2001.2.25 |
主な評価結果と結論の概要 この本は、クリソタイル・アスベストへの曝露によって生ずる人体および環境に対するリスクを評価したものである。白アスベストとも呼ばれるクリソタイルは、自然に生成する繊維状の水和した珪酸マグネシウムであり、多くの産業用用途をもっている。クリソタイルは、産業界の発生源から環境中に放出される。さらに、蛇紋岩は自然の風化作用によって大気中および水中に放出される。 産業用アスベストの主要な形態である混合曝露(クロシドライト、アモサイトおよびクリソタイル)による健康リスクはよく知られているが、世界労働機関〈ILO〉がクロシドライト・アスベストの使用の中止を勧告したことを受け、また、アモサイトは事実上もはや利用されていないことを考慮し、クリソタイルの製造および使用が引き続き広くいきわたっていることから、その評価を行うこととされた。世界的にみてクリソタイル繊維の最も大きなユーザーとして、アスベスト・セメント産業が選ばれた。主要な用途としては、波型板、平板、ビル用板、スレート、低圧用パイプや高圧水用パイプなどのモールド用品等の生産が含まれる。クリソタイルは、量は少ないものの、フリクション〈摩擦材〉製品、ガスケット、アスベスト紙の製造にも使用されている。 クリソタイルの健康リスクを評価するにあたっては、曝露―反応関係のその産業特有の特徴、角閃石系繊維(クロシドライト、アモサイト)と蛇紋石系繊維(クリソタイル)の両者の曝露が区別されていない過去の調査研究による曝露データを解釈する困難さなどの方法論上の問題がたくさんあった。結論および勧告は、公けの科学的著述における業績のみによって選ばれた科学者の大きなグループによって合意に達した内容である。この文書に基づく注意深い評価は、約500の参考文献を包含している。 このレポートは、サンプルの収集・分析に用いた方法のレビューに始まり、続いて、職業上および環境上の曝露の発生源について検討している。その結果は、採掘および破砕、アスベストを製品に含有させる加工、建設および修繕作業、輸送およびクリソタイル含有製品の廃棄物の処分、中に曝露が起こり得ることを示している。建築物の建設、補修、解体中のクリソタイルへの曝露が、必然的に高いリスクを伴いそうであると判定された。次の節では、環境および様々な労働環境で検出されたクリソタイルのレベルについて要約され、また、吸入あるいは摂取された繊維の〈生体への〉取り込み〈uptake〉、浄化〈clearance〉、停留〈retention〉および移動〈translocation〉に関する知見についてレビューしている。 最も大部な節では、動物実験および試験管内〈in vitro〉実験システムで実施された毒性学的研究、および、職業的に曝露した労働者に関する疫学的研究の結果をレビューしている。人体に対しては、レポートは、クリソタイル・アスベストへの曝露は、量―反応関係〈dose-response manner〉をもって、石綿肺、肺がんおよび中皮腫の過剰リスクを生じさせると結論づけ、また、アスベスト曝露と喫煙は相互に作用して肺がんのリスクを非常に増加させるという以前からの知見を確認した。レポートでは、発がんリスクに関する閾値は確認されなかった。クリソタイル曝露は肺以外の部位の発がんリスクを増大させるという証拠は、確定的ではないと判定された。 曝露によって生じる健康リスクを低減させるために、レポートは、職業上の曝露が引き続き生じる作業現場においては、工学的およびその他の管理手段を用いることを要求し、さらに、より安全な代替物質が利用可能な場合には、それらの使用が考慮されるべきであると結論づけている。 * 原文は、http://www.who.org/dsa/justpub/add.htm#Chrysotile Asbestosで入手できる。 抄 録 1. アイデンティティ、物理的・化学的特性、収集および分析 クリソタイルは、自然に生成する繊維状の水和した珪酸マグネシウムであり、多くの産業用製品に使用されてきた。今日、世界の産業界で幅広く使用されている。鉱物としてのその物理的および化学的特性は、採掘された地質の堆積物によって変化することが知られている。鉱石の中に繊維を伴う鉱物はたくさんあり、それらのうちの数種類が繊維状角閃石である。その形状および集中の範囲という点で、トレモライトがとりわけ重要であると考えられている。 現在、クリソタイルの分析には、光学および電子顕微鏡を使用する必要がある。総粉じんおよび繊維の両方について、その環境中における存在および濃度をモニターするのに、かつては様々な器具や装置が用いられた。メンブレイン・フィルター技術および位相差光学顕微鏡が、労働現場を分析するのに今日一般的に使われており(大気1ml中の繊維数で表示される)、透過電子顕微鏡も使われている。環境の分析には、透過電子顕微鏡を使用する必要がある。組織荷重研究が、曝露に関する情報を向上させるために利用される。これらの調査について詳述する配慮の程度に依存しながら、メカニズムおよび原因論に関する推論が引き出されてきた。 以前は労働現場の分析に重量・温熱沈殿器や小型インピンジャー〈大気中の粉じん標本を採取する装置〉が利用され、そうした粉じん(繊維ではない)の数〈を測定すること〉は、曝露―反応関係を評価するための初期の曝露指標でしかない。これらの数値を大気の体積当たりの繊維数に換算するための多くの試みがなされたが、そうした換算はきわめて限られた成果しかなかった。業種によって、さらに職種によって換算要因が異なることがわかり、一般的な換算要因を求めることはできなかった。 2. 職業上および環境上の曝露の発生源 地殻環境(大気、水、氷雪、土壌)におけるクリソタイル濃度は低いものであった。自然および人間の行為が、繊維を放出、拡散させている。人為的な発生源には、鉱石の採掘、加工、製造、応用、利用から最終的には廃棄に至るまでの職業的な行為が含まれている。 生産は25か国で行われ、主要な生産国は7か国である。世界の年間アスベスト生産量は、1970年代中頃に500万トンを超すピークを迎え、以降、現在の300万トンレベルにまで減少してきた。クリソタイル製品の製造は100か国以上で行われ、日本が主要な消費国である。クリソタイル曝露の可能性のある現在の主要な行為は、 (a)採掘および製粉、 (b)製品への加工(摩擦材、セメント管、板材、ガスケット、シール材、紙製品および織物)、 (c)建設、修繕、解体、 (d)輸送および廃棄、である。アスベスト・セメント産業がずばぬけて大きいクリソタイル繊維の使用者であり、全使用量の85%を占めている。 アスベスト含有製品の加工、設置および廃棄作業中に、同様に一定の場合には、製品の自然の摩滅によっても繊維が放出される。飛散性の製品の取り扱いは、クリソタイル放出の重要な源である。 3. 職業上および環境上の曝露レベル 主に北アメリカ、ヨーロッパおよび日本のデータに基づけば、1930年代初期における多くの製造部門の労働現場における曝露は非常に高かった。1970年代後期までにはレベルは相当程度下がり、おおよそ今日の値にまで低減した。ケベックの採掘・製粉産業においては、大気中の繊維の平均濃度は、1970年代にはしばしば20繊維/ml(f/ml)を超えていたが、いまでは通常1f/l未満である。日本のアスベスト・セメント製造業では、1970年代の典型的な平均濃度は2.5-9.5f/mlであったが、1992年には平均濃度0.05-0.45f/mlと報告されている。日本のアスベスト織物製造業では、平均濃度は、1970-75年の期間では2.6-12.8f/ml、1984-86年の期間では0.1-0.2f/mlであった。同じ国の入手可能なデータによれば、摩擦材製品製造業においても同様の傾向であり、1970-75年の期間には10-35f/mlの平均濃度が測定され、1984-86年の期間には0.2-5.5f/mlと報告されている。大規模な死亡率調査が実施されたイギリスの工場においては、1931年以前の期間には一般に濃度は20f/mlを超えていたが、1970-79年の間には一般に1f/ml未満であった。 数は少ないが、最も労働者が曝露しそうと考えられる、クリソタイル含有製品の設置および使用に伴う繊維の濃度に関するデータが存在する。自動車整備業においては、1970年代に16f/mlを超すピーク濃度が報告されたが、実際に1987年以降に測定されたすべてのレベルは0.2mlよりも少なかった。1980年代の乗用車の修理作業中の時間加重した平均曝露は、一般に0.05f/mlよりも少なかった。しかし、管理なしに、ドラムからちりを吹き飛ばせば、粉じんの短時間高濃度曝露することになった。 補修作業をする者は、同じ場所に大量の飛散性アスベストがあるために、異なるアスベスト繊維の混合曝露を受ける可能性がある。アメリカにおける、管理計画をして建築物内で補修作業をする者の個人曝露は、8時間加重平均で、0.002f/mlから0.02f/mlの間であった。この数値は、典型的な電話交換作業中の曝露(0.009f/ml)と同程度の水準で、天井〈シーリング〉作業(0.037f/ml)の方が高く、掃除用具等の収納場所での作業(0.5f/ml)ではさらに高い濃度が報告されている。管理計画が取り入れられてなかった場合には、これよりも相当高い濃度になっていたかもしれない。ある事例では、一時的な短時間濃度は、表面が非常に飛散性の高いクリソタイル含有〈建材〉であった建築物内において、清掃作業中に1.6f/ml、図書室の本の防虫剤散布作業中に15.5f/mlであった。他のおおかたの8時間加重平均はそれよりも2桁程度少なかった。 1986年以前に実施された調査結果によると、オーストリア、カナダ、ドイツ、南アフリカ、アメリカで測定された、屋外の大気中の繊維濃度(長さ5μm超の繊維)は、0.001f/mlから0.02f/mlの範囲内で、大多数のサンプルのレベルは0.001f.mlよりも少なかった。カナダ、イタリア、日本、スロヴァキア、スイス、イギリス、アメリカのもっと最近の測定では、平均値または中間値は0.00005f/mlから0.02f/mlの間であった。 公共建築物内、飛散性のアスベスト含有製品が使われている建築物内であっても、その繊維濃度は、周囲の大気中で測定された範囲内であった。1986年以前のドイツおよびカナダにおける建築物内の濃度(長さ5μm超の繊維)は、通常0.002f/mlよりも少なかったと報告されている。ベルギー、カナダ、スロヴァキア、イギリス、アメリカのもっと最近の調査では、平均値は0.00005f/mlから0.0045f/mlの間であった。クリソタイル繊維の0.67%だけが5μmよりも長かった。 4. 〈生体への〉取り込み、浄化、停留び移動 吸入されたクリソタイル・アスベストの沈着〈deposi-tion〉は、繊維の空力的直径〈aerodynamic diame-ter〉、長さおよび形態に左右される。空気中のクリソタイル繊維の大多数は、繊維の直径が3μm未満で、約10μmの空力的直径に等しいことから、吸入可能と考えられている。実験用ラットでは、クリソタイル繊維は、主として肺胞の管の分岐点のところに沈着する。 鼻咽頭および気管支の部分では、クリソタイル繊維は、粘膜繊毛の浄化〈clearance〉〈機能〉によって取り除かれる。肺胞管分岐点のところでは、繊維は上皮細胞によって拾い上げられる。繊維の長さが、クリソタイル繊維が肺胞の浄化〈機能によって取り除かれるかどうか〉の重要な決定要因である。短い(5μmより短い)繊維は、より長い(5μmよりも長い)繊維よりも素早く浄化されるという、動物実験による多数の証拠が存在する。アンフィボール系〈アスベスト〉と比較して相対的により素早いクリソタイル繊維の浄化のメカニズムは、完全に知られているわけではない。長いクリソタイル繊維が主として破損および/または分解によって浄化されるのに対して、短いクリソタイル繊維は肺胞のマクロファージ〈大食細胞〉の食作用によって浄化されるという仮説がたてられてきた。クリソタイル繊維がどの程度、間質、胸膜細胞、その他外胸部の細胞に移動〈translocation〉するかについては、完全には解明されていない。 クリソタイル・アスベストに曝露した労働者の肺の分析結果では、少ない割合ではあるが商業用クリソタイルに一般に付随している、アンフィボール系アスベストであるトレモライトの方がクリソタイルよりも停留が大きいことを示している。ヒトの肺からのクリソタイル繊維の除去が相対的に素早いことは、動物実験によって、クロシドライトやアモサイトを含むアンフィボール系よりもクリソタイルの方がより素早く浄化されることが示されることによっても支持される。 人体および動物実験による研究から得られた利用可能なデータは、〈食物等から〉摂取されたクリソタイル繊維についての、起こり得る〈生体への〉取り込み、分布、排泄を評価するには不十分である。入手可能な証拠は、消化管壁を貫くクリソタイル繊維の浸透〈penetration〉が生じているとしても、それはきわめて限られていることを示している。職業的にクリソタイルに曝露した労働者の尿中のクリソタイル繊維のレベルが増加していることを示す研究がひとつある。 5. 動物および細胞に対する影響 実験用ラットに腺維形成性および発がん性を示した膨大な長期吸入実験のなかには、クリソタイル繊維に関する実験の事例が多数存在する。これらの結果には、間質性腺維形成、肺および胸膜のがんが含まれる。多くのケースでは、ラットの肺の腺維形成と腫瘍との間に結合関係があることを示している。腺維形成性および発がん性という結果は、他の投与モデル(例えば、気管滴下、胸膜または腹膜への注入)を用いた長期動物実験(主にラット)でもみられる。 クリソタイルによって生じる腺維形成、肺がんおよび中皮腫についての曝露/量―反応関係は、長期吸入動物実験では十分に研究されていない。主に単一の曝露濃度を用いた、時間経過を観察した吸入実験では、大気中の繊維濃度が100f/mlから数千f/mlで腺維形成性および発がん性の反応を示している。多くのデータを総合すると、大気中の繊維濃度と肺がんの発生率の間には関係があると思われる。しかし、この種の分析は、利用可能な研究では異なった実験環境が用いられていることから、科学的な印象を与えないかもしれない。 非吸入実験(胸膜および腹膜注入実験)では、クリソタイル繊維の中皮腫に関する量―反応関係は、論証されている。しかし、この種の研究のデータは、繊維の吸入曝露による人体のリスクを評価するためには適切でないかもしれない。 商業用クリソタイルに少量含有される鉱物であるトレモライトも、発がん性および腺維形成性があることが、ラットによる単一吸入実験および腹膜注入実験で示されている。トレモライトとクリソタイルの発がん能力を直接比較できるような、曝露/量―反応関係に関するデータは得られていない。 腺維形成性および発がん性の影響を引き起こす繊維の能力は、部分的にはその物理化学的特性によって決定される、繊維の寸法〈dimension〉および耐久性〈durability〉(すなわち、標的組織内における生物学的持続性)を含む繊維の個々の特性によっていると思われる。そのことは、短い繊維(5μm未満)は長い繊維(5μm超)よりも生物学的に活動的でないという動物実験でよく報告されてきた。しかし、短い繊維が何らかの著しい生物学的な活動性を持っているかどうかは、なお不確かである。さらに、通常その動物の生涯の末期にアスベスト関連がんが発現する前に、前がん状態という結果を引き起こすために、繊維がどれくらいの期間肺内にとどまっている必要があるかについては知られていない。 クリソタイルおよび他の繊維が腺維形成性および発がん性の影響を引き起こすメカニズムについては、完全にはわかっていない。繊維の発がん性影響に関する考えられるメカニズムには、成長要因の生成(例えば、TNFアルファ)により媒介される慢性炎症プロセスやreactive oxygen speciesが含まれる。繊維に起因する発がん性に関しては、いくつかの仮説が提出されている。それらには、繊維によって生じたreactive oxygen speciesによるDNAの損傷、繊維と標的組織の間の物理的相互作用によるDNAの損傷、繊維による細胞分裂の増大、繊維に誘発された慢性炎症反応によるリソチーム酵素、reactive oxygen species、細胞分裂および成長要因の長期放出、発がん補助物質または化学的発がん物質の標的組織への運搬者としての繊維の活動、が含まれる。しかし、このような影響が人体および動物の細胞を用いた多くの試験官内実験で観察されていることから、これらすべてのメカニズムが、クリソタイル繊維の発がん性に寄与しているようである。 総合的にみれば、入手可能な毒性学的データは、クリソタイルが腺維形成性および発がん性のハザードを引き起こすことができるという明らかな証拠を提供している。しかし、データは、人体へのリスクの定量的な推定を与えるには不十分である。これは、吸入実験からは不十分な量―反応データしか得られておらず、人体リスクを予測するには動物実験の感度が不確実であるためである。 クリソタイル繊維の口腔に対する発がん性を調べた実験がいくつか存在する。入手可能な研究では、発がん性影響は報告されていない。 6. 人体に対する影響 商業用の品等のクリソタイルは、曝露労働者に関する膨大な疫学的研究において、じん肺、肺がんおよび中皮腫の過剰リスクと関連付けられてきた。 クリソタイル曝露に関連した悪性でない疾患には、疫学的研究にあたって容易に定義できない、臨床上および病理学上の諸兆候〈syndrome〉のいくぶんか入り組んだ混合体を含んでいる。一般に、様々な程度の胸膜の病変を伴う、びまん性、間質性の肺の腺維化を伴う疾患を意味する、石綿肺に主要な関心が払われてきた。 様々な〈産業〉部門でクリソタイルに曝露した労働者に関する調査結果が、曝露の過剰レベルが疾患の発生率および重症度の過剰を生じさせるという限りにおいて、クリソタイルに起因する石綿肺についての曝露―反応あるいは曝露―影響関係をあまねく論証してきた。しかし、診断の不確実さや曝露の中断による疾患の発達の可能性のような要因のために、この関係を定義することは困難である。 さらに、利用可能な調査結果のなかで、リスクの推定にあたって相当の変動があることが明らかである。この変動の理由は、完全には明らかでないが、曝露の推定、多様な産業部門における大気中の繊維のサイズの分布、統計モデルにおける不確実性に関係しているかもしれない。石綿肺の変化は、以下のような5f/mlから20f/mlの長期曝露において一般的である。 総括的にみた肺がんの相対的リスクは、アスベスト・セメント製造業の労働者に関する調査結果およびアスベスト・セメント製造労働者のいくつかのコホートにおいては、一般に高くない。クリソタイルと肺がんリスクとの間の曝露/反応関係は、織物産業労働者の調査結果で、採掘および製粉産業労働者の調査結果よりも10-30倍高くなっている。推定累積曝露に関して、織物製造業部門における肺がんの相対的リスクは、それゆえ、クリソタイル鉱山で観察されたものよりも10-30倍程度大きい。このようなリスクの多様性の理由は明らかではなく、そのため、繊維のサイズの分布の変化を含めた、いくつかの仮説が提出されている。 中皮腫のリスクの推定は、この疾患が稀なものであること、参照とされる人口における死亡率がないこと、診断および報告上の諸問題といった要因のために、各疫学的研究のなかで込み入ったものになっている。それゆえ、多くのケースにおいて、リスクは算出されず、事例および死亡の絶対数や肺がんあるいは全死亡に対する中皮腫の比率などの加工していない指標が利用されてきた。 本モノグラフによってレビューされたデータに基づくと、中皮腫の件数の最も大きな部分は、クリソタイル採掘および製粉産業部門で発生している。観察された全38件は、胸膜―腹膜とされた、診断上の確実性が低い1件を除いて、すべて胸膜〈中皮腫〉であった。2年未満の曝露労働者では、1件も発生しなかった。未加工の中皮腫の率(件/1,000人・年)で、累積曝露3,530百万パーティクル/m3(mpcm)・年(<100百万パーティクル/フィート3(mpcf)・年)の0.15から10,590mpcm・年(>300mpcf・年)の0.97までの範囲で、明かな量/反応関係があった。 採掘および生産部門での多数のコホート研究における、中皮腫による死亡の割合は、0から0.8%である。これらの割合は解釈する場合には、曝露強度、最初の曝露からの曝露期間または時間ごとの死亡数によって階層化された比較可能なデータを提供する研究ではないということに注意する必要がある。 繊維状のトレモライトは人体に中皮腫を引き起こすという証拠がある。商業用クリソタイルは繊維状トレモライトを含有しているので、主としてクリソタイルに曝露した一定の人々のなかでは、後者が中皮腫の誘発に寄与しているかもしれないと仮定されている。観察された中皮腫の過剰に対するその程度は、繊維状トレモライトの量のせいかもしらず、それは解明されていない。 クリソタイル・アスベストの曝露が、肺または胸膜以外の部位のがんの過剰リスクと関連付けられるという疫学的証拠は、確定的ではない。(すべての種類の)アスベスト曝露と喉頭、腎臓、胃腸系のがんとの間の関連に関してはいくらかの一定しない証拠があるのであるが、クリソタイル自体のこの問題に関する情報は限られている。ケベックのクリソタイル採掘および製粉業の調査結果では、胃がんの著しい過剰が観察されているが、飲食物、感染、その他のリスク要因による可能性のある交絡が処理されていない。 クリソタイル曝露労働者に関する疫学的研究は、主に採掘および製粉業、製造業部門に限定されたものであるが、西洋諸国における複数の種類の繊維の混合曝露に関連付けられた諸疾患の歴史的パターンに基づいた、建設業およびあるいは他の使用産業の労働者に非常に大きなリスクがあると思われるという証拠があることを認めるべきである。 7. 環境的な影響および生物相に対する影響 危険な〈鉱脈の〉露出が世界中に見出される。クリソタイルを含む鉱物の成分は、地殻の変動によって侵食され、また、水流の成分、土砂や土壌となって運ばれる。クリソタイルの存在および濃度は、水、大気、その他の地表の部分で測定されてきた。 クリソタイルとその危険な付随鉱物は、その表面を化学的に腐蝕する。これは、土壌のpH(ペーハー)に重大な変化を生じさせ、たくさんの種類の僅少な金属を環境中に放出する。これは次々に、測定できるほどの影響を植物の成長、土壌中の生物相(微生物や昆虫を含む)、魚、無脊椎動物に与える。いくつかのデータは、牧草地の動物(羊および牛)が、危険な露出部に生長した牧草の摂取により、血液の化学的な変化を受けたことを示している。 * 原文は、http://www.who.int/pcs/docs/ehc_203.htmで入手できる。 *****
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