2002.1.5

安全センター情報


2001年4月号




韓国におけるアスベスト問題―歴史と現状


パク・ドンミョン(白道明)
ソウル大学保健大学院副教授


● アスベスト産業の歴史

韓国においてアスベストは、1930年代以降、日本の支配のもとで採掘されてきた。当時アスベストは主に造船業で使用されており、日本海軍が主要な消費者であった。1945年まで続いた日本の占領下において、2ダース以上の鉱山が操業していた。廣川[Kwang-Chun、忠清南道]にあった鉱山は千人以上の鉱夫をかかえ、アジア最大のクリソタイル鉱山だった。第2次世界大戦の当時、男はすべて軍隊に行かなければならなかったが、鉱山での労働に従事する場合には徴兵が免除された。

朝鮮半島から日本が撤退した後は、アスベストの生産は急激に落ち込んだ(表1参照)[1944年4,815トン、1945年1,303トン、以後、1959年までは100トン未満]。それ以降ごくわずかの量が採掘されるだけであったが、1960年代に韓国で経済成長計画が導入されて以来、アスベスト消費量は再び増加した。地方の伝統的家屋の刷新キャンペーンが全国規模で展開されるようになって、とりわけスレートや他のアスベスト含有建材が著しく増加した。これを引き金として、アスベストの輸入および国内での採掘の双方とも着実に増加していった。[国内採掘量は、1960年740トンから1982年のピーク時15,933トン、1991年以降0トン](表2)[輸入量は1976年74,206トンから1995年のピーク時95,476トン]

韓国では、アスベストの主要な用途は3つある。建材の製造のほかには、アスベスト織物およびブレーキライニングの製造が他の2つの産業である。この3業種で、韓国の原料アスベストの使用量の95%以上を占めている。(図3)[1993年の輸入量82,854トンのうち、82.3%が建材、10,5%が織物、5.1%が摩擦材、その他2.1%]

韓国におけるブレーキライニングや他の摩擦材の製造は、1960年代中頃から、自動車組立工場の操業に伴って開始された。最初は、 船舶の修繕によって廃棄されたものをはじめとする中古のアスベスト織物が、原料アスベストとして使用された。間もなく、1990年代初期まで続いた自動車製造業の成長に伴って、摩擦材産業のアスベスト消費量は増大した。1990年代初めになって、先進国でアスベスト・ブレーキライニングの使用が禁止され始めてから、韓国でも、ブレーキライニングへのアスベストの使用も減少した。

韓国における3番目の主要アスベスト産業であるアスベスト織物製造業は、1970年代初期から始まった。これは、先進国、とりわけ日本およびドイツにおける、安全衛生法令の強化によるものである。ドイツからきたアスベスト織物企業の大手のひとつ「レックス・アスベスト」は1970年代初めから韓国での操業を開始し、日本からの織物企業の多くが、1974年に日本の労働安全衛生法が制定された後に韓国に移転してきたものである。当時韓国では、アスベストに関する特段の警戒措置はとられなかった。韓国でも1963年から労働者の健康診断義務は規定されていたのではあるが、肺活量測定やX線直接撮影等の特別のスクリーニング手段は用いられていなかった。韓国における最初のアスベスト繊維の測定は、ようやく1980年代半ば以降になってから試みられるようになった。その測定の結果は、概して韓国ではアスベスト織物産業が最も粉じん濃度が高いことを示している。(表4)

韓国では、1990年代初期から、アスベスト産業が縮小してきている。これは、主要には経済成長の悪化によるものであり、部分的には、潜在する諸問題に対する社会の心配を反映して行われた法令の強化によるものである。上述したとおり、自動車製造業は先進国に自動車を輸出するためにノン・アスベストの摩擦材を使用しなければならず、これが、摩擦材製造業におけるアスベストの使用を減少させた。他方では、より安価なアスベスト織物を中国やインドネシアなどの開発途上国から輸入できるようになったため、アスベスト織物工場がそうした開発途上国に移転するという結果をもたらした。こうした変化の結果、韓国では、1990年代半ば以降、アスベスト摩擦材およびアスベスト織物の輸入量が輸出量を上回って増加するようになった。(表5) 以前は韓国では、加工済みのアスベスト製品よりも原料アスベストの輸入量の方が多かった。

● アスベストによる健康問題

韓国では、最初のアスベスト被災者は1993年に確認された。46歳の女性の元アスベスト織物労働者が中皮腫と診断されたのである。この被災者は、最終診断される前年に、わき腹の痛みが悪化したため、アスベスト織物工場での仕事をやめていた。彼女が同一企業のみで19年間働いていたこと、および中皮腫が稀ながんであることから、最終診断の後、職業曝露が彼女の疾患の原因であることは容易に推測された。それ以降、5件の中皮腫の事例が労災補償の適用を受けている。しかし、この5件のケースのアスベスト曝露は、造船、ボイラー整備、蛇紋石鉱山、建設現場に関連したもので、建材、ブレーキライニング、アスベスト織物の製造という主要なアスベスト産業で働いていたものはない。

韓国においては、がん登録システムを通じて、毎年約40-50件の中皮腫の事例が報告されている。(表6) すべてのがんの事例がこのシステムに参加する主要病院で診断、報告されるわけではないという事実を考慮すれば、韓国の全人口における中皮腫の年間罹病率は100万人当たりおよそ1-2件と思われる。性別分布はほとんど均等で、男性と女性における中皮腫の数は同じである。

肺がんは韓国において急速に増加しているがんであり、過去15年間にその死亡率は3倍以上に増加している。(表7) 最近では、胃がん、肝臓がんに次いで、韓国人のなかで第3位のがんになっている。

肺がんでは、現在までに4件が労災補償の適用を受けている。その業務歴には、地下鉄設備の管理者、鋳物工、自動車整備・補修労働者としてのアスベスト曝露が含まれている。中皮腫の場合と同様、肺がんの認定事例でも主要なアスベスト産業で働いていたものはない。アスベスト曝露による中皮腫と肺がんの事例は1:4の比率と考えられているという事実からすれば、この数は、韓国における潜在的なアスベスト事例よりもはるかに少ない。

過去10年以上[1983-1997年]にわたる肺がんで死亡した男性の職業別分析によると、上級公務員、技術者、技能・貿易関連労働者、家内労働者が微増または増加を示していないのに対して、専門職、商業・サービス労働者、設備・機械オペレーター、非熟練労働者は数が急増しているグループであった。(表8) 女性に関しては、商業・サービス労働者が急増しているグループのひとつだった。(表9) この分析は、とくに男性においては、職業活動が肺がんの増加と関連していることを示唆しており、韓国では、設備・機械オペレーターと非熟練労働者のアスベスト曝露について、今後注意すべきである。

1993年に、アスベスト織物労働者に関して石綿肺をスクリーニングする試みが行われた。対象労働者の約3%に石綿肺に合致するX線上の所見がみられ、その半数が肺機能障害もあった。勤続期間によって区分すると、明らかな量反応関係が認められた。勤続10年未満の労働者には胸部の異常所見はみられないが、勤続20年以上の者では8%に胸部X線上の異常所見がみられた。(表10)

● 現在の法規制と潜在的問題

現在、クロシドライトおよびアモサイトは禁止され、クリソタイルのみがアスベスト製品製造において使用が認められている。韓国の産業安全保健法によって、原料アスベストを直接取り扱ってアスベスト製品を製造する場合には、使用者は労働者に安全衛生対策を提供しなければならない。

しかし、建設、保温、整備・補修等のアスベスト製品を使用、設置または除去する産業における作業は、アスベストに対する特別の安全衛生対策の提供から免除されている。これまでに韓国で労災補償を受けた中皮腫や肺がんの事例はこれらの産業で働いていた者であったにもかかわらず、これらの産業でアスベストに曝露した労働者の数あるいは曝露の程度は把握されていない。

現在韓国では、アスベスト製品が、特別の警告表示や化学物質安全データシートも付けずに金物店で売られている。金物店で働く労働者やアスベスト製品を購入、使用する消費者を保護するための、キャンペーンや教育プログラムなどの何らかの措置を定めた条項は存在しない。

現行法令の別の落とし穴は、対象作業場の現在働いている労働者しか、安全衛生プログラムを提供されないということである。いったん職場を離れたら、登録情報を追跡または更新し続けることは困難である。使用者だけでなく労働者も、経済的あるいは個人的諸問題の困難さのために、安全衛生プログラムを提供し、受けることにあまり関心をもっていない状況である。

* 昨年の世界アスベスト会議報告資料の翻訳
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韓国: 地下鉄駅勤務労働者の石綿肺がん
産業安全保健研究院の判定意見
 業務上疾病の可否審議依頼に対する回答



産業安全保健研究院



題目: ソウル特別市地下鉄公社勤労者A氏の肺がんの業務上疾病に対する審議意見
勤労者氏名: A氏
住民登録番号: ―
住所: ソウル市―
会社名: ソウル特別市地下鉄公社
業種: 鉄道軌道運輸業
住所: ソウル市―


1. 審議意見

上記勤労者の肺がんは職業と関連して発生したものと判断する。


2. 依頼経過

勤労者A氏は、鉄道軌道運輸業体であるソウル特別市地下鉄公社所属で、1984年1月1日からソウル地下鉄駅で設備・営繕をする業務に携わっていた。2000年5月6日、ソウル西大門区延世大セブランス病院で肺がん(腺がん)と診断され、勤労福祉公団で療養を申請したもので、勤労福祉公団は産業安全保健研究院に業務上疾病の可否を審議依頼した。

2.1. 発病経過

勤労者A氏は、1984年1月から現在までソウル地下鉄駅で設備・営繕作業に従事していた。1999年12月21日、風邪の症状と喉が非常にかれてちゃんとしゃべれない症状が発生し、延世大セブランス病院で2回にわたり組織検査を行なったが、疾病の原因がわからなかったため、2000年4月21日に入院し、検査中の5月6日に肺がんと判定された。肺がん診断後、この病院で治療を受けていたが、現在は3次の抗がん薬物治療を受けている。現在はソウル特別市地下鉄公社3号線地軸設備分所に発令が出ている状態である。

2.2. 作業環境

2.2.1. 作業内容

勤労者A氏が勤務していたソウル地下鉄公社の設備班は、冷暖房空気調和設備、換気設備、排水ポンプ施設、給排水および衛生設備、消防設備、エスカレーター設備のような担当設備施設物の装備を維持管理する業務を遂行した。

A氏の作業は、空気調和機内部のフィルター装置補修や、空気調和機と扇風機内部側およびベアリングを交代したり、駅舎天井内各種配管(給水、消火栓、スプリンクラー、冷房配管など)の漏水を補修したり、冬に凍破を防ぐため断熱材をかぶせる作業をしたり、ダクトなど換気施設物を補修する業務に従事していた。勤務形態は3班2交代で、1班は日勤、2班は夜勤、3班は休日で、各班が同じ勤務形態の日を2日連続遂行しつつも仕事は夜勤、休日とまわるようになっていて、勤務時間は、日勤の場合09:00-19:00で、夜勤の場合は19:00-09:00、年中無休で勤務をした。

2.2.2. 作業場有害要因

設備業務の場合、駅舎のトイレポンプ、排水、照明、衛生、換気、消防施設が故障すればすぐに国民の恨みに直結するので、常に緊張せざるを得ず、点検を緩めることはできず、ストレスは大きく、設備業務というのは大部分施設故障についての修理であるが、修理時には必然的に天井を剥がして行なわなくてはならないが、天井内には常にほこりが立ち込めていて、常にほこりに身をさらしながら勤務していた。

空調口は地下室の空気を循環するところで、外部の空気を内部に、内部の空気を外部に出すところで、外部の空気を吸入するときはフィルターを通じてし、このフィルターの維持、補修、点検がとても重要な仕事である。空調口に行くと、フィルターが正常か、フィルターのほこりがきちんと除去されているか点検し、ほこりがあればはたき落とし、この時フィルター自体にへばりついているほこりが飛散し、作業環境が大変によくない状態で繰り返し作業が行なわれていた。(清掃作業をするとき、キャンパスを分解することになっているが、過去には石綿を使用しており、現在は大部分が遊離繊維に代わったが、まだ一部のキャンパスは石綿となっている) もちろん、配管の凍破を防止するための断熱材も過去には石綿を使用していたが、現在は遊離繊維に代わった。

地下鉄内の配管に石綿を使用したことがあったことは、1984年地下鉄内設備工事請負契約書と物品購入内訳で確認でき(図1と2)、キャンパスには現在も石綿が使われていることを確認した(図4と5)。

汚水ポンプ場でポンプが故障するとトイレの排水が問題となり、ただちに修理に行かなくてはいけないが、ここにはアンモニア、メタンガスなどの匂いが多く発生し、機械故障時には3時間くらいをそのような有機溶剤などに曝露した状態で作業をしなければならない。汚水ポンプ場も毎日巡回点検し、故障時の修理に所要する時間は平均して1月最低6時間、最長8時間作業した。

溶接は電気溶接を主にし、一部酸素溶接もする。溶接棒は多様なものを使用すると言い、確認は不可能だった。設備施設に塗装もし、塗装する際に特別にちがう有機溶剤を使うことはない(溶接は週に3-4回程度で、1回に1-2時間程度する。塗装は1年に2-3回し、1回に2-3時間程度する)。

2.2.3. 作業環境測定記録

作業環境測定は、1997年と1998年アジュ大学病院で実施したが、1998年12月の結果は表1のとおり。

2.3. 医学的所見

2.3.1. 個人歴と職業歴

勤労者A氏は、普段から健康であり、喫煙歴は2日に1箱程度で10年間喫煙(延世大セブランス病院医務記録参照)しており、飲酒はほとんどしなかった(会食の時にだけ少しだけ)。勤労者A氏は現事業場に入社する前には、教導所で教導官として5年間勤務した。家族関係は4男2女であり、皆健康で両親は別に疾患なく、老人の病気で亡くなった。

表1 A氏の勤労部署

期間 場所/職位/業務/備考

81-83 ソンス駅/設備事務員 設備・営繕/地下鉄公社設立以前
84.1-87.4 シンソルドン駅/設備事務員 設備・営繕
87.4-89.4 チョンロ3街駅/設備事務員 設備・営繕
89.4-93.4 ソウル駅/ 設備事務員/設備・営繕
93.4-94.6 チュンチョンロ駅/設備事務員/設備・営繕
94.6-現在 ソウル駅/設備部分所長 設備・営繕
2.3.2. 勤労者特殊健康診断記録

勤労者A氏の一般健康検診の結果、1997年には胸部レントゲン検査に非活動性肺結核、腹部の超音波検査で軽度の脂肪肝所見、1998年には胸部レントゲン検査で右中肺に石灰化小結節の疑い、腹部超音波で脂肪肝所見がでて、慢性B型肝炎保菌者の所見が見られた。


3. 検討意見

勤労者A氏は、地下鉄公社の設備営繕部に16年間勤務しながら肺がんが発生し、この肺がんは組織検査で腺がんと確診した。

肺がんの最もありふれた原因は喫煙であり、職業的または環境的曝露によっても肺がんを誘発し得る。職業的に肺がんを誘発し得ることで知られている物質は石綿、ヒ素、クロロメチルエタール、クロム、マスタードガス、ニッケル、多環芳香族炭化水素(PAHs)、ラドン、シリカなどがある。その他、肺がんを誘発し得るものとして物質はアクリロニットリル、バリウム、カドミウム、塩化ビニル、フォルマルテイドなどがある。

地下鉄公社の作業環境を考慮したとき、A氏が曝露した物質のうち肺がんと関連のある物質としては、PAHs、ラドン、石綿などがある。PAHsとラドンは、地下空間作業場内には一般的に曝露し得るもので、石綿は扇風機施設を修理したり、交代するために、キャンパスを開く過程で、高濃度の粉じんに曝露したことが推定される。このうちPAHsとラドンは、たとえ曝露したとしてもその濃度がとても高いため、5箱・年の肺がん喫煙量よりも大きな肺がん発がん要因と判断するのは難しい。しかし、石綿は、曝露濃度や喫煙の可否と関係なく、肺がんの最も有力な要因と考えられる。石綿により肺がんが発生する場合、石綿濃度が高いと発生率が高くなるが、濃度が低くても肺がんを誘発することは知られている。とくに石綿に曝露した勤労者が喫煙をしている場合には、相乗作用により肺がん発生率はさらに高まる。

A氏は、石綿を使用したことが確認されている作業場で16年以上勤務しており、肺がんが確診されることで、産業災害補償保険法施行規則別表1業務上疾病認定基準の21.石綿による疾病にも該当する。

以上を総合してみると、勤労者A氏の肺がんは、

・ 設備補修作業過程で強力な発がん物質である石綿に短時間に高濃度に慢性的に曝露したことが確認され、
・ 職業歴が16年6か月以上と発がん物質による肺がんの潜在期間を充分に充たしており、
・ 肺がんのもっともありふれた原因である喫煙をしていたが、総喫煙量は5箱・年と、韓国人の平均喫煙量に及ばず、このことが石綿の発がん性よりより大きな要因となると判断することは難しく、
・ 喫煙者で石綿に曝露した場合、肺がんの発生がかなり増加することは知られており、
・ その他、肺がんを引き起こすだけの職業的、環境的、個人的な要因が発見されないことから、

これは作業環境で石綿曝露により発生した可能性が高いことが判断される。

以上。
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