おくのほそ道(都県別リンク集)



<福島県>

白川の関

心許なき日かず重るまゝに、白川の関にかゝりて旅心定りぬ。いかで都へと便求しも断也。中にも此関は三関の一にして、風騒の人心をとゞむ。秋風を耳に残し、紅葉を俤にして、青葉の梢猶あはれ也。卯の花の白妙に茨の花の咲そひて、雪にもこゆる心地ぞする。古人冠を正し、衣装を改し事など、清輔の筆にもとゞめ置れしとぞ。
    卯の花をかざしに関の晴着かな
    曾良

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須賀川

とかくして越行まゝにあぶくま川を渡る。左に会津根高く、右に岩城相馬三春の庄、常陸下野の地をさかひて山つらなる。かげ沼と云所を行に、今日は空曇て物影うつらず。すが川の駅に等窮といふものを尋て、四五日とゞめらる。先白河の関いかにこえつるやと問。長途のくるしみ身心つかれ、且は風景に魂うばゝれ、懐旧に腸を断てはかばかしう思ひめぐらさず。
    風流の初やおくの田植うた
無下にこえんもさすがにと語れば、脇第三とつゞけて、三巻となしぬ。

此宿の傍に、大なる栗の木陰をたのみて、世をいとふ僧有。橡ひろふ太山もかくやと間に覚られてものに書付侍る。其詞、

    栗といふ文字は西の木と書て西方浄土に便ありと、行基菩薩の一生杖にも柱にも此木を用給ふとかや。

    世の人の見付ぬ花や軒の栗

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あさか山

等窮が宅を出て、五里計桧皮の宿を離れてあさか山有。路より近し。此あたり沼多し。かつみ刈比もやゝ近うなれば、いづれの草を花かつみとは云ぞと人〃に尋侍れども、更知人なし。沼を尋、人にとひ、かつみかつみと尋ありきて日は山の端にかゝりぬ。二本松より右にきれて、黒塚の岩屋一見し、福崎に宿る。

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しのぶの里

あくれば、しのぶもぢ摺の石を尋て忍ぶのさとに行。遥山陰の小里に石半土に埋てあり。里の童部の来りて教ける。昔は此山の上に侍しを往来の人の麦草をあらして此石を試侍をにくみて此谷につき落せば、石の面下ざまにふしたりと云。さもあるべき事にや。
    早苗とる手もとや昔しのぶ摺

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佐藤庄司が旧跡

月の輪のわたしを越て、瀬の上と云宿に出づ。佐藤庄司が旧跡は左の山際一里半計に有。飯塚の里鯖野と聞て尋尋行に、丸山と云に尋あたる。是庄司の旧館なり。梺に大手の跡など人の教ゆるにまかせて泪を落し、又かたはらの古寺に一家の石碑を残す。中にも二人の嫁がしるし先哀也。女なれどもかひがひしき名の世に聞えつる物かなと袂をぬらしぬ。堕涙の石碑も遠きにあらず。寺に入て茶を乞へば、爰に義経の太刀弁慶が笈をとゞめて什物とす。
    笈も太刀も五月にかざれ帋幟
五月朔日の事也。

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飯塚

其夜飯塚にとまる。温泉あれば湯に入て宿をかるに、土坐に筵を敷てあやしき貧家也。灯もなければゐろりの火かげに寝所をまうけて臥す。夜に入て雷鳴、雨しきりに降て、臥る上よりもり、蚤蚊にせゝられて眠らず。持病さへおこりて消入計になん。短夜の空もやうやうやう明れば、又旅立ぬ。猶夜の余波心すゝまず、馬かりて桑折の駅に出る。遥なる行末をかゝえて、斯る病覚束なしといへど、羈旅辺土の行脚、捨身無常の観念、道路にしなん、是天の命なりと気力聊とり直し路縦横に踏で伊達の大木戸をこす。

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Last Update 1999/11/09
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