共同企画 「芭蕉ネット」



長浜北中 3年5組 9班
メンバー中原,柴田
共通課題長浜の句碑について



◆芭蕉を慕って……句碑シリーズ◆

良疇寺にある句碑   (長浜市下坂浜町 良疇寺境内)

    「四方より 花咲き入れて 鳰の海」
<句意>
「おりから比叡(ひえ)・長良(ながら)・石山・鏡山と琵琶湖のまわりの山々には、がいまをさかりと咲き、それが鳰の海、つまり琵琶湖の湖水に散りこんでくるのです。」(「俳句物語」 小高敏郎著 岩崎書店)といいます。滋賀県は、周りを山に囲まれた盆地です。そのお盆の底が琵琶湖です。川は、瀬田川をのぞいて全て琵琶湖に注いでいます。近江の野にある全てのものは、最後に琵琶湖に集まってくるのでしょうか。「咲入れて」という言葉が、とっても不思議な感じがします。

<何故ここに句碑があるのか?>
 芭蕉の弟子の3代目が、「ここの良疇寺に、ふさわしい句碑はあるだろか?」といったから、良疇寺の句会の会場で考えて「この句碑が、一番あっている」ということで、この句碑が建ったのだと思う。



干瓢(かんぴょう)の中の芭蕉
 (干瓢っておいしい?)

お寺で、おまけに見せていただきました。
寒山拾得の図(お寺の宝物だそうです!!)



長浜八幡宮の句碑(長浜市神前町 八幡神社境内)
    「をりをりに伊吹を見てや冬篭」

<文字の部分が黒いわけ>
前に、この文字の部分に墨を塗って「拓本」を、採ろうと思い失敗されたため、黒くなってしまったそうです。

<句碑の場所>
この碑の後背には、伊吹山がありますが、今は、周りの建物のせいで、実際は見ることはできません。この句碑が建った当時は、見えたのでしょうね。一度、周りの建物を壊して、ここから伊吹山を見てみたいものです。


市民会館の句碑(長浜市宮司町 市民会館前庭)
    「蓬莱にきかばや伊勢の初たより」
<句碑の由来>
この石は、湖西の小松の石で和船に乗せて、はるばるとこの長浜へ届けられたといいます。
また、この句碑は、明治天皇が長浜に来られたときのおもてなしに、慶雲館に建てられたといいます。当時の長浜の富豪の柴田九峰と浅見又蔵が協力して建立の実現に努力したそうです。

<句の大意>
伊勢というのは、伊勢神宮のことでしょう。五十鈴川のほとりにある内宮は、正式には皇大神宮といい、皇室の御祖神であり日本国民の祖先神である天照大御神がお祀りされています。
「 蓬莱は正月の飾りもの。その蓬莱にそっと耳を寄せてみると、伊勢神宮の清浄な空気が伝わってくるようで、これが伊勢からの初たよりだ。」 (伊藤 洋)とありますが、芭蕉の出身地が三重県というところからみて、芭蕉は故郷が 恋しくなってこの句を作ったのでしょうか。



今町にある句碑(長浜市 今町)
    「夕がほや秋はいろいろの瓢(ふくべ)かな」
<場所>
 以前は今町の八幡神社のそばにあったそうですが、昭和六十三年頃、バイパスの完成とともに、この清水のよく見える土地に移されたそうです。
 周りは、一面田んぼばかりでした。
(私の家から、今町はとっ−−−−ても、遠いです。)
 また、今町には、芭蕉にかかわる宝物も保存されているそうです。一度見せていただきたいな〜。

今町にある句碑の説明
(写真を撮るのを失敗した・・。)



<参考図書など>



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Last modified 2000/02/03.