽に実費で撮影しましょうと応じてくださった。
今日は、週休の土曜日ということで、学校は休みなので、撮影に来てくださった。朝9時から撮影を始められたが、これが大変な仕事になってしまった。作品には、ガラスや透明プラスチックなどの覆いがあり、それが反射して作品がうまく撮影できない。そこで、彼と私と二人で、一枚ずつ作品を壁から外し、そのガラス等を抜いて、また掛け直し、ようやくそれで撮影し、また原状に復するという作業を延々と午後4時まで続けることになった。無論、昼食抜きである。少しでもよい条件で撮影しようとするプロカメラマンの仕事ぶりを、間近に拝見することができた。頭が下がる思いであった。
彼の仕事をホームページに生かし切れるか、私の責任も重大である。
明後日の職員会議で、職員全員にホームページを紹介することになった。本来のねらいは、保護者会での紹介であったが、職員が知らないでは済まされないとの指導をいただき、10分程度の時間をいただけることになった。
いろいろと思案したが、直接見ていただけるPCの台数が限られてるため、先般購入していただいたビデオコンバーターを利用して、VTRを作成することにした。そして、そのVTRをそのまま保護者会で流すことにした。そのナレーションは私がするよりも、生徒が紹介する体裁をとった方がよかろうと考えた。しかし、残念ながら、学校の設備がまだ間に合わない。最後の手段として、我が子の力を借りることにした。実のところ、長女は、本校の生徒であるため、まあ、多少抵抗はあるものの、大きな問題はない、つまり、ごまかしはないと判断した。彼女の抵抗を取り払うために、アルバイトをしないかと持ちかけ、承諾させた。BGMなどにも気を配りつつ、何度もやり直しを繰り返すことになり、娘は眠い目をこすりながらではあったが、どうにか録画を終えた。
本日の職員会議で、職員にVTRでホームページを公開した。反応は???であった。すでに多くの方が、パソコンで見ていてくださっていたので、今更という感じであったためかと思う。あるいは、初めて見ていただいた方も、他校のホームページをご存じないため、こんなものかと思われたのかも知れない。知る人ぞ知るである。
会議後、コンピューター室のテレビ回線の分配器の取り付けと、ニューマシンへのアクセラレーターボードの取り付けを行った。これでようやく、コンピューター室でも、インターネットをかなりの条件で見ることができるようになった。しかし、あくまでも「見る」段階である。
職員室へ帰って休憩をしていると、教頭先生が、午後の便でプロバイダからの連絡が来たとおっしゃった。早速、拝見すると、アカウント等の返信である。7月10日付で登録したとのこと。早速、ホームページの公開の日を相談申し上げる。吉日がよいとのことで、教頭先生は、暦をめくられた。16日(水)が、日が良いとのこと。明日、校長先生に相談するとのお返事であった。
その後、職員室からアカウント&パスワードを打ち込み、つないでみる。感無量である。とうとうこの日を迎えることができた。感激を自分の胸にそっとしまい込んだ。まだ、公開までにしなければならないことがある。ページ内の mailto の修正などである。
放課後というには、もう遅すぎる時刻、夜の8時過ぎである。明日に配布予定のホームページ公開の保護者向け案内の文書を700部余り印刷し終わった私に、教頭先生が、「明日からだから、かまへん。今夜公開の準備を全てしておこう。」とおっしゃってくださった。つまり、アップロードをせよとおっしゃってくださったのである。
ありがたい。このときをどれほど待っていたか。早速、手はずを整える。しかし、アナログ回線である。しかも、2.7メガバイトほどの容量になっているページは、30分前後かかって、ビワローブのサーバーに転送された。
確認のために、アクセスしてみる。ナカネット提供のアクセスカウンターが「0」から「1」に変わる。とうとうやりました。
学校の新しい歴史の1ページに関われたことを、心より感謝するのみである。沿革史には私の名など残りはしないが、母校に一つ恩返しができたことは、私の個人史において意義あることである。
帰宅後、ホームページ作成に当たってお世話になった各方面の方々にお礼かたがたご連絡申し上げた。
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