20012.25 

安全センター情報


2000年11月号




アスベスト禁止を支持したWTO裁定の内幕


British Asbestos Newsletter, Issue 39, Summer 2000


世界貿易機関(WTO)が、カナダのクリソタイルの件についての内々の結論を出してから数時間の内に、うわさは地球を一周した。WTOが初めて、自由貿易に反して、公衆衛生に有利な裁定を下したのである。6月に係争当事者に明らかにされ、7月に最終確定した中間決定は、9月に一般に公表されることになるだろう[別掲記事参照]。これは、今なお欧州連合(EU)内において合法的な唯一の種類のアスベストであるクリソタイルを1997年にフランスが禁止したことを完璧に擁護するものになると信じられている。カナダのフィナンシャル・ポスト、グローブ、メール各紙による早々とした報道は、ロイター、ブラジルのガゼット、イギリスのフィナンシャル・タイムズの記事によって確認された。最初のマスコミ報道によって外交筋の口もゆるくなり、詳細が一般公衆に知られるところとなった。貿易行政官たちは、WTOの紛争解決パネルの質問に回答するために任命された科学者たちは、クリソタイルは発がん物質であること、「管理使用」というコンセプトは非現実的であり、より安全な代替物質が存在すること、で全員が一致したことを明らかにした。専門家たちの回答と2000年1月にジュネーブで行われた彼らの証言の首尾一貫性は、アスベストは禁止されるべきであるという国際的なコンセンサスを反映したものである。WTOを擁護するある人物はロイターに対して、「この結果は、この組織[WTO]は他の問題よりも自由貿易の利益を優先させることによって大企業を擁護しているという、ラディカルな環境団体や人権団体からの非難が誤ったものであることを示している」と語っている。あるブラジル紙の記事は、この判定は、環境運動家たちのかがり火に焚き木をくべないようにという意識的な決定であると述べた。昨年11月にシアトルの街で明らかになった増大する疑惑と反WTO感情が、この方程式を解くうえでのファクターとなったことは疑いない。カナダは上訴するであろうが、WTOにおける先例からしてこの判定が覆されることはなさそうである。

何に関する事案なのか?

フランスの法令96-1133は、1997年1月1日付けで、クリソタイルおよびすべてのクリソタイル含有製品の輸入および使用を禁止した。現在世界の主要なクリソタイルの輸出国であるカナダは、フランスの愛顧と支援を利用して発展してきた。フランスは、かつては世界第3位のアスベストの大輸入国であり、EU内における[カナダの]確固とした同盟者であった。フランスの政治家および官僚たちは、疑いなくアスベスト産業に支えられた組織であるアスベスト常任委員会に大いにあおられれて、EUがクリソタイルについて制限を課すことに率先して抵抗してきた。最近では、フランスは毎年、カナダのクリソタイルの6%を購入していた。他の9つのヨーロッパ諸国における禁止(アイスランド1983年、ノルウェー1984年、デンマーク1986年、スウェーデン1986年、オーストリア1990年、オランダ1991年、フィンランド1992年、イタリア1992年、ドイツ1993年)を大目にみてきたからといって、このかつての同盟者による裏切りを見逃すことはできなかった。

過去数十年間行動を起こさなかったことからすれば、フランスの立法はまさに注目すべきことだった。労働組合、行政当局や一般公衆にたえずその製品の安全性を保証し続けてきた強力な産業によって、数千名ものフランスのアスベスト被災者の命が奪われてきた。いつもながら、雇用が健康よりも優先されてきた。恐るべきアスベストの遺産に対するフランスの人々の自覚は、もともとは労働者、労働組合、大学人、科学者や環境運動家らのインフォーマルな連携による努力によって、1990年代に徐々に増大していった。フランスのアスベスト被災者を代表して様々な努力をコーディネイトするための組織を確立し、完全な禁止を働きかけるために、ANDEVAというアスベスト被災者全国連合が設立された。フランス医学研究協議会(INSERM)が、世界の調査研究、学究論文、フランスの状況に関するデータと情報をレビューするよう求められた。INSERMの合同専門家分析グループの11名のメンバーが到達した破滅的な結論を、労働関係庁[Labour Relations Service]やフランス保健理事会[French Health Directorate]が予想していたかどうかは定かではない。『主なタイプのアスベスト曝露が健康に及ぼす影響』が発行された後、労働・保健・社会問題大臣Jacques Barrotは、政府がUターンしたことを発表した。「1960年代末以来フランスで仕上げ作業においてもっとも広範に使用されていた物質である」アスベスト・セメントの権勢は、過去のものとなった。

アスベスト産業の反応

アスベスト製造業者たちは、「すべての種類のアスベスト繊維は発がん物質である」とし、また、「アスベスト繊維曝露により生ずる肺がんによる死亡率の増加は、クリソタイルに曝露した人々も、複合曝露またはアンフィボール系アスベストだけに曝露した人々の場合と同じ程度高い…商業的に『クリソタイル』として知られた繊維に職業上曝露した人々には疑いなく中皮腫による過剰死亡がある」とした、このINSERMの結論を歓迎しなかった。「地球規模でのアスベストの安全使用を防衛・促進する様々な努力を通じて、現存する資源の利用を最大化」するために1984年に設立されたカナダの組織であるアスベスト研究所(AI)は、緊急非常体制に入った。AIのメンバーたちは、「フランスの決定のヨーロッパおよび国際的レベルにおけるインパクト」に対抗するための措置をとるよう助言を受けた。理事会[Govern-ing Council]の緊急会議が召集され、「欧州連合レベルにおけるアスベスト禁止の採用を回避するための戦略」が同研究所のヨーロッパ諮問委員会[European Advisory Council]によって実行された。欧州委員会および個々のEU加盟諸国に対するロビー活動のなかで、1996年7月末に向けて、AIのスタッフとカナダ政府、ケベック州政府の間で、INSERMレポートの評価を委嘱すること、および、他のクリソタイル生産諸国の積極的関与を確保することについて議論が行われた。 1996年9月17日、ヘルス・カナダは、カナダ王立協会がINSERMレポートを「評価するための国際的専門家委員会[パネル]を召集」するよう要請した。95頁の批評文は、ピア・レビューを含めてすべての作業を10週間以内に仕上げた、こじつけの、自らの品位を落とすような、急ごしらえのしろものである。たくさんの物議を醸す問題が解決されないままであった。異なった見解を言い抜けようとして、「2週間読み込み、2日間顔を付き合わせて議論したが、議論のある諸問題については科学者たちはコンセンサスに達することはできなかった…科学においては、[時間がたってから]コンセンサスは現われてくるものであり、短期間の懇談では生じない。また、アスベストによるリスクのケースのように、多くの不確定要素がある場合には、ことにゆっくりと生じてくるものである」と書かれている。7人の委員のうち、5人は北アメリカ、1人はイギリス、もう1人のDr. Enzo Merlerはイタリアである。彼の意見は際だっており、「INSERMレポートはアスベスト曝露による死亡数を過小評価している可能性がある。実際、ヒトの肺および胸膜中皮の腫瘍を引き起こすだけでなく、アスベスト曝露はまたヒトに腹膜中皮腫も引き起こす(また、他の部位、喉頭、腎臓、結腸および直腸のがんのリスクも増加させる可能性がある)。INSERMレポートでは、腹膜中皮腫による死亡は考慮、引用および算入されておらず、それは、潜在的に予防可能なアスベストによる死亡の原因を過小評価することになった可能性がある」としている。

アスベスト研究所がフランスにおける進展を綿密に監視していたことは当然予期されるべきことであったが、彼らが採った系統的アプローチはその細部に至る気配りまで驚くべきものであった。アスベスト研究所の記録には、アスベスト禁止グループが発行した『アスベスト黒書』から、ジュッシュー大学の反アスベスト委員会の調査結果(1994年10月)、アスベストに関する記者発表資料集、科学者たち、「とりわけ、アスベストに曝露する建築物の保全・修繕労働者の死亡率の増加を予測した論文を最近ランセット誌に発表したイギリスの疫学者Julian Peto」が「被災者の権利のためのグループ」(1996年2月)であるANDEVAの集まりで講演(1995年4月)した内容を掲載している公衆衛生問題誌、「その本来の健康リスクを認識していたにもかかわらず、アスベストのすべての使用の禁止を遅らせたばかりでなく、建築物のアスベストに関する新たな、より厳しい規制を遅らせるために共謀したとして、アスベスト産業の当事者、技術・科学コンサルタントだけでなくフランス政府当局者をも告発した」民事訴訟の訴状(1996年6月)まで含まれている。 フランスのアスベストのあらゆる進展におけるアスベスト産業の強烈な―執拗と言う者もいる―関心は、ケベックのクリソタイルに対する国際的支援を説得し、なだめすかし、また支持する舞台裏でのカナダ政府の精力的な努力に見合ったものであった。1996年7月から1998年5月の間に、カナダ政府の高官たちが、EUの機関および理事会、ベルギー、フランス、イギリス、韓国、モロッコ、ブラジル、南アフリカ、ロシア、スイス、ジンバブエその他の地域社会のリーダー、アスベスト産業の利害関係者、首相、州政府首脳、大使、労働組合代表者、ジャーナリストや科学者に働きかけた。カナダ政府が配布したアスベスト問題の進展に関する年表を分析すると、この期間中に、イギリスまたはフランスの政治家、大学人、安全衛生の専門家との15回に及ぶ会合が記載されている。1997年6月18日にイギリスの環境大臣Angela Eagleが下院において労働党政府はクリソタイルの禁止を導入するつもりであると話し、その2日後にデンバー・サミットにおいてカナダのChretien首相が新しいイギリスの首相に対して、「クリソタイルの使用に伴う健康リスクに関する科学的情報」を交換しようと圧力をかけたことは、何の問題でもなかった。この年表は、「1998年2月、イギリスは、アスベスト使用禁止の意向を発表することとは対照的に、クリソタイルについての労働者の安全に関する協議を続行するつもりだと発表した」と自慢している。アスベスト産業がこの遅れを重要かつことによると永久的な勝利かもしれないとみなしていたことは明らかである。にわか仕立ての貿易使節団が組織され、外国のジャーナリストたちが招かれて、 疑似科学的なワークショップが開催され、まがい物の協定が宣伝された。ケベックの政治家、アスベスト産業の代表たちは、カナダの国際貿易大臣Art Eggleton、国家財政委員会委員長Marcel Masse、天然資源大臣McLellanおよび国際貿易副大臣と協議を行った。決定は上層部の人間によって行われることとなった。

WTOにおける手続

この紛争のプロフィールを引き上げるという合意がなされたであろうことは、1997年6月20日に、WTOの技術的貿易障壁(TBT)に関する委員会においてカナダ代表が、フランスが「この不合理かつ不相応な」禁止措置を撤廃するよう求めたことからもうかがえる。コロンビア、メキシコ、南アフリカからの支持が表明されたが、かえってそれらの国のアスベスト産業に関する情報提供を求められることとなった。序盤のつばぜりあいの後は、何ごとも起こらなかったようである。続いて1月に、WTOのスポークスマンが、カナダは紛争を続行するつもりかどうか明らかにしていないことを認めた。1998年3月27日のTBTの会合では何らかの追加提案がなされるもの予想されたが、まったくなかった。代わりにカナダは、ベルギー政府がWTOに対してアスベストの流通、製造および使用を制限する新たな措置を通告したことの過ちに関する手続上の質問を持ち出してきた。結局、1998年5月28日、グラブははずされた。カナダ政府は、加盟諸国にとって国際貿易問題における排他的な裁判権を持つ機関であるWTOに対して、「フランスによってとられたアスベストおよびアスベスト含有製品を禁止する一定の措置に関」して、欧州委員会との協議を正式に要請した。天然資源大臣Ralph Goodaleは、「カナダ政府の目的は、政府の鉱物・金属に関する安全使用の原則に従って適切に使用すれば安全である、クリソタイル・アスベスト製品の市場へのアクセスを維持することである」と認めた。WTOの紛争解決手続に従って、両当事者は意見の相違を解決するために60日間与えられた。欧州委員会/フランスとカナダが間で協議の第1ラウンドは、7月8日にジュネーブで行われた。双方の協議が失敗に終わってから、カナダは、紛争解決機関(DSB)に対して正式にパネルを設置するよう要請した。続く11月に、カナダはこの要請を行ったことを確認したが、12月中旬に、EUの代表団が紛争パネルの構成について話し合うためにジュネーブに到着したときに、カナダが延期を要請したことを知らされた。同時に、EU関係者は禁止措置を見直すよう懇請された。

閉ざされたドアの裏側

WTOの透明性の欠如は語り種になっており、クリソタイルに関するパネルの運営は、秘密の手続が不可侵とされるこの組織の実態を明らかにした。WTOの紛争解決手続の付録3は、「パネルは秘密会とし…パネルの審議および提出された文書は機密としなければならない」としている。パネルのメンバーおよび専門家証人の身分と資格、文書による供述の内容、口述証言およびパネルの討議内容は、科学的アドバイザーによる利害の衝突、彼らに与えられた質問、彼らの意見、関係当事者による反証の開示と同様に、部外秘とされる。この事件を審理するために、1999年3月29日に召集された3人の男からなる法廷は、ニュージーランドの駐タイ大使Adrian Maceyが委員長を務め、他のパネリストは、William Ehlersと、スウェーデンの貿易政策問題コンサルタントAke Lindenであった。現職をもつ外交官と貿易問題の専門家が高度に専門的な事件を与えられた短期間のうちに解決する能力があるかどうかは疑わしい。こうした時間的制約は、作業の多くが各国政府によってWTOに送り込まれた政治学者、経済学者や弁護士たちによって行われるということを意味している。WTOではひとりの科学者も雇っていないし、臨時的に任用して公平さを確保するということは必要と認められない。

意見提出とその後の報告の遅れ

カナダの摘要書は1999年4月26日に受領された。指導的な科学・医学の権威たちは、これを、事実に関してずさん、おおむね不正確、人を誤解させる、偏った大いに不誠実と評した。Julian Petoは、「カナダのレポートは、まじめな科学的レビューというよりも、偏向した政治的文書である」と書いた。EUのフランスを擁護する意見書とEUのポジションを支持するアメリカの意見書は5月に提出された。カナダのポジションは、ブラジル、ジンバブエその他のアスベスト生産国によって支持された。夏の間中、独立した科学的なアドバイスを委嘱することについての絶え間ない論争がだらだらと続いた。カナダは、ヨーロッパ諸国からのいかなる専門家についても反対した。結局、アメリカ1人と3人のオーストラリアの科学者を指名することで合意に達した。2000年1月に、彼らは、自ら提出した文書による証拠を確認するためにジュネーブに連れてこられたが、この科学者たちとのヒアリングの記録はパネルの最終報告書に添付されることになろう。フランス語、スペイン語、英語で公表される科学者たちの証言はアスベスト禁止キャンペーンにとって役立つに違いない。

当初1999年12月になると見込まれた裁定は、まず2000年3月まで遅らされ、さらに2000年7月まで延ばされた。手続が開始されたときには、ブラジル政府はカナダの行動を支持しており、当時、ブラジルのアスベスト産業が生み出した年間収入は540US$であった。それ以降、重大な進展があった。1999年7月26日、EUが採択した手続文書は、全加盟諸国におけるクリソタイル使用の終焉を告げた。その3日後、ブラジルの環境大臣は、EUが示した手本に習いたいという政府の意向を発表した。2000年4月13日には、彼は、2005年までにクリソタイルを段階的に禁止する法令を、2000年7月までに定めると約束した。発表は差し迫ったものだった。

本当は何に関する事案か?

なぜカナダは、ケベックの住民にわずか2,000人の雇用を提供しているにすぎない消滅しかけている産業のために、自らの国際的評判を危険をおかし、第三世界との関係を損なおうとするのか? 答えは単純であり、雇用と投票、カナダ連邦におけるケベックのポジションのもろさである。カナダ自動車労働組合(CAW)の安全衛生部長Cathy Walkerは、カナダ政府の動機が政治的なものであるということに同意している。「カナダ政府とケベック州政府は、どれだけケベックの雇用を守ろうとしているかを示すためにお互いに競い合っている」。フランスに対する輸出を失ったことはこの産業にとって重大なことではなく、問題は開発途上諸国が同様の禁止措置を採用する可能性である。現在、アジア諸国がカナダのクリソタイルの65%を購入している。モロッコ、チュニジア、アルジェリアはすべてかつてのフランスの植民地だが、これら諸国もよいお得意様である。WTOの決定とこれら諸国におけるアスベスト使用とは関連性があるにもにもかかわらず、「管理されない使用が一般的であるアジア、アフリカ、ラテンアメリカにおいて『管理使用』が技術的に適用可能であるかということに関して」は、委嘱事項から除外されてしまった。ある匿名のカナダの貿易当局者は、ドミノ効果を心配して、オーストラリアの記者に次のように語っている。「もしわれわれがこの挑戦で負ければ、他の諸国は前に進んで独自にアスベスト禁止を課すことに躊躇しなくなるだろう」。
カナダが他国の人々の生命を無視していることは、連邦政府がカナダ国内のアスベストによる被害に対する関心を欠如していることと表裏の関係にある。がん死亡の9%が労働関連性のものであるというカナダ国立がん研究所(NCI)の推定にもかかわらず、NCIの調査研究でこれらの疾病を対象とするものは1%の10分の1でしかない。Sarniaのオンタリオ労働者のための労働保健診療所のJim Brophyは、カナダは、「自国の市民に対するアスベスト曝露のインパクトの実態を証明することのできるがん登録制度を一度として整備しようとしたことがない」と言う。この非難は公平ではない。カナダでもアスベスト曝露の影響に関する関心は存在しており、オタワの連邦議会の建物のアスベスト除去に対しては相当の金額が支払われている。不幸なことに、自らの健康を守りたいというカナダの政治家たちの願望は、カナダ、マレーシア、モロッコやフランスの労働者たちの健康にまでは及んでいないのである。

裁定に対するカナダの反応

ケベック州の天然資源大臣Jacques Brassardは、内々[未公表段階]の裁定に関してノーコメントで通すことを選んだ。オタワの対外問題・国際貿易省のスポークスマンは、「時間をかけて詳細に検討する予定である」と語った。LAB Chrisotile会長のJean Dupereは、この裁定を、「Thetford Mines and asbestosにとって大変なボディーブローだ」と評し、Jeffrey Asbestos Mine会長のBernard Coulombeは、不合理で行きすぎたWTOの裁定と「フランスで4年前に行われた悪魔の所業(クリソタイル禁止)」を批判した。カナダは上訴すべきであると主張して、LAC Asbestos Mineの労働者を代表する労働組合活動家Andre Brochuは、アスベスト産業における雇用の喪失に対する懸念を表明した。

カナダの貿易当局のポジションがこれよりも妥協的であるはずはない。彼らは、一方では、WTOにおける挑戦において信用されない業界の「管理使用」の立場を支持するとともに、他方では、カナダの国際貿易大臣Pierre Pettigrewが、「カナダはずっと以前から自国の企業に対して世界中どこでも責任ある行動をとるよう促進してきた」と言明しているのである。Pettigrewのコメントは、2000年7月27日、多国籍企業の行動のための新たな経済開発団体のガイドラインを送り出すにあたってなされたものである。このルールは、「カナダ企業の最良の実践や、地球中での企業の良好なシチズンシップを育むなかで増大している重要な役割を補完するものである」と、Pettigrewは言う。産業大臣John Manleyは、「このガイドラインは、すべての諸国にとって有益な地球経済の持続可能な成長を確実にするための重要なステップになるものと信じる」と主張し、労働大臣Claudette Brad-shawは、「今回のガイドラインの改訂は、世界労働機関の労働基準の核心が地球規模で尊重されることを促進するものである」と付け加えて、ともにカナダの善意を確認した。主にPettigrewに委ねられている紛争解決パネルの決定に対して上訴するかどうかの決定は、「世界中どこでも責任ある行動」をとるようカナダのアスベスト産業を本当に促進するだろうか?。ジャーナリストのMadelaine Drohanはカナダ政府は上訴すべきではないと考えており、「わが国の首相が世界中でアスベストをしつこく宣伝していることは、カナダの『環境に優しい国』としてのイメージを損なっている。アスベスト業界の2,500人の労働者をこの勝ち目のない闘いにとどまり続けさせるよりも、再訓練または退職のための包括的な転換手段を提供することの方が、連邦政府のためになる」と書いた。

WTOの判定の意味するもの

現時点では、判定の流布がまだ制限されているので、その内容のくわしい分析はできない。しかし、人間および動植物の生命または健康を防護するための貿易制限措置を認めた、関税および貿易に関する一般協定(GATT)の第XX(b)条を、WTOはフランスの禁止措置の根拠として認容したものと伝えられている。これが事実であれば、それは、国際貿易における意見の不一致を解決するのに、紛争解決パネルがこの規定を適用した初めてのケースということになる。他の安全衛生に関する規制もこの条項によって促進されるかもしれない。長期的に見ればアスベストを先例とさせることには限度があると考えている者もおり、エラスムス大学の法律の専門家Sam Zia Zarifiは、「事実上、(公平に言って国際貿易上の価値は低い)アスベストの禁止措置を容認することによって、WTOは、そのハザーズがアスベストよりはよく知られていない他の製品を禁止することを思いとどまらせることができる」と書いている。アスベスト曝露に関する医学的証拠と統計データは数十年間にわたって蓄積されてきており、同じ程度確証のあるケースは他ではわずかである。ハードルをより高くすることによって、他の危険有害な物質の使用を規制することについて、市民団体が自ら扉を閉ざすようになるという可能性はあるかもしれない。Zarifiはまた、「アスベストの紛争事例はもしかすると、主権国家の専権事項であった人間の健康および労働者の安全という分野に、WTOが手を伸ばすという最も重要な拡張につながるおそれもある」と心配している。「『専門的条項』に対する健康権を縮小させることによって、あらゆる民主的コントロールを超越して、政治の舞台から科学や専門技術の舞台へとWTOがその裁定の合法性をシフトさせること」については他の者も認めている。別の言い方をすれば、WTO憲章に同意することによって、134の加盟諸国は、その市民の幸福のための民主的権利と公的責任を譲り渡したことになる。そうしたことを留保しつつも、カナダを打ち負かしたことは、EUの法律チームおよび世界中の環境、安全衛生問題や労働組合の活動家、アスベスト被災者とアスベスト被災者支援団体のめざましい勝利であることは間違いない。

西洋におけるクリソタイルの市場が縮小し続けるにつれて、生産国はますます開発途上国の顧客にねらいを付けてきている。フランスの禁止措置が維持された現在、南アフリカ、アジアおよび極東を一層執着して守ろうとするだろう。今回の裁定によってアスベストのない将来がすんなりと受け入れられるだろうと考えるのは早すぎる。従来どおりの方針をふりまいて、アスベスト情報センター(インド)、アスベスト・セメント製品製造業協会(インド)、国際アスベスト協会(アメリカ)とアスベスト研究所(AI)は、ニューデリーで開催される「管理使用の強化」会議の参加者たちに、クリソタイル・セメント製品は「経済の緊迫した開発途上諸国と関連がある」と吹聴するであろう。誘惑的なパンフレットが「世界最古の豊かな文明」のひとつである土地の快適な気候を参加者に約束する一方で、発表者についてのくわしい情報はまったく知らされていない。このような会議の情報が、国際アスベスト協会のメンバーであるアスベスト情報センターのウエブサイトに登場することは驚くべきことではない。GMB労働組合(イギリス)の健康環境部長Nigel Brysonは、ぎょっとさせられはしたが驚くことなく、「アスベスト生産国はまだ思い違いをしているし、より重要なことは、これを見た人がクリソタイル繊維への曝露は適切に管理できると思い込ませられるということである」と語った。インド政府、ロンドンの高等弁務団とニューデリーのアスベスト情報センターは、彼への手紙で、「クリソタイルとその代替品との価格差は一般に経済的困難を引き起こすのに十分ではない。労働者の生命を救うことはまずい支払い方の代償である[訳注: 直訳意味不明?]」と書いてきた。

国際アスベスト会議

アスベスト産業がスポンサーとなった国際会議が、「国際アスベスト会議: 過去、現在、未来」が「管理使用」の誤謬をあばくわずか2か月後に開催されることは偶然の一致だろうか? アスベスト被災者、その家族、建設労働者、政治家、労働組合運動家、科学者、医学専門家、弁護士、技術者、大学人、政府当局者、環境・安全衛生運動家その他の自立した専門家たちが、2000年9月17-20日にブラジルのオザスコに集い、恐るべき遺産であるアスベストに対処していく方策を吟味したことは、新しい世紀に伝えられるに違いない。アスベスト産業を弁護する者はいないが、過去の所業について審判することは、オザスコからニューデリーは議論をつなげることにならないだろうか?何年間にもわたって、アスベスト・ロビイストたちは、率先、徹底して、潜在的な脅威を見つけ出し、取り除こうとしてきた。1999年3月に、イギリスとEUの政策立案者たちがアスベスト指令の提案の見直しを行っていた、ちょうどそのときに、Hyderabad IndustriesのVangala Pattahhi、ジンバブエの鉱業・環境・観光副大臣Edward Chindori-Chininga、ケベックの労働組合運動家Andre Brochu、アスベスト情報センター理事長Bob Piggからなる貿易使節団がロンドンに到着した。広告宣伝会社であるPielle Consultingが、「科学者、産業界、労働組合を代表する小さな国際チームが、ここのジャーナリストに事実に関する説明を提供する」機会を提供した。EUによるクリソタイル禁止が避けられなくなったときには、反対の宣伝キャンペーンを行うために、損害最小化チームがブラジルに急派された。David Bernstein、Corbett Mc-Donald、Geoffrey Berry、Frederick Pooleyが、プレスとのインタビューおよびサンパウロにおけるアスベスト・セミナーにおいて、「管理使用」の原則を支持した。こうした宣伝活動は、カナダ政府当局者やアスベスト産業の代表による過去15年間以上にわたる国際機関の科学的客観性を損なおうとしてきた努力と比較すれば、ほんの見せかけにすぎない。Barry Castlemanはオザスコ会議において、「国際化学物質安全性評価計画(IPCS)、世界保健機関、世界労働機関が発行する公式のレポートとして、アスベスト産業に好意的なレポートを獲得」しようとした企みの詳細を発表する予定である。Castlemanは、「しばしば同一の人物および戦術を使うことを含む不当な行為のパターン」を明らかにしている。IPCSのクリソタイルに関するタスクグループの会議(1996年7月)の最中に繰り広げられたドラマは、とりわけ興味深い。「カナダ政府の職員とタスクグループの委員長ME Meekが、建材にアスベストを使用することに対する警告を含んだグループの決定に拒否権を行使しようとしたときに論争が起こった。タスクグループがこの問題を堅持したため、彼女は委員長を降りざるをえなかった。タスクグループはまた、レポートの勧告の部分の準備と結論作業から積極的な参加者であるG Gibbsを外し、オブザーバーには退席を求めて(Gibbsだけが残った)タスクグループの参加者だけでこの作業を行うという通常ではないやり方をした」。

結 論

この物質が「奇蹟の鉱物」として知られて以来、20世紀全体を通じて、アスベスト生産・製造業者は国際貿易から利益をあげてきた。死亡者数が増大し、証拠が蓄積されているにもかかわらず、多くの政府が、公正な立場の医師や科学者たちのアドバイスよりも、産業の代表のプロパガンダを信用することの方を選んできた。今回のWTOのケースは、それから比べると著しい変貌であり、上訴でもこの決定が支持されれば、もはや逆戻りすることはないだろう。今回のWTOにおける挑戦は、信用を失った、死にゆく産業の枯渇した最後の手段であった。
* 原文は: http://www.lkaz.demon.co.ukで入手できる。
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WTOがパネル・レポートを公表WTOにおける係争中の紛争の概要


(2000年9月20日)


V. パネル・レポートの発行

(2) 欧州共同体―アスベストおよびアスベスト製品に影響を及ぼす措置、カナダによる申し立て(WT/DS135)。1998年5月28日付けのこの請求は、申し立てによると、輸入の禁止を含んだアスベストおよびアスベスト含有製品の禁止に関して、フランス、とりわけ1996年12月24日の法令によって課せられた措置に関するものである。カナダは、これらの措置は、SPS[衛生植物検疫措置の適用に関する]協定第2、3および5条、TBT[貿易の技術的障壁に関する]協定第2条、および1994年のGATT[関税及び貿易に関する一般協定]第II、XIおよびXIII条に違反するものであると主張する。カナダはまた、引用された様々な協定のもとで生ずべき利益を無効化ないし減損していると主張している。

1998年10月8日、カナダはパネル[小委員会]の設置を要求した。DSB[紛争解決機関]は、1998年11月25日の会合においてパネルを設置した。アメリカは第三者としての権利を確保した。パネルのレポートは、2000年9月18日に[WTOの]メンバーに流布された。

パネルは、1996年12月24日の法令の「禁止」の部分は、TBT協定の範囲に含まれないと認めた。同法令の「例外」の部分はTBT協定の範囲内に含まれる。しかし、同法令の例外に関連した部分とTBT協定の適合性に関してはカナダが何ら主張していないので、パネルは、後者について何らかの結論に至ることは差し控えた。パネルはさらに、クリソタイル・アスベスト繊維それ自体、およびそれらに代替可能な繊維それ自体は、1994年のGATT第III:4条の趣旨の範囲内の製品であると認めた。同様にパネルは、十分な情報が提出されたアスベスト・セメント製品およびフィブロ・セメント製品は、1994年のGATT第III:4条の趣旨の範囲内の製品であると認めた。そのように認められた製品については、パネルは、当該法令は1994年のGATT第III:4条に違反していると認めた。しかしパネルは、それが第III:4条のもとで差別されるこれらの製品の取り扱いを導入する限りにおいては、当該法令自体およびその履行は、1994年のGATT第XX条のパラグラフ(b)および前書き条項によって正当化されると結論づけた。最後にパネルは、1994年のGATT第XXIII:1(b)条の趣旨の範囲内の違反ではない利益の無効化ないし減損を被っていることを立証できていないと結論づけた。

* 原文は、http://www.wto.org/から入手できる。パネル・レポートの全文も同様に、「紛争解決: パネルおよび上訴機関のレポート・リスト」から入手できる。本文が全体で473頁、付録が206頁。

パネル・レポートの前書きから抜粋

欧州共同体のアスベストおよびアスベスト含有製品に影響を及ぼす措置に関するレポートは、DSU[紛争解決に関する規則及び手続に関する了解]に従ってすべてのメンバーに流布されている。本レポートは、WTO文書流布・制限解除手続(WT/L/160/Rev.1)に従って、2000年9月18日から制限のない文書として流布されている。メンバーは、DSUに従って、当該紛争の当事者のみがパネル・レポートを上訴できるということに注意されたい。上訴は、パネル・レポートの内容の法律上の問題およびパネルが提起した法律的な解釈に限定される。パネルまたは上訴機関が検討中の問題に関して、パネルまたは上訴機関との一方的なコミュニケーションは許されない。

事務局注
: 本パネル・レポートは、紛争当事者が上訴を決定するかまたは紛争解決機関(DSB)が総意で本レポートを採択しないと決定しない限り、流布された日から60日以内にDSBによって採択されなければならない。
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