おくのほそ道(都県別リンク集)



<宮城県>


笠島

鐙摺白石の城を過、笠嶋の郡に入れば、藤中将実方の塚はいづくのほどならんと人にとへば、是より遥右に見ゆる山際の里をみのわ笠嶋と云。道祖神の社、かた見の薄今にありと教ゆ。此比の五月雨に道いとあしく、身つかれ侍れば、よそながら眺やりて過るに、蓑輪笠嶋も五月雨の折にふれたりと、
    笠嶋はいづこさ月のぬかり道
岩沼に宿る。

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武隈

武隈の松にこそめ覚る心地はすれ。根は土際より二木にわかれて、昔の姿うしなはずとしらる。先能因法師思ひ出、往昔むつのかみにて下りし人、此木を伐て、名取川の橋杭にせられたる事などあればにや。松は此たび跡もなしとは詠たり。代〃あるは伐、あるひは植継などせしと聞に、今将千歳のかたちとゝのほひて、めでたき松のけしきになん侍し。

武隈の松みせ申せ遅桜と挙白と云ものゝ餞別したりければ、
    桜より松は二木を三月越シ

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宮城野

名取川を渡て仙台に入。あやめふく日也。旅宿をもとめて四五日逗留す。爰に画工加衛門と云ものあり。聊心ある者と聞て知る人になる。この者年比さだかならぬ名ところを考置侍ればとて、一日案内す。宮城野の萩茂りあひて、秋の景色思ひやらるゝ。玉田よこ野つゝじが岡はあせび咲ころ也。日影ももらぬ松の林に入て爰を木の下と云とぞ。昔もかく露ふかければこそ、みさぶらひみかさとはよみたれ。薬師堂天神の御社など拝て、其日はくれぬ。猶、松嶋塩がまの所〃画に書て送る。且、紺の染緒つけたる草鞋二足餞す。さればこそ風流のしれもの、爰に至りて其実を顕す。
    あやめ艸足に結ん草鞋の緒

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壺の碑

かの画図にまかせてたどり行ば、おくの細道の山際に十符の菅有。今も年〃十符の菅菰を調て国守に献ずと云り。
    壷碑市川村多賀城に有
つぼの石ぶみは高サ六尺餘横三尺計歟。苔を穿て文字幽也。四維国界之数里をしるす。此城、神亀元年、按察使鎮守府将軍大野朝臣東人之所置也。天平宝字六年、参議東海東山節度使、同将軍恵美朝臣獲修造而十二月朔日と有。聖武皇帝の御時に当れり。むかしよりよみ置る哥枕、おほく語傳ふといへども、山崩川落て、跡あらたまり、石は埋て土にかくれ、木は老て若木にかはれば、時移り代変じて、其跡たしかならぬ事のみを、爰に至りて疑なき千歳の記念、今眼前に古人の心を閲す。行脚の一徳、存命の悦び、羈旅の労をわすれて泪も落るばかり也。

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末の松山

それより野田の玉川沖の石を尋ぬ。末の松山は寺を造りて末松山といふ。松のあひあひ皆墓はらにて、はねをかはし枝をつらぬる契の末も終はかくのごときと悲しさも増りて、塩がまの浦に入相のかねを聞。五月雨の空聊はれて、夕月夜幽に、籬が嶋もほど近し。蜑の小舟こぎつれて、肴わかつ声声に、つなでかなしもとよみけん心もしられて、いとゞ哀也。其夜、目盲法師の琵琶をならして奥上るりと云ものをかたる。平家にもあらず、舞にもあらず。ひなびたる調子うち上て、枕ちかうかしましけれど、さすがに辺土の遺風忘れざるものから、殊勝に覚らる。

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塩竃

早朝塩がまの明神に詣。国守再興せられて、宮柱ふとしく彩椽きらびやかに石の階、九仭に重り、朝日あけの玉がきをかゞやかす。かゝる道の果塵土の境まで、神霊あらたにましますこそ、吾国の風俗なれどいと貴けれ。神前に古き宝燈有。かねの戸びらの面に文治三年和泉三郎寄進と有。五百年来の俤今目の前にうかびて、そゞろに珍し。渠は勇義忠孝の士也。佳命今に至りて、したはずといふ事なし。誠人能道を勤、義を守べし。名もまた是にしたがふと云り。日既午にちかし。船をかりて松嶋にわたる。其間二里餘、雄嶋の磯につく。


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松島

抑ことふりにたれど、松嶋は扶桑第一の好風にして、凡洞庭西湖を恥ず。東南より海を入て、江の中三里、浙江の湖をたゝふ。嶋嶋の数を尽して、欹ものは天を指、ふすものは波に葡蔔。あるは二重にかさなり三重に畳みて、左にわかれ右につらなる。負るあり抱るあり、児孫愛すがごとし。松の緑こまやかに、枝葉汐風に吹たはめて、屈曲をのづからためたるがごとし。其景色□然として美人の顔を粧ふ。ちはや振神のむかし、大山ずみのなせるわざにや。造化の天工、いづれの人か筆をふるひ詞を尽さむ。
雄嶋が磯は地つゞきて海に出たる嶋也。雲居禅師の別室の跡、坐禅石など有。将松の木陰に世をいとふ人も稀稀見え侍りて、落穂松笠など打けぶりたる草の庵閑に住なし、いかなる人とはしられずながら、先なつかしく立寄ほどに、月海にうつりて昼のながめ又あらたむ。江上に帰りて宿を求れば、窓をひらき二階を作て、風雲の中に旅寝するこそ、あやしきまで妙なる心地はせらるれ。
    松嶋や鶴に身をかれほとゝぎす
    曾良
予は口をとぢて眠らんとしていねられず。旧庵をわかるゝ時、素堂松嶋の詩あり。原安適松がうらしまの和哥を贈らる。袋を解てこよひの友とす。且杉風濁子が発句あり。

十一日、瑞岩寺に詣。当寺三十二世の昔、真壁の平四郎出家して、入唐帰朝の後開山す。其後に雲居禅師の徳化に依て、七堂甍改りて、金壁荘厳光を輝、仏土成就の大伽藍とはなれりける。彼見仏聖の寺はいづくにやとしたはる。

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石の巻

十二日、平和泉と心ざし、あねはの松緒だえの橋など聞傳て、人跡稀に雉兎蒭□の往かふ道、そこともわかず、終に路ふみたがえて石の巻といふ湊に出。こがね花咲とよみて奉たる金花山海上に見わたし、数百の廻船入江につどひ、人家地をあらそひて、竃の煙立つゞけたり。思ひがけず斯る所にも来れる哉と、宿からんとすれど、更に宿かす人なし。漸まどしき小家に一夜をあかして、明れば又しらぬ道まよひ行。袖のわたり尾ぶちの牧まのゝ萱はらなどよそめにみて、遥なる堤を行。心細き長沼にそふて、戸伊摩と云所に一宿して、平泉に到る。其間廿余里ほどゝおぼゆ。

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Last Update 1999/11/09
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