[最終更新日:2000/02/28]
国語科 第3学年 古典(発展学習)


共同企画 「芭蕉ネット」


三重県松阪市立中部中学校 3年1組のみなさんが、私たちが制作したWeb Pageを見て、感想を送ってくださいました。


<3年5組10班のみなさんへ>
  • 芭蕉の事をすごくいっぱい調べてあって、すごいと思った。特に芭蕉の年表は、わかりやすくていい。芭蕉が生まれたのは、私としては上野市だと思う。(簡単だけど)すごく何泊とまったとか、何月何日とか、すごく細かくて、ぱっと見てもわかるから、すごくいいまとめ方だと思う。

  • 私は10班のみなさんのところを見て、驚いたことがあった。生誕地について2つの説があるということを私は初めて知った。教科書にも、私が調べた本にも「生まれは伊賀の国・上野(今の三重県上野市)」としか書いてなかったから、上野だとばかり思っていた。芭蕉の年表についても、表にまとめてあって、読みやすいし、とても詳しいと思った。全然知らないことばかりだったので、とても勉強になりました。

  • 芭蕉の旅の内容がすごく細かく書いてあると思います。「お・ま・け」で、芭蕉が二日酔いになったのかな?!と書いてあるのを見て、すごくおもしろかったです。それと僕は芭蕉のことを、すごくまじめでかたい人だと思っていたけど、これを見て、やっぱり芭蕉も普通のおじさんだなぁと思った。

  • 芭蕉の生まれた場所は伊賀と思っていたが、赤坂町という説もあるということは知らなかった。でも、三重県の人で世界的に有名な人であるのは、三重県の人にとってはとてもうれしい。

  • 芭蕉の動きが年表にしてあって、わかりやすかったです。今までの芭蕉のことはいろいろ調べてきたけど、弟子の曾良は、本名も曾良だと思っていたので、曾良の紹介のところを見て、びっくりしました。私は生誕の地はてっきり上野市だと思っていたのに、本当のところは伊賀町なのかよくわからないということを知りました。永眠の地は義仲公の御墓所にしてほしいと芭蕉が言ったと書いてありますが、どうして義仲寺にこだわったのかが疑問です。

  • 芭蕉の俳句の特徴がよくわかりました。人間存在の小ささが浮き彫りになり、自然の力の偉大さが意識されるなど、芭蕉の俳句を思い出すとそうだなぁと納得できました。芭蕉は情景を表す俳句を基を作って、すごく有名になったのは知っていたけど、世界の詩人だと知って、改めて芭蕉のすごさがわかりました。芭蕉は俳句の天才だったんだなぁと感心しました。そんな芭蕉が伊賀上野で生まれたと知って、何だかうれしいです。

  • 松尾芭蕉は、本当にすごい人だったんだということがわかる。芭蕉が亡くなったときに、300人もの人が会葬に集まったというからです。その時は連絡もそんなに早くはなかっただろう。それなのにいろんな人が大勢集まってきてくれるということは、本当にすごいことだなと私は思う。

  • 曾良は「おくのほそ道」の旅をするときに名前を「そうご」と変えたそうですね。でも、どうして「おくのほそ道」では本名でもない「曾良」という名前が使われていたんでしょうか?普通に考えたら、「そうご」という名前で書かれているはずだと思うんですけど。

  • 生誕の地の兄弟のことを調べたのはすごいと思います。自分は兄が1人ということしか知りませんでした。あと、芭蕉年表(晩年編)のところで、月日まで詳しく調べられていて、とても感心し、興味を引きました。全体としても、とても詳しく調べられており、とても興味を引きました。

  • 河合曾良の本名が岩波庄右衛門正字だということを、初めて知りました。あと、62歳でなくなったことも知らなかったです。勉強になりました。後もたくさんの知らないことが書いてあって、とてもいい勉強になりました。

  • おまけの文にとても興味を持ちました。酒の話については初めて聞きました。いつの時代からお酒ができたのか知りませんが、芭蕉も飲んでたんだなぁと思いました。次の日の日記が書けなくなるほど飲んだとは驚きです。34歳の芭蕉の収入源が水道工事の書記や俳句の指導料で、旅の費用に足りたのかわかりませんが、どんな仕事をしていたのか知ることができて良かったです。

  • 生まれたところが2つあるという説を調べてすごいと思うし、もっと調べるんだったら、本当の生まれたところが知りたい。6人兄弟とか、家族についてよくわかった。

  • 幼名が金作とは知りませんでした。私が調べた時は、「松尾芭蕉」という名前を名乗る前は「桃青」という名前だったということだけでした。こういうことは、どこで調べてくるのですか?私は国語の便覧やワークや家にたまたまあった本だけでした。でも、長浜北中のひとはインターネットにかけるほど、たくさん調べてあるからとても感心しました。その他、生誕の地という記事に興味がありました。私も調べている時に思ったのですが、芭蕉は謎だらけです。

  • 芭蕉が義仲寺にお墓を建てるように遺言したのは、景色がきれいだからと本で読みました。読んだときは勝手やなぁと思ったけど、自分が気に入った場所にずっといることは、すばらしいことだと思いはじめた。何もせず、ただ、過ぎて死ぬということは、すごくさびしい。芭蕉のように、誇れるものと死んだことは、決してさびしくはないと思う。私もそんな人生を送りたいと思った。今からでも私の好きなことが見つかるかもしれない、がんばろうと思うようになった。

  • すごく詳しくてびっくりしました。私も本でいろいろ調べたけど、知らないことがいっぱい載っていました。本に芭蕉の俳句とかについて書いてあったけど、難しい言葉で書いてあったので、さっぱりわかりませんでした。でも、このWeb Pageの記事は、それよりもわかりやすく書いてあったので、よくわかりました。「お・ま・け」のページで元禄4年4月23日のエピソードが載っているけど、「嵯峨日記」というのを読んだのですか?翌日の記録がないと書いてあるし・・・。すごいなと思いました。
<お返事です>

松阪中部中学校の南先生はじめ3年1組のみなさまへ

長浜市立北中学校3年5組10班(市橋、藤井、堀居)です。

私たちのホームページを見てくださって有り難うございました。
そして、たくさんの感想嬉しかったです。
すごく細かいところまで見てくださって、ビックリしました。

また、みなさんもこの機会に芭蕉について調べられたんですね。
私たちも、この学習を通して、今まであまり興味のなかった芭蕉について詳しく知ることができ、日本の文化について深く触れることができました。
そして、松尾芭蕉という一人の詩人の生き方を改めてすごいと思いました。

本当に有り難うございました。





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Last Update 2000/02/28.
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