20012.25 

安全センター情報


2000年10月号




ブラジルにおけるアスベストへの職業曝露





既報のとおり、本誌をお届けする頃にはブラジル・オサスコで国際アスベスト会議(9月17-20日、http://www.ibas.btinternet.co.uk/Conf_Update.htm参照)が開催され、日本からも全国安全センターの古谷杉郎事務局長をはじめ4名が参加する予定である。本国際会議の背景を理解する一助として、International Journal of Occupational and Environ-mental Health, Vol.3, No.2, Apr-Jun 1997 所収の標題の論文を紹介する。EUのアスベスト禁止指令の採択やブラジル環境大臣がアスベスト禁止導入の意向を表明するのは、この論文発表の2年後のことである。

著者は、ブラジル労働安全衛生庁の監督官であるフェルナンダ・ギアナジ(Fernanda Giannasi、1999年1・2月号38頁、同年4月号31頁、2000年4月号31頁も参照)とフランス国立衛生医学研究所(INSERM)のアニー・デボモニ(Annie Thebaud-Mony)医師。前者は今回の国際会議の副議長、後者は全体会議「各国においてアスベスト被災者およびアスベスト反対キャンペーンの集団的抵抗戦略をいかに組織するか」の座長を務めることになっている。

ヨーロッパやカナダのアスベスト企業は、長い間開発途上国におけるアスベスト産業への規制の欠如を利用してきた。彼らの活動は弱い立場にある労働者を搾取し、そうした人々が医療を受けられないことは、アスベスト関連疾患の静かな流行をもたらしてきた。現在、開発途上諸国においては、石綿肺やアスベスト関連がんのほとんどすべてのケースが確認も報告もされておらず、また補償も受けていない。ブラジルは、この増大する問題の注目すべき実例を提供している。アスベスト関連疾患の流行を食い止めるために、ブラジルおよび他の多くの開発途上国は、現在多くの産業化諸国において実施されているアスベスト使用の全面禁止を採用しなければならない。開発途上国においてこれを成し遂げるうえでの障害には人をひるませるものがある。
× × ×

現在多くの産業化諸国で起きているアスベスト関連疾患の流行は、過去の出来事の結果であるが、将来の石綿肺やがんの種子は今なお世界中に蒔き続けられている。企業の貪欲さと政治家たちの不誠実さ、勇気の欠如というふたつのよく知られている状態は、アスベスト関連疾患の災厄を次世紀にまで持続させることになるだろう。

企業にとっての聖域としての開発途上諸国の無防備さから、将来もアスベストの採掘や生産を保障されていることは明らかである。開発途上国において継続されている探査活動によって新たな埋蔵鉱石が発見され、その結果、アスベストの採掘、製造、生産を、事実上健康の観点からの規制なしに実施できる自由貿易地帯が拡張されることになるだろう。
カナダや他のアスベスト輸出国は、開発途上諸国をアスベストの大きな市場として期待している。開発途上国におけるアスベストの使用の増加が、産業化諸国における巨大な市場の喪失を埋め合わせてきた。ケベックのアスベスト研究所の季刊誌は、アジア、アフリカ、ラテンアメリカにおける積極的な販売努力について描いている。

不幸なことに、現在のアジア、アフリカ、ラテンアメリカおよび東ヨーロッパにおけるアスベスト使用の現状は、アスベスト粉じんの結果を労働者や政府が認識する以前の産業化諸国の状態と似ている。この無知と貧困の搾取はカナダ政府によって強く支えられている。しかし、カナダだけではなく、他のいくつかの政府もまたこの悪習に関与している。
ヨーロッパの多国籍企業であるエターニト(スイス)およびサンゴバン(フランス)は、ブラジルにおける嘆かわしい搾取の歴史を提示している。このふたつの多国籍企業は、ブラジルだけでなく他のラテンアメリカやブラジルのアスベストを輸出する諸国にも巨大な市場を開拓した。

ブラジルにおけるアスベスト

ブラジルは、ロシア、カナダ、カザフスタン、中国に次ぐ、世界第5位のアスベスト生産国および消費国である。ブラジルは毎年237,000トンのアスベストを生産している。ブラジルのアスベストの半分以上がエターニトやサンゴバンがつくったヨーロッパの共同企業体によって採掘されている。ブラジルは毎年70,000トンのアスベストを、主に日本、インド、タイ、ナイジェリア、アンゴラ、メキシコ、ウルグアイ、アルゼンチンに輸出している。
1980年代まで、アスベスト含有製品の生産、消費および分散は、何の職業および環境曝露に関する規制や管理も受けずに行なわれてきた。1960年代から1970年代、ヨーロッパやアメリカがアスベスト曝露の制限に動いていた時期に、ブラジルの労働組合や社会運動は軍事独裁体制のために、自ら意見を表明することができなかった。

カナダの年間人口1人当たりのアスベスト使用量が500g、アメリカでは年間人口1人当たり100g未満であるのに対して、ブラジルのアスベスト使用量は平均して年間人口1人当たり1,400gにも達する。アメリカや他の産業化諸国がアスベスト使用量を段階的に廃止しているのに対して、ブラジルの消費量は、他の第3世界諸国と同様に、毎年約7%の割合で増加し続けている。カナダは世界第2位のアスベスト生産国であるが、自らはその生産量のわずか29%しか使用していない。他方、ブラジルは、アスベスト生産量の70%を自ら使用し、現実にカナダのアスベストを輸入してもいるのである。

健康への影響

ブラジルにおける死亡の約25%が死因が確認されていない。このことは、真のがん死亡率や中皮腫、肺がんや石綿肺に関連した死亡の発生率を知ることは不可能であるということを意味する。ブラジルではアスベスト労働者の疫学的研究はこれまで実施されたことがない。アスベストに曝露した低所得労働者の大多数が、がんの診断を含めた医療を受ける機会がない。そのうえ、生産工場や建設現場の近くでアスベストに曝露したり、他の環境曝露を受けた人々を医学的に評価するための手段も存在しない。

医療機会の欠如という問題を倍加させることとして、非常に高い労働者の転職率がある(あるアスベスト工場では毎年90%にも達する)。指定契約期間終了後に労働者が見境なく解雇されるという状況においては、この慣行は、公衆衛生当局が職業病の発生や労働者の認識を管理するための戦略と言ってよいかもしれない。さらに、医療システムにおいて、医師が、十分な労働医学や職業病の労災補償の権利を労働者に知らせる自由についてのトレーニングを受けていない。解雇されたり、退職した労働者の医療的フォローアップもなされていない。したがって、ブラジルにおいては、アスベスト曝露による職業病はほとんど確認も報告もされず、補償を受けることもない。

エターニトの医療管理者は、1978年以前は、企業が医療記録を保存しないのを許してきた。オサスコにおけるエターニトのアスベスト工場は、50年以上にわたって操業し、常時約2,000名の労働者を雇用していた。医療管理者は、多数の肺腺維症の事例については言及したが、石綿肺についてはわずかである。企業からはがんの事例について報告されたことはない。病気と診断されなかった労働者が工場を去るよう求められ、ある者には退職手当も支払われなかった。
後に、工場が閉鎖されてから、労働者たちが地方の保健事務所に病気を報告するようになった。地元の診療所で診察を受けた最初の12名の労働者のうち、4名は石綿肺、7名は胸膜肥厚、1名は4か月後に死亡したが、標準エックス線写真に胸膜がんがみられると診断された。莫大な数の元労働者を突き止め、彼らの健康の状態を確認しようという努力は、企業による妨害を受けた。

政府による保護

ブラジルでは、およそ3,000種類のアスベスト含有製品が存在している。主要には、アスベスト・セメント、摩擦材、紡績産業、およびプラスチック、化学、家具製品に使用されている。ブラジルにおけるアスベストの使用は1960、1970年代にはじまり、当時、「ブラジルの奇蹟」として知られた。
1986年時点の、ブラジルのアスベストの職場曝露限界は4繊維/ccで、アメリカの限界値0.2繊維/ccの20倍高かった。しかし、このような比較は開発途上諸国におけるアスベスト労働者の状態を伝えるのにはほとんど役に立たない。ブラジル環境保護庁の長官は、1986年に、労働者の保護を担当するこの労働機関は「ほとんど機能しておらず」、「非常に無力である」と書いている。1980年代に、ブラジル当局がアスベスト製造事業における健康リスクについて調べ始めたとき、政府は、標準的な大気モニター装置を入手し、測定を実施するのに企業に頼った。

法律や規則が存在するにもかかわらず、管理されないアスベストの使用は開発途上諸国において一般的にいまもみられる状況である。Dr. Rene Mendesは、ブラジルのアスベスト産業には3万人の労働者が雇用されており、その多くが小工場で、条件が悪いために労働者の入社後5〜10年で石綿肺が診断されていると言っている。

1986年初め、ILO第162号条約が承認されたのに伴い、労働省のコーディネートによって、ブラジル団体間アスベストグループ(GIA: Grupo Interinstitutional Asbesto)が創設された。GIAの目的は、アスベスト・セメント産業における健康リスクを評価し、労働者を教育し、また、他の諸国のものと調整のとれたアスベスト曝露の規制方針を確立することであった。
最初のアスベスト曝露の健康アセスメントは、ブラジル最大のサンパウロ州の9つのアスベスト・セメント工場において実施された。これらの工場には3,500名の労働者が働いていた。2年間にわたる調査の結果は、石綿肺、エックス線上の異常所見および健康不良による解雇を含む、労働者に対する重大な健康影響を示した。この調査の結果、アスベスト・セメント産業の使用者たちは労働者の代表と、アスベスト曝露のよりよい管理を開始するための全国協定に署名した。

より最近の協定では、管理の対象をリスクを生じさせる発生源にまで拡張している。曝露限界は現在は0.4繊維/ccである。さらに協定は、製造工場における下請労働者の使用を禁止している。この協定は、安全委員会を確立し、その委員の選出は労働者の管理のもとで行なわれる。鉱山部門にも、同様の協定が採用された。 1991年、ブラジル連邦政府は、職場の曝露限界を2繊維/ccに引き下げ、ILO第162号条約を批准した。

こうした規制は、職場におけるハザーズを管理するための重要なツールを意味している。管理は、労働組合がGIAの調停を要求することのできる工場や企業においてのみ履行され得る。例えば、まったく規制されていないアスベスト曝露を伴うブレーキやクラッチの交換作業が行われる自動車修理店の30万名以上の労働者には履行されることはない。

アスベストの産業利用についての世界の教訓からは、アスベスト関連疾患の終焉を保障する唯一の道はアスベストを禁止することであるという結論が導き出される。スウェーデンや他の産業化諸国において実施されているこのアプローチは、厳重な規制とその執行が禁止に代わる実行可能な代替策とはなり得ない開発途上諸国においてこそ必要である。

ブラジルにおける指導的な労働組合は、アスベスト採掘・生産産業が国の重要な産業であるにもかかわらず、政府がアスベストを根絶するよう求めてきた。1994年、労働者、政府と自動車部品産業は、1998年までに段階的に摩擦材からアスベストを禁止することで同意した。イタリアの(アスベスト禁止)法律が実施された時、1993年4月に、GIAはアスベスト禁止ヨーロッパ連合(BAEF)がミラノで開催した国際セミナー「アスベスト禁止」に招かれた。「ミラノ・アピール」として知られる最終的に承認された文書は、科学者、技術者、労働組合、国会議員たちが署名し、セミナー参加者にアスベスト製造の開発途上国への移転に反対するよう勧告した。このような国際的イベントに触発され、また国際化する市場の趨勢を考慮して、ブラジルの国会議員および州・市町村議員たちは、ブラジルにおけるアスベストの段階的禁止から全面禁止までの広範囲にわたる法案を提出した。

こうした法案のなかで、開発途上国におけるアスベスト規制の成り行きとして典型的なものがひとつある。その法案は、1993年に、連邦議員Eduardo Jorgeによって連邦下院に提出された。理由はよくわかっていないが、既存の委員会(環境、科学技術、その他)によるレビューに対立するものとして、この法案を検討するための特別委員会が設置された。この特別委員会の委員は、基本的に、主にアスベスト産業が所在している州選出の下院議員たちであった。この提案は、そのメリットの再検討を求めるいくつもの要求にもかかわらず、6か月たらずのうちに却下されてしまった。

代わりの法案が下院と上院によって承認された。これは、アスベストの「管理使用(controlled use)」の継続を保障するものであった。この提案は、アスベスト産業とその資金提供を受けたロビイストだけでなく、一部の労働組合運動からも支持された。

にもかかわらずGIAは、アスベストの健康リスクに関心をもち、アスベストの「管理使用」というこの問題で妥協しようとしない新しいタイプの労働組合の指導者たちに直面することになった。アスベスト禁止を支持する彼らの姿勢は、共に全国的な影響力をもつCUT(Central Unica dos Trabal-hadores)およびForca Sindical[いずれも国際自由労連(ICFTU)加盟のナショナルセンター]傘下の労働組合に支持された。このようにして創られた強力な労働組合のグループが、ブラジルにおけるアスベスト禁止の運動に関与していった。

サンパウロ国際セミナー

1994年3月にサンパウロでの第2回国際アスベストセミナーが計画された[1995年6月号参照]。ミラノ・セミナーを発展させて、サンパウロ・セミナーでは地球規模のアスベスト禁止が強調された。アメリカ、パナマ、ペルー、チリ、フランス、イギリス、イタリアから、労働組合やNGOの代表、国会議員、科学者らがこのイベントに参加した。外国政府の代表はいなかった。このセミナーはブラジル労働省がスポンサーとなり、CUTやForca Sindical等の労働組合が、このセミナーに協力し、このイベントの正当性を支持した。にもかかわらず、このセミナーは国内および国際レベルで激しい議論の的となった。

この会議は非常に緊張した雰囲気の中で開催された。カナダ政府、フランスのアスベスト委員会やブラジルのアスベスト製造業者たちは、公然とサンパウロ・セミナーに反対を表明した。アスベストが禁止されたら地域全体が雇用を失い、生活に困窮するかもしれないという、ロビイストたちによる暗黙の説得に影響された地域住民による抗議も行なわれた。会社よりの労働組合の影響を受けて、鉱山やアスベスト・セメント産業の労働者は、雇用の喪失を心配するようになった。彼らは、「アスベストの無害な使用に関する全国発展協定」に署名して、管理使用アプローチに支持を与えた。この労働者たちの動揺は、ブラジルにおける社会的矛盾の深刻さを示すものであり、それは労働組合運動にも影響を与えている。

サンパウロ・セミナーの最後に、サンパウロ宣言が採択された。このサンパウロ宣言は、すべての種類のアスベストの生産、加工、使用は労働者と市民の健康に対する重大なリスクであると断言した。それは、ブラジルなどの諸国にアスベストを輸出している多国籍企業(エターニトおよびサンゴバン)を告発し、彼らが用いる「アスベストの管理使用」のような脅迫と情報隠蔽を非難した。サンパウロ宣言は、すべての国の政府に、いかなるかたちのアスベストの使用も即時禁止することを実行し、無害であることが証明された代替製品の使用を促進し、[アスベスト禁止によって失われる]雇用を保障・創出し、アスベストを含有したすべての建築物を安全に解体し、また、アスベスト被災者に医療と補償給付を支給するよう要求した。また、アスベストのない世界という共通の目的のための、ヨーロッパ、アメリカ、アジアの連携からなる世界規模のアスベスト禁止ネットワーク(BAN)が創設された。

アスベスト産業の専門家たち

スイス・ジュネーブの世界労働機関(ILO)から医学専門家がひとりサンパウロ・セミナーに参加した。Dr. Michel LesageはILOの公平な立場の代表として出席した。驚いたことに、彼は、産業界の代表たちと一緒に座り、ブラジルにおけるアスベストの使用を促進し、アスベスト禁止に反対するという彼らの意見を共有した。後に、Dr. Lesageは、長い間、ケベック・アスベスト鉱山協会およびカナダのアスベスト研究所をスタッフとして代表していたことがわかった。4年前、フランス労働省を代表していると称するDr. Marianne Sauxがブラジルにやってきて、産業界の代表と同じ立場をとったことがあった。Francois Malyeの「Amiante Le Dossier de L'air Contamine」と呼ばれる文書で明らかになった一連の劇的な暴露によって、Dr. Marianne Sauxは当時、実際はサンゴバンに雇われていたことが判明した。ここに、偽りの信任状という仮装とそこに隠されたきわめて不愉快かつ非倫理的なもくろみをみることができる。

結 論

ブラジルは現在のところ、開発途上諸国のアスベスト採掘および生産に伴う経験に十分学んでいない。強力な私企業の利益と政府の共謀によって認識が妨げられているが、職業病が流行している。ブラジルは、アスベストの生産と消費の有害な影響を告発するのに、アスベストによって引き起こされる損害の疫学的評価など待っていることはできない。

ブラジルの労働組合は現在、勇敢にはっきりとアスベストの採掘および生産の禁止を要求している。開発途上国におけるアスベスト曝露による長期的な社会的および医療的コストは、ヨーロッパにおけるアスベスト禁止運動の影響を受けてきた。開発途上国においては、産業の発展に大きく依存しているため、危険なまた環境的に時代遅れの産業が容認されやすく、その中でアスベスト禁止を要求することは並外れたことであり、称賛すべきことである。

その過程のあらゆる段階において、サンゴバンとエターニトに代表されるブラジルにおけるヨーロッパ企業は、労働組合のアスベスト禁止に向けた努力に反対してきた。彼らは、公衆衛生よりも私企業の利益の擁護に関心を持つカナダ政府およびブラジルの政治家たちと結びついてきた。
サンゴバンは、アスベスト規制に関する欧州連合(EU)におけるフランスの政治戦略に強力な影響力をもっている。すでに国内レベルでアスベストを禁止しているいくつかの諸国は、ヨーロッパ全体においてアスベストを禁止するヨーロッパ指令を要求し続けている。かかる指令は、ヨーロッパの多国籍企業が活動するすべての諸国に拡張されるべきである。フランスは、1997年に自国におけるアスベスト禁止を発効させながら、ヨーロッパおよびそれ以外の地域においてアスベスト生産を擁護する諸国の中で指導的役割を果たしている
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