20012.25

安全センター情報


1999年11月号




ヨーロッパにおける中皮腫の流行


J Peto et al, British Journal of Cancer (1999)79(3/4)


抄録

1995-2029年の期間の予測は、西ヨーロッパにおける毎年の中皮腫による男性の死亡数は、1998年の5,000から2018年頃の約9,000へと過去20年間のほとんど2倍になり、その後下り坂になって、今後35年間では合計約25万の死亡になることを示唆している。最も高いリスクは、1945-50年生まれの男性がこうむり、おおよそ150人に1人が中皮腫によって死亡することになるだろう。西ヨーロッパにおけるアスベストの使用は、1980年まで高水準で続き、今なおかなりの量がいくつかのヨーロッパ諸国において使用されている。これらの予測は、簡単な年齢・生年コホート・モデルを、合計すると西ヨーロッパの人口の4分の3になる6か国(イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、スイス)の1970-1989年の男性胸膜がん死亡率に当てはめたものに基づくものである。モデルは、1990-94年の期間における観察死亡数と予測死亡数を比較することによって検定した。登録された胸膜がんに対する中皮腫の比率は、イギリスにおいては1.6:1であったが、他の諸国においては1:1と仮定した。

中皮腫の絶対的多数はアスベストによって引き起こされ、男性における非常に高い発病率は、ほとんどが環境的曝露によるよりも職業的曝露によるものであることを示している。その発病率は、曝露が終了した後も何十年間にもわたって、およそ最初の曝露からの時間という第3の力にしたがって上昇し続けており(Peto et al, 1982)、また、ほとんどの患者が30年かそれ以上前に初めて曝露した男性である。したがって、ある国における中皮腫の比率は、その人口の過去における―主に職業的な―アスベスト曝露の量的な指標である。中皮腫はなおほとんど常に致死的であり、そのため、過去のコホートの死亡率のパターンの分析は、合理的に信頼性のある将来の傾向の予測を提供することができる。イギリスにおける中皮腫の死亡率の傾向に関する最近の分析は、最悪の影響を受けるコホートは1940年代後半生まれであり、男性の中皮腫の発病率のピークは2020年あたりになるとされている(Peto et al, 1995)。対照的に、アメリカにおける最悪の影響を受ける男性世代は1920年代後半生まれであり、ピークは2000年以前になり、その後急速に発病率は下がるだろうとされている(Price, 1997)。イギリスにおける傾向の分析は、イギリスの中皮腫登録〈システム〉に基づいており、死亡診断書に「中皮腫」という言葉が記載されたすべての死亡を含んでいる(OPCS/HSE, 1995)。多くの諸国においては、中皮腫の発病率に近似していると合理的に推定できる、唯一の入手可能な定型的な国家データは、胸膜のがんの発生率である。われわれはそれゆえ、今後35年間にわたるヨーロッパにおける中皮腫の傾向を予測するために、イギリスおよび他の6か国の男性胸膜がんの死亡率の傾向を分析した。

データおよび方法

すべてのヨーロッパ諸国における居住人口の詳細とすべての原因によるがんおよび胸膜がんによる死亡数は、世界保健機関(WHO)のデータベース(La Vecchia et al, 1992)から抽出した。分析は、少なくとも300万人以上の人口と1970-1992年あるいはそれ以降の完全なデータを有する諸国に限定した。オランダの1970-71年分、イギリスとイタリアの1991年以降の分を各国のデータによって追加して、フランスとオランダについては1992年まで、ドイツ、イタリア、スイスは1993年まで、イギリスは1994年までのデータがそろった。これら6か国を合計すると西ヨーロッパの人口の72%を占め、1990年の西ヨーロッパにおける男性胸膜中皮腫死亡の86%を占めることになる。ハンガリーは1970-1994年の完全なデータを有しており、これもまた含めた。当該期間中に国際疾病分類(ICD)の2つの版が使用された。胸膜がんは、第8版では163.0に、第9版では163に指定されていた。

1970-74年から始まる5年ごとの暦年区分、および、40-44歳から80-84歳までの5年ごとの年齢区分によって、年齢特異的〈age-specific〉死亡率を分析した。40歳という低い年齢に制限したのは、部分的には中皮腫は若年層ではきわめて稀であることによるが、また、若年者における不釣り合いな数のケースはアスベストによるものではないかもしれないからでもある(Peto et al, 1981)。年齢標準化の比率は、世界の標準人口に基づいた。

統計的モデル化

年齢および生年コホートの結果は、対数直線〈log-linear〉ポアソン・モデルをGLIMを用いて、1970-74年から1985-89年までの5年の暦年区分ごとの年齢特異的死亡率に適合することによって推計した(Decarli et al, 1987; Peto et al, 1995)。コホートは出生年の中央値によって定義した。したがって、例えば、1885-1894年の10年間のいずれかに生まれ、1970-74年の5年間の間に80-84歳で死亡した者は、1890年生年コホート〈birth cohort〉に割り当てられた。分析の結果は、1990年以前に利用可能な最新のコホートである、1945年生年コホートにおける男性の予測された年齢特異的死亡率、および、各生年コホートごとの胸膜がんによる累積死亡確率〈cumulative probability of dying〉(85歳超)を、各国ごとに要約した。将来の人口は、後の各期間の全原因による死亡率が1985-89年と同じと仮定し、移出入は無視して、1985-89年の人口数から標準保険統計手法〈standard actuarial methods〉によって算出した。1990-2029年の間の胸膜がんの予測数は、1970-1989年のデータの年齢コホート〈age-cohort〉分析に基づいて、各国ごとに算出した。モデルの有効性は、1990年以降の観察死亡数と予測死亡数を比較することによって検定した。この最後の期間のデータは、フランスとオランダについては1990-92年、ドイツ、イタリア、スイスは1990-93年、イギリスとハンガリーは1990-94年が利用可能であった。1990年以降の予測数はゆえに、補間法〈interpolation〉によって算出した。例えば、1990-92年における50-54歳のフランスの男性の生年の中央値は1939年で、このセルに想定されたコホートのパラメーターは、1940年生年コホートの0.8プラス1935年の0.2という推計値であった。長期間の予測のために、1950年生年コホートの胸膜がん死亡率は、1945年生年コホートのものと同等と仮定した。この仮定の有効性は、1990年以降の40-44歳の観測死亡数と予測死亡数を比較することによって評価した(表2)。1955年生年コホートの率は、50%少ないものと仮定され、それ以後の生年コホートの死亡率は考慮しなかった。 1985-1989年の間に、イギリスの中皮腫による死亡の74%(2,886/3,916)が胸膜のものと分類された(Health and Safety Commission, 1997)。(1986-1991年の中皮腫による死亡のレビューは、たとえ胸膜の悪性に言及されていてもICDのルールのもとでは別の部位や原因が優先されることを指摘して、じっくり吟味しなければ判別できない理由により、55%のみが実際にICD 163に分類された(OPCS/HSE, 1995)。15%は肺、5%は腹膜、21%は他のまたは特定できないがん、4%は悪性ではない原因。) この割合は、分類手順の変更の結果、1990-94年には62%(3,308/5,352)に減少した。イギリスの死亡登録における不明瞭な死亡原因を明解にするための組織的な医学的照会〈enqui-ries〉は1993年かその後に終了し(Office for National Statics, 1996)、そのような照会の結果であった死亡診断書に「胸膜」の語が付いた中皮腫の数の急速な減少と、それに対応して部位が特定されないに分類される数の増加をもたらした。〈後者の数は〉1992年の255(24%)から1994年の603(49%)に増加した(Health and Safety Commission, 1997)。1990年以降の観測死亡数と予測死亡数を比較するにあたってはそれゆえに、この変化をおりこむために1990-94年のイギリスの胸膜がんの予測死亡数は0.84(0.62/0.74)を乗じた(表2)。

結果

表1は、7か国の男性の年齢標準化死亡診断率の傾向を示している。1970-74年の最低の率はイギリスとハンガリー(100,000人当たり0.3)で、最高はオランダ(0.8)、フランス(0.7)、イタリア(0.7)であった。大幅な上昇がすべての諸国で観察された(イタリアの+68%からイギリスの+264%まで)。1990年以降の率は、ハンガリーが0.7、オランダが2.4で、他の諸国は1.1と1.4の間であった。

各国ごとの年齢コホート分析の結果は図1に要約してあり、1945年に生まれた男性の予測された年齢特異的〈死亡〉率と1890-1945年の各生年コホートごとの胸膜がんによる予測された生涯死亡確率を示している。総死亡率によって訂正された生涯リスクは、各生年コホートごとの全原因〈による死亡率〉が1985-89年の死亡率と同じで、各国内においては推計されたコホート・パラメーターに正比例していると仮定した。年齢コホート分析の適合は各国において妥当であり、カイ二乗〈χ2〉検定も、観測値と適合値の相違は全体で252の年齢区分セルのうちわずか2つと有意(ポアソン P=0.05)で、フランスの9.3(P=0.9)からイタリアの25.9(P=0.06)の範囲で良好であった(16 d.f.)。最も高いリスクを受けるのは、ほとんどの国において最も最近の(1945年)生年コホートであった。1945年に生まれた男性の胸膜がんによる予測生涯死亡確率は、フランスが0.58%、ドイツが0.31%、イタリアが0.35%、オランダが0.44%、スイスが0.69%、イギリスが0.69%、ハンガリーが0.10%であった。

1950年またはそれ以降生まれの男性の死亡率

1950年生年コホートの男性の唯一のデータは、1990年以降の40-44歳における死亡だけである。観察されたデータは、表2において、1945年および1950年生年コホートの率は同等であるという仮定による予測値と比較している。対応は、全体(死亡199、予測211)およびハンガリー(死亡14、予測5.4)以外の各国でほとんど等しい。それゆえ、将来の死亡数を予測するのに、1945年および1950年生年コホートは同等の率〈のリスク〉で罹患するものと仮定した。表2のデータは、全体および西ヨーロッパの6か国においてこのことがおおよそ正しいことを示唆している。将来の死亡数はハンガリーについては算出しなかった。1950年生まれのハンガリーの男性のリスクは、おそらく1945年生まれよりも相当に高いが、わずか14の死亡しかない1950年生年コホートでは信頼性のある予測は不可能である。

各国の1955年生年コホートは、イギリスの中皮腫登録データから引き出された推定値を用いて(Peto et al, 1995)、1950年コホートの率の50%罹患するものと仮定した。それ以降の生年コホートの死亡率は考慮しなかった。この1955年周辺生まれの男性についての避けられない恣意的な仮定および1955年以降生まれの男性の死亡の除外は、2020年までの予測死亡数にわずかな影響を与えるが、それ以降の死亡率は、現時点ではデータが存在しない1955年以降に生まれた男性に対する知られていないリスクにますます左右されることになるだろう。

1990年以降の観察死亡率と予測死亡率

過去の傾向に基づく将来の死亡率の予測は、過去20年間にわたる中皮腫の診断上の自覚の増大のために、おそらくシビアに過大評価されるかもしれない。われわれはそれゆえ、1970-89年の傾向に基づくわれわれの予測値を、独立した立場から検定できるようにするため、年齢コホート分析から最も直近(1990-94年)のデータを除外した。表2の右側の部分は、各国の1990年以降の45-84歳の男性の胸膜がんによる死亡の観察数と予測数を示している。対応は、各国において適度に近似しており(±7%以内)、観察数と予測数の合計はほとんど一致している(観察9,672、予測9,686)。

図2は、1989年までの西ヨーロッパの6か国における毎年の胸膜がんによる死亡の観察数および2029年までの予測数を示している。ほとんどの国において、予測されたピークは2015-19年となっており、〈ピーク時〉イギリスでは年約1,750、フランスが1,550、ドイツが940、イタリアが940、オランダが930、スイスが160の死亡であった。この流行の衝撃の全体像は表3に要約しあり、各国における、1945-50年生まれの男性が罹患する生涯リスク、2015-19年の流行のピーク時における年間死亡数、1995-2029年の35年間の胸膜がん死亡の合計数を示している。西ヨーロッパの6か国の予測された合計は190,000である。

胸膜がんと中皮腫の率の関係

間違って胸膜がんに分類(ICD 163)された他の原因による死亡の割合、および、胸膜がんに分類された中皮腫の割合は、各国において相当異なっているかもしれない。イギリスにおいては、1986-91年の間の男性の中皮腫による死亡の55%が163に分類され、163に分類された死亡診断の89%(2,447/2,745)に中皮腫の語が記載されており、そのため中皮腫登録に記録された(OPCS/HSE, 1995)。それゆえ、イギリスの胸膜がん率の過去の傾向は、中皮腫による死亡率の傾向とまったく密接に一致しており、後者は胸膜がんの死亡率〈の増加率〉約162%(0.89/0.55)になっている。しかしながら、フランスにおいては、ICD 163に分類された最近の男性死亡のサンプルのわずか70%だけが、レビューによって、明確な〈definite〉、おそらく〈probable〉、可能性がある〈possible〉中皮腫であるとされている(57%が明確な、または、おそらく、13%が可能性がある)。残りの30%は、他のがんであるとされた。同じ著者らの別の研究では、フランスにおける男性の胸膜中皮腫による死亡の75%が163に分類されており、胸膜がんに対する胸膜中皮腫の比率は0.93(0.70/0.75)であることを示唆している(Brochard et al, 1995)。中皮腫のうちの相当の部分が原発部位が腹膜または〈部位〉未確定であるが、イギリスにおける163に分類された全中皮腫の割合の数字(55%)がより適当かもしれない。そうであるならば、フランスにおける男性の中皮腫による死亡率の合計は、胸膜がんの死亡率の127%(0.70/0.55)になり、フランスにおける現在(1998年)の男性の中皮腫による死亡は年1,000、来るべきピーク時には2,000ということになる。

イギリスの11%と比較してフランスにおいて163に分類された最近の男性死亡の30%が中皮腫ではないという観察はまた、1970年以来ほとんど常にフランスの全体的胸膜がん率がイギリスの率をを上回っていることの理由になるかもしれない。毎年の胸膜がんに誤って分類された死亡数が1970年以来ほとんど常に同じであるとしたら、イギリスの率と比較可能にするためには、各期間におけるフランスの年齢標準化〈死亡〉率は、最近のフランスの率の約20%ずつ、すなわち、毎年100,000当たり約0.3ずつ、減らさなければならない。表1は、この修正が、フランスとイギリスの胸膜がん率全体が1970年以来の各期間においてほとんど等しいことを示している。この粗い修正は年齢特異的〈死亡〉率には適用できないが、最も一般に胸膜がんに誤って分類される肺がんに関しては、タバコ消費量とタール含有率の歴史的変化によって、より高年齢では増加し、若年齢では減少するという、最近数十年間にわたる西ヨーロッパにおける発生率に大きな変化を示している(Peto et al, 1994)。

このように、登録された胸膜がんと実際の中皮腫による死亡率との間には無視できない不確定が存在する。イギリスとフランスの間の1970-74年における全体の死亡率および1970年以来の上昇率の明らかな相違は、少なくとも部分的には死亡診断の手順の相違によるものであるが、胸膜がんと中皮腫の率の間の関係の詳細なデータは他の諸国に関しては入手できない。ドイツ、イタリア、スイスにおける全体の死亡率の傾向は、フランスにおけるのと類似しており、1970-74年における0.5-0.7の範囲の年齢標準化〈死亡〉率が1990-94年には1.1-1.4に上昇している。イギリスとフランスについて上述したような比較可能な胸膜がんと中皮腫の死亡率の間の関係に関するデータが存在しないため、他の西ヨーロッパ諸国における胸膜がんに対する中皮腫の比率はフランスにおけるのと同様であると仮定した。中皮腫の傾向を予測するにあたって、われわれはこの比率はだいたい均一であると仮定したが、これは相当過大であろう。

ディスカッション

西ヨーロッパ中を通じての1945-50年周辺に生まれた男性における中皮腫の異常に高い発生率は、彼らが労働生活を開始した1960、1970年代におけるアスベスト使用の広がりの反映である。欧州連合への原料アスベストの年間輸入量は1970年代中頃にピークに達し、1980年まで毎年800,000万トン以上が続いて、1993年までに100,000トンにまで減少した(European Commission, 1996)。徐々に厳しくされた曝露限界が、この間にアスベスト含有製品の製造工程に対して施行されていったが、そのような製品の使用者は、とりわけ建設産業においては、多くの国々において事実上管理がないままにされていた。クリソタイル・アスベスト製品はいまなおいくつかのヨーロッパ諸国においては広範に使用されており、老朽化した建築物の修繕または解体作業はクリソタイルはもちろんアンフィボール系〈アスベスト〉の大量の曝露につながっている。われわれの予測には1955年以後に生まれた男性を含めなかったが、1980、1990年代におけるアスベスト曝露は、まだ明らかでないとはいえ相当なものであると信ずる。

1970年代に、多くのヨーロッパ諸国がクロシドライトの使用を禁止する立法を導入し、すべてのアンフィボール系〈アスベスト〉の販売および使用を禁止するEC指令が1993年以降発効している。WHOの国際化学物質安全計画〈IPCS〉の専門家委員会が、クリソタイルは建材に使用されるべきではないと結論を下した(International Programme on Chemical Safety, 1998)。9つのヨーロッパ諸国(デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、スイス)がすでにあらゆる種類のアスベストのほとんどすべての使用を禁止し、イギリスの安全衛生委員会〈HSC〉も最近禁止を提案した。ほとんどの疫学者は、すべての形態のアスベストが肺がんと中皮腫の双方を引き起こすことを認めているが、全ての中皮腫の発生にクリソタイルが寄与しているかどうかに関してはかなりの不一致が存在する。Cullen(1998)は、クリソタイルは、たとえアモサイトよりも、またクリソタイルよりははるかに危険性が少ないとはいえ、そのはるかに広範な使用状況を考慮すれば、おそらく世界中の中皮腫の主要な原因であると結論づけている。一方、McDonaldと彼女の同僚ら(1997)は、純粋〈pure〉なクリソタイルによって引き起こされた中皮腫はわずかにすぎないと主張している。いくつかの理由から決定的な証拠はまだみつかっていない。クリソタイルのみに曝露した労働者はわずかであり、ほとんどの歴史的な曝露の測定は繊維よりも小片〈particles〉についてのものであり、肺の負担に関する研究の説明は急速な肺のクリソタイル浄化〈clearance〉によって込み入ったものなってしまった。論争はケベック〈Quebec〉のクリソタイル鉱山および製粉労働者に焦点が集まった(Liddell et al, 1997; McDonald et al, 1997)。肺がんに対する中皮腫の過剰比率はおよそ1:4であったが、著者は38の中皮腫のほとんどをトレモライトの混入によるものであり、30,000万parti-cles/foot3-years―これは80fibre/ml3の10年間〈の曝露〉と同等であるとされる―未満の曝露は事実上無害である、と結論づけた。このコホートにおける量特異的〈dose-specific〉肺がんリスクは、鉱山労働者よりも非常に高い肺がんリスクがあるが中皮腫のリスクは低い織物労働者(Dement et al, 1983a, b; McDonald et al, 1983)よりも、非常に低かった。しかしながら、ケベックの鉱山におけるばく大なparticlesの計算が、適当なサイズの繊維の有効な曝露測定であったかどうかは明白ではない(Doll and Peto, 1985)。長さ10μm-100μmまたは直径0.02μm-0.2μmの繊維の増大の、各疾患のリスクに対する量的な影響は知られておらず、また、コホート間の量特異的肺がんリスクおよび肺がんに対する中皮腫の過剰比率の大きな相違は、少なくとも部分的には繊維の寸法の相違によるものかもしれない。

中皮腫のための特定のICDコードがなかったために、われわれは分析にあたって、相当数の肺がんによる死亡を含み、また、死亡診断書に胸膜と特定する記載のない中皮腫が除外されてしまっている不満足な代用物である、胸膜がん(ICD 163)による死亡率を基礎にせざるをえなかった。1989年までの年齢コホートの傾向の適合および1990年以降の観察数と予測数との間の一致は、過去25年間にわたる死亡を分類するのにICD 163がなかなかうまく利用されたことを示唆しているが、イギリスを除いては胸膜がんと中皮腫の比率に関する満足のいくデータは存在していない。他の諸国ではフランスが唯一適当ないくらかのデータが刊行されている国であるが、このフランスの調査は正確な推計を行うには少なすぎ(178の胸膜中皮腫による死亡と163に分類された約150の死亡の別の調査)、また、原発部位が腹膜あるいは不明の中皮腫はカバーしていない(Brochard et al, 1995)。したがって、フランスと他のヨーロッパ諸国における胸膜がんに対する中皮腫の比率が、一致するほど近似しているか相当高いか明らかでない。

最近の胸膜がんによる死亡のかなりの割合が中皮腫ではないが(イギリスで11%、フランスで約30%)、この割合は中皮腫の数が増大することによって下がるだろう。これらの誤って分類された死亡の大部分は、今日では多くの西ヨーロッパ諸国の男性において(女性については異なる)減少してきている、肺がんである(Peto et al, 1994)。これを許容したことは、われわれの将来の中皮腫による死亡率の予測を増大させたであろうが、各国における誤った分類についての年齢特異的なデータが存在しない中では、適切な調整は不可能である。他のすべての既知の産業的発がん物質の影響を合わせたよりもはるかに上回る、アスベストを原因とする中皮腫の流行の進展は、適切にモニターできていないのである。

西ヨーロッパにおける将来の中皮腫の傾向

各国における年齢コホートのパターンの整合性は、西ヨーロッパにおける毎年の胸膜がんによる死亡数が1990-94年から2015-19年の間に2倍以上になるだろうという、われわれの予測が合理的に信頼できることを示唆している。イギリスについての予測(登録された胸膜がんと実際の中皮腫の率との間の比率を修正したもの)は、イギリスの中皮腫登録から得られたものと近似している(Peto et al, 1995)。イギリスにおける生涯リスクは、1900年周辺に生まれた男性でとくに低く、1940年以降生まれについてのオランダを除いては他のいかなる諸国よりも高くなっている。ハンガリーにおけるパターンは、1945年またはそれ以前生まれの男性では相対的に低いリスクだが、1950年生まれの男性ではかなり高いリスクとなっており、非典型的である。コホートの傾向は、それ以外の4か国においてはだいたい相似しており、生涯リスクは、1905年生まれの男性の約0.1%から1945年生まれの男性の0.3-0.6%まで上昇している。WHOのデータベースの1990年についてのデータは、他のヨーロッパ諸国について広い多様性を示している。最近の胸膜がんの〈死亡〉率は、スカンディナビアについてはここで提示したものと同様であるが、残りのヨーロッパ諸国については4倍少なくなっている。

西ヨーロッパの6か国における男性の胸膜がんの死亡の予測値は、1998年で年3,700、2015-19年で毎年6,700、1995-2029年の合計190,000である(表3)。男性の中皮腫の登録された胸膜がんに対する比率は、イギリスで1.6:1、フランスでは少なくとも1:1と思われ、また、コホートの傾向はフランスの死亡分類慣行の方が他のヨーロッパ諸国の典型かもしれない。イギリス以外の他のすべての諸国の比率を1:1と仮定することは、6か国における1995-2029年の間の男性の中皮腫死亡が220,000になることを意味する。1990年に、西ヨーロッパの中でこれらの諸国は、人口のほとんど4分の3を占め、男性の胸膜がんによる死亡全体の86%を占めた。したがって、西ヨーロッパ全体における男性の中皮腫による死亡数は、今後30-35年間におよそ250,000になりそうであり、また、西ヨーロッパにおける毎年の中皮腫による男性の死亡数は、1998年の約5,000から2018年の約9,000へと今後20年間にほとんど2倍になるだろう。これらの推計は、1945-50年周辺に生まれた西ヨーロッパの男性の150人に1人が中皮腫により死亡し、建設や工事労働者に著しいハイ・リスクの職業グループのリスクは非常に高いものであるに違いない。

われわれの長期予測は、過去にみられた年齢特異的な〈死亡〉率のパターンは今後30年間持続するであろうという仮定に大きく依存している。診断の完全さにおける傾向の影響の可能性に加えて、1980年代を中心に多くの諸国で起こったアスベスト使用の大きな減少によって年齢分布の状態が変わってくるかもしれない。だいたい1935年以降に生まれた男性の曝露レベルは、おそらく中年期かそれよりも早く大きく減少し、それは結局彼らの年齢-発生率カーブをそれ以前に生まれたコホートと比較して平坦化し、そのため彼らの来るべきリスクを減少させるかもしれない。1994年までの胸膜がんによる死亡率のデータは、そのような変化の兆候は示しておらず(表2)、イギリスの中皮腫登録における1992-1994年の間の男性の死亡数は、全体および各年齢ごとの双方について、1991年までの傾向に基づいたPeto et al(1995)によって予測されたものと近似していた。1995年に登録された死亡の合計数もまた予測されたものときわめて近似していたが、1995年の暫定的な1996年のデータは1935年以降に生まれた男性についての不足〈deficit〉を示唆している(JT Hodgson et al, 1997)。ヨーロッパにおける胸膜がんによる死亡率の傾向は、中皮腫のための特定のコードを含んだICDの第10次改訂の導入によって乱されるかもしれず、また、少なくともイギリスについての、われわれの長期予測の最も信頼できる検定が、イギリス中皮腫登録のデータによって提供されるかもしれない。

多量にアスベストに曝露した労働者に関する歴史的なコホート研究における中皮腫に対する肺がんの過剰比率は、一般に3またはそれ以上であるが(Health Effects Institute, 1991)、2つの情報源からの証拠によると、相対的に多量でない曝露のアスベスト製品使用者における肺がんの過剰は中皮腫のリスクと同等またはさらに少ないかもしれない。1969年のイギリスのアスベスト規則またはアスベスト(免許)規則によってカバーされる追跡可能なすべての労働者は、イギリス安全衛生庁アスベスト調査を通じてフォロー・アップされてきている(OPCS/HSE, 1995)。この調査の男性においては、期待値533に対して729の肺がんによる死亡があった。この肺がんの過剰(観察値―期待値=175)は、中皮腫による死亡数(175)とほとんど同じである。イギリスの中皮腫と肺がんの比例死亡比(PMR)は、建設産業における中皮腫に対する肺がんの低い過剰比率を示唆している。最も高い中皮腫のPMRを示した3つの建築関連職業グループは、配管工とガス取付工(PMR 443)、大工(PMR 366)、電気工(PMR 291)であった。これら3グループの肺がんのPMRは、各々107、94、87であった(OPCS/HSE, 1995)。この意外に低い比率は、これらのがんの曝露レベルや繊維のサイズと量―反応関係の相違、曝露から長年たってからの長期間におけるリスクのパターンの相違、あるいはアンフィボール系、とりわけクロシドライトの不均衡な寄与を反映しているのかもしれない。どのような説明にしろ、アスベストによって引き起こされる肺がんの数は中皮腫の数を超えないか相当低いようである。

謝辞
この研究は、イタリアがん研究協会およびミラノ、スイス、ヴォーのがん反対同盟の寄付を得て、CNR(イタリア研究協議会)の「腫瘍学研究の臨床的応用」の枠組みの中で実施された。J Peto教授が交付金の受領者であった。彼は、がん研究キャンペーンのサポートを受けた。

* 図表省略
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日本における中皮腫も年間約600件に欧米に比べるとまだ4分の1だが 今後さらに拡大?

Peto論文にあるように、中皮腫という胸膜や腹膜等にできる独特のがんは、アスベストによる健康被害の発生状況の指標になると理解されている。そのため、イギリス等のように、がん登録、中皮腫登録のシステムを整備してその発生状況を監視したり、既存の疾病統計をもとに推計しようというPeto論文のような努力が積み重ねられているわけである。(ちなみに今春の石綿対策全国連絡会議の関係省庁との話し合いでは、労働省はがん登録の意義を理解できず、厚生省は「やる気もないし、日本では不可能」という認識を示している。) 1997年1月にフィンランド・ヘルシンキで開催された石綿・石綿肺がん・がんに関する国際専門家会議(同会議でまとめられた「石綿関連疾患診断・認定のためのヘルシンキ・クライテリア」については1998年6月号27頁以下を参照)では、欧米10か国の中皮腫と石綿使用量についても検討されたという。また、Peto論文もふれているように、ICD-10(国際疾病分類第10回修正)で中皮腫の分類区分が設けられ、日本でも平成7(1995)年以降の人口動態統計にICD-10分類が適用されたことにより、診断書レベルでの中皮腫の発生状況が把握できるようになった(下の表参照)。

産業医科大学産業生態科学研究所の高橋謙氏らが、ヘルシンキ会議の欧米10か国に日本のデータを加えて、「中皮腫罹患率/死亡率と石綿消費量との生態学的関係」について報告している(@Eco-logical Relationship between Mesothelioma Incidence/Mortality and Asbestos Consumption in Ten Western Countries and Japan, J Occup Health 1999;

41、Aわが国における中皮腫の動向に関する生態学的考察, 産衛誌 40巻 1998(第71回日本産業衛生学会講演集)。前頁の図の出典は@、上の表はAである。

日本における「1995年の中皮腫死亡数は合計500名であり、同年の15歳以上を分母人口とする中皮腫死亡率は百万人当たり5人と計算される。一方、わが国の石綿消費量は大蔵省関税局通関統計に基づく輸入量を代替値として1970-1995年の期間中20-30万トンの間で推移し、特に1974年には年間35万トンの史上最高を記録している。同年における人口1人当たり石綿消費量は3.2kgと計算される。石綿消費量と中皮腫死亡数の間の生態学的関連を想定した指標として、1974年の石綿使用量を1995年の中皮腫死亡数で除した場合、同指標は1中皮腫当たり700トンと計算される」。

同様に、欧米10か国について、一定の年の中皮腫罹患/死亡率と、その15-20年程度前の人口1人当たり石綿消費量を比較すると、前頁図および上の表が得られる。百万人当たりの中皮腫罹患/死亡率は、日本の5(1974年)からオーストラリアの25(1968年)まで、人口1人当たり石綿消費量は、ノルウェーの1.9kg(1988年)からオーストラリアの4.4kg(1991年)までの範囲にわたっている。「15-20年程度前の人口1人当たり石綿消費量は欧米並みであるが、わが国の1中皮腫当たりのトン数が飛び離れて高値を示すことがわかる」。

45頁の図によって、国別の中皮腫罹患/死亡率と人口1人当たり石綿消費量の相関関係をみると、日本以外の欧米10か国はご覧のように、きれいな直線的な生態学的関連性を示している。日本を除く10か国の、地域相関(Spearman)計数はR=0.70(P=0.03)で、人口1人当たり石綿消費量をX、中皮腫罹患/死亡率をYとすると、Y=6.08X+0.55(p=0.04)と公式化でき、R2=0.66(調整R2=0.62)でYの変動の66%(調整した場合には62%)はXによって説明できるという結果になった。なお、日本を含めると、地域相関計数はR=0.52(P=0.10)に下がる。これは、「@人口1人当たり石綿消費量の1kgごとの増加は百万人当たり中皮腫罹患率6人の増加と相関している、A中皮腫罹患/死亡率の変動の66%は人口1人当たり石綿消費量によって説明できる、B百万人当たり0.5人の中皮腫のケースは人口1人当たり石綿消費量とは関係なく発生しているかもしれない、ことを示唆している」。

「日本のデータは、欧米諸国と比較して例外的に低い中皮腫死亡率のために、直線的な相関関係から離れたところに位置している。これにはもっともらしい説明がありうると考える。この不均衡は、主として、日本の過去のアスベスト消費量のカーブが、わが国を特徴づける経済成長のカーブの歴史的『キャッチ・アップ』パターンと平行してきたという事実。すなわち、欧米諸国に対する遅れに、追いつき〈キャッチ・アップ〉、追い越すために急速な成長を遂げたということによって説明することができる。アスベスト曝露の開始と中皮腫の発生との間のタイムラグが40年以上あることから、遅れたアスベスト消費量の増加が、今日みられる中皮腫死亡率の相対的に低いレベルに反映している可能性がある。しかし、このような推測は質的なものであり、立証が必要である。森永〈謙二〉氏や他の日本の研究者も、地域的なデータに基づいて、同様の推測を行っている。年間百万人当たり5人という現在の全国死亡率は、実際、過去に報告されてきた推定率よりも相当高いのである。日本のデータが今後、蓄積曝露の影響が明らかになることによって、欧米諸国のデータで示された回帰直線に近づいていく可能性は否定できない。このことは、日本における、正確な診断と中皮腫事例の登録に基づいた発生率/死亡率データの綿密なモニタリングの重要性を示している。」

「多様な情報源から収集されたデータの量と質、比較可能性は、推論を限定させる。にもかかわらず、そこには、さらに拡張し、うまく設計された生態学的研究の計画を促す興味深い手掛かりがある。今後の研究は、比較可能なフォーマットによって、可能な限り多くの諸国、地域の、より長期間をカバーして設計されるべきである。診断、アスベスト繊維のタイプ、年齢の調整方法等のための用語とクライテリアに関する国際的な同意が、結局のところ、この生態学的アプローチの価値と有効性を決定するだろう。さらに、比較可能なデータが入手でき、様々な諸国の経験を活用できるようになれば、世界的なアスベスト〈疾患〉の流行を量的に評価するための研究や議論が促進されるだろう。倫理的な観点からして、医学の専門家たちは、アスベスト関連疾患の予防、発見、診断および公正な補償に貢献することが強く求められている。」

たしかに、欧米諸国では、41、42頁の図表で示された年以降、石綿使用量は激減する一方で、中皮腫の発生率/死亡率は、Peto論文によれば2020年頃まで増加し続けると予測されているわけだから、図で示された直線的相関関係は変化してしまう。今後の研究の進展を期待したいし、中皮腫登録のシステム化等を実現させていきたい。

一方、欧米諸国の4分の1レベルとはいえ、人口動態統計によって入手できるようになった日本における中皮腫死亡数は、「過去に報告されてきた推定率よりも相当高いのである」。Peto論文ではイギリスのデータに基づいてアスベストによる肺がんは中皮腫と同数としているが、他のヨーロッパ諸国や研究者では肺がんは中皮腫の2倍とする向きも多い。中皮腫が年600件とすると、アスベストによる中皮種と肺がんの合計は1,200あるいは1,800となる。これらの大半はアスベストの職業曝露によるものと推測されるのだが、労災補償件数は年間20数件前後にとどまっている。このギャップを埋めることも重要な取り組みである。

* 引用は、英語論文から、編集部の責任で翻訳紹介したものが多いことをお断りしておく。

* 図表省略
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