共同企画 「芭蕉ネット」

『芭蕉と最上川』


長浜北中 3年6組 5班
メンバー小倉 高橋 林 鈴木
共通課題芭蕉は最上川を何の為に訪れたのか


【最上川について】
日本三急流のうちのひとつ、最上川。
山形県内をながれる河川の大半が、この最上川に流れ注いでます。ですから水量が多いわけです。
高屋付近にのぞむ最上川。急崖が両岸に迫り、その谷間を埋め尽くすかのように満々と水をたたえています。かつては物資を積んだ舟がひっきりなしに行き交っていたことでしょう。

芭蕉がこの付近を旅したのは、現在の暦で7月中旬、梅雨も末期。あまりにも有名な句です。


<句意>
(山野に降り注いだ)五月雨をあつめて(漫々と水をみなぎらせ)すさまじい勢いで流れて行く最上川であることよ。(三省堂・新明解シリーズ「奥の細道」(桑原博史監修)より)


【最上川付近の写真】

芭蕉が乗船した本合海の風景

銅像

芭蕉句碑「五月雨をあつめて早し最上川」

上陸場所の清川区堤防の向こうが実際の上陸場所

水品先生が北中学校に送ってくださった写真です。


【最上川と白糸の滝】
最上川は歌枕として著名で、古今集に「最上川のぼればくだる稲舟のいなにはあらずこの月ばかり」、千載集に「最上川水かさまさりて五月雨のしばしばかりもはれぬ空かな」が見えます。芭蕉の「五月雨を集めて早し最上川」の句は、大石田一栄亭での「五月雨を集めてすずし最上川」の句形で、五月雨で増水している急流を本合海から清水まで川船で下って「あやう」い体験をし改作しました。                               
水品先生が北中学校に送ってくださった写真です。


【芭蕉が最上川にいた時間】
 奥の細道はかなり記述が省略された紀行文で,詳細にわからない上,同行の曽良(そら)の旅日記の内容と異なる部分があったりして,明確な事実として特定できない箇所が多いようです。(本文自体,創作と考えている人も多いようです)
ただ旧暦の6月1日・2日には新庄におり,6月3日には出羽三山に登山していたらしいので,ほんの1日くらいであったことが推察されています。
   
水品先生が北中学校に送ってくださった写真です。


【最上川について調べてみて思ったこと】
今回最上川と芭蕉について調べてみて、いろいろなことがわかってとても良かったし楽しかった。
じつは芭蕉は、最上川に訪ねて一日しかいなかったらしいのでとてもショックでした。「五月雨を集めて早し最上川」の句は「五月雨を集めてすずし最上川」の句を改作した句だと初めて知りました。「すずし」を「早し」に変えるだけでス−ッとした感じから、力強くなったような感じに変わってびっくりした。
芭蕉は最上川付近で句を作り最上川を下ったのでしょう。本当は芭蕉が最上川船下りをして川に落ちたのか を知りたかったのだが、こういうことは書いてなかった。もしもこのページを見て芭蕉が船から落ちたのかどうか知っている人は教えて欲しいと思います。
芭蕉は僕達に、いろいろな俳句などたくさんの物を残してくれました。僕も芭蕉みたいに何かを残して死ねたらいいなあと思います。そのためには、たくさんの経験が必要です。これから長い人生の中で経験を重ね頑張っていきたいです。


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Last modified 2000/02/02.